27.意志伝達
「全リベリィの召集命令?」
「えぇ、どうやら特殊暗号化された通信が全連合軍へと送られているようです」
「こちらも確認しました。ヘリオエールもどうやら緊急招集が掛けられているようで、待機中または任務を終えた者達が挙ってヘリオエールを出発したと連絡がありました」
東寮の俺達はアンダーズの襲撃から街を守り抜きそのまま警戒態勢で任務が続行されている。
そんな中、不穏な空気が陸艦に、いや世界全体に漂っている気がした。
「リッター・ミレス。これ」
「ありがとうプリエちゃん」
プンが一枚の紙を魔力で印刷し渡した。
これは俺達第3班に定められたある意味では規則であり、ある意味では特殊な通信手段。
プンを通じて第3班の状況を逐一報告する。学院長またはレプティ寮長とほぼ繋がっている為、今のような不測な事態には好都合な代物だ。
リッター・ミレスはプンから受け取った資料を眺めながら眉間に皺を寄せていった。
ここにはプンと俺とリッター・ミレス以外には、1班の班長であるナリヤゼスと2班の班長オウギフが顔を出している。
そして全員がリッター・ミレスの言葉を固唾を飲んで待っていた。
「レプティ寮長からの情報です」
リッター・ミレスはみなに聞こえるように読み上げた。
『現在ストライク王国にて対アンダーズ連合軍へ向けて大掛りな作戦が進行されようとしています。その内容は、今も汚染領土最高クラスの一つとされている"フリッズ王国の奪還"である。作戦名は、アンティオキア。人類の真の反撃を意味した失敗の許されない物』
(アンティオキア・・・)
全く聞いたことも無い。
学院長も一切そんな素振りも見せなかったし、姉さん達からも連絡が無かった。
絶対に俺に教えるくらいは出来ただろうにどうして。
『尚、現時刻を持って動けるリベリィはアンティオキア作戦に参加するべく召集されているが。現段階で任務に付いてる第3班は、東寮のリベリィ各員と共に現状のまま待機、また状況が動き次第連絡をする。 以上』
「現状維持!? 何故我々は作戦に参加しないのだ!?」
誰もが思っていることをオウギフは一番最初に口にした。
みな口を紡ぎ考え込んでいた。
当然のこの異様な空気が全てを物語っている。
「何故、こんなタイミングで作戦の決行を・・・」
ナリヤゼスが呟いた。
みなが考えているのはそれだった。あまりにも不自然過ぎる。
機密性を順守しての行動にしては突発的だと感じてしまう。作戦決行のチャンスが今この場にいる誰もが知らないだけで、あった。ということになるのか。
「・・・皆さん、私に心当たりがあります」
グラテム中佐が一人声を出した。
全員が、目を開き中佐を見る・・・だが。
俺は他のクルーにも目が行った。何かに気が付いた。
中には俺達と同じように中佐を見る者もいれば、それ以外の感情を持った者も居た。
表情から見て恐らくは、心配?
「これは私がただ報告をするだけの事だ、他の者達が心配する必要は無いいいな。 リッター・ミレス、それと・・・リュールジス・・さん。お二人も一緒に来て頂けますか」
現状リベリィ最高責任者であるリッター・ミレスはわかるが、どうして俺・・・。いや、これは少し考えればわかることか。
どうしてグラテム中佐が俺達第3班の専属艦として共に戦ってきたか。答えは簡単だ。
きっと姉さん達の根回しだろう。
つまりは、ある程度俺の素情も中佐に話している。話していなくてもきっとこの人ならある程度察するだろう。
「わかりました。ユース・ナリヤゼス、一時的にではありますがあなたに本部隊の指揮をお任せします。ユース・オウギフはその補佐をお願いします」
「「イエス・リッター」」
「すぐに行きましょう中佐。恐らく時間が物を言うかもしれない」
「はい、出来る限りの事をしましょう」
俺達はすぐさま行動に移った。
プンは引き続き索敵を、ナリヤゼスとオウギフは各班へと状況の説明を、当然不確定要素の多い事の為、班に不安を煽らないように善処した。
そして俺達二人は中佐に連れられて通信室へと向かった。
中佐の指示で通信士達全員が退室し、部屋の中には俺達三人だけになった。
「では、カメラに入らないよう。お願いしますね」
特別な指示は無くても俺達は中佐が何をするのか、何となく理解していた。
単純な話し、これからお偉いさんと内密に話す。その内容は当然口外出来るようなことではない。
だからこそ俺達をここへ呼び、そして会話内容を聞けという事だ。
当然どういった内容なのか事前に教えてもらってはいない。教えられる内容では無いのがわかっているから俺達も聞くことはしなかった。
「こちらグラテム中佐、バルメン准将にお繋ぎ頂きたい」
「こちらコントロールセンター、何用か。任務報告ならばこちらで引き受けよう」
「バルメン少将に繋ぐんだ。君は何故私が直々に報告をするのか、その意味が理解出来ないのか? 君、階級と名前は?」
「・・・・・・失礼しました中佐殿。すぐにお呼び致します」
おぉ~こえぇー。
いつも温厚なグラテム中佐が恐喝まがいな事してることに驚きを隠せないでいた。
とは言っても当然怒鳴っているわけではない、ただ言葉に覇気があるというか、中佐の言葉が脳内のみならず全身に浸透させるような声を発した。
普通の会話のようにスラスラと怖い事を言う。というか言い慣れてると言った方が正しいか。
相手の通信士から声が聞こえなくなってから無音が続いた。
通信機から聞こえるのは、雑音だけだった。正確には何か騒がしい音だった。
今中佐が通信しているコントロールセンターとやらも今はそのアンティオキア作戦で大騒ぎになってるのか。
「・・・中佐、私だ。遅くなってすまない」
「いえ、少将。こちらこそご多用の中申し訳ありません。早速ですが、アンティオキア。何故今になって実行されたのか聞いてもよろしいでしょうか」
「・・・・・・」
バンメル少将。
モニターに映っている人を俺も見る、何処かで見たような気がした。
まあ軍人さんなのは間違いないが、少将なんてそんな大それた人を俺が見たことあるかもなんて事が気になってしまった。
「中佐・・・そこに居るのは、"彼"か?」
「っ!?」
少将の言葉に体ビクついた。
見えていたのか、それとも何かの魔術か。何にせよこれで密談は終わりなのか。
そう思った瞬間、俺は更に驚く事になった。
「中佐、彼等とも話しがしたいが、よろしいか?」
「了解しました」
さあ、とグラテム中佐は俺達の方を向いて前に来るように促す。
俺はリッター・ミレスと顔を合わせた。お互い酷い顔をしていた。
なんでこんな事になったのか今にも泣き出したい気持ちを抑え込んだ顔だった。
「グラテム・・・相変わらずお前は、そうやって部下を困らせる」
「ははは、少将ほどでは」
めっちゃ気を使われている。
物凄くマッチポンプでもされたのか感があるが、致し方ない。
ここは腹を括って堂々とするのが一番だ。
「バルメン少将、このような形ですが。お初にお目に掛かれて光栄です。自分はリュールジスと言います、今はヘリオエールに属している者です」
「私は、ミレスと申します。ヘリオエール所属のリベリィで、グレードはリッターです少将」
俺達は表情を固まらせ敬礼をしながらモニター前に立つ。
するとバルメン少将は顎に手を当て俺達を見定めている。
謎の緊張感に俺は吐きそう、もう全てを投げ出して吐きたい。
「そうか・・・確認するが男の君が。リュールジス君かね? あーユースと呼んだ方がよかったかね?」
「あ、いや。まだ自分はリベリィでは無いので、必要ありません少将」
再びそうか、目線を俺からずらして何かを考え込んでいた。
雰囲気は何かを企んでるとそんな感じでは無かった。どちらかと言うと何か自分の記憶を掘り起こしている、少将の様子そんな感じだった。
もしかしたら俺の勘違いじゃなかったのかも知れない。一度・・・いや俺はこの人と言葉を交わした事があるのかもしれない。初にお目になんて言っちゃったよ。もしかしてもう俺アウト?
「少将、話しを割って申し訳ありませんが。事は急を要します、単刀直入にお伺いします。アンティオキア作戦の実行は、バルメン少将も与り知らぬ事だったと理解してよろしいでしょうか」
「本当に相変わらず人を困らせるのが得意だな中佐、だからお前はいつまで経っても左官なんだぞ。 まあ、いい。中佐の言う通りだ。私だけでは無い、これは恐らく一部の者達、"フリッズ王国の者達"による強行だ」
「強行・・・!?」
待て待て待て待て。
どうゆう事だよ、フリッズ王国の連中が強行したって言ってるのか?
何をめちゃくちゃな。自分達の国が恋しいのはわかるけど、そんな不十分な状態で作戦を強行させてどうなるっていうんだ。
大損害を出して終わりなんて事になったらそれこそ人類の終わりへのカウントダウンを早めるだけだぞ。
俺の表情がもう何が何だかわからないと言っているのを見兼ねたのか、少将は口を開いて教えてくれた。
「リッター・ミレス、だったかな。君なら何となくわかるだろう?」
「・・・はい、反リベリィ派閥ですね」
「はぁあ!?」
もう頭の中が真っ白になりそうだった。
反リベリィって・・・嘘だろ。それってつまりリベリィっていう存在を反対したい勢力ってことか?
まさか、嘘だろ。
「残念な事に私達リベリィを良く思わない人々は少なくないです。配給、物資、今もなお枯渇に貧している世界の中で、それらの多くを優先的に贈られて来ている身ですから」
「それの何がおかしいんだよ、今日の俺達だって実際アンダーズを撃退したんだから」
「だからこそ。すぐさま、フリッズ王国を解放しろ。世界のアンダーズを殲滅しろ。 それが彼等の言い分なのよ」
リッター・ミレスの言葉に俺は言葉を失った。
現実に打ちのめされたから。違う。
それが人々の言葉だから。違う
足を引っ張る奴に絶句したから。違う。
俺は・・・目の前がおかしくなった。
この光景を理解したから。思い出すかのように。
いつしか見たモノと似たように感じたから。
頭の中がおかしくなりそうだ、塞いでいたダムが決壊するかのように。
「違う!!! 断じて違う!!!」
「っ!」
少将が叫んだ。
俺の全身を震わせたかのように。少将の自分の言葉を聞き入れろと、中佐が先ほど通信士にやったように、少将は俺を正気へと戻そうとしていた。
「リッター・ミレス。君は、ブレイカーを手にしてリベリィとなるまでの間の事を考えた事があるかね?」
「え・・・リベリィになるまで・・・ですか」
「そう、つまり。人類がもうおしまいだと、一握りの希望も無い時代だ! リベリィだけでは無い! 君達が今乗っているその陸艦、機銃、砲台、この通信だってそうだ。全てが何も無い時代。剣と盾、ただそれだけでアンダーズに抵抗しなくてはならなかった時代だ」
まるで演説をしているかのようにバルメン少将は言葉を並べ力強く発した。
俺達だけでは無く、今も見えない所で戦っている者達、それだけでは無い。自分に言い聞かせるかのように。
そして俺一人に言うかのように。
「その時代を支えた者達、我々に今という時代を繋ぎとめてくれた者達。私がこの口で、「死んでこい」と指示を出して死んでいった者達。それを考えた事はあるか」
「・・・・っ」
俺達はただ少将の言葉を黙って聞いていた。
俺には、少将の一言一言が胸を切り裂くような刃物だった。何度も何度もえぐるような気持ちを味合わせた。
どうしてそんな事を言うのか、わからない。
俺には・・・わからない。
何故。
なんで。
どうして・・・。
「私は一生涯を掛けて彼等に報いるつもりだ、最後まで彼等に恥じぬように生きる。生き無くてはならないのだ。報いなんて言葉は生温い、今生きる者達が何を言おうと私は・・・」
どうしてもっと早く・・・。
「あの時代を駆け抜けた"者"を、決して裏切る訳にはいかないのだ!」
この言葉を"聞かせてやりたかった"。
「ぅ・・ぐぅ・・・!!」
俺は一人、涙を流した。
リッター・ミレスが涙を流す俺を見て多くの事察した。
きっと俺が過去に何をしていたのか、理解したのだろう。
俺はそれでもお構いなく・・・泣き続けた。