19.おはようからおやすみまでが大切
「リュールジス・・・!?」
「奇遇だな。"今日は"お前リュールジスなんだろ? 俺もそうなんだ、みんなからはリュルって呼ばれてるんだよろしくな」
奇遇も奇遇。
同じ顔で同じ名前の人間がまさかいるとは思わなかったなぁ。
こいつがどんな手品を使っているかなんて知らないが、大よそ何処の馬の骨なのかは想像は付く。
「ど、どうゆう事だ・・・リュールジス」
「見ての通り、ドッペルゲンガーって奴? お前が引き篭もりしている間、色々あってな。俺はこのもう一人の俺に用があるって訳」
「なら、この手紙は・・・偽物が」
オウギフはどうやら今の事態に困惑しているらしい。
手紙、なるほどね。だからオウギフが部屋に居なかった訳か、わざわざ忍んで護衛してやろうと思ったのに。
「何故ここがわかった」
「ん? リュールジスともあろうに、わからないか? うちには、最高最強の索敵士がいる事を。夜の監視者、人の動きが少ない今を選んだのは失敗だったな」
「夜の監視者・・・私?」
ゆっくりとプンが屋上の戸を開けて合流した。
絶賛成長中のプンに掛かれば、そこで腰抜かしてるオウギフ様如きの一人や二人の動向なんてちょちょいのちょいってわけよ。ふはははははは。
「何で笑ってるの」
「お前の姉の気持ちが乗り移った」
「そう」
形勢は逆転。
のように見えるが生憎負傷して転がってるのは使い物にならないし、流石のプンもブレイカー無し。
ここは一つ、いい所を見せないとな。
「へっ! 馬鹿かお前、こっちはブレイカーを付けているんだ。負けるわけねぇええだろうがぁあー!!!」
ナイフの刃を魔力で覆い、そのリーチを伸ばし俺目掛けて突進してくる。
オウギフは避けろと俺に叫ぶ、そして俺のそっくりさんはさっきと同じで学習能力が無い。無駄に勝ちを確信している。
バギィッ―――。
「な、何が・・・」
突き付けられた攻撃を左手で受け止めると同時にナイフを砕く。
そして、そっくり野郎をそのまま蹴り飛ばし地面へと叩き付けた。
勢い任せに突っ込んでくればそうもなろうに。
「その面で、そのセリフ言うなら。頭モヒカンにして来いよモヒカンに」
「っ!? な・・・ぇ??」
自分で持っていたナイフをじっと見つめている。
一体何が起こったのか理解出来ていないようだった。ただのナイフであっても魔力で加工していたはず、それなのにブレイカーも付けていない俺に一握りで壊された。
信じられないというのが表情に出ているが、どうやらまだやる気のようだ。
「こうなったら・・・!」
徐に術式を展開しストックを取り出した。
こいつ、マジで俺達を殺す気か。
弾く? いや、もう面倒だ。
「もう全部、消えて無くなれぇええ―――ぐっ!!?」
俺は、握り締めるように左手を前に出す。
その瞬間、巨大な魔力の腕が伸びそっくり男の全身を握り拘束する。
ギチギチと音を立てる。少し力加減を間違えるこのまま握り潰しちゃいそうになるからあんまりやりたくなかったんだけど。
「なん・・だこれ!? は、離せ!!!」
「なら、先に話せ。そこの尻持ち付きを襲った理由を、お前以外にも居るんだろう?」
「ぐぅ・・・! ぐぅうぅ!!」
次第に化けの皮が剥がれてきた。
時間経過かどうか知らないが、俺を装っていた面が煙と共に本当の姿を現し出した。
「お、お前は。私の・・・どうして」
思った通りか。こいつは、オウギフの取り巻きの一人だ。名前なんて当然知らないがな。
「何故だ、何故こんな事を!」
「黙れ!! お前さえいなければ、俺達は幸せになれるんだ! なれるはずなんだ!」
暴れるな暴れるな。本当に力加減間違えるとプチっとやっちまうぞ。
オウギフはまだわかっていないようだった。彼の言葉を。
「教えてやるよコイツ等の目的、お前を陥れて東寮の派閥関係を一新させようと思ってたんだよ」
「派閥・・・?」
「そうさ!! お前みたいな見てくれだけの雑魚が変に顔を利かせるのが悪いんだよ!! おかげでこっちは迷惑してるんだ!!」
見 て く れ だ け の 雑 魚 !!!
ヤバいヤバい笑いそうになってしまった。
オウギフを見るに身に覚えが全くない様子だった。まあ予想はしていたんだけどさ。
彼等の言い分は単純な事だ。男女間の派閥、これによって生じる人間関係の欠落。
男が女に話し掛けるだけで犯罪をしたかのようにも等しい目で見られ続ける。
一応軍隊では無いしそんな規則も一切ないのに出来てしまった風習、俺が今握りしめている男のように抑えられない奴も出てくるわけだ。
はぁ、本当にしょうも無い。
けどもまあ、自分がその身になった事がないから何とも言えない。
「何」
「いや、別に」
仮に俺も普通の家に生まれて普通に学導院に入ってプンと出会っていたら、なんて考えなくも無い。
まあ姉にぶっ飛ばされるのがオチだろうけど。
「はいお前の気持ちは非常に深く染みましたよ、はい。で、本題なんだがお前の共犯者は誰だ。お前一人じゃない事はわかってるんだぞ」
「そ、それは・・・」
まあ言いたくないわな。俺もきっとそうするし。
こうされるだろう。
「ぐぅぅ、あぁぁぁああー!!」
「ほ~ら、早く言わないと辛いよ~。吐いちまった方が楽になれるんじゃないのか??」
「だ、誰がお前なんかに・・・ぐぅう! 何をされたって言うもんかぁああー!!」
いい根性してんじゃねぇか。それをもう少し自分の自制心に回せなかったのか甚だ疑問ではある。
でもまあ、悪いがこっちはこっちで色々こいつのせいで苦労してんだ。先生方に渡してはい終わりなんて。
「そんな虫の良い話ないよなぁ?」
「ぐあぁあああああああー!!!!」
本当ならダッドもムーも呼んでこいつを血祭りにあげてやりたい所だ。
これ以上ふざけたことをしたらどうなるのか、わからせるのも必要だろうし―――。
「やめてぇえええええええー!!!!」
突然一人の女が屋上に現れた。
ついその登場に、魔力を収めて巨大手を消した。
地面にバタリと人形のように倒れ込む男。そしてすぐさま現れた女は抱きかかえるようにして俺を睨む。
この女、確かあのナリヤゼスとか言う女の隣に居た奴か?
「どうしてこんな酷い事が出来るんですか!!」
「あぁん??? なんだお前」
「この人はただ、普通の・・・派閥なんて無い、普通の人間としての生活を送りたかっただけなのに!」
「人を襲って、俺達を貶めて。よく言えたな」
普通の生活?
こいつは一体何を言っているんだ。ここは世界をアンダーズから守る為の作られた組織、学導院だろうに。
それなのに。
「わかってます・・・わかってるんです。けど彼は、私の為に始めたんです」
「もう・・・いいってやめろよ」
「だって! だってこんなのおかしいもん! 何で普通にあなたとお喋りするのが駄目なの! 何でいつも近くにいるのにおはようも言えないの!? 何で・・・何で・・・!!」
男を抱いたまま女は涙を流した。
普通の事がしたいのに・・・か。
つい変に頭が痛くなるな。
「その子が共犯、彼の変装を手助けしていたのは彼女よ」
「お姉ちゃん、やっぱり居たんだ」
「うん、手伝わせてごめんねプリエ」
さらに一人屋上に人間が増えた。
彼女を連れてきたのはリッター・ミレスという訳か。そして場所を教えたのはプンか。
待ってろって言ったのに付いてきたのはこうゆう事だったのか。
「リッター・ミレス! 彼は悪くないんです。 私が・・・弱かったから―――」
よくある話し。
彼女が語ったのは男との初めて出会った時の話だ。
アンダーズとの戦いの日々、まだ派閥なんてものが薄い時期。戦っても戦っても次から次へと湧いてくる敵に心身共に疲れ果てていた。
それは戦場でも変わらず彼女は一度死を覚悟したらしいが、それを運よく助けたのが、彼。だったそうだ。
それからというモノ、お互いがお互いの負担を減らし合おう。お互い一緒に生き残ろうと誓い合った。
そして次第にお互いの意識は変化していった。
戦場で背中を預けられるパートナーから・・・それが変わるのは時間の問題だった。
「そんな時に、東寮で派閥争いが激しくなった。と」
リッター・ミレスは彼女の話をしっかりと聞き入れていた。
自分は西寮の住人なのに。だが関係はない、ミレスはリッターとして、二人の先を行く者として、聞く義務があった。
「私達はリベリィです。当然死力を尽くしました、尽くし続けました。それでも・・・私は、ナリヤゼス様の言葉を信じて、いつかきっと彼とまた一緒に居られるという言葉を信じて戦ったのです」
(ナリヤゼス・・・か)
これだけ聞くと、オウギフが勝手に女側を差別軽蔑しているようにも聞こえるな。
オウギフの方を見てもなんか喋らないで塞ぎ込んでるし。
「・・・あなた達の気持ちはよくわかりました。ですが、リベリィとなった、このヘリオエールに籍を置く者としてあなた達がやった事は重罪です、それだけは肝に免じなさい。わかりましたか」
「「・・・はい」」
二人の返事に満足したのか、リッター・ミレスはその場で男の治療を始める。
徐々に顔色が良くなった所で二人を立たせ、屋上を出ようとする。
「リュールジス君、過剰防衛って言葉」
「知ってますよ。反省はしてまーす」
「・・・後で覚えておきなさいよ」
本来なら彼女を連れて男を説得するはずだった。とかそんな所だろう、穏便に済ませるつもりだったんだろうが今回は遅かったな。
実際オウギフも襲われた訳だ、被害が出てからじゃ・・・。
「・・・・・・」
違うか。
被害をこれ以上出さないように。被害を最小限にする為に。
昔と変わらない・・・という事か。
「プン・・・行こう」
「彼は」
「あぁー。そっとしとくのが一番だろう」
「・・・うん」
俺達はその場に座り込むオウギフを放置してそのまま屋上を後にした。
俺とプンは部屋に帰ってきて早々ベッドに横になった。
「おやすみ、リュル」
「おう、おやすみ」
「それと・・・お疲れ様」
「・・・おう、お前もありがとうな」
「うん」
プンと一日の終わりの挨拶をする。
そうか、今更になって考えさせられるなんてな。
当たり前、普通。それは当然人それぞれだけれど、少なくても共通してそこにあるのは安心感に似たものなんだろう。
どうしてムーはあそこまで怒りに身を任せられたのか。どうして俺はあんな奴如きに怒りを覚えたのか。
それはきっと同じだから・・・か。
まだまだ、学ぶ事は多いようだな。
このまま探し物が見つかれば・・・。
ゴソッ・・・。
「ん?」
「うん」
「え?」
「うん」
あれ、俺転移魔術でも使ったけ?
なんで俺のベッドにプンさんがいるんだ?
「お姉ちゃんが言ってた」
「何を」
「寝起きが良いって」
「ふ~ん」
「おやすみ」
あの・・・プンさん。
あのですね、非常にこの状態はまずいのですよ、健全な男の子の俺としては非常にまずいんですよ。
まあまあ、プンさんも年端のいかない女の子。きっとそうゆう日もあるんだろううんうん。
頭を撫でてやれば気持ちよさそうに出ているな、よし。
んじゃあお兄ちゃんはソファーで寝ればいいんだねうん。
「疲れたぁあああああー!! プリエちゃん一緒に寝るぅぅぅ~~!!」
はい、中断はい中止中止。待機、はい待機しまーすはい。
この状況の元凶だ、もはや何でとは聞くまい。自分がこうも何度も夜這いの如く妹を脅かしていたせいで、あんたの妹はこんな事になってるんだ。流石に加減を知れ。
ドスンと二段目のベッドが揺れ動いた。いつもそうやって侵入してるのか。
「いない・・・!!? どうして!!!? 何で!!?!!? いやぁあああああああああ!!!!!」
ガタンガタンと部屋中風呂場から鍋の蓋開けてまで虱潰しに探し出すお姉ちゃんさん。
俺は・・・。
(もう寝てまーーす。うんもう寝てる、知らない知らない)
自制心と危機感に挟まれながらも俺は眠りに付いた。
次の日目を覚ました時、何故かベランダに括り付けられていた状態で目を覚ましたのは言うまでもなかった。
「おはよう、リュル」
「おはよう・・・ございます、リュルさん」
「おう・・・日が眩しいな、何でだろう」
ベランダでの朝の挨拶。
素敵な日常・・・だな、うん。