クジラの世界
初めて書く小説。一度だけ推敲しました。
気づいたら朝になっていた。外はもう明るい。時計がチッチッと時を刻んでいるのを聞き、今日の始まりを合図する。昨日夜遅くまで勉強をしていたからいつの間にか寝てしまっていたようだ。寝ていた床から頭を上げ、眠い目を擦りつける。外の空気を吸うために眼鏡を手に取り光が差し込む窓に近づく。
すると、見たこともない光景が広がっていた。
「……んん?……」
見間違いかと思い、もう一度窓の外を覗く。
「く、クジ……ラ?……」
そこには大きなクジラが浮かんでいた。浮かんでいた、と言うのは語弊があるかもしれない。その光景を表す適当な言葉は分からないが、仮に泳いでいた、としておく。
「他にも、クラゲ、種類はよく分からないけど魚もいる……」
独特な模様のあるクラゲや、色鮮やかな鱗の魚、どれも異色な存在だ。
しかも
「ここは……水の中……?」
空ばかりを見ていたが、地上は草原が広がっており水に沈んでいる気がする。遠方にはビルのような高い建造物が見える。
一夜にして変わってしまっていた外の様子をしばらく見ていると
「ねえ!」
「うわっ?!」
突如後ろから声が聞こえて驚いて振り返ってしまった。目に写るのは
青髪、青い瞳に白のパーカーを着ている女の子がいた。後ろに手を組み上目遣いでこちらを見ている。
少女は驚いた様子の少年を見て微笑み、こう声を掛けてくる。
「これは、君の夢?」
聞いてくるが何が何だか分からない。これが夢なのか、それとも現実なのか。現実にしてはやけにリアルだし、味覚、嗅覚、視覚などの感覚も勿論ある。
「い、え、えと……」
戸惑い、口籠っていると、少女はまた別の質問をしてきた。
「クジラは、好き?」
何を求めてその問を投げかけて来るのか、全く理解できない。だが、この問には答えられる。
「クジラは、好きだよ……」
そう言うと、
「ねえ、外行ってみない?」
何故か話が噛み合っていない。一体この女の子は誰何だろう。などと考えていると、有無を言わせず手を掴んで外に連れて行かれてしまった。
「ちょ、ちょっと!」
「行こう!」
部屋を出て、廊下を走り抜けて外に出る。
そして、少女は草に倒れる。
「ほら、こうしてみると気持ちいいよ」
草むらに寝転び、少年にも手招きで促す。
「う、うん」
少女の隣に寝転ぶ。
戸惑う事が多いが、ここは素直に従っておく。今の所危害を加えそうな雰囲気はないが、素性は分からないからだ。
「クジラとかが泳いでる……」
そう呟くと、何故か嬉しいそうに
「クジラ、好きなんでしょ?なら教えてあげる」
聞いていなかったようで聞いていた少女は空を指差す。
「あれが、シロナガスクジラでこっちが、マッコウクジラ」
シロナガスやマッコウは分かるが、一匹だけ大きなクジラがいる。他の動物とは別の所で泳いでいる。
「あの大きいクジラはなんて名前?」
そう聞くと
「えっと……コニ……」
と答えたが、後半部分がよく聞き取れなかった。
「コニ……?」
「コニーヘルツ」
聞き返すと、はっきりとそう言ってくれた。だが
「コニーヘルツ?そんなクジラ初めて聞いた……」
どこの本にも載っていなかったと思うし、この世界特有のクジラかな……。
そう考えていると
「孤独のクジラって呼ばれてるの。知らないのもそのせい」
知らないのもそのせいって、何でこの女の子は知っているんだ?
色々と謎が多い少女だ。
そういえば名前聞いてなかったっけ。最低限の情報は知らないといけない。だってなんて呼べばいいか分からないし。
「そういえば名前は?僕はケンタ」
「私はエル、ケンタね。分かった」
などと言葉を交わし、しばらく沈黙が流れた後。
「ケンタ、あっち行ってみない?」
エルが聞いてくる。高い建造物の方を指差している。
「いいよ、どんな感じか気になってるし」
都市はどうなっているのか、そもそも人はいるのか、気になるところだ。
歩いて数十分。見た限りでは分かっていなかったが、都市まではかなり遠く、着く頃にはヘトヘトだった。
「ふー、疲れた」
「だね、それにしても誰もいなさそうだし、物音もしないな……」
平時なら自動車や人の声などの騒音が鳴り響くのだが、それらが一切ない。間違いなく普通ではない状態だった。
「何か不思議な感じ……。こんなに静かなんて……」
そう言うと何故かエルは笑って言う。
「色々探索してみない?面白そうだし」
「それじゃあまずこっち行ってみようよ」
了承し、大通り沿いを適当に歩いていると気づいた事があった。
「本当に誰も居ないな。でも、看板とかはそのままだし、変わっていたのは草原になってた家こ前くらいかな」
自分の家の前も元は住宅街だったが、全て消えて草原となっている。だが都市は消えずに特に変わった様子はない。
などと考えていると、グゥーと腹の虫が鳴った。
エルはそれを聞いてフフッと笑う。
「しょうがないだろ!朝ご飯食べてないんだから!それにここまでかなり距離あったし!」
「ごめんってば、確かケンタの世界では今頃お昼ご飯なんだよね」
と笑いながら言う事が気に入らないが、腹が減ったのは事実なので文句は言えない。言い訳はしたけど。
「近くに手頃の食べ物屋さんあるかもしれないよ?」
「え、でも人居ないのに食べ物売ってるのかな?」
エルが提案してくれたが、店があっても食べ物はないだろう。材料はあるかもしれないが、作る技術は持ち合わせていないし、そもそも緊急を用する程空腹ではない。
「まあ行ってみればいいじゃん!ほら行こ!」
と何時ものように強引に手を引っ張られて連れて行かれる。
そしてエルは近くにあったハンバーガーショップに入る。
「やっぱり明かりついてないし食べ物ないんじゃ……それに僕大丈夫だよ」
「まあまあ、こっちに何かありそうだよ!」
そう言ってエルは厨房に入る。
棚や業務用冷蔵庫などを漁っている。
「何か泥棒してる気分だなぁ……」
そう呟くと
「あった!これ食べ物じゃない?」
エルはそう言って獲物を見せて来る。
「あ、これハンバーガーだ。売れ残りか何かかな」
「これ食べられるんでしょ?」
見つけてもなかなか持っていこうとしないケンタを見かねて聞いてきた。
「これ食べられないよ、だって売られてないもん」
「え、見つけたらそれは自分の物でしょ?後は食べるか食べられるかの問題で。そいつ生きてないし今なら楽に食べられるよ?」
「いや、そう言う問題じゃなくてね?それに何故弱肉強食論?お金で食べ物を買ってそれを食べるんだよ?」
エルはそれを聞いて少し困惑している様子。
「じゃ、じゃあ、お、お金?持ってないの?」
「持ってない事もないけど……」
昨日文房具を買いに行こうとした時の残金はあるが、これが売り物なのか分からないし誰に払えばいいのかも分からない。
「じゃあそれ置いて行けばいいんだよ。それなら一応払った事になるし」
「うーん……」
「いいじゃん!ほら!」
「分かったよ……」
食べなきゃ死ぬ程空腹ではないが、腹は減っているのでエルの後押しもあって貰ってしまった。お金はレジに置いてきたので大丈夫だと思う事にしたが罪悪感がある。
「これはフィッシュバーガーかな。普通に美味しい」
フィッシュバーガーも無事食べ終わり、道を歩いているとエルは何か見つけたらしい。
「あ、あの大きい建物ってなに?かなり広いけど」
指差す方向を見ると学校だった。
「ああ、あれは学校だよ。怖い所」
そう説明して、さっさと歩き始めようとするとエルは恐ろしい事を言ってきた。
「ねえ、行ってみない?何か他の建物と雰囲気違うし」
「え、い、嫌だよ。だって怖い所なんだよ?」
「なんで怖いの?」
「そ、それは……」
思い出すと色々と嫌な事しかなかった。ブンブンと頭を振り、急いで忘れる。
「と、とにかく怖いの」
「えー、行ってみないと分からないじゃん!」
そう言って再び強引に手を引っ張り連れて行こうとする、が、今回は抵抗した。
「行きたくない!」
「なんで?」
「とにかく行きたくないの!」
「行ってみないと分からないよ?」
「だって……」
「だって?」
「だって」
だって
「イジメられるんだよッッ!!!!」
思い切り叫んだ。
「牛乳頭からかけられたり、机に落書きされたり、悪口、いわ、れ、たり……!!」
「またッ……あんな苦しい思い、したくない!!」
思い切り叫んだ。泣いて、鳴いて、叫んだ。苦しみ、憎しみ、希望の無い感情が入り混じる。
その場に崩れた少年に独り、少女は手を差し伸べた。
「行かないなら連れて行ってあげる」
そう言って、立たせて歩かせた。
□■□■□
「ここだ……。僕の教室……」
五年十一組の教室に入る。何も変わらない。誰も居ない教室だ。そして、机を見た。
「やっぱ、り……。この、世界でも、何も、変わらない……なんでこう、人間って醜いんだろ、悪いんだろ、憎いんだろ、難いんだろ、怖いんだろ、恐いんだろ、解らないんだろ、判らないんだろ、なんで人の気持ちがワカラナインダロ」
何も変わらない。人は居ないが、世界は変わらず醜い。
「ねえ、屋上、行ってみない?」
少女はその場に立ち尽くす少年にそう言った。
手を引っ張って屋上に行く。
相変わらず綺麗な世界だった。人が苦しかろうが辛かろうが変わらない景色。人が居なくなっても変わらない景色だった。
しばらく眺めていると、少女が聞いてきた。
「クジラ、好き?」
頷く。
「クジラってね、大きいのも小さいのもいるんだよ」
知ってる。
「クジラってね、大きい海で、泳いでいるんだよ」
知ってる。
「生き物ってね、素晴らしいんだよ」
少女の雰囲気が変わった気がした。
「生き物ってね、美しいんだよ」
少女の雰囲気に光が加わった気がした。
「生き物ってね、自由なんだよ」
少女の雰囲気に希望が加わった。
少年は、顔をあげる。
「私の本当の姿、見せてあげる」
少女はそう言って、目を閉じた。
途端、少女の周りに光が集まる。その光は優しい水色だった。
水色の光は少女を包み、大きくなる。
『ほら、おいで』
光の手に引っ張られ、何時ものように、連れて行かれる。ただ、優しかった。
「クジラ、だ」
クジラの背中に乗って空を泳ぐ。自由に泳いでいる。美しい世界が見渡せて世界に光が訪れる。
「綺麗だ、な」
■□■□■
その後、美しい世界を堪能して、屋上に戻った。
「頑張れる?」
少女が聞く。
「うん、もう、大丈夫」
そう言うと、少女は首からクジラのアクセサリーを外した。
「これ、あげるよ。辛くなったら自由を思い出して!自分の人生なんだから!」
そう言って渡してくる。そして何も名残惜しさもなく去って行った。
彼女は孤独だ、しかし自由だ。それは孤独だから自由なわけではない。
彼女が自由なのは、彼女が自由に生きているから。
□■□■□
気づいたら朝だった。昨日、自由な不思議な物語を学んだからだ。
少年は立ち上がり、眼鏡をかける。
「ありがとう、エル。僕、頑張るよ」
そう言って扉を開けた。
手にはクジラのアクセサリーが握られていた。
イラスト初心者が本気で練習して描きました。もう力尽きた