22.全方不注意って・・・?
「知ってる? 第3班っていうの」
「知ってる知ってる、何でもうちの東寮の人間らしいよ」
「リッター・ミレス率いてる班でしょ?」
「そうみたいだけど、なんかその裏に居る男が色々凄いらしいよ」
「男? オウギフさん?」
「そんな訳ないでしょ、あの人最近めっきり―――」
食堂で噂話に花を咲かせる女子達。
わざと聞こえるように言っているのか、そんな事を思えるほどだった。
だがそれは東寮のトレンドと化していた。
東寮に突如現れた謎の第3班。
男子の御株を大暴落させている、と。
「ちっ・・・女子共、調子乗りやがって・・!」
「オウギフ様、このままでは」
「・・・・・・」
あのリベリィ襲撃事件、そして先日行われたアンダーズの汚染エリアである街の解放、全世界に朗報が飛び交う"狼煙の発端"。
オウギフが一人手を拱いている間に十二分に世間は動いていた。
まだ狼煙の発端の詳細は発表されていないが、オウギフにはわかっていた。その中心核にいる人物を。
「滑稽ですわね、オウギフ様」
「ナリヤゼス・・・何の用だ」
食堂を出たオウギフと取り巻き達をナリヤゼスは一人待ち構えていた。
オウギフは、取り巻き達を先に行かせて一対一で話す事にした。
「お噂は、耳にしていらっしゃます?」
「狼煙の発端の事か、嫌になるくらいな」
「では、第3班・・・リュールジスさん達が新型のブレイカーを開発されようとしていることは?」
ナリヤゼスの言葉にオウギフは息を止めた。止めざる負えなかった。
新型のブレイカーの開発。仮に狼煙の発端が彼等の力のみで成し遂げたモノだった場合の事をオウギフは考えた。
それはオウギフ自身決して考えたくなかった事。
奴が、更に。自分よりももっともっと先へと進むこと。今もこうして人と喋っている間にも自分と奴との間に出来る距離が遠退く。
今にも吐き気を抱いていた。
「それを私に言って、貴様は何が目的だ」
「いえ、別に。せっかくだから教えて差し上げようと思ったまでですわ。リュールジスさんとあなたの―――」
「貴様!!!」
右手を伸ばしナリヤゼスの首を掴もうとするオウギフ。
しかし、ナリヤゼスの異様を放つ瞳にオウギフはすぐに冷静になった。いや、力が出なくなった。
自らの恐怖心が、突如としてオウギフの手を退かせたのだ。
「昔のあなたなら、掴んでいたでしょうに」
「くっ・・・黙れ」
ナリヤゼスは自慢の髪をなびかせオウギフの横へと歩く。
「彼はきっと、止まりませんよ。彼の周りもみんな、常に前を向いているのだから」
オウギフの耳元で囁いて、ナリヤゼスはその場を後にした。
オウギフは、ただずっと同じ場所で立ち止まっていた。
今は、まだ立ち止まる事しか出来ないでいた・・・。
――― ――― ―――
「あむっ・・・換装型ブレイカー?」
「うむ、名を"キマイラ"と名付ける事にしたのだ」
俺達は昼食をいつものお店で取っていた。
今日はブレイカーの実験も一段落したということでチシィも一緒に同じ店で飯を頬張ってる。
もはやいつもの光景かのように俺達以外の客は居なく、店主様は新聞を両手に広げ見ているスタイル。
俺達が大事な話しをしていても一切動じることのない。
「ダッドが思い付いてな、各自のブレイカーの性能はそのままに外部から固定武装を取り付けられる処方を取り入れてはどうだとな」
「ほぉお~~ん」
チラっとダッドを見ると少し顔を赤らめている。
やはり・・・コイツ!!
とは、いえ換装型あまりピンとこないな。
単純に考えてその外部取り付け固定武装を使えばムーみたいな精密砲撃が出来たりダッドみたく鉄壁シールド張れたりプンみたいに広域索敵が出来るってことか?
ははは無理無理無理。
「このテーマは私が考えていた"即戦力"のブレイカーに合っていてな。多様性を重視する今の環境で技術屋として最も効率の良い方法だ」
「即戦力・・・なるほどね。変に右往左往するくらいならブレイカーでこれをやれと強制的に役割を与えた方が早いってわけか」
「必要であれば、即時換装も出来るように物理的にブレイカーに組み込めばた多様性の面もクリアされると思いますし」
ブレイカーでどうにかして追い付きたいと考えていたダッドらしい発案だ。
俺としてはどうでも良い気持ちでいっぱいだったが。東寮にはダッドやムー以外にも自分の魔力の小ささに億劫になっている者達も居る。
それを即戦力として投入できる可能性を秘めていると考えれば素晴らしい物なんじゃないのか。
「私としては複雑だけど、更に鍛錬に打ち込める子達が増えるのを期待したいわね」
「リッター・ミレスって以外に体育系だったですね」
リッター・ミレスが言うのももっともだ。技術の発展に胡坐をかいている暇はリベリィには無い。
技術の発展に対して自分も如何に鍛え上げてその技術を十二分に発揮しなくては何の意味も無い。
「という訳で、昼食後はグラテム艦長の艦で索敵巡回行動に入る予定です。その際には艦との連携訓練を実施します」
「えぇー・・・」
「返事は」
「「「イエス・リッター」」」
「データ収集に終わりはないからな、私も同行するので実験も並行で行うぞ」
はぁ~・・・なんだか最近休息という言葉が遠退いている気がしてならないんだが。
まあみんながみんなやる気に満ち溢れているわけだから、ある意味良い傾向って事でいいな、これはこれで・・・。
――― ――― ―――
陸艦による巡回行動は何ごとも無く終えれた。
まあ2回ほどアンダーズとの戦闘に発展したが、難無く撃退できた。
流石にもうあの時みたいな無茶な事は出来ない。というかやったらマジでリッター・ミレスに殺される。
あの街での戦闘後、早くデータ収集しないと!なんて言えたからよかった物の、それが無かったら一体俺はどうなっていたのか・・・。
「今日のデータは私が後処理しておくからお前等は、今日はもう休めよ~」
「自分も手伝います、少し試したい事があるんで」
ダッドは戦闘後だと言うのに元気だねぇ。
なんだか、今日は肩を痛めたのかどうか知らないけど妙に気が重い。
早く帰って風呂にでも入ってさっさと寝―――。
「待っていたぞ、リュールジス」
どうやら気が重いと感じていたのはこの予兆だったのだと実感してしまった。
学導院に到着早々に俺はオウギフに呼び止められ一人で付いてこさせられた。
学導院本館の裏、人目が一切付かない場所。
当然そこには誰も居なかった、取り巻き達が居て俺一人リンチにでも会うのかと思っていたがそうではなかった。
「・・・で、何の用だ。こっちは戦闘後で疲れてるんだけど」
「それはこちらも同じだ、アンダーズを4体倒した後だ」
わざわざ数を主張してきて何がしたいんだこいつは。
あっそう、と口を紡ぐとオウギフもまた黙り出した。どちらかと言うと言おうか言いたいのか悩んでいる、そんな様子だった。
「この方は、狼煙の発端の事を御聞きになりたいだけですわ。リュールジスさん」
「貴様、何故ここにいる・・・!?」
オウギフの背後から一人の女、ナリヤゼスが姿を見せた。
その姿にオウギフは驚いているところを見るに目の前にいる二人の何かしらの策略では無い・・・らしいが。
「少し心配になりましてね。わたくしの言葉でオウギフ様が妙案を思い付かないかどうか」
「・・・・・・」
沈黙。オウギフのその何も言わぬ態度が物語った。
一体何をこの女は吹き込んだのか気になる所ではあるが、触れぬが何とやらって奴だな。
「それで、どうなのでしょうか?」
「何をどう思ってるのか知らないが、あの街の事だろ? だったら全部チシィの力だな。他の奴等に聞いても同じ答えが返ってくると思うぞ」
「チシィ・・・ブレイカーの技術主任の娘の事か? 何を馬鹿な事を言っている! そうやってまた誤魔化そうとしているのか!」
「事実だ、俺達第3班が解放したなんて言われてるがそんな事はない。あれは所詮副産物に過ぎないんだよ」
俺の言葉の意味を理解したのか、オウギフは驚きを隠せないでいた。
第3班が行った事は副産物に過ぎない。本当の目的はただのデータ収集、その結果があの街の解放に繋がっただけ。それが俺達の共通認識だ。
データ収集が出来るのなら何でもよかった、ただそこに逃げたアンダーズが逃げ込んで追撃しただけ。たまたまそこがアンダーズの汚染エリアだったというだけだ。
「何処まで・・・何処まで貴様は・・・!」
黙ったと思ったら驚いて、驚いたと思ったら次は全身を震え立たせて、忙しい奴だな。
こっちは夕食の準備もしないといけないってのに、早くしてくれないものか。
カシャンッ・・・!!
溜息を吐いていたら、急に場面が一転していた。
オウギフがストックを取り出し俺へと突き付けていた。
「何の冗談だよ。お前この間の事件をもう忘れたのか? そんな単細胞だったか? なりふり構わない君ですかー?」
「そうかもな、こうなったらもうなりふり構っている場合では無いようだ。私は・・・!」
ストックを収めること無く俺へと突き付け続ける。
オウギフの目はさっきのような迷いに迷った面構えではなかった。
何か覚悟を決めたかのような目付きに、流石の俺も身構えた。
「決闘だ。逃げる事は許さんぞ」
オウギフの言葉を聞いて頭が痛くもなった。
そんな気はした。けれどそんな事をしている暇は俺には無い。
だが、これは逃げようの無い事だとも思った。
「寮長クラスの人間が立ち合いの下で行われる模擬戦、今から正規の手続きを踏めば可能ですわ。もちろんお互いの合意の上で行われますが」
「へぇー・・・模擬戦ねぇ」
つまりはリベリィ同士の喧嘩はしっかりとした手順を踏めば可能ってことか。
今オウギフが行っているように気に食わない奴が居たらちゃんと頼み込めばボコボコにして良いって奴か。ふざけてるな。
傍から見たらこんなご時世に何やってるんだってバッシングを受けてもおかしくないだろうに、今もストックを突き付けているコイツは本当に単細胞なのかと思ってしまう。ここまで馬鹿だったのか。
「当然私と貴様、一対一だ。予定は明日の昼過ぎにしておく逃げるなよ」
「おいおいおい、合意の上でって話じゃなかったのかよ」
「ならば仕方無いな、貴様以外の・・・第3班の誰かを引き釣り出す―――」
バギィッ!!!!
魔力のある鉱石で作られたストックが砕かれる音が響いた。
オウギフが向けるストックが、粉々に吹き飛んでいた。その光景にオウギフはもちろん、奥から見ていたナリヤゼスもまた目を見開いて驚愕した。
「必要ないよな、決闘なんて。今のでもうわかったろ」
「・・・いや、明日が楽しみになったよ私は。承諾してくれてありがとう」
自らのストックを破壊され不気味な笑みを浮かべるオウギフ。
何故か満足気にオウギフは俺の横を通りそのままその場を後にしていった。
ここへ来る時とは正反対の雰囲気のオウギフになんだか憐れみの気持ちを俺は抱いた。
そして俺は正面を向き直した。
「お前・・・何が目的だ」
「ふふふ・・・」
オウギフとは全く違う意味で不敵に笑う女。
俺は詰め寄った。十中八九、こいつがオウギフを俺に差し向けた奴だろうから。
「私は別に何も・・・ただ」
ナリヤゼスはその場にしゃがみ込み地面に目線を送った。
「あまり、楽しいお気持ちでは無いのですよ・・・あなたを見ていると」
――― ――― ―――
「出来た」
リュルの帰りを待つプンは自分の机に置いておいた物を完成させていた。
それは以前、リュル宛に向けて送られてきた手紙だ。
渡されたリュルはすぐさま破り捨ててしまったが、それをほぼ全てプンは回収して復元していた。
「気を付け・・・て」
その手紙は二人の熱い熱い、二人だけの世界の始まりを事細かく書かれていた。当然リュルが破り捨てる内容であったのはプンも何となく理解したが。
最後の一文にプンは目を止めた。
― ナリヤゼス様には、お気を付け下さい ―