永遠の愛に微笑む
初、短編!
「悪い。お前の気持ちは受け入れられない」
「……」
高校一年の夏。
目の前にいる女性に対し、俺はきっぱりと言葉を告げる。
俺は今告白をされた。
相手は同じクラスの女子だ。クラスでは真面目だが、仲のいい友達などおらず、ただ教室で一人でいるような印象の女だ。漆黒の美しい長い髪、黄金の丸い瞳を持った端正な顔立ちをしている。その雰囲気はどうにも近寄りがたい。一つ一つの仕草や立ち振る舞いがどこか綺麗で、同じ高校生とは思えないからだ。そのせいなのか、どこか敬遠されがちで、一人でいることが普通になっていた。
そんな彼女と俺には全くといって接点がなかったが、数か月前、その彼女と日直が一緒になった。その時に少し話したのがきっかけでその後もなんだかんだで話すようになった。最初は挨拶から、そして徐々に休み時間や昼休みも一緒に食べて、下校も一緒にするようになった。俺もクラスでは一人でいるタイプだったし、彼女と話すのは別に嫌ではなかった。彼女はあまり表情は動かないが、話の切り替えしは面白いし、笑うと表情が柔らかくなる。変に女らしくないところも、むしろ落ち着いたし、楽だった。
そんなある日、お昼休み時間に屋上でいつも通り二人でご飯を食べていた時に「好き」とだけ告白された。彼女からの告白に多少は驚いたものの、恋愛感情は一切なかったため、断ったのだ。
断ったことに少しの罪悪感と気まずさ、どう反応するかと少し怯えながら様子を見ていたが、彼女はいつも通り表情が動かない、平然な顔をしていた。
「……そっか」
「……わ、悪い」
いつも通り平然とした顔をしながらも、声が少し落ち込んでいることがわかり、思わず謝る。しかし、彼女は首を振って膝に置いていたお弁当を口に入れた。
「いいよ、好きな子いるってわかってたし」
「……は? なんで?」
「隠してもわかるよ。君、結構目で追ってるもの」
そう言われて不快に思って眉を潜めた。
確かに彼女の言う通り、気になる奴がいる。高校の合格発表の時、桜が舞う中で友達と笑顔で合格に喜んでいるその笑顔に、屈託ないその笑顔に、一目惚れをした。甘栗色のウェーブのかかった髪がなびき、桜が舞うその光景に映るあの子は、とても綺麗で、それでいて小さくて、思わず守りたいと思ってしまった。本当にたったそれだけだった。
けれど、あの子は隣のクラスで話す機会もなく、ずっと見ているだけだったが。
まさか、こいつにバレるとは思わなかった。
俺はちょっと悔しくて、カマをかけてみた。
「……勘違いかもしれねぇだろ」
「君、無愛想であまのじゃくだけど、結構見てたらわかりやすいよ」
「……」
目の前の彼女は少しだけ口角をあげてからかうように俺を覗き込んだ。それに俺はぐっと言葉を詰まらせた。彼女は時々俺のことを見透かしているような時がある。一緒にいる時間が長いからか、思考の先回りをされるようなことは何度もあった。どこに行こうとしているのか、何を考えているのか、ことごとくあてられた。
そしてその経験上、彼女が俺に想い人がいると確信しているのは間違いない。そう思って頬を引きつらせていると、さらに彼女はにやりと口角をあげた。
「名前、言ってあげようか?」
「……いや、いい」
「自覚はあるんだ」
参ったというように目を閉じ項垂れると、彼女はふっと表情を戻し、堂々と俺の弁当からおかずを攫って口に放り込んだ。もぐもぐと口いっぱいに頬張っているマイペースな彼女を見て、俺は溜息をついた。彼女にはいつも振り回される。
「だったらなんで告白なんてしてきたんだよ」
そう聞くと彼女は頬張っていたおかずを飲み込み、自分の空の弁当箱を淡々と片付けだした。
「……不毛なのは嫌だからね。私の気持ちも知らずに上手くいくなんて嫌じゃない」
そう言いながら感情を乗せるように弁当の風呂敷をきゅっと結ぶ彼女に、俺は複雑な表情をした。
「お前、根性座ってんな」
「ま、けどフラれるってわかってたし。それほどダメージはないよ」
彼女はいつも通りの顔をしていた。表情があまり変わらない顔だ。そんないつもの表情だから、本当に俺に告白してきたのかどうかさえ、白昼夢だったのではないかと思ってしまう。俺が気にしないようにと気遣っているのかもしれないが、どうにも彼女はサバサバしすぎて、逆に落ち着かない。普通はもっと気まずくなるものではないのだろうか。いや、気まずくならない方が助かるのだが。
もやもやと考え込んでいると、不意に彼女が立ち上がって俺の目の前に立った。それに俺は思わず見上げる。そこにはいつもの変わらない表情をした彼女がいた。いや、少しだけ笑っているのかもしれない。
「手伝ってあげるよ」
「は? いらねぇよ」
咄嗟にそう答えると、彼女は少し不満そうに眉を潜めた。
「そうやって君はかっこつける。君は誤解されやすいんだから、私がフォローしたほうが君の魅力は伝わりやすいと思うよ」
「……お前、そんな恥ずかしいことよく言えるな」
まるで説教するかのように腰に両手をあてて話す彼女の発言に、俺はげんなりした。魅力だのなんだのよくも恥ずかし気もなく言えるものだ。そもそも彼女はさっき俺を好きと言っていたはずなのだが、なんで当の本人がこうも積極的に仲を取り持ってくれようとするのか。
「ま、君の承諾なしでも勝手に応援するつもりでいるから、よろしく」
「……お前な」
どうやら俺の了承関係なしに、動く気でいたらしい。それに少し呆れていると、彼女は不意に悲し気に笑った。
「絶対成功させるよ、私約束は守るタイプだから」
表情の変わらない彼女が、こんな時だけ悲しい表情で笑うから、俺は何も言えず、罪悪感だけが胸に渦巻いた。
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三か月後
「上手くいったんだ」
「ああ……、まあな」
あの子と付き合うことになった。
きっかけはもちろん彼女のおかげだ。どんな手を使ったのかしらないが、いつの間にか彼女はあの子と友達になっていた。それをきっかけに紹介され、あの子と過ごす時間が増えた。思った通りあの子は可愛くて、少しドジで、明るくて元気で、心優しい子だった。最初はあまり話さない俺に少し苦手意識を持っていたと思う。けど、それも時間とともに、だんだんと距離も縮まって、ついには付き合えることになった。その屋上での告白の帰りに、彼女に会ったのだ。
だが少し、気まずかった。
彼女のサポートのおかげでうまくいったことは確かだ。だけど、少なからず告白してくれた子だ。彼女が進んで協力してくれたが、なんて思われているか怖かった。
なんて、気遣っている俺に気づかず、目の前の彼女は嬉しそうに軽くパチパチと拍手をしていた。
「よかったじゃん。おめでと!」
しかし彼女は予想に反して、本当にうれしそうに笑っていた。その表情になぜか俺はむっとした。
「……なあ、お前ほんとに俺のこと好きだったのかよ」
あまりに嬉しそうに笑うものだから、あの時の告白は本当は俺に俺の意中の相手を聞き出すためにしたのではないかと疑ってしまう。正直、彼女ならありえそうだ。普通は好きな相手が別の相手と付き合うことになったとなれば多少なれど落ち込むものではないだろうか。なんて言える立場ではないが、彼女の感情が読めなさ過ぎてそう疑ってしまう。
そう聞いたときピタッと拍手が止んだ。それに反応してふと彼女を見る。その表情はあの時と同じように、悲し気に微笑んでいた。
「……私は今も君が好きだよ。私は、嘘はつかない」
「……」
思わなかった解答に思わずぐっと喉を詰まらせた。すると彼女は吹き出して笑った。
「なんて答えればいいかわからない顔してるね。別に気にしなくていいよ、笑い飛ばしてくれて」
「……笑わねぇよ」
「君のそういうところ……いいと思うよ」
きっと好きなところ、と言いかけたんだと思う。けど言わなかった。そう言うと俺が困ることをわかっていたから。それをさせてしまったのは俺自身だ。
ずっと俺のそばにいたのも、俺を理解してくれたのも、彼女だけだったのに。俺は彼女に何も返してやれない。
すると彼女は「先に帰るね」と笑顔で言って俺に背を向けた。
最初の方はあまり表情がないと思っていたが、最近はよく笑うようになった。それはあの子がそばにいるようになってからだ。よく笑うあの子に少なからず影響されたのだろう。
しかしいつも俺の前で笑う彼女は、いつも悲し気だった。
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七年後
「は? あいつが?」
それは突然だった。
あの子と付き合って、そしてそのまま卒業して大学も一緒に通って、大学卒業と同時にそのまま結婚した。仕事も始まるから、お互い仕事場から近い場所で、一緒に住む場所も決めていて、それでこれからってときだったのに。
「死んだ?」
本当に突然だった。
あの子が、事故で死んだ。
信号無視の車に引かれたらしい。ひき逃げだった。
犯人はまだ捕まっていない。
けれど、そんなことは今はどうでもよくて。
死んだ? あの子が?
これから結婚生活が始まるんだって恥ずかしそうに、けど喜んでいて、初めての仕事だからって新調したスーツも買って、緊張するってよく騒いでて、結婚式がしたいって言って式場を探してて、ドレスはあれがいい、これがいいって悩んでで、
それで、それで――……
それで、それで、それで、それで――……
死んだと報告してきた警察が何か色々話してた気がするが、覚えていない。
あの子がいなくなったことの事実が、信じられなかった。
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「……なんでいるんだよ」
あの子が死んでから何もやる気が起きずに、俺は廃人のような生活を送っていた。けれどあの子といるはずだったマンションの部屋で、ずっといるのは辛かった。だから仕事に向かった。新人とかそんなの関係なく、仕事に没頭した。早く覚えて、早く戦力になって、もっと仕事をもらえるようになりたかった。仕事に没頭している間だけはあの子を忘れられた。けれど、真っ暗な部屋に戻ってくるたび、あの子を思い出して喪失感が胸を貫く。それが耐え切れなくて、最近では職場に寝泊まりをしていた。けれど、そんな行動を先輩方は許しもせず、あの暗い部屋に戻されたのだ。
そんなとき、部屋のインターフォンが鳴った。出る気も起こらず無視していたが、何度も何度も鳴るので、鬱陶しくなってドアを開けたら、そこにいたのは彼女だった。
彼女は昔と変わらず表情のない顔でスーパーの袋を抱えて立っていた。
「ろくに食べてないんじゃないかと思ってね。そしたら案の定だ。部屋は散らかってるし、掃除もできていない」
「……ほっとけよ、勝手だろ」
彼女はそう言って俺の背に目を配らせた。もう帰るための部屋と化していたが、掃除も洗濯もろくにしていない。そんな状態が俺の背中越しに見えたのだろう、彼女は眉を潜ませていた。
彼女と会うのは別に久しぶりではない。高校を卒業してからも交流はあったし、何よりあの子が彼女に懐いていたから、よく三人で遊んだり飲みに行ったりしていた。それは結婚してからも一緒だった。
あの子の葬式の時、彼女は涙こそ流さなかったけれどあの子の死をとても悲しんでくれていた。それは長く一緒にいた俺が一番よくわかっていた。
そう、長年の付き合いだ。だから正直俺の状態を察して、退散してほしかった。
「わかった。勝手に掃除させてもらう」
しかし彼女は期待とは裏腹に、ずかずかと勝手に部屋に上がり込んできた。それに呆気にとられたのは一瞬。すぐに怒りと苛立ちが湧いた。
「ッうっぜぇな‼ いい加減にしろよ‼」
ズカズカと入った彼女を追いかけ腕を思いっきり掴んで、怒り任せに玄関の方に投げ飛ばした。
その際抱えていた袋から中身が床にぶちまけられた。小袋の米にレトルトのおかゆにお茶、ヨーグルト、桃、葡萄、その他にも調理器具や掃除のセットまであった。
それらを見て、俺は少し罪悪感に顔を歪ませた。胃腸に優しいものや様々な調理器具や掃除セット。それは明らかに俺を心配してくれたが故の荷物だった。
しかし、それでも、今は放って欲しかった。
優しくされたいんじゃない。心配をされたいんじゃない。
ただ、ただ、ただ、辛いから、誰にも触れないで欲しかっただけなんだ。
しかし投げ飛ばされた彼女は怯むでもなく、逃げるでもなく、俺を睨みつけた。
「いい加減にするのは、君の方だろ」
そう言って彼女は立ち上がり、俺に怒った。
その表情に俺は目を瞠った。
今までずっと一緒にいたが、彼女が怒った顔をするのは初めてだった。
いつも俺が見るのは無表情か、悲し気な笑顔ばかりで――……
「ろくに食べもせず、眠りもせず、没頭するように仕事をする、自分をいい加減に扱うのも大概にしろ。私は君をそんな風にしたくてあの時あの選択をしたわけじゃない」
「……ッ!」
その言葉にかっとした。
今俺がどんな気持ちかもしらないで、上から目線で偉そうに――……!
「お前に何がわかるっていうんだよ‼ お前はいつもいつも余計なお節介ばかり、いい加減うざいんだよ‼ 何も失ったことなんてないくせに‼」
「……失ったものの数で人を計るな。君の気持ちなんか、本当の意味ではわからないよ」
「だったら……ッ」
食い下がる彼女に苛ついて、俺は思わず胸倉を掴もうと前に出た。しかし彼女は俺が近づいたと同時に俺の頭に手を回し自身の胸に当てた。それはまるで母親が小さい子どもを慰めるかのように。
突然のことに、俺は何も反応できなかった。
「私の鼓動をよく聞いて」
頭上から優しい声が聞こえてくる。
耳から優しい音が聞こえてくる。
ドクン、ドクンと規則正しい音が聞こえてくる。
熱くなっていた頭が、徐々に冷えていくのがわかる。
怒り任せになって荒くなっていた息がだんだんと整えられていく。
暖かくて、冷たくなった身体に血液が通る。
そう落ち着いてきたとき、彼女は俺の頭から少し手を離し、今度は首に手を回して、俺を抱きしめた。
「君は一人なんかじゃないよ。一人になんか、させてやんないよ」
今まで聞いたことのないくらいの、彼女の優しい声が、俺の耳に深く、心地よく届いてくる。
「落ち着いて、ゆっくり息を吐いて。辛いのも、苦しいのも、それは全部君が受けたものだ。他人の私にはわからない。だから、ゆっくり言葉を紡いで、吐き出して。それを私が受け入れる。君だけが抱え込まなくていいよ。その想いは、私が持っていくから」
「……ッ」
あまりにも優しい。暖かい、寄り添った言葉。
今まで慰めの言葉は百と受けた。けれど、この辛さを持って行ってくれると言ってくれたのは初めてだった。
本当に持っていけやしないとわかっている。けれど、共有してくれる人が、思ってくれる気持ちがあるというだけで、どれだけ救われるだろうか。
涙がにじむ。視界が歪む。こんな姿見られたくないのに。
けれど彼女は俺を抱きしめながら、頭をゆっくりと撫でた。
「独りで、辛かったね」
「……くっそ……ッ」
涙が決壊した。耐え切れなくて、あまりにも、優しくて。
あの子が死んだ。こうして俺が弱っていても駆け寄ってきてくれるあの子はいない。
あの子は、もういないのだ。
改めてそう実感した。そして、受け入れられた。
崩れるようにその場に座り込んだ俺を、彼女もそのまま座り込んだ。彼女はその時も俺を離さなかった。もしかしたら泣き顔を見られたくないという俺の心情を悟ってくれたのかもしれない。
「今でも私は君を想ってるよ、きっとそれはあの子も一緒だと思うから。だから私のためにも、あの子のためにも、君を、大事にさせて」
「……お前ッ、まだそんなこと」
彼女がまだ俺なんかを想ってくれていることを知って、驚いた。まさかまだ、想っていてくれているなんて。
すると頭上からふふっと笑い声が聞こえてきた。
「私は、嘘はつかないよ」
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それから彼女は三か月、俺の部屋で過ごした。ちょっと放っておくとまた逆戻りしそうだとかなんとか言って何だかんだ家事をしてくれていた。朝食はしっかり食べ、健康にそった弁当を食べ、掃除された部屋でしっかり休息をとる。そのおかげかなんだか気持ちがすっきりしてきた気がする。まだあの子の死は辛いが、前のように重く潰されるようなものではなくなった。それも、あの日彼女が来てくれたからだろう。本当に彼女は俺の辛いところを持って行ってくれたのかもしれない、なんて馬鹿なことを考えていた。
「なあ、本当に帰るのか」
「帰るよ。その約束だもん」
「……そうかよ」
彼女は最初一緒に住むのは、三か月だけだと宣言していた。あくまで俺の生活習慣が治るまでだと。何だかんだでてっきりそのまま住むものかと思っていたが、彼女はあっさりと身支度を済ませて出る準備をしていた。
あまりにもあっさりとしていて、なんだか俺が少し引き留めたくなってしまっていた。
不満そうな顔が出ていたのか、彼女は昔のようにからかうような表情で俺を見上げた。
「もしかして、寂しいの?」
「……だったら悪いかよ」
「なーんて……え?」
いつもの俺ならからかわれるのはムカつくから否定していただろうが、正直もう少し一緒にいてほしかったから、あえて素直に言葉を紡いだ。
けれど、まさか肯定されるなんて思わなかったのだろう。彼女は驚いたように目を開いて俺を見ていた。
その際、初めて彼女の瞳をしっかりと見た気がする。
黄金の、少し珍しい色の瞳。それが目いっぱいに開かれて、俺を映している。
――……ああ、綺麗だな
不意にそう思ってしばらく見惚れていると、急に目の前の彼女がボンっと顔を赤くした。
「え」
その反応に少し驚いていると、彼女は逃げるように俺に背を向けて走った。
「……ッじゃあ、また!」
そう言いながら彼女が走っていく。しかし俺はその姿を見ずにいまだに茫然としていた。
今まであんな表情、見た事がなかった。
いつも見るのは表情のない顔と、からかうように少し笑う顔、それと悲し気に笑う顔、それぐらいだった。
けれど、さっきのは――……
「……嘘だろ」
さっきのは――……
恥ずかしそうに、顔を真っ赤にした恋する女性の顔だった。
俺は口元を手で覆った。
きっと彼女と同じように顔を赤くしていたはずだったから。
初めて、彼女を女性として意識した瞬間だった。
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一年後
「付き合わないか? 俺たち」
「……え?」
あれから一年がたった。あの子を失った傷は徐々に癒え、少し心が休まって来た頃。相も変わらず、俺と彼女は高校の頃のように友達として遊んでいた。休日に出かけたり、たまにご飯を一緒に食べたり、飲みに行ったり。
けれど、俺の心は彼女に傾いていた。
あの子のことは忘れられない。今でも愛してる。それはずっと変わらない。だけど、今一緒にいてくれている彼女に気持ちが傾いているのは事実だ。
高校の頃からずっとそばにいて、支えてくれて、俺を理解してくれていた。俺が荒んでいた時も、俺を叱って受け入れてくれた。ここまでされて、意識しないわけがない。
あの日、初めて彼女が俺の前で女性の顔をしたときから、意識せずにはいられなかった。
そして一年が経ち、決心をつけて告げた言葉。
今日は休日で俺の部屋でDVDを見ることになっていた。その準備をしていた時に俺から告白した。なんでこのタイミングでしたのか、正直わからない。衝動の様なものだった。
チラリと反応が気になって俺の隣に座っている彼女を見た。しかし彼女は眉を潜めて俺を見上げていた。
「……本気で言ってるの?」
疑うような瞳で見られ、少し驚いた。思った反応じゃなかった。てっきりもっと喜ぶかと思っていたのに。
それに俺はいつものあまのじゃくを発揮してしまった。
「……ま、まあ、お前がまだ、昔の気持ちのまんまだったらの話だけど」
「……私は今も昔も変わらないよ」
「じゃあ……」
「でも、お断りします」
気持ちは変わらないと言ってくれた。なら、と思い一瞬浮かれたのもつかの間。なぜか彼女は俺からそっぽ向いて俺の告白を断った。
それに一瞬絶句したが、そのあとすぐに食い下がった。
「なんでだよ!」
噛みつくように言うと、彼女はふんっとそっぽ向いた。それに以前見せてくれた彼女の表情はない。表情のないよく知った顔だった。
「なんでも。君はあの子が今も好きなんでしょ? 私はあの子の代わりにはなれないもの」
「そういう意味で言ったんじゃ……ッ!」
「はいはい、この話は終わり。早くDVDみよ」
「……ッ」
そう言って彼女は強制的に話を終わらせるようにDVDの再生ボタンを押した。これ以上聞く気がないというのをここぞとばかりに態度で表されて、俺は心の中で憤慨した。
DVDの内容は、高校生同士の純愛ラブストーリーだった。
もちろん、そんな今の俺にとっての胸糞悪い内容は、全く頭に入らなかった。
―
――――
―――――――――
一か月後
それから何度か俺は「付き合おう」と言ってみた。しかし彼女の答えは一向に変わらなかった。
「……なんで断るんだよ」
俺の部屋のソファで雑誌を読んでいる彼女を見つめながら、俺は彼女に問いただしてみた。すると彼女はおかしそうにふっと笑みをこぼした。
「まるでモテ男が言いそうなセリフだね」
「ちげぇよ! お、お前あの時言ってただろうが! 昔と変わらないって!」
からかわれて少しかっとした。しかし本当になぜ断るのかわからなかった。確かに彼女は言ったはずだ。今も昔も気持ちは変わらないと。それは高校のとき告白してくれたあの気持ちと変わらないということではないのか。そう思って聞くと、彼女はふうっと溜息をこぼしながら雑誌を閉じ、隣にいる俺に目を向けた。
「今もそうだよ。今も昔も私の気持ちは変わらない。私は嘘はつかないからね」
「だったら……ッ!」
「けど、違うでしょ」
彼女は力強い言葉で、俺の言葉を遮った。
それに俺は思わず口を閉ざす。真剣な瞳が俺をまっすぐに射抜いた。
「きっと私の想いと、お前とじゃ違うもの」
『違う』
その言葉にズンっと心に重い何かがのしかかったように感じた。
彼女は淡々に、ゆっくり、子どもに悟すように俺に話しかけた。
「私、君が好きよ。ずっと好きだった。けど君は違うでしょ? 私を好きなんかじゃない。ただ、君が辛いときそばにいたのが私だっただけ。それで、ただ一緒にいたいって思ってくれているだけ。そんなの友達でもいいじゃない」
「……ッ」
違う、違う。そうじゃない。
確かに辛いとき、そばにいてくれたのがきっかけだった。
けれど、それだけじゃない。
今までずっとそばにいてくれて、笑って、支えてくれて、あんなみっともない俺でも見捨てないでそばにいてくれた。
友達でいたいんじゃない。誰にも渡したくないんだ。
俺以外の隣で笑って欲しくない。幸せになって欲しくない。
俺のために、笑って欲しい。俺のそばだから笑ってくれるようになってほしい。
幸せだと言って欲しい。今度は、俺が彼女を支えてあげたい。守ってあげたい。
他の誰でもない、俺のそばにいてほしいんだ。
これは絶対に友達に想う事じゃない。それはわかってるんだ。
どうしたら伝わるんだ。
『私、君が好きよ』
そう、さっき言った彼女の言葉を思い出した。
「あ……」
「……?」
少し声をあげた俺に彼女は首を傾げていた。
しかし、俺はそんな彼女の反応を気にしていられなかった。
だって最も伝えなければいけない言葉があることに、気づいたから。
ああそうだ。俺は彼女にまだ伝えていなかった。
「好きだ」
俺はじっと彼女の瞳を見て、言った。
確かに、言った。
付き合おうとか、そんな曖昧な言葉ではなく。
俺の気持ちを、はっきりと、彼女に伝えた。
すると、彼女は一瞬何を言われたのかわからなかったのか、ぽかんとしたように口を開いていた。するとしばらくしてボンっと顔を一気に赤く染めて、慌てた。
「……えぇ⁉ え、いや……ええええ⁉ な、何言ってるの! 冗談でも、言っていい事と、悪いことがあって……! え、えええええええ⁉」
彼女は声をあげて混乱していた。彼女のこんな姿初めて見た。いつもどこか澄ましていて表情があまり変わらなくて、俺をからかう時にしかちゃんと笑わないくせに。今は顔を真っ赤に染めて慌てふためいて、恥ずかしそうに頬に手を当てていた。
その姿に思わず可愛いと思った。さっきまでしっかり目を合わせていたのに、今では恥ずかしがって顔を逸らしている。俺は無理やり顔を向かせるように彼女の顔を挟んで俺の方に向けた。
「冗談じゃねぇよ。俺が冗談でこんなこと言わないってお前ならわかるだろ」
至近距離で目が合った彼女は、さらに顔を真っ赤にして目をぐるぐるさせながら、俺を引きはがそうとした。
「ち、近い近い! な、なに、なんで急に⁉」
「急じゃねぇよ。好きだって言ってんだろ。馬鹿が」
「ええ⁉ 君頭大丈夫⁉ 私、あの子じゃないよ⁉」
「わかってんだよ。もう、いいだろ。いいからさっさと俺を受け入れろ」
「え、ちょッ……んッ」
無理やり、強引に、俺は彼女にキスをした。最初は抵抗していた彼女も徐々に力を失くし、最後は俺のされるがままになっていた。
キスをした後、彼女は頭を沸騰させてそのまま気絶した。なんだかこんなに抜けてる彼女を初めて見て少しうれしくなった。俺であの彼女が翻弄されていると思うと堪らない。俺は気を失った彼女を横抱きしてベッドに運び込んだ。そしてそのまま隣で俺も寝転んだ。
朝起きた時、どんな反応をするのか、楽しみだ。
そう思い、笑みを浮かべながら目を閉じた。
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二年後
俺たちは結婚した。
そして今日籍を入れた結婚記念日だ。けれど結婚式はしなかった。彼女が恥ずかしいと遠慮したからだ。正直ドレス姿を見てみたかったのもあるが、本人が乗り気でないのなら仕方がない。だが、どうしてもこれだけは渡したかった。
それは結婚指輪。今日の仕事帰りに買ったものだ。あいつは別にいいと遠慮していたが、俺自身彼女が自分の物だという証が欲しかった。
「ふッ、あいつ驚くだろうな」
彼女はいつも澄ました顔をしているが、俺が触れようとするとその仮面が剥がれて、顔を真っ赤にして慌てふためく。そんな彼女が面白くて、かわいくて、ついからかってやりすぎてしまう。キスの一つもまだ慣れないで、必死に合わせようとする彼女がかわいくて仕方がない。それでその後、恥ずかしそうに笑うあの顔が、たまらなく愛おしいのだ。
今度こそ、幸せにするんだ。彼女が笑っていられるように、幸せだと言ってくれるように。
また、あの頃のように――……
あれ。あの頃って、なんだ――……?
また、ってなんだ――……?
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「え? 今なんて?」
「……あなたの旦那様が、事故でお亡くなりになりました。ひき逃げで……」
「……」
突然家に警察が来た。少し驚いたけれど、警察が来るんだから大事だろうと思って話を聞いた。
あの人が、死んだ
今日は結婚記念日だった。結婚式はしなかったけれど、ちょっと奮発してあの人の好きなものを作った。シチューは野菜は大きいのが少し苦手だったから細かく切って、ハンバーグが好きだったからあの人のために少し大きめのハンバーグを用意して、デミグラスソースは手作りで隠し味なんかを入れて、驚かせたくて。それでちょっと高めのワインなんか買ってきて、まるでレストラン気分を味合わおうって張り切って。それで、それで――……
茫然としていると警察の人が、同情するようにポケットからある物が取り出された。
「遺留品に、これが」
受け取ったそれはひしゃげた箱だった。少し開けにくかったけれど、力いっぱい蓋を開けて中を覗いた。
「指輪……?」
そこには二つの指輪が並んでいて、その一つはとても歪に歪んでいた。
ああ、きっと今日が結婚記念日になるから、私に驚かせようと買ったのだ。
警察の人は私にそれだけ渡すと、静かに玄関から出ていった。
一人残された私はその場にへたり込んで口元を押さえた。
「……ッふぅ……ぅ」
初めて好きだと言ってくれた時、あの時、本当に嬉しかった。舞い上がった。おかしくなるくらい。嬉しかった。だって好きになってくれることなんてないと思っていたから。
悲しくて、寂しくて、仕方がな――……
「ふふッハハ」
なーんて、笑いがこみ上げる。
やっと死んでくれたね。
わざわざ闇サイトで依頼した甲斐があった。
だって先に約束を破ったの、君だもの。
ずっと一緒にいるって。幸せにするって言ってくれたのに。
愛してるって言ってくれたのに。
約束を破る君が悪いんだ。
嘘をつく君が悪いんだ。
裏切る君が悪いんだ。
ずっと信じてここまできたのに。
生まれ変わる前からずーっと。
私は君に会うために長い長い旅をしてきたのに。
本人は覚えてないし、他の人を好きになるし。
そんな約束破り、許さない。
あの日、君は言ってくれた。
パーティー会場からこっそり抜け出して、二人きりで庭園で踊ったあの日。
美しかったあの日々、あの国、あの景色。
ぼんやりと浮かぶ満月の日に、私の瞳と同じだと笑って、君は誓ってくれた。
『愛してる。俺はこれからも永遠にお前しか愛せないし、愛さない』
『必ずお前を幸せにする。ずっと一緒にいる。お前がもう二度と泣かないでいいように、辛い思いをしないように』
そう君が誓ってくれたことを、私は忘れない。
私は今も昔も想いは変わらないよ。
私は嘘はつかない、嘘つきな君と違ってね。
でも大丈夫。
だって次があるから。
今世ではだめだったけど、もしかしたら次は大丈夫かもしれない。
私のことを思い出して、私のことまた前みたいに好きになってくれるかも。
思い出さなくても、私をまた好きになってくれるかも。
今回はもう出会った時点であの子を好きになってた。もう手遅れだった。それに私をずっと好きでいるって言ったあの約束を破ってる。
そんな君は知らない。
他の人を一時でも愛した、君なんて知らない。
私だけを好きな、君しか知らない、いらない。
だから次のときのために私は布石をうった。
こんな回りくどいことをしたのには理由がある。
だってもし思い出したのが前世じゃなくて、この世の記憶だったら?
もしあの子に告白した時点で殺してしまっていたら、あの人の記憶には私は殺人者としての記憶が残って嫌われてしまう。
だったら好きにさせて、そこで死んでもらった方が、もしものために困らないじゃないか。
それに今世の記憶がもし残っていたら、きっと私をまた好きになってもらいやすくなる。
だからそのためにあの子が邪魔だった。だから闇サイトで依頼をして殺してもらったのだ。
あの人に協力したのだって、私の存在を特別にするため。友達のために想いを犠牲にした友達。そう印象付けるためだ。
そしたらあの子が死んだあと、きっと私のつけ入る隙ができると確信していた。私を好きになってくれた後に死んでくれないと、この計画は破綻してしまうからだ。
でもやっぱり他の人を好きになった君は許せないけど、好きなんて言われてしまうとやはり恥ずかしいもので、思わず動揺してしまったのがよくなかった。次はもっとうまくやらないと。
ああ、次が楽しみだ。
私は、台所に行って先ほどまであの人のためにと野菜を切っていた包丁を手に取った。
それを、ゆっくり首にあてる
私だけを好きでいて、他の人を一瞬でも愛したりしないで。
私にはあの人だけなの。
あの人のそばでしか幸せを知らないの。
必要ないと言われ続け、役立たずと言われ続け、ひどい折檻を受け続け、ボロボロだった傷だらけの私を、価値のない私を、誰かに想われることもない私を
私を辛い境遇から救ってくれた私のヒーロー
あなたが私を愛してると言ってくれたから、私に価値が生まれた。
敵うはずのない想いだったのに、あなたも同じ想いだと知って嬉しかった。
だから、何度でも会いに行く。
あなたが目の前で死んでからずっと後悔してた。
ずっと後悔してるの。あなたを守れなかったこと。もっと多くの言葉を交わらせたかったのに。
だから――……
「あなたを永遠に愛してます。だから、今度は約束、守ってね」
その瞬間、床一面に鮮血が広がる。
後日見つかった彼女の死体は、笑っていた。
永遠の愛に微笑む
■彼女
前世の俺の恋人。前世の記憶持ち。実はこれまでも何度も生まれ変わって、何度も殺してます。自分しか愛さないあの人しか求めていないので、最終的には愛してくれても過去に他の女性を愛していた遍歴があればアウト。これからも自分だけを愛してくれるあの人を探し続けます。
■俺
前世の彼女の恋人。前世の記憶なし。彼女と会う前に別の人に会って一目惚れをしてしまったがゆえに殺されてしまった。もしかしたらもっと先に彼女と会っていればそのまま幸せになれたかもしれない。来世に期待。
■あの子
典型的なヒロインタイプ。『俺』と付き合ってしまったばかりに殺されてしまった。
色々前世設定があったけど、描き切れなかった。。
ちなみに二つの指輪が片方歪んでいたのは、彼女の本性の歪みを表しています。
初めて短編書いたのもあるので、感想か何かで気楽に送ってくれると嬉しいです。




