プロローグ
空が暗闇に支配されている夜、一つの街がまた燃えている。
もはや見慣れた光景だった。
地面すれすれに浮遊している黒い結晶体共が赤黒い光を街中に浴びせている。
撃ち込まれた建物は無残にも爆発し崩れ落ちていく。
そして容赦なく人々を襲い続ける。
剣を持ち立ち向かう者、逃げる者、恐怖のあまり身動きが出来ない者、悲鳴を上げる者、神に祈りを捧げる者。
奴等はどんな人間にも等しく吹き飛ばし無残な死体のみを残す。
また一つの街が侵略される。
唐突に起きた物。雨が降った、そんな感覚だ。
理由なんて無い、強いて言うなら。
―――そこに人間が居るから。
(30・・・いや31か)
もう数を数える事も億劫になる。
俺の敵、いや人類の敵アンダーズ。
地中から現れては無差別に襲ってくる。俺はただそれを打ち砕いていくだけだった。
「―――ッ!」
あぁ・・・何時になったら終わるんだ。
そんな事を考えるようになったのは、いつからだろう。 多分・・・腕、左腕が"俺の腕"じゃなくなってからか。他人から怯えた目で見られるようになってからか。白衣を着た研究者達のモルモットになってからか。
「――ルッ!」
違うな。
こんな色んな事を考えるようになったのは・・・。
「リュルさん!」
「っ!?」
俺の名前を叫ぶ声だった。
そうこんな事を考えるようになったのは彼等と共にするようになってからだ。
化け物みたいな俺のお目付け役の彼等。
「大丈夫ですか? 流石に・・・っ!?」
「・・ちっ!」
キィイーンという大音量の耳鳴りに似た音が響く。聞き飽きたアンダーズのビーム音だ。
声を掛けた彼を俺の背後に突き退け左腕でビームを弾き飛ばす。
「邪魔だ下がってろ!」
俺は反撃に左手を伸ばす。同時に魔力で形成された巨大な手がアンダーズを握り締める。
粉々になるまで・・奴等の中核、コアごと破壊するまで。
「ぐぅ・・・! ぁあああ!!!」
巨大な魔力の手から感覚が伝わってくる。左手の中でアンダーズが砕かれまいと暴れているのがよくわかる。
絶対に逃がさない。
俺は更に左手に力を込める。そして。
バリィィインッ!!!!
ガラス玉が割れるような音が耳に届いた。
コアが破壊された。
巨大な手からアンダーズが徐々に消えていく感覚が伝わってくる。
魔力形成を止めて巨大の手を消すと砕かれたコアを中心にアンダーズが砂になっていく光景が目映る。
これでやっとアンダーズを"一体"撃退出来た。
「す、すみませんでした」
「前から言っているが、お前達を守ることなんて俺はしないからな。 それで何だ?」
「はい、伝令です。撤退です」
「・・・そうか」
撤退。
つまりはこの街を見捨てるってことだ。
これも、もういつもの事だった。
避難出来た人間を纏めてこの街から離れる。まだ取り残された人がいるかもしれない。そんな事を考えてはいけないということ。
理由は簡単だ、それをしてしまった場合せっかく避難収納出来た人々を殺す可能性が・・・。
「た、助け・・・て」
「・・・・・・」
瓦礫の下敷きになった人の声がする。
いや、それだけじゃない。今もまだ悲鳴が何処からか聞こえてくる。
今もまだこの街に誰かいる。多くの人間が襲われてる。
「行きましょう・・・」
「・・・あぁ」
俺を呼びに来た彼は走り出し、それに続いた。
彼は甲冑を着込んでいる。だが悲しい事に俺達の敵には裸も同然、ほぼ意味を為さない。
更に残酷な事に彼が腰にぶら下げている物。
それは武器、剣だ。
得体の知れない結晶体のアンダーズには鈍ら。
コアを破壊するどころかアンダーズにダメージを与える事は叶わない存在なのだ。
今・・・この世界でアンダーズを倒す事が出来るのは。
「ブレイカーが・・・ブレイカーが完成すれば・・・!」
隣で一緒に走る彼の目には涙が零れていた。
アンダーズの非道に。
自らの無力さに。
今はとにかくほんの一握りの人間と共に逃げる事しか出来ない現状に。
彼は・・・いつも泣いていた。
「・・・さっきはすまなかった」
俺は横を向き彼に声を掛けたが。
そこに彼の姿は無かった。
「なに・・・っ」
それどころか、さっきまで居た街が消えている。
いや、もうはや光景その物が変わっていた。
辺り一面の森が・・・燃えてる。
なんだこれ。
何が起きて・・・。
「―――逃げて、くだ・・・」
「っ!?」
すぐさま声が聞こえた方向へ振り返る。
そこにはさっきまで一緒に横を走っていた彼がうつ伏せになって倒れていた。
「おいっ! 大丈夫か! しっかりしろ!!」
「ごめ・・・ん。なさ・・・い」
また・・・彼は涙を流していた。
血を流しながら、俺に許しを乞うように謝り続けていた。
何が・・・。
辺りを見渡す。
アンダーズは・・・いない。
「本当に・・・ごめんなさい」
「もう喋るな! 今手当を・・・」
血塗れになっている彼の手が人外の俺の左手にゆっくりと触れた。
治療を止めさせるかのように。もう間に合わないことを俺に伝えるかのように。
「"約束"・・・リュルさんだけでも・・・探して・・・下さ・・・」
それが・・・彼の最後の言葉だった。
名前も思い出せない彼の言葉。
ずっと一人で俺なんかに声を掛け続けてくれた、彼の・・・。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
俺は・・・叫び散らした。
それしか、出来なかった。
額からの涙の意味もわからぬまま。
ただ叫び続けた。
「あぁああ?!?!?!?!」
「うおぉ!!!!? 死体かと思ったのに!」
「あん?」
「ちっ! つまんねぇの!」
目の前の厳つい男一人を睨み付けたらそのままどっかへ行ってしまった。
ん? あれ?
俺・・・寝ていたのか。
頭がずきずきする。痛みの激しい後頭部に触れる。
すげぇ痛い。
「まさかだと思うが、倒れたのか」
状況を整理する為に辺りを見渡す。
果てしない荒野が広がっている。
人工物と言ったら今俺が座っているコンクリートで出来た道路くらい。
たしか飯は1週間くらい食ってなかったけかな。
水も確か2日前に切らしたんだっけか。
空を見上げるとただただ眩しく熱苦しい太陽さんが俺を見下している。
「そうだ・・・えーっと」
胸ポケットを漁る。
俺に所持品なんて物はほぼ無い、唯一あるのは腰にぶら下げている水の入っていない水筒と胸ポケットに入ってる一通の封筒。
陸軍だかの運搬用陸艦の搭乗チケットとそして手紙。
―すまない、休暇は終わりだ―
と書かれた一通の手紙。
「よし・・行くかぁ~~」
休憩は終わりと鈍りきった体を立ち上がらせ目的地へと踏み出した。
この道路の先にある場所へ。
気絶している時に見た夢の内容を思い出す事は出来ないまま。
けれどそれはいつもの事。
恐らく俺の昔の出来事、ようは悪夢とかの類の物。
辛く苦しい物だったと思うけど、きっと忘れてはいけない物。
俺が旅に出た理由。
「探し物・・・見つからなかったな」
そう呟き・・・俺は何も無い荒野を歩き続けた。