28.千古不易
「ふぅー・・急にすみませんでした。いやー姉ちゃんから家族以外の女の前では泣くなって言われたんですが、よかったです」
「はぁ!? 良かったって君ぃいぃ!!?」
目から零れ落ちたモノを拭う時間。
これを無駄にしてはいけない、拭った時間は取り返す。
「バルメン少将。先ほどのお言葉、嘘偽りの無い物として心に刻み込まれました。 だからこそ、今の自分がやること、いや。自分がやるべきことを改めて理解しました」
「そうか」
「はい、繋げて見せます。必ず」
俺は改めて姿勢を正した。
少将との記憶は特別思い出す事は出来ないが、恐らく忘れていた時の俺も同じように姿勢を正していたはずだ。
「進言致します、グラテム中佐および、ヘリオエール東寮の面々もアンティオキア作戦の戦闘地域へと向かう許可を頂けませんでしょうか」
「待って、そんな勝手に」
「いいだろう! グラテム中佐はこれよりリッター・ミレスの指揮の下本作戦に参加するように、こちらへの定時報告を怠らないように務めよ。特別回線を設立する、私の方でキュベレス学導院長へ話しを付けておこう」
俺の意図を汲み取った少将は次々と話しを進めていく。
この作戦への参加は、通常の物では無い意図に。
「どのような状況下に陥るか想定は出来ない、私は昔と変わらない」
少将は目を閉じ苦い顔をしていた。
俺はその光景に思い当たる節だあった。
次の言葉が・・・わかったような気がした。
「君達の判断を信じる・・・ですね」
「っ・・・そうだ。投げやりに感じられるかも知れないが、事後の事は全て任せろ。それだけが無駄に生き延び階級のみを上げてしまった者の務めだ」
武運を祈る。
少将が俺達に敬礼をしてモニターでの通信を終えた。
恐らく少将もすぐに動いてくれているのだろう。
誰もが右往左往しているこの状況下で俺達の目指す道は交わった。
「えっ・・・と。ごめん、ちょっと私達どうするの?」
リッター・ミレスはついていけないという顔をしていた。
一先ずは問題ない。
彼女の仕事はこの後すぐにある。
それよりも時間が惜しい。
「中佐、ひとまずヘリオエールへの帰還でよろしいですね」
「あぁ、問題無い。ここの警護は恐らく援軍が到着するだろう」
「こっちも数名残していくつもりです。主力は置いておけませんが、こればかりは祈るばかりしか」
だが、少将もそれを理解しているはずだ。
俺達が離れたから街がまた侵略されたなんて事にならないように取り計らってくれるに違いないと信じる。
問題は物資と時間。何よりも情報が足りない。
「出た」
コンコンとノックをする音がした。
出入り口へと振り向くとそこには資料を持ったプンが一人ポツンと立っていた。
「これは、まさか」
「うん、作戦資料」
「盗んだのか?」
「・・・内緒」
これ以上は聞くまい。まさかプンがそんな能力まであるなんて思ってもみなかったが、出来ればこうゆうヤバい橋は渡って欲しくない。後で注意しておこう。
だけど、おかげでアンティオキア作戦の詳細がわかった。
作戦実行日時、拠点座標。これだけで十分だ。
だが、肝心な作戦詳細内容があまり記載されていない。どういう風に攻めいるのか全部の資料を見ても記載がない。
「多分、ない」
「ない?」
「うん、ない」
改めてプンが渡してくれた資料に目を通す。
攻略立案は多くあるも、どれが実行されるのかが明記されていない。
ということは、プンの言うように本当に・・・。
「まずいな、中佐。急いで艦の出発をしましょう。プンとリッター・ミレスは他の主要メンバー、リベリィを全員この艦に集めて! 物資とかも必要最低限を他の艦に置いたら積んでくるようにお願いしてほしい」
「わかった」
「あと、チシィにキマイラの高出力ブースターを俺のブレイカーに付けておくように言っておいてくれ」
「あぁーもうわかったわよ! プリエちゃんはチシィさんの所お願い、召集は私の方でするから」
俺の指示で二人がすぐさま動き始めた。
中佐にプンが持っていた、資料を手渡すと、俺と同じ様に顔を歪ませた。
これが本当にアンティオキア作戦なのかと疑いたくなる。そう呟く。
もちろんこれが全様で無い事は考慮したとしてもあまりも杜撰だな物だった。
「バルメン少将の様子を見てもやはり、間違いないでしょう。見切り発車、あまりに急ぎ過ぎている。無謀だ」
「国を追われた人間が、どういった行動を取るのか。良い模範かもしれないですね。今も昔も変わらない」
民衆からは勇敢を捉えられるかも知れない。だがそれは賭博と何ら変わりがない。
どれだけベットしてもベットした今にしか目が行かなくなる。追い詰められている人間達なら尚更だ。
だが、今はもう昔のような無抵抗で終わるような体制では無い。
それがわかっていないのか。いや、ある意味で今も昔も変わらない、ということなのかもしれないな。
「では、中佐。申し訳ないですがリッター・ミレスと共に全体指揮をお願いします、自分は」
「わかっています、ただこれだけは言わせて下さい。ここにいる者達の為、あなたの姉上様達の為、無理だけは決してしないで下さい。もう何も出来ない者達では無いのですから」
真剣な眼差しを向けられる。
何も出来ない・・・か。決して俺が何か出来ていたなんて思ってもいなかった。
ただ数字の問題だったんだ。0を1へ2へ3へ・・・。
そんなことばかり。
その重要性に今更になって気付いただけだったんだ。
だからこそ、今もうその考えをやめるんだ。
「わかってます・・・。帰ったら祝杯、ってことですよね中佐」
「ふっ、そうゆうことです」
もう、諦める事なんてするもんか・・・。
――― ――― ―――
「マイスター・アーシャ・・・」
急に呼び出され艦ですぐさま出発を言い渡された者達が不安な顔を受けべている。
アーシャもまたその一人であるが、いつものように凛とした佇まいで堂々している。
ここにいる者の中で一番グレードの高い自分が不安感を出してはいけないと。
「大丈夫だよ、みんな。リッターも多くいるんだから、しっかりと自分の班長の言うことを聞く。それだけに集中して」
「は、はい・・・」
作戦の大まかな内容はマイスター・アーシャが説明し終えた所だった。
誰しもがその作戦に異を唱える者は居なかったが、不安を拭いさるほどの物じゃなかった。
陸軍上層部から告げられた内容。リベリィの連合軍によるフリッズ王国への電撃強襲。
近日、アンダーズによる知的作戦行動が多いとされている中での作戦実行だと、最高責任者である者達はリベリィに告げた。
確かに、その情報は間違いでは無い事をアーシャはその身をもって体感している。
だが、そんな情報だけでアンダーズに勝つ。フリッズ王国を奪還できるとはアーシャのみならずここへ召集され共に目的地の拠点へと向かっている者達は誰一人考えていない。
リベリィだけじゃない。今もアーシャが乗っている艦の陸軍人もそう考えているに違いなかった。
「アンティオキア作戦に参加する、勇敢なる者達よ聞こえるか」
オープンチャンネルで男の声が聞こえた。
みなその声に驚き、目を開く。そんな中、アーシャだけがその声に嫌悪感を抱いた。
初めて聞く声ではない、この声は、学院長室で出会ったあの准将の声だとわかったからだ。
「今宵まで戦い抜いた戦士達諸君のおかげで、待望であったフリッズ王国奪還の日を迎えることが出来たことをここに感謝と敬意を表しよう。しかし、これはまだ始まりに過ぎない。我々の目的は、アンダーズと呼ばれる人類の敵の末梢に他ならない。このアンティオキア作戦は人類が立ち上がり鼓舞し歴史に名を残す物である!! 奴等に思い知らせてやろうでは無いか、人類の・・・我々の力の偉大さを!!!」
うおぉおぉおぉぉぉおぉおおぉおおーー!!!!!!
何処から聞こえてきたのか、准将の激励演説が終わると同時に歓声が上がった。
アーシャの乗るリベリィ部隊は歓声を上げるとは真逆の態度を示していた。
当然他の艦のリベリィ達も同様だった。
まだユースになり立ての者達の中には吐き気を催す者達もいた。
歓声を上げる者達は、もうフリッズ王国を奪還できた気いる。
艦隊数で見たら確かな数が居るのは間違いない。誰もが夢見たアンダーズからの奪還作戦の成功。
皆が一丸なれば果たせると。
それでも、対アンダーズの最前線で奮闘している者達は、同じ様に喜びを声に出す事は出来なかった。
「マイスター・アーシャから各員へ、目的地までの時間休養を取るように努めて下さい。リッターはユースのケアをお願い。余裕のある時に各自ブレイカーの調整を怠らないよう・・・お願い、します」
いつもなら返事を行くまで通信を切らないが、アーシャはすぐに通信を切った。
少しでもみんなには気持ちの整理をしておいて欲しいから。
少しでも・・・少しでも・・・。
『誰かー!!! 誰かいませんか!! 返事をして下さい!!!』
アーシャは昔の作戦を思い出してしまった。
それはブレイカーを使っての初陣。人類が初めてブレイカーを戦線に投入した時の記憶だった。
少数精鋭のリベリィ小隊。
その最初の任務は、救援だった。
燃え盛る森の中、懸命に声を上げ生存者を探すアーシャ。
ブレイカーで高速で動き回っても、魔力を使って探しても。誰一人見つからない生存者。
初めて見た戦場の現実。
自分は、知っていた。アンダーズが現れてからリベリィになってまでの間の戦場を知っていた。
けれどこんな物ではなかったはずだ。
話しと違う。ブリーフィングと違う。
生存者の救援と共にアンダーズを撃退する任務だったはずだ。
なのに・・・なのに・・・。
生存者は・・・一体何処に。
『っ・・・!』
そこでアーシャが見た光景。
現実だったのか、幻覚だったのか。当時のアーシャには理解出来る物じゃなかった。
大量の死体。
土で覆われた大地が真っ赤に血で染め上げられている。漂う異臭と燃え続ける火の匂い。
全てがアーシャの脳をおかしくしようとしているように感じていた。
だが、そんな絶望的状況の中で唯一。自分の脳が正常に働いた出来事がアーシャ救ったのだった。
『生き・・・てる』
人影が、大量の死体の中で一人。
やっと・・・見つけた。
「マイスター・アーシャ!」
「あっ・・・はい!?」
自分を呼ぶ声にアーシャは我に返った。
すぐに笑顔を作り上げて応対する。
ちょっと疲れが溜まっているのだと、軽く口を叩いた。それだけの元気はまだあったのだと自覚した。
「あのリッター達がお呼びです。通信室へと・・・」
「うん、わかった、ありがとう」
ははは、と笑って見せた。
ついついみんなを不安がらせてしまったことを反省した。
最近はどうもあの時の事を思い出してしまうと心の中で呟く。
その思い当たる節はあった。
それは、彼が来てからだった。彼の元気な姿を見れば見るほど、アーシャはその身を引き裂かれる思いでいっぱいになる。
彼が戦果を上げた報告を聞く度に表情が曇り気味になってしまう。
けれど、彼はこの作戦には参加していない。それだけが、アーシャにとって一つの喜びだった。
「すぅーー・・・うん!! しっかりしよう!」
大きく深呼吸をし顔を叩いて気合いを入れ直す。
今は目の前の事に集中する。今も昔も変わらない。
もうみんなを死なせてはいけない。
その為に今自分はここにいるのだから。
一人のマイスターは・・・一人の少女はまた、戦いに身を投じるのだった・・・。