序章 -山村の魔法使いと異双眼の少女-
登場人物
・ティッキー(Ticky Kharim)
アランス村出身の魔術士。
・リデル(Liddell Kharim)
アランス村の剣士。
・ヴィオラ(Viola Alfirede)
王都レムザストルの冒険者ギルド『協会』の双剣士。
・隊長
元辺境騎士、アランス村防衛団のリーダー。
・ランドルフ
元冒険者のティッキーの父親。
・ラーラ
ティッキーの母親、魔術師。
─遠い遠い昔の記憶の中で、誰かが歌ってる。
今思えばあれは子守唄なのかも。
歌声はとても小さく、囁くように、優しく。
今では、あの人の顔が─
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
タッタッタッと一人の少女が駆けていく。
青みがかった銀髪をお下げにし、手には小柄な体躯に似つかない杖を持った少女は脇目も振らず走っていく。目的地は村の出入口である門。
「あ!やっと来たなティッキー!」
「おせーぞ新人!もう緊張したのか?」
門には武装した若い男女が数十名、比率で言えば圧倒的に男が多い。
「ごめぇん!寝てたわ!」
その言葉は集団にとって想像通りだったのか、どっと笑い声が挙がった。
やがて男女の集団─アランス村の防衛隊の元に辿り着いたティッキーは肩で息をしながら一人の男の方へ向き直る。
「隊長、只今到着しましたっ」
「まったく…普段なにを訓練してたんだ?」
隊長と呼ばれた男は苦笑いしながら門の方へ向かう。そして踵を返し防衛隊全員を見渡した。
「んじゃ、この寝坊娘のせいで遅れた時間を取り戻す為、作戦を簡潔に説明するぞ〜」
隊長は和やかな雰囲気の中、説明を始めた。
「まぁ今回もいつも通り、見掛けた魔物を余さず討つぞ〜。では部隊分けを発表する」
直近の被害状況と装備の確認、そして行動範囲や作戦時刻等を大雑把に説明し終えた隊長が一人一人に声を掛けていく、先程とはうってかわり張り詰めた空気が支配しだした。
幾つかのグループが出来たあと、ティッキーの前に隊長がやってきた。
「お前は俺と一緒だ。新人の面倒を見ないとな」
「はーい、まぁ見てなさいって〜」
「やれやれ…それとリデル、お前もだ」
隊長はもう1人の少女へ目配せする。
長い白髪を先の方で結んだティッキーとほぼ変わらない小柄な女性だ。
声に反応し此方を一瞥した瞳は左右異なる色をしている。
「了解、宜しくね隊長、ティッキー」
「おう。今回はお前らにとって初の実戦となる。いいか、決して無理はするな?少しでも危ないと感じたらすぐに退くつもりでいろよ?」
隊長はそうティッキー達に釘を刺す。「では、そろそろ行くぞ」
レムザストル王国の辺境、アランス村は丁度大陸中央部と南部を横に分断する様にそびえるスリーヴン山脈の麓に位置している。
大陸南部との交易を目的とした数少ない道筋の一つなのだが、過去に王国へ直に伸びる街道が整備されてからはアランス村にはすっかり人通りが減ってしまっていた。
それ故に王国の辺境警備隊が訪れる機会も減り、魔物による被害が増えていた。
いずれは村の食糧を狙って襲ってくるかもしれない、そう危惧した村長の判断により村は季節の変わり目を目処に定期的な討伐作戦を行っていた。
時刻は正午に入り、隊長の号令が掛かる。
少数で構成された討伐隊が班ごとに散り散りに駆け出していく。
「さて、俺らも行くぞ。リデルは兎も角、お前は決して無茶するなよティッキー」
「ちぇ、信用無いな。これでも村一番の術士だとは思ってたんだけど?」
「確かに村の中で魔法が一番上手いのはお前だな。だがな?」
腰に携えた剣に手を掛け、ずいっと隊長が歩み寄る。
「少なくとも俺が楽しみにしていたマルカさんの特製スープをこっそり飲んだり、風呂に入ってるタイミングを見計らってパンツ隠したり、夜中にいきなりドアをノックして逃亡したりする奴は信用ならん!」
「いつの頃の話だよ!?」
隣で様子を見ていたリデルが失笑する。「そういや、やってたねぇ」
「兎に角だ!お前は徹底的に教育するからな、覚悟しとけよ…」
「ひょっとして、私に復讐する為にこの班分け?」
途端に隊長の目付きが変わる。その様子を見た2人も辺りを警戒しながらゆっくりと武器を構えた。
「来たな…今回は随分と」
「数が多いね…」
「……」
その場でそれぞれの方向を定め円陣を組む3人、森の開けた空間に緊張が走る。
突然、隊長が肩の力を抜いた。刹那、狼の様なモンスターが物陰から一気に飛びかかって来た。
この状況を予期していたリデルは素早く隊長を庇う、手にした鞘で牽制し刀に手を掛ける。
モンスターが身を引く動作に合わせ一気に踏み込む、そして一撃の間合いへ相手を捉え、
「はぁっ!」
刀を抜き首元を裂く。鮮血が飛び散り狼型の魔物が断末魔の叫びを上げた。刃先から赤い雫が垂れる。
「お見事」
そう言い放つと、隊長は即座に態勢を戻し剣を振るう。
一振り、二振りと剣を振る度に、正確に標的を処理していく。
「天翔る桙星よ、煌然たる力を以て不浄を撃て!」
村一番を自称するティッキーも2人に負けじと魔法を放つ、少女の眼前に収束した光球が高速で突進し、モンスターに撃ち込まれていく。
十数分程だろうか、狼型のモンスターの群れは凡そ半数は地に伏し、もう半数は逃げていった。
「これだけ痛めつけりゃ暫くは悪さしないかねぇ」
剣に着いた血を払い、辺りを見回す隊長。
然し発言とは裏腹に次第に表情は険しくなっていく。
「隊長」
「ああ…なんか、デカいのが来るな……」
一度解いた構えを再び取り、周囲を警戒する。
ふつふつと感じた違和感は遠くから聴こえてきた足音と大地の振動により威圧感に変わっていく。
やがて木々の間から黒く丸い何かが文字通り覗き込んだ。
「サイクロプス!?何故こんな人里近辺に!」
全長10メートル程だろうか、巨大な人型のモンスターが此方を見ている。
頭部の大きな一つ目で辺りを見回す、獲物の匂いがするのだろう、そこから動く気は無さそうだ。
その眼がティッキー達を捉え、凝視してきた。その巨躯から思わず身を竦めてしまいそうになるが、3人はその場より飛びずさり態勢を立て直す。
サイクロプスが雄叫びを上げ突進してきた。周囲には巨人が薙ぎ倒していく木々の悲鳴が聴こえる様だ。
「我が命に応えよ雷獣、仇なす者に光の墓標を打ち立てよ!」
ティッキーが雷撃の魔法を唱える、本来魔法の行使に於いて詠唱は必要無いのだが、瞬時の集中力を得るには効果的である。
上空に暗雲が集う、稲光を纏った雲から鋭い雷が巨人を目掛けて走った。
頭部を狙った雷は轟音を上げサイクロプスに直撃した、筈だった。
「なっ!効いてない…」
動物類には有効なはずの雷撃をものともせず、巨人は突進してくる。
そして腕を大きく振り、ティッキーを目掛けて振り下ろした。
「くうっ!」
反射的に飛び退き一撃を躱す、辺りを巨人が突き立てた腕による振動が支配した。
「こんの野郎!」
隊長はこの機を逃さまいと腕に飛び乗り駆け上がる、疾い。
巨人が自分の腕を伝ってくる人間の姿を確認する為、頭部を向けた。
「喰らえや!!」
その機会を待ってました、と言わんばかりに大声を上げる隊長。腕を蹴りつけ飛び上がる、構えた剣の刃先は巨人の眼を捉えていた。
「…は?」
巨人の眼が紅く光る。眼前に迫っていた隊長は急に失速し、刃先が届くことなくその場から落下した。
「ぐえっ」
「隊長!?」
リデルが落ちてきた隊長の元へ駆け寄り、巨人との間に割って入る。
「ダメだ!お前らは逃げろ!」
隊長が叫ぶ。
サイクロプスの一つ目が紅く光る…反応する様にリデルの右眼も紅く光り出した。
「え……」
リデルの力がふっと抜けその場に立ち尽くす、手にしていた刀を落とし、虚ろげにサイクロプスを見上げている。
「リデル!」
ティッキーが叫ぶ、2人と巨人の距離が近過ぎる為、あの巨体に効果的な大きい魔法が使えない。
杖の先へ魔力を集中し、魔法の刃を形成する。
「リデルに手を出すなぁ!!」
魔力で造られた刃により槍の様な形と成った杖を構えサイクロプスへ斬りかかる。大きく振りかぶった一撃が巨人の腕を深く切り裂いた。
グオオオオォォ!
大気を揺らす程の叫びが森を震わせる。痛みから暴れ出した巨人の腕がティッキーを突き飛ばした。
「ああっ!」
咄嗟に身構えたものの衝撃に耐える事が出来ず近くにあった木に叩きつけられる。
腕をブンブンと振り興奮した様子のサイクロプスが再びリデルを捉えた。
「リデル…っ!」
巨人に睨まれ、ぼんやりしだしたリデルの右眼が輝いた。
「なっ…」
受身を取り損ね、地に伏したままだった隊長が思わず声を上げる。
リデルの瞳が紅く輝いた瞬間、突然巨人がなんの前触れも無くその場で崩れ落ちたのだ。
「リデル……っ」
叩きつけられた痛みから視界がぼやける、幼い頃から一緒だった、妹の様に可愛がってきた親友の名前を呼ぶ。
「まって…リデル……」
薄れゆく意識の中に、最後に収めた白髪の親友は、自分に背を向け、その場から立ち去る姿だった。
「まっ…てよ………」
何が起きたのか分からない、突然の出来事に理解が追い付かない。
やがて視界が暗く閉ざされる頃、今まで聞いた事の無い、女性の声が聴こえた気がした。
「サイクロプス…まさか二人でやったの?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
泣き声が聞こえる。
女の子の泣き声だ。
窓を開けて外の様子を伺った。
白い髪の幼い女の子が泣いている。
「どうしたの?」
声を掛ける、然し女の子は泣き止まない。
その顔を見ていると自分まで悲しくなってきた。
「う…うぅ…」
様子を見に来ただけなのに気が付くと2人で泣いていた。
何があった訳でも無いのに、何故だか悲しかった。
「ティッキー?」
家の中から女性が呼び掛けた。娘の泣き声がしたからだ。
「おやおや?あの子は誰だろう」
続けてのんびりした男性の声が聞こえた。
男性はドアを開け、ティッキーともう一人の女の子に近寄る。
「迷子かな?でも白髪の子なんてこの村に居たかな…」
「取り敢えずお家に入れましょう?もう外は冷える」
「だね」
小太り気味の男性は娘のティッキーと傍に居た見知らぬ子供を家に招いた。
今日の夕飯は遅くなりそうだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「う…うぅん……」
目を開ける、自室のベットに寝ていた様だ。
ぼんやりと意識が浮上してくるのを待つ。
「!リデル!?」
浮上した意識の中に鮮明に残っていた女の子の名前を思わず叫び、飛び起きる。
「あぅ!つぅ〜…」
無茶な起き上がり方をしたせいか、背中が痛む。
暫く悶えたが徐々に痛みに慣れてきた。
「あれからどうなった…?」
窓から様子を伺う、外は暗いがいつもより村の明かりが多い。
村人が忙しなく駆けていく様子が見えた、救護班だ。
「救護班…討伐隊の皆は?」
見る限り緊急事態という雰囲気では無さそうだ。
ベットに立て掛けてあった自分の杖に気付き手に取る、急に痛みだしても身体くらいは支えられるだろう。
ティッキーはベットから降り、外の様子を見に行った。
広場では村人が集まり怪我をした討伐隊を手当している。
例年より怪我人は多いが重傷を負った者は居なさそうだ。
「ティッキー!怪我は大丈夫なのか?」
「大丈夫、ありがとう」
そんなやり取りを数名と交わしながら防衛隊の詰所へ向かう。
詰所の前では隊長と見知らぬ女性が話をしていた。
「ティッキー!怪我は大丈夫なのか?」
「もうそのやり取りは何回もした!隊長、リデルは?」
隊長自体もそれなりの怪我を負っていたが、構わず問い詰める。
「リデルは……分からん」
「分からんって…!」
「あの後ヴィオラさんに探してきてもらったのだが…」
そこまで聞いて正気に戻った。
「あ…ごめんなさい、いきなり」
「いや、大丈夫だよ。…こっちこそごめんね?」
隊長の傍に居た女性、髪は金色で腰に剣を二振り携えている。
ティッキーが落ち着いた頃合いを見計らい、ヴィオラと呼ばれたその女性はティッキーに事の顛末を教えてくれた。
ヴィオラは王都にある【協会】と呼ばれる冒険者ギルドのメンバーの様だ。
世界各地にある冒険者ギルドというのは、登録した冒険者への仕事の斡旋、宿泊施設の手配等を運営しており、国で指定されている犯罪以外なら依頼者と冒険者同士での短期契約を仲介している。
ギルドによって業務形態はまちまちだが、なんでもヴィオラは協会の依頼でアランス村近辺を調査しに来たらしい。
「大型の魔物の目撃例が数件入っててね、様子を見に来たんだ」
ヴィオラは自身の身分と現在の状況を説明していく。
「私が来た時にはあのサイクロプスはもう死んでた、隊長さんに頼まれて貴女を村まで運んだの」
「あ、そうだったんだ…」
そんな人に取り乱した様子を見せてしまい、ティッキーは恥ずかしくなった。
「ごめんなさい、そしてありがとう…」
ヴィオラは片手をふるふると横に振った。
「その後、隊長さんからリデルちゃん?の事を聞いて森の中を探して見たんだけど…」
土地勘だって無いだろうに、暫くの間、捜索してくれていたらしい。
戻ってきたのはつい今し方だとヴィオラは言った。
ティッキーはお礼を言い、隊長の提案で一先ず自宅に戻った。
ティッキーを出迎えてくれたのは討伐隊の手当から戻った父親だった。
小太り気味で大きな眼鏡を掛けた小柄な男性、ティッキーにとっては小さい頃からの良き理解者だ。
「まあ、取り敢えずお家に入りなさい」
ティッキーが口を開く前にそう言われた。
父が優しく声を掛けてきてくれる時は、いつだってお願いを聞いてくれた。
たとえどんなに無茶なお願いでも。
「お父さん」
椅子に座り、父に呼び掛ける。
然し父親・ランドルフは娘を座らせたまま、物置に向かってしまった。
普段見慣れない父の挙動に戸惑っていると、やがてランドルフが一振りの剣を持ってきた。
「コレはね、お父さんが昔、共和国で買った掘り出し物の良い剣なんだ」
「はあ」
「すごいんだよ、大きさの割に軽くて丈夫、なんでも共和国一の鍛冶師が鍛えた業物なんだ」
ティッキーは黙って父親のよく分からない自慢話を聞いていた、すると突然ティッキーの前に剣を差し出された。
「…持っていきなさい、ティッキーの事だ、リデルちゃんを探しに行きたいのだろう?」
「え…」
父親にはなんでもお見通しの様だ。
「なーにが、共和国一の鍛冶師が鍛えた業物よ、よくある市販の剣でしょ?それ」
「か、母さん…」
いつの間に戻ってきたのか、父と同様討伐隊の手当に向かってた母親が会話に割り込んできた。
「だって、この剣40000スーケルもしたんだよ?」
「騙されてるのよ、あなたは」
「い、いや、しかし…ほら?剣だってずっと手入れしてないのに全然錆びてないし」
「それはアタシが暇な時に気まぐれで手入れしてあげてたからよ」
「え!そうなのかい!?」
実はティッキーもその事は知っていた、過去に何度も見た事があったからだ。
「ティッキー、この剣を持って行くのはおよしなさい、ゴミになる」
背が高く、青みがかった長い銀髪を三つ編みにした母親・ラーラはピシャリと言ってのける。
「ゴミって……」
「えっと…」
止めないの?そう聞こうとしたが、2人はそんな会話内容に反し表情は真剣そのものだった。
「正直に言えば心配さ、アタシからしてみればアンタはまだまだひよっこだよ。魔法だって全然集中が足りない」
「でもね、お父さん達はティッキーがこのまま今日の事を精算出来ないで、大人になっていく事の方が心配なんだ」
「お父さん…」
ティッキーの両親は話を続ける。
「あの双剣士のお嬢さんにティッキーが担ぎ込まれた時、リデルちゃんが帰って来なかったのを見て、お父さん思ったんだ。今日が運命の日なんだなって」
「運命の日?」
「アンタがリデルちゃんを見つけたあの日、いつかこんな時が来るんだろうなと、アタシ達は思ってたんだ」
「根拠なんて無い、ただの予感なんだけどね」
「あの左右異なる色の瞳・異双眼を見た時さ、そんな予感がしてたんだよ」
そこまで話すとラーラが一着のコートを差し出してきた。
「コレはそこのボンクラ剣とは違い、アタシが丹精込めて作り上げたコートだ。魔力も込めてあるから見た目より軽く丈夫に出来てる。」
「み、見た目より軽くて丈夫ならボクの剣も負けてないぞ?」
ラーラの言葉に過敏に反応するランドルフ。
「行ってきても……いいの?」
声が震えた、家族の仲は昔から良かったが、今回ばかりは止められると思っていたからだ。
「アンタが一人で行くのは、本当は反対なんだけどね…。でもだからと言ってアタシまで村を出る訳にはいかない。」
「お母さん…」
「だから2つ、条件を出させて。…必ず生きている事。辛くなったら帰ってくる事」
「お父さんからも2つ、村の人達には挨拶を済ませておく事。絶対にリデルちゃんを見つけてくる事」
「そんなの……あったりまえでしょ!」
思わず泣き出してしまいそうな感情を跳ね除ける様にティッキーは立ち上がった。
「おいおい、何処に行くんだい?」
「村の皆に挨拶するのが条件なんでしょ!ちゃっちゃと済ませてくる!」
「こらこら!せめて今晩は休みなさい!アンタだって怪我したんでしょ!」
ラーラの怒声を背にティッキーは駆け出す。
村長や、いつもお世話になっている雑貨屋のマルカさん、討伐隊の皆に隊長。兎に角、村の皆に挨拶をしに。
さっきまで痛かった背中が、今は不思議と痛くない。
村一番を自称する若き魔法使いは、大きな声を上げながら村中を駆け回った。
既に夜も更けてきた。
今回の討伐作戦において村には被害は無かったものの、怪我人は多く出ている。
幸い重傷を負った者は居ないにせよ、村人は負傷者の手当に絶え間無く奔走していた。
そんな中でティッキーは一人一人に声をかけていく。
村長からは呆れられ、防衛隊のメンバーからは相変わらずだと笑われた。
雑貨屋のマルカに関してはティッキーが心配だと、明らかに持ち運べない量の薬草を手渡されたが、流石に丁重に断った。
「あとは…隊長だけだ」
隊長を探して村の入口に向かうと、先程のヴィオラと隊長の姿を見つけた。
「おー、ティッキーは元気だなぁ」
「隊長、私、村を出るから」
「うんうん、そうか、ティッキーもぉおおおお!?」
隊長は大袈裟に驚く。
「リデルを探してくる」
「はぁ…まぁ、なんだ、お前ならそう言い出すと思ってたよ…」
ガックシと肩を落としながら隊長は全てを悟った様な口調でそう言った。
「今までありがとう、それじゃ行ってくる」
「まてい!行くのは止めないが、せめて今晩は休め!いくらなんでも無茶だ!」
ティッキーの肩を強引に掴み引き寄せる隊長、普段なら逃げ切れた筈なのだが今回は止められてしまった。
「ぐぬぬ…」
「あははは、それじゃあ私はこれで失礼するね」
賑々しい二人のやり取りを可笑しそうに眺めてたヴィオラがそう声を掛けた。
「え?今から」
「私はこういうの慣れてるんだ、今から此処を出れば朝までには野宿に都合の良い地点まで行ける」
「ほえ〜…」
感心して思わず変な声を上げるティッキー。
「此度は本当に有難う御座いました、ヴィオラさん」
「良いって良いって、別に大した事はしてないし。あのサイクロプスだって私には荷が重かったもん」
「そうでしたか。そうだ、村の名産の調度品でも持っていきませんか?せめてものお礼に…」
「隊長が殊勝な事言ってる…」
「あほ!当たり前だ!てかお前はさっさと帰れ!」
「あほだと!隊長なんかに引けを取る私じゃないぞ!」
そう言ってティッキーは杖を構えようとするが…。
「あ…」
「ほれみろアホタレ!肝心の得物も忘れてるんだ、さっさと休んで明日発ちなさい!」
「ぐぬぬぬぬ!」
隊長に足蹴にされながらその場を立ち去る、恨めしそうに振り返るとヴィオラが手を振ってくれた。
それに応える様に手を振り家路につく。
家では晩酌をしていた両親に一声掛け、自室のベットに倒れ込む。すると意識が一瞬で暗転しだした。
思ってた以上に疲れていたらしい。
(明日はこの村から旅立つんだ…)
そんな日が来るとは思ってなかった。
村の外への憧れはあったけど、旅立とうとは今まで考えた事が無かった。
(リデル……)
動機となった幼馴染を想う。
彼女は何処に行ってしまったのだろう。いや、そもそも彼女は何者なのだろう。
(もう寝よう…不安になりそう)
翌日の朝は、自分でも驚く程の早起きをした。
旅立ちの日、母から貰ったコートに袖を通し、一応父から貰った剣を携えた。
鞘から抜いて剣を構えてみる、母はボンクラ剣と言ったが実際に振ってみると、重心がしっかりしており、見た目の割には軽く扱いやすい。
共和国一の鍛冶師云々と言う話は流石に大袈裟だが、それでも上質な剣だと思う。
少なくとも村の中では手にする事は出来ないだろう。
朝に弱いラーラはまだ熟睡していたが、父のランドルフは既に起きていた。
剣を持っていく旨を話すと、とても嬉しそうにしていた。
「それじゃ…行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
ランドルフの声はいつも通り優しく暖かった。
村の入口まで真っ直ぐ向かう。
すると入口付近に金髪の女性が立っているのを見つけた。
「ヴィオラさん?」
「よ」
「あれ?王都へ帰るんじゃ無かったのです?」
「そう思ったんだけど、正直疲れてたし、折角だからティッキーと一緒に行こうかな〜と」
あの後、ヴィオラは名産の調度品ではなく宿の手配を隊長に頼んだらしい。
ティッキーと共に行こうかな、という話をすると、隊長から泣きながら頼まれたと教えてくれた。
『不肖の弟子ですが、宜しくお願いしますぅ!』
「あの野郎…まず弟子じゃないし、不肖の使い方間違ってるし」
不肖は自身をへりくだって言う際の言葉である。少なくとも他人から言われるのは筋違いだ。
「まぁそんなこんなで、なんか撤回しにくくなったというのもあるしさ」
ヴィオラは苦笑いしながら話した。
「そうなんだ…ありがとうございます、ヴィオラさん!」
「あー…その『ヴィオラさん』は辞めてほしいかなぁ。なんかムズ痒くて…普通に接してくれると嬉しいかな」
「ん、じゃあ…宜しくね、ヴィオラ!」
「ん!よし、それじゃそろそろ行こっか?」
「うん!」
2人は村の入口に向かう。簡素な門をくぐり、何気なく振り返る。
「リデルを連れて、必ず帰ってきます。…行ってきます」
ティッキーの様子を見守り、少し先で待っていたヴィオラの元へ駆け出す。
季節は春、少し強い風が二人の少女の背を押した。
必ずリデルを見つける。その決意に春風が味方してくれている気がした。
(まぁ、気のせいだけどね!)
不安しかなかったのに、今ではなんとかなるって思える。
「行こう!」
目指すは王都、峠を越え、スリーヴン山脈を下った先にあると言う。
(絶対に見つけるからね、リデル)