【タナベ・バトラーズ】この国の未来を
生まれながらにして私には義務があった。それは、この国と共に生きこの国と共に死ぬこと。それが国王の子として生まれた私の人生であり定め。
王女としてこの世に生を受けたなら、その定めから逃れることはできない。
そして、また、細やかな平穏への望みのためにこの国を差し出すことも認められない。
私は戦いを望みはしない。それが生み出すものの虚しさを知っているから。避けられる戦いであるならばなるべく避けたい。が、それでも、避けることのできない戦いというものもこの世には確かに存在している。
戦いを拒むことが、国の民を隷属へ導くことであってはならない。
この国の人々が人々として生きるためには、時に、戦いを受け入れなくてはならない場合もある。その戦いを拒むことは、この国の終焉を意味するのだから。ならば、多少の犠牲が出るとしても、すべてを失う前に交戦せねばならない。
それでも、もし戦いのない道があるとしたら……。
それを模索することもまた、王女として生まれた私に与えられた課題なのかもしれない。
◆
「……リアさん、サーフェリアさん!」
はっとして振り返ると、赤に白をほんの少し混ぜたような色をした髪の少女——オッサケが呼びかけてきていた。
頭の左右、やや高めの位置で結んだ髪は、彼女の可憐さを強調しているかのよう。
また、こちらを見つめる瞳は髪色とは違う深海のような青。くりくりとした大きめの瞳だが、少しでも視線を合わせると吸い込まれてしまいそうになる。それこそ、人を渦に巻き込んで深海まで引きずり込んでしまいそうな、そんな雰囲気を醸し出している。
「あ、あぁ、ごめんなさい。何だったかしら」
「大丈夫? ぼんやりしてない?」
「えぇ……少し考え事をしていたの。でももう大丈夫よ、気にしないで」
齢十二、まだ女性的な身体つきにすらなっていない彼女は、一年ほど前に私が運営している『スノーアメジストの気ままな家』へやって来た。双子の片割れであるタバという少女が『スノーアメジストの気ままな家』にいたことが、彼女がここへ来ることとなったきっかけだ。
ちなみに、『スノーアメジストの気ままな家』というのは、戦争によって親を失った子を引き取って育てている施設。
「聞いて、サーフェリアさん! 今日の朝ごはんの時、ベリグリがみんなのエビフライを食べちゃったの! もー最低っ!」
「彼、エビフライ好きよね」
ベリグリはやや肥満傾向のある少年。彼もまたこの施設で暮らしている。とにかくエビフライや揚げ物が好きで、それゆえに身体に肉がついてしまっている。一応たまにはダイエットしようと考えるようだが、毎度すぐに挫ける。そのため、彼のダイエットは大抵失敗に終わっている。
いつになったら本気で痩せようとするのやら。
「他人の分まで食べるとかあり得ないっ」
「それはそうね。これからはきちんと管理しましょう」
「雪掻きの刑!」
「そうなの? 現在進行形?」
「やらせてる!」
「ふふ。厳しいのね」
国のため、国の民のため、避けることのできない戦いもある。けれども、その戦いがこうして親と一緒にいられない子を生み出してしまうのだから、皮肉なものだ。民のための戦いで犠牲になるのはいつも民。
戦えば命が失われ、戦わなければ国そのものという存在が失われる。
どのみち何かが失われてしまう。
平穏とは、誰かの犠牲の上に成り立つもの。
平和とは、数多の屍の先に在るもの。
仕方のない戦いは確かにあって、けれどもそれによって被害を受けた子どもを放っておくこともできず、私は『スノーアメジストの気ままな家』を設立した。それは多分、私自身のためであったのだと思う。一種の償いのつもりだったのかもしれない。私の中にある罪悪感を小さくするために思いついたのが、こんな方法しかなかった。
「次の揚げ物の時はぜーったいにベリグリには自由行動させないから!」
「たくさん食べられてしまうものね」
何もかも自己満足かもしれないけれど、時には自己満足だと批判されるかもしれないけれど、それでも構わない。私の行動によって少しでも救われる命があるなら、と、その想いを胸において、私はできることをする。
たとえ自己満足だとしても。誰からも求められていない勝手な行動なのだとしても。
それでも、今ここにある穏やかな日々を大切にしたい。
女王となった今、私には、一人でも多くの国民を守らなくてはならないという責任がある。特に、未来ある幼い子どもたちを守ること。それは絶対に達成しなくてはならないことだろう。一人も犠牲にしない、と、夢物語のようなことを話すつもりはないけれど。それでも、できることなら、犠牲は少しでも減らしたい。
そしていつか、彼ら彼女らに託そう。
この国の未来を。
◆終わり◆




