33.相体相命
「怖かったぁぁー・・よね!? 大変だったぁあー・・よね!? こんな作戦めちゃくちゃ・・・だよね!!?」
「ミレスあんた助けに来たのか助けられたかったのかもうめちゃくちゃなんだけど。それと後鼻水私についてるから。あんた今鼻かんだでしょ」
ジュルジュルとミレスの顔はとてつもなくぐちゃぐちゃだった。
まさかと、シリヲンは再び上空へと目を向ける。するとそこには多くのリベリィが上空からアンダーズに向けて攻撃を開始していた。一人一人にはミレスが今も付けている魔力を帯びた綱がしっかりと付けられていた。
上空に浮く陸艦と繋がっているその綱をブレイカーに接続して簡易的に上空での飛行能力を会得しているのだとシリヲンはそれをすぐに理解した。
だがしかし。
その大元である陸艦が単独で浮いているのがどう転んでも理解できないでいた。
「リッター・ミレス・・・早く状況の説明を」
「君は確か・・・ユース・ナリヤゼス? だったかな」
「はい、ヘリオエールの三凛華に名前を知って頂いていた事光栄に思います。ですが・・・私の方から説明させて頂きます」
ナリヤゼスは一度チラッとリッター・ミレスを見るもまるで生まれたての小鹿のように地面を張っている姿を見てシリヲンには自分が説明した方がいいと判断した。当然シリヲンもそれをお願いしたと同時に同じ三凛華と呼ばれる者として恥ずかしい思いを少なからず感じていた。
「私達は連合陸軍バルメン少将の要請により、援軍・・・いえ、救援として参りました。現在はリッター・シリヲンが全体指揮を執っていると理解してよろしかったでしょうか」
「あ、あぁ・・・。ふぅー。そうだな。そう理解してくれて構わない。簡潔に説明すると作戦は失敗、味方連合艦隊は、あの大型アンダーズへと姿を変えた。もちろん生存者は不明だが、こちらの呼びかけには一切の反応を示さない」
「あれが連合艦隊? わかりました、では一先ず後方のあのサソリ型のアンダーズの撃退に尽力するでよろしいでしょうか。もちろんこのまま前線には私達上空部隊が引き続き―――」
「承諾できるわけねぇええーだろうがぁあああああ!!!」
ビクッとインカムの声に驚くシリヲンとナリヤゼス。
その声を聞こえたと同時にナリヤゼスは舌打ちをした、シリヲンはそれをしっかりと見た。
そして自分へと向けていた表情とは一変し笑顔でその声の主に呼び掛けた。シリヲンはそれがただの純粋な笑顔では無い事をしっかりとわかっていた。
「あらー? あなたが考案した作戦なのですから、もう少し頑張ってくれてもよいのでは無いですか????」
「ふざけんなこの女狐野郎が! 誰が艦二隻を持っていくなんて言ったんだよ!?」
「二隻で不満があるなんて、ハーレムは贅沢だと思いますが???」
「今から一隻にしてやるからそこを動くなよてめぇえ!!」
シリヲンは愕然としたまさかと。今の会話から考えられるのは一人の人間が今陸艦を、それも二隻の艦を上空に浮遊させているのかと。
今もなお大量の攻撃を惜しみなく降り注がせているのは、ただの制御兼命綱だけではない事に気が付く。あれは常に膨大の魔力を供給しながらの攻撃を可能とした作りなのだと。一度考案された事のある話しを思い出した。だがその大きなリスクとして供給元の陸艦が傍に無いと意味を為さない点と折角のリベリィの機動力を殺してしまう事が懸念され無くなった物。
だが今目の前にあるのはそのリスクをリュールジスというイレギュラーを使う事で全てクリアした理想的な形だ。
機動力は上空という三次元に動くことで確保し、供給元の陸艦はアンダーズの攻撃が届くことの無いだろう上空。
常に人類の高所を浮遊するアンダーズからしたら上空への攻撃手段が一気に限られている事に今更になって気が付いた。
めちゃくちゃだ。今のシリヲンにはその言葉しか出てこなかったが、全てが理に適っているのかと納得するしかなかった。
現に今前線のアンダーズの攻撃は全て上空の援軍達へと向けられていた。敵は距離を取り上空へ向けて攻撃をしようと動くアンダーズ達、だがすぐさま撃墜されいく光景は圧巻と言わざる負えない。完全に相手に対して先手を取り、後手へと追い込んでいた。
「ナリヤゼス様! 後方のサソリ型ちょっと厄介ですよ!」
「流石にあの砲撃がこっちに向いたらまずいですぅうー!!」
「リュルいい加減にしてくれ、こっちは止めるので精一杯なんだから」
流石に話しが長くなった。というよりずっとリュルとナリヤゼスが子供の喧嘩をしていたに過ぎない。上空からのムーの狙撃とダッドとオウギフのシールドで何とか敵の照射攻撃を止めている現状だった。
直ぐに事態の対処に当たろうとナリヤゼスは動こうとする。
「待て。すまないが・・・その・・」
「・・・シリヲンまさか!」
さっきまでガクガクだったリッター・ミレスが我を取り戻したかのように立て直った。
そして・・・シリヲンの言葉を全員が黙って聞く。
それは、マイスター・アーシャの事だった。
――― ――― ―――
戦況はどうなっているだろうか。
シリヲン達は無事でいるだろうか?
物影に隠れながら市街に侵入しマザー型と呼ばれるアンダーズを目指すアーシャ。息を荒げながらも足を進めるが、進めば進むほどみなの事が心配になってくる。
ようやくここまで辿り着いたのにも関わらず、ここに来てもまだアンダーズの群れは目の前に蔓延っている。ブレイカーの魔力も余剰分は無いに等しい、下手に戦闘をして目の前にいる群れを相手にして魔力を使い切ってしまっては元も子もない。
もはやここまで来てしまったアーシャに退路はない。敵を倒すか倒されるか、二つに一つ。マザー型の撃破以外にアーシャが生き残る術は無い。
「・・・フリッズ、王城」
アーシャが見上げる建物はフリッズ王国の象徴と呼ばれる物。王城だった。
ふとアーシャは、昔を思い出す。それはフリッズ王国の最終防衛戦だった。彼女もまたその戦闘に参加し最前線で戦った。当時はリッターであった自分は、今以上の力が無かった事を悔やむ。三凛華の三人と共に戦場を駆け巡りどれだけのアンダーズを倒しただろうか。そしてどれだけの仲間の命を捧げたのだろう・・・。そんな苦い思い出がアーシャの顔を歪ませた。
そして今の自分はみなからマイスターと呼ばれるまでに力を付けた。多くの鍛練を積んだ。アンダーズ相手にもう苦渋を舐めさせられることはないように常に努めてきた。
だが、当時のように自分の横にはミレスやシリヲンの三凛華は居ない。
もう覚悟を決めるしか、選択肢はない。
アーシャは、意を決し王城の中へと進んでいった。
「これは・・・一体」
城の中はとにかく黒く覆われていた。
外から見た時はまだ城の形を保っていたはずが、内装がもはや別のモノへと変わっていた。
これではただの洞窟。そんな印象を抱きながらもアーシャは更に進んだ。
目標は、フリッズ王城の『玉座の間』。
王城の内部構造は何度か足を運んで居たためある程度は把握している。
いくら劇的に内装が変わったとしても通路などが変わっていなかったのが、アーシャにとって好都合だった。
さらに足を進めていく。
進めば進むほど不気味さは増していく。自分が向かう場所がこの王城のゴールとでも言いたげに緊張感がアーシャの気持ちを揺るがすほどに。
角一つ曲がるのにも最大の注意を払い、常に気を張り奇襲にも備える。頭の中ではあと少しと永遠に思いながらもただの一本道でさえ気が抜けない
状態だった。
そしてその時を終えるかのようにアーシャは立ち止まった。
「ここが・・・」
一体どんな人間が通ることを想定されて作られたのかわからないほど大きな扉がアーシャを出迎えた。
ここから先が玉座の間。そしてフリッズ王国を汚染侵略しているアンダーズの中枢の存在、マザー型が居る場所。
今すぐにでも扉を開き破壊しなくてはいけない。そんな事は誰にでもわかることではあるが、アーシャは目を閉じ大きく深呼吸をする。
とてつもなく大事なことの一つ。ここからは気持ちを切り替えなくてはいけない、失敗は許されない。
今もきっと戦ってる者達の為に、フリッズ王国の解放を今も願っている者達の為に、全人類の進出の一歩の為に。
ガチャンッ・・・!!
アーシャは重い扉を開けた。
アンティオキア作戦、最後の戦いの為に・・・。
「あれは・・・何」
扉を開いた先に待ち受けていた物。それはアーシャが想像していた物とは全くの別の物だった。
玉座の間の最奥、王様が座っているであろう場所には巨大な漆黒色の岩。結晶体、アンダーズなのは間違いないが。今までのどんなタイプとも違う。
アーシャが一歩踏み出した瞬間、それは動き出した。
巨大な体、二本の脚、二本の腕、そして顔にはコアのような赤黒い光が灯された。今まで見てきたものとは異彩を放っている存在が立ち上がったのだ。
「・・・ゴーレム?」
神話の中の存在。作り話の中の化け物。ゴーレムと呼ぶくらいしか言い表せないそんな存在が今アーシャの目の前に立ちはだかり拳を高く振り上げた。
「っ・・・!」
すぐさまブレイカーを起動し戦闘態勢に入る。
アーシャ目掛けて振り下ろされた拳は地面を叩き潰した。
床が一気に粉々になりその破片と風圧の衝撃がアーシャを襲う。直撃は免れた。だがその予想を上回る破壊力に壁へと吹き飛ばされる。
「くっ・・あれがマザー型。なら・・!!」
激突しそうになる前に体勢を立て直し壁に張り付くと同時にストックを取り出しビットを展開する。
もう今のアーシャの魔力は万全ではない。時間さえ悠長に使っている暇は無い。休みはこの部屋に来る前に済ませた。後は目の前の敵を倒すだけ。
アーシャは壁を蹴り一気に加速する。狙いは光り輝く顔面、コアのみ。
「はぁあああああ!!!」
右手で握るストックにビットを集結させる。
ゼロ距離からの一斉照射。それで勝負を決める為、意識をゴーレムの顔面のみに絞る。
そして、距離が詰まった瞬間。
顔面のコアに光りが更に灯った。
アーシャが、リベリィが知らないはずの無い光。それが今、アーシャを襲った。
すかさず攻撃を中断し防御態勢に移る。ビットもすぐさま切り離し前面に展開した。
「ぐぅうー・・・きゃぁっ!!!」
魔力が足りないのか、敵の攻撃が強すぎたのか。
通常よりもビームは細いように見えた、だが一発攻撃を防いだだけでアーシャは察してしまった。
今のままじゃ・・・このゴーレムには勝てない。
「右腕・・・!?」
考える暇を与えないかのようにゴーレムはアーシャに右腕を向ける。殴る為ではない。腕の形状が変化、ガギガギと音を立てながら砲身へと変形し、当然のごとく何の躊躇も無くアーシャへ向けて撃ち込まれた。
当たっていてもおかしくなかった。変形した動作が無かったら避けれなかった。
再び地面が弾き飛んだ。
最初の地面を殴ったのとは全く比べ物にならない程の破壊力。地面が貫通し城内の構造が丸見えになる程の威力をゴーレムは披露した。
「威力は桁外れ・・・反応速度が早い。それに・・・固いよね」
ストックを祈るようにして両手で持ち直す。
手が震える。
「ぐぅ・・」
自分が死ぬかも知れない。
敵わないかも知れない。
何も出来ないかも知れない。
アーシャが抱くのはそんな恐怖心では無かった。こんな物の相手を他の人達にやらせるわけにはいかない。もしこれがアンダーズの本当の力、いや今まで自分達が相手してきた物が本当の半分以下以上だったらと考えると。もっと・・・。
もっと・・・。
「強くならくちゃ駄目だ!!!!」
大型の魔方陣がアーシャの足元に浮かび上がる。
確実に目の前の敵を倒す。目を限界まで見開き目の前の出来事を何一つ見逃さない為に。振り向かない為に。
今持てる全てをぶつける為に。敵を倒す為に。
「うぁあああああああああ!!!!」
獣の雄叫びを上げストックをゴーレムに向ける。
魔力を限界まで高めストックへ集める。
ゴーレムは察知したのか、再び変形させた右腕の砲身をアーシャへ構える。
だが、アーシャは標準を合わせまいすぐさまゴーレムの左側面に回り込む。狙いが定まらないままゴーレムは一撃を撃ち込んだ。
狙い定まらなくともその強大過ぎる一撃で建物共々アーシャを吹き飛ばす算段だったはずだった。
だが、アーシャ撃ち込まれた場所、土煙りの中血塗れになりながらも今まで以上の速度でゴーレムに飛び込んだ。魔力が限界以上に光り輝いたストックを両手で構え反応出来ないほどの速度、爆風を利用してゴーレムに接近したのだ。
ゴーレムは一瞬呆気に取られたようにたじろぐも迎撃の為に先ほどと同じように顔面を光らせたが。
「はぁぁああああー!!!!」
アーシャの狙いは顔面のコアでは無くその逆側に位置する脚部だった。
ゴーレムの左脚を全力でフルスイングしたストックをぶつける。
衝突した瞬間眩い光に包まれながらもアーシャは目を瞑らず目を見開き続けた。
そしてアーシャのストックは粉々に吹き飛んだ。
同時にゴーレムもまた左脚を粉々に破壊し転倒した。
いける。
ゴーレムのスキを作った。もはやストックは無い。それでも今自分にはこの手がある。たとえ手が吹き飛んだとしても構わない。
右手に最後の最後の魔力を込める。後はもうこれをあの顔面へと向けて打ん殴るだけで全てが終わる。
再び地面を蹴り、一気に飛び上がれば・・・。
バギッ・・・。
「・・・っ」
地面を蹴った感覚が無い。アーシャが踏ん張った足場が力に耐えられなかった。着地した場所が悪かった。
瓦礫と化した足場は無情にもアーシャを奈落へ突き落すかのよう誘う。
自分は飛んでいたはず。ゴーレムに最後の一撃を与えるはず・・・だった。
「魔力・・・切れ」
すぐに体勢を整えればまだ間に合った。すぐに反応も出来た。まだ戦えた。
けれど、今この瞬間。天はそれをよし、としなかった。
咄嗟に瓦礫の鉄柱に手を伸ばし捕まり、下を見下ろす。
ブレイカーがあれば着地することは容易だが、今のアーシャは魔力が切れたただの人間。今握っている手を離せば、確実に死にゆく存在へと変わる事がわかった。
「え・・・なんで、なんで・・・?」
もう、おしまいなのか。ここまできたのに。
ここまで、ここまで・・・ここまで・・・。
なのか。
終わりを告げるかのようにアーシャが落ちた場所にはアンダーズ。左脚を完全に修復したゴーレムがアーシャを見下すようにして覗き込んでいた。
右腕の砲身を構えたゴレーム。
潔く死ね。そう言っているようにアーシャは聞こえた。
「そうか・・行くんだ・・・行くんだね私も」
もう、打つ手は無い。
これ以上はもう・・・意味を為さない。
アーシャは静かに目を閉じた。体が軽くも感じたのだった・・・。
「"マーシャ"・・・今行くね。お姉ちゃん、頑張っ―――」
「リュル陸艦アタァァーック!!!!」