25.切り札は渋って出す
何が起こった、状況が理解できない、オウギフの攻撃を何故止めている。
攻撃は確実に通ったはず、自らの武器を地面に突き刺してしまったリュルにはあの高速接近の攻撃が防げるはずも無かった。
多くの声が飛び交っているが、演習場にいる者達全員が釘付けになっている。
リュルが突然出現させた武器に。
「なんだそれは!!」
「俺もよくわかんねぇーよ!!」
俺の武器に警戒したのか一度距離を取るオウギフ。
そんな俺はただ自分が持つ武器を気持ち悪い目で見た。なんで急に生えてきたのこいつ。
あ、でもダッドとチシィが言ってたけか。
換装型ブレイカーの応用品、だと。
つまりこれってそうゆうことなのか?
「なら、こうか?」
正面に魔方陣を展開させ武器の鋒を中に突っ込む。
思った通り魔方陣の中で俺が刺した武器が何かを作り出しているのがわかる。
「させるかぁ!!」
オウギフが再び地を蹴り高速で接近してくる。
すぐさま魔方陣から武器を抜く。
「何っ・・・!?」
「こうゆうことね」
鉄同士がぶつかり合う金属音が響き渡った。
オウギフのストックでの突撃、それを俺が防いだだけ。ただ防いだのはさっきの剣では無く。
「盾ぇえー!?!?」
「えぇえー!? あんなのチシィさんが準備してたんですか!?」
「なわけないだろう、威力が高い奴と速射に適した性能の・・・まさかあいつ!!」
チシィはリュルの持つ武器の先端を凝視した。そして確信した。
自分が用意した物のパーツが今換装している盾に満遍なく使用されている事に。
その事がわかった途端、チシィは白目を向いて倒れ込んだ。
「なんだそのストックは・・・!」
「どうやらお前もわかったみたいだ、なぁあ!!」
攻撃を防いだまま力を入れてオウギフを払い飛ばす。
再び距離が出来た瞬間また魔方陣を展開しストックを突き刺し鋒を変化させる。
「よーーし、試作テストだ。防いで見せろよ」
剣へと変え、俺は目の前を切り裂く。
切り裂いた空間から魔力の斬撃が姿を見せオウギフへと直進していった。速度はそこそこにしておいたが普通の光弾よりかは速い。
オウギフとの戦いで初めてリベリィらしい攻撃を俺は繰り出した。
「ぐぅぅ・・うおぉおぉお!!!」
避ける選択肢もあった。だがオウギフはそれを防御することを選んだ。
ストックを正面に構え色濃いバリアを展開し斬撃を受け止めた。
バリバリと激しく音を立てながら受け止める。
だが、未だに俺が放った斬撃は消えることを知らず、徐々にバリアを破壊しつつ踏ん張るオウギフを後退させていた。
「こんのぉぉお!!!」
まるで最後の力を振り絞ったかの様にオウギフがバリアごと斬撃を払い除けた。正確には頑張って軌道を上に逸らして免れた。
オウギフの後方にいたリベリィが悲鳴を上げているが、パッと見大丈夫そうだ。
「はぁはぁ・・・それがお前の魔術か、大した事無いな」
魔術? お前らで言う光弾レベルだが、まあ黙っていよう。
「あぁ、初お披露目に付き合ってくれて感謝するよ。このまま初勝利もコイツにくれないか? なんだかんだで気に入ったんだ」
「無理な相談を!!!」
再び高速で動きだした。
大きく動き回り俺の斬撃を受けないようにする戦法か、だが。
動きが単調だ。
「何っ!?」
オウギフの目には突然俺が現れたように見えたのだろうがそんな事はない。
数発を囮に移動先を絞った。
その先で俺はストックを振り被って待機していた。
「ばっちこぉぉおおーい!!」
何故かカキーンッと口ずさみたくなった。
咄嗟にオウギフはバリアを張ったが何の意味も為さず俺のフルスイングごとオウギフは吹き飛んで行き観客席へと激突した。
再びうわぁああああと悲鳴が上がる。
当然負傷者は居ないな、一応少ない観客席目掛けて打ったんだから感謝してほしいな。
「ぺっ・・・!」
口の中を切ったのか、血を吐いて再び中央に降りてくるオウギフ。
出来れば今のでノックダウンして欲しかったんだがな。
そしてオウギフはザッとストックを振るう。
同時に小さな魔方陣を複数展開し始める。
「おいおいおい、接近戦じゃ勝ち目がないって諦めちゃっていいのかよ」
「黙れ。私は、勝たねばならないのだ・・・!」
展開した魔方陣から無数の光弾が無尽蔵に俺へと撃ち込まれる。
すぐさま盾に換装しバリアを展開して全てを防いでいく。盾で殴って消える程度の光弾だ、恐れるほどのものじゃない。
だがこれが奴の目的じゃないのは一目瞭然。
「孤高せし・・・」
目を瞑り詠唱を始める。
大量の魔力がオウギフの対内、ブレイカーから凝縮され両手で持つストックに集約されていく。
「虎紅・・・豪撃」
徐々にオウギフの魔力が赤く染め上がっていく。
その頃には俺への攻撃は収まっていた。
大きな一撃が来る、さっきまでのはその時間稼ぎのつもりだったんだろう。
「いいだろう、受けて立つ」
俺は盾から剣へと換装しどんな物が来てもいいようにストック構えた。
「これでおしまいだ! ワンズ・ロートティーガァアァア!!!」
「っ!?」
人間の何十倍もの大きさの紅の虎が姿を現した。
これがオウギフの最後の切り札。俺目掛けて一直線で虎が突撃してくる。
避ける。それは流石に無理だ。なら。
「勝った・・・これで私は・・・。っ!?」
俺は・・・オウギフと目が合った。
笑みを浮かべる俺を見てオウギフは震えずにはいられなかったようだ。
魔力をストックに込めた。その瞬間、鋒に収束する魔力が光り輝くだけでは無くその形状を変えていった。
オウギフが魔力を虎に変えたように・・・。
GIYAOOOOOOOOOOッッッ!!!!!!!
演習場に轟音が響き渡り衝撃が走った。
全ての人間が耳を抑え、目を瞑った。人間の防衛本能なのか、誰もが瞬きすらしないよう最後の瞬間を待ち望んでいたのにも関わらず。
少なくともオウギフはその光景を脳裏に刻んだ。恐怖からくるものなのか、それは今の彼にはわからなかった。
だが"それ"が現れた瞬間にオウギフは悟った。
自らの全力を振り絞った最強魔術を駆使しても太刀打ち出来ない"それ"を。
軽々しく、落ちたパン屑を拾い食いする程度。その程度だったのだと。
紅い虎が、"竜"に食われた。
その光景を目にしたオウギフは目を閉じ気絶した・・・。
「これが・・・リュールジス・・・」
「あぁ~あ~あ、でもまあ子猫のお陰で視界大丈夫かなー? うん、そうゆうことにしておこう。私は何も見てない見てないうん」
用事は済んだ。そう言いたげに次女は立ち上がる。
キュベレス学院長は、その光景に釘付けになっていた。一体何が起きたのかまだ理解が追いついていなかった。
元々ユース・オウギフが勝つことは不可能だと考えていたが、圧倒的な物を目の当たりにした学院長も言葉を失っていた。
「んじゃあー先生ー、あとよろしく~~」
部屋を出て行った次女に返す言葉も無かった。
そして再び学院長は煙草に火を付け心を落ち着かせた。
もはや頭を抱える事すらしなかった。ある種吹っ切れたのだった。
「あぁ~~・・・どうしたもんかねぇ」
――― ――― ―――
負けた。
いや、最初から勝ち目なんかなかったのだと心の奥底でオウギフは思っていた。
それでも、リュルに挑まないわけにはいかなかった。
逃げて負けを認めるよりも立ち向かって負けを認めたかった。
突如現れた奴にただ何もわからないまま自分が下だと思われるのだけは、
許せなかった。
「入って・・・よろしい?」
「ナリヤゼス・・・なんだ、笑いに来たのか」
「えぇ、そのつもりでしたが。彼等がずっとそこに居たのでね」
誰も居ない治療室のベッドから出入り口を覗くオウギフ。
そこには、いつもの面々。
オウギフという出自に寄生しようとした取り巻き達がそこには居た。みな涙ぐんだ姿でオウギフに駆け寄ってきた。
「お身体は大丈夫ですかオウギフ様!」
「何か欲しい物はありますか!?」
「僕、果物買ってきたんですが食べれますか!?」
ただ純粋にオウギフを心配する面々。
あれやこれやと口にしているようだが、今オウギフの耳には届いていなかった。
自分はリュールジスに負けた。善戦すらせずに、誰がどう見たって勝負にすらならなかったはず。
オウギフは覚悟はしていた。もし負けた場合の事を。
今まで築いてきた地位が完全に崩れさることを。
「次は勝てますよ!次は俺達も!」
「そうですそうです! チーム戦しましょう!」
「あっちも4人! こっちも4人でやりましょう!」
彼等の言葉が耳に入らない。
けれど、心を動かされていた。
何の勝算があるのか、一体どうやればあんな化け物に勝てるのか教えてほしいくらいだ。
なのに彼等の自分へと向ける眼差しがオウギフにとっては重荷になる。
今までだったら・・・そう思っていたかもしれない。
「・・・では、お邪魔者は退散致します」
それだけをオウギフ達に伝え、ナリヤゼスは治療室を後にした。
出入り口を出ると、一人の男が壁に寄っかかっていた。
それはオウギフを治療室へ送り込んだ張本人だ。
「あら、お見舞いなら後にした方がよろしくねよ?」
「はっ、ボコボコにした相手にオーバーキル決めるような趣味はねぇーよ。あんたみたいな、な?」
ナリヤゼスはリュルの言葉を鼻で笑い、その場を後にしようとした。
「悪いが、こっちはお前の趣味に付き合うつもりは毛頭ない。きっと"アイツ"も同じことを言うだろうが」
「・・・そうでしょうね、けど。私は他に楽しみ方というのを知らないので」
最後まで笑みを変えること無くナリヤゼスはリュルに背を向けて歩き出した。
それを見て渋い表情を浮かべるリュル。
仕方ないな、とリュルもその場を後にしようとした時。
「あっ、ごめん。 あぁナリヤゼスさん」
「え、ぁ・・ムム――」
「リュル見ませんでしたか?」
「ぇ・・えと、ん」
ナリヤゼスは自分の背後を指刺して教えた。
自分にぶつかった相手は頭を下げ感謝しリュルの方へと掛けていった。
「・・・ムゥウゥゥゥー!!! どうしたんだよ!? えぇえええー!!? ナリヤゼスさぁああん!! に用でもあったのか?んんん??」
「え、何大声。何で僕がナリヤゼスさんに?」
「えぇええーー!!?!? そうなの!??!? ってきりナリヤァァアゼスさんは用事があると思ったんだけどなぁああー!!!?」
リュルはただただ大声で喋った、少なくてもその場で動かない一人の女の子に聞こえる程度の音量で。
ムーは一人リュルの意図が全くわからないまま首を傾げていた。
「ねぇええええ!!! ナリヤァァゼスさぁーん!!?」
「・・・くぅっ!!!」
ムーがリュルにはぁ?と目線を送っている間に、ナリヤゼスはリュルに向けとてつもない殺気を送りその場を走り去った。
立ち去るナリヤゼスに気付きムーもまた振り向いたがその時には誰も居ない空間が出来上がっていた。
「蟻からリベリィまで、幅広く・・・ねぇ」
「蟻?」
リュルは以前学導院の本館裏で話した内容を思い出していた。
ナリヤゼスがしゃがみ込み目線を向けていたのは、地面では無く懸命に歩き回る蟻だった。
そしてリュルは耳を疑いたくなるような言葉を聞いたのだった。
『小さい生き物は、本当に素敵よね? あなたもそう思わない?』
その言葉を聞いてからリュルは走馬灯のようにナリヤゼスの行動を思い返した。
コイツ・・・そう言えばほぼ俺に目線合わせた事が無かったな。
どちらかと言うと。
たまに微笑む感じは一体・・・そんな事を考えていると一つの結論へと辿り着いた。
「ムー、すまんな。お前の隣貰っちゃって」
「気持悪。え、何?」
ムーは自分の肩に置かれたリュルの手を叩く。
相変わらずリュルが言っている事がわからずにいるムー。
リュルは顔を手で隠していた、自らのニヤけ顔を隠すように。
また小さな秘密が出来てしまったのだと、ニヤついた顔を隠していたのだった・・・。