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異世界転移して初日に殺されてしまった俺は  作者: いつき旧太郎
第1章 普通っぽい勇者、普通じゃなくなる
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攻略戦

 1層目の制圧はたやすかった。


 攻めるに当たって、ブレイは兜を外し、俺も幻術を解き、ロゼリは首を縫い付けていた糸を外していた。

 どこからどう見てもアンデッドの一団である。


 アンデッドを見たときにまず起こる反応は恐怖だ。

 大抵の者が叫ぶことも、敵対することも忘れる。

 その次の反応、敵対か恐慌が起こる前に一気に切り捨てる。

 それが1層目攻略のプランだった。


 1層目にいた賊の数は6。人間残り24名だ。


『勇人さん、あちらを。』


 ロゼリが念話で指し示した先には、洞窟の入り口があった。

 ゴブリンは陸上で寝起きするのを好まない。また、賊の側でもすぐそばでゴブリンが寝起きするのを嫌がった。

 その結果、ゴブリンたちは第1層の脇に掘られた洞窟の中で寝起きさせられていた。

 彼らは夜の間寝ているとのことだが、騒ぎに気づけば起きて出てくるだろう。


<幻炎>


 俺はその洞窟の入り口近くに幻術の炎を発生させた。

 単なる見た目だけの炎ではない。

 幻影系の魔法は光を操り、作るもの。それが可視光の範囲に限定される理由はない。


 幻の炎の見た目に加えて強い赤外線も放つようにしてやれば、幻の炎は近づく者に「熱さ」を与える。

 焼き殺すことを狙ってのものではない。

 本物の炎であると思わせ、出てくるのをためらわせるためのものだ。


 ゴブリンと人間は、基本的に意思疎通できない。

 もともとあまり知能が高い存在ではないし、言語体系も違いすぎる。細かい指示を伝えるには魔法的な手段に頼るしかないが、そのようなことができる人物はこの賊たちの中にはいない。

 食事を与える代わりとして、単純な指示に従わせる。それがこの賊のやり方だった。


 指示役がいなければ、脅威ですらない。

 幻の炎で外が燃えさかっているように見せ、洞窟から出てこないようにさせれば足りる。


『1層目クリアー。ロゼリ、状況は?』


 俺は二層目へと登っていく通路に歩いて向かう。


『2層目に動きなし、まだ気づかれてないわ。』


 ロゼリの首は上空に浮いている。根城の全体を常に偵察するためだった。


『よしよし。次いこうか。』


 俺たちは静かに2層目へと足を踏み入れた。

 2層目は静まりかえっている。寝ているのだ。

 2層目にはいくつか建物があるが、どれも木製で、貧相だった。そのうちの細長い2つが寝床に使っている建物とのことだった。


 寝床の建物は簡単に見当がついた。

 大人数の男たちが雑魚寝できそうな建物はそれしかなかったのだ。ほかは物置だろうというサイズしかない。

 俺とロゼリがそれぞれ別の建物のドアにとりついた。

 耳を澄ませてみても、物音はしない。


<ファイアストーム>


 俺の手元に小さな炎の渦ができた。ロゼリも同じ準備をしている。


『5、4、3、2、1、投入。』


 合図と同時に扉を開け、炎を中に放り込んだ。

 結果は見ずにすぐに扉を閉めた。

 渦炎は中で大きな渦となり、近くにある可燃物に着火するはずだ。


「うわっ」

「火事だ!」

「消せ消せ!」

「無理だ!逃げないと!」

「どこにだよ! 入り口で燃えてんだぞ!!」


 建物の中から声が聞こえてくる。賊たちが火に気づいたのだ。

 俺は建物から離れた。


 何人かは炎の中を突破して外に出てくるかもしれないが、それまでだ。

 火から逃れただけで精神は参ってしまう。


 火は怖い。

 すぐそばに氷の塊があっても恐怖するものはいないが、すぐそばで火が燃えていれば命の危機だ。もう戦うどころではない。


『2層目クリアー。あとは一気にいくぞ。』


 俺は精神が高揚しているのを感じた。

 すべて計画通りだ。

 命を奪う躊躇いも後悔も感じなかった。アンデッドになった故だろうか。

 何かで満たされたような感覚すらする。


(いや、これは作戦がうまくいっているからだ。)


 そう自分に言い聞かせた。

 寝床の屋根に炎が回り始めていた。


 俺は3層目に向かって走り出した。

 ここからはタイムアタック。後ろを気にしている暇はない。

 火事に気づき、敵襲の可能性を考えて警戒態勢を整える前に3層目に攻め込まなければならない。

 一気に駆け上った。

 ひときわ大きい建物がある。賊の頭と幹部が暮らす館だ。


「てきしゅーーーう!」


 館の扉を守っていた賊が大声を上げた。

 これまでに見た賊よりいいものを装備している。腕も立ちそうだ。


『ブレイ。頼んだ。』

『応。』


 ブレイが短く答え、男のすぐ目の前に転移した。すでに剣を振りかぶっている。

 賊もさすがである。ブレイの一撃を剣で防御しようとした。しかし、ブレイの剛剣は賊の剣を折り、頭を割り、そのまま体の中程まで両断した。


 俺はその脇を通り過ぎ、館の扉を蹴破って中に入った。

 何人か騒いでいる声が聞こえる。


 頭はどこだ。

 ベルモンドは館の中の構造を知らなかった。用心していたのだろう、一握りの者しか館の中に入ることは許されていなかったのだ。

 俺は館の中を手当たり次第に走り回った。

 少しして、剣を持って警戒している賊を見つけた。向こうはまだ俺に気づいていない。


 迷わず俺は距離を詰めた。

 先刻の街道脇の戦いで一瞬迷ったためにあやうく逃げられるところだったのだ。戦いの場で迷うことはよくないのだと思った。


「ひ、スケル―――!!」


 賊が持っていた剣をたたき落とし、切っ先を喉元に突きつけた。


「頭はどこだ。」

「あ、あっち…。」


 俺は賊が指さした方を見た。その瞬間を狙って、賊が暴れた。


「くっ。」

 俺はとっさに賊を斬ったが、浅い。賊はそのまま走り去ってしまった。

 追うか。いや、優先は頭だ。

 俺はさっき賊が指さした方に向けてかけだした。廊下の奥にほかの扉とは明らかに違う扉があった。


<氷槍>


 走りながら魔法を発動させ、氷の槍を作った。頭の館では炎は厳禁だ。

 氷の槍を扉にたたきつける。

 槍は扉の板を貫いて、その奥へと飛んでいった。


 俺は槍の後を追って、扉を蹴破って部屋の中に入った。


 部屋の中には大柄なひげ面の男がいた。

 手には大きな斧。寝ていたからか、服は着ていない。

 ベルモンドに聞いた頭の容貌と一致している。


「アンデッドだと!?」


 頭の顔に予想外の驚きが浮かんだ。

 しかし狼狽するほどではない。まがりなりにも賊の頭を務めるだけの胆力はあるようだ。


「そうだとも。おまえに死を告げに来た。」

「話せるほどの高レベルアンデッドか。俺の部下はどうした。」

「死以外の幸せがこの世にあるとでも?」

「アンデッドらしい言い草、だ!」


 頭が飛びかかってきた。斧が振るわれる。

 俺はその斧を剣で受け止めた。

 頭は立て続けに斧を振るってくるが、そのすべてを落ち着いて防御する。


 何度か剣と斧が打ち合い、つばぜり合いの形になった。


「ジャックショット!」


 頭が叫んで斧に魔力を込めた。突然斧から衝撃が放たれ、俺の体を吹き飛ばした。


「ぐっ!?」


 俺は吹き飛ばされて、壁にたたきつけられる。

 これがマジックアイテム、と言うやつだろうか。


「おおおおおおお!」


 そこに頭の追撃が来た。

 大上段からの斧の一撃。防御が間に合わない。

 斧は俺の頭にたたきつけられ、衝撃の余波が壁を破壊した。


「…ふう。」


 俺が動かないのを見て、頭は斧を引き抜いた。


「こんなのがここまで来るようじゃ手下は全滅だな。集め直すか。」


 頭は寝台まで歩いて行き、脱ぎっぱなしにしていた服を手に取った。


「なぁ。」


 俺はその背中に声をかける。


「今のが切り札なのか?」


 俺は壁にめり込んだ体をゆっくりと壁から引き剥がし、立ち上がった。


「ち。いまので割れねぇのかよ。」


 頭は手に取った服を寝台に放り投げ、俺に向き直った。

 割れないどころではない。


「残念ながら、まったく何も感じなかったぞ。」


 ノーダメージだ。どこも痛まないし、HPが減ったような気もしない。


「ぬかせ。」


 頭が斧を構え、もう一度突進してきた。


<シールド>

 俺は防御の魔法を発動した。盾の形をした光が斧を遮った。


「ジャックショット!」


 頭が再び斧に込められた魔法を発動したが、衝撃はシールドを破ることもできなかった。


「次は俺の順番だろ。守れよ。」


 不機嫌そうに俺が言うと、頭は後ずさった。


<光剣>


 俺は剣にさらに魔法を付与する。剣が光を帯びた。

 距離を詰め、斬りかかる。

 頭は斧で剣を防ごうとしたが、剣は一瞬も動きを止めることなく、斧とともに頭の体を両断した。

 頭の体が二つに分かれ、床に崩れた。


『頭を倒したぞ。』


 念話で報告した。

 ロゼリからの返答はすぐにあった。


『お疲れ様。どうだった?』

『だめだ、弱すぎて。』


 俺は今回の戦闘で勝つこと以外の狙いも持っていた。

 俺は今どれくらい強いのだろうか、ということだ。

 王都でかなりの数のクエストをこなし、多くのスキルを得た。

 王都には一般市民もいたし、商人もいたし、騎士もいた。

 元の世界にいた頃の俺は、格闘技もしたこともなく、戦いとなれば役立たず間違いなしのレベルだった。

 それがスキル習得でどの程度戦うことができるようになっているか。それを試したかったのだが。


(ノーダメージで勝ってしまった。)


 ノーダメージでは基準が作れない。

 このくらいの賊はノーダメージで倒せるくらいには強い、と言うことは分かるが、問題は上限なのだ。腕前を読み違えて勝てない相手とまともに戦うわけにはいかない。


『そう。勇人さんは魔法と武器と両方使えるから、それだけでも結構強い方に入っているのは間違いないと思うわよ。』

『使い方がまだまだだけどね。』


 俺にはスキルはあっても経験がない。

 この先のことを考えると経験を増やしていく必要があるだろう。

 ギリギリの戦いほど成長させてくれる、というのは漫画の定番だが、緊張感がない戦いで大きく成長はできないと思うから、おおよそ真理なのかもしれないと思っていた。


『それで、ロゼリ、ブレイ、そっちの状況は?』

『問題ない。』


 とはブレイ。


『何人か根城から逃げ去ったようだけど、戦意あるようなのは残ってないわね。2層目の生き残りはいま呆然としてるわ。』

『よし、じゃあそいつらを降伏させに行こうか。いま出るから少し待っててくれ。』


 伝えて、俺はふと、頭が使っていたであろう寝台を見た。

 まだ少女と呼んでも良さそうな女がいた。

 寝ているのか、気を失っているのか、目を閉じて脱力している。両手首は縄で縛られていた。

 俺の目が髪の間から長い耳が飛び出しているのに気づいた。


(エルフだ!)


 驚きが俺を包んだ。何を隠そう、俺はエルフ好きであった。

 俺手首を縛る縄を切ってやった。


「ん…。」


 エルフがかすかに声を出しながら目を上げた。

 俺と目が合う。骸骨の俺と、だ。


「ひっ。」


 起きてすぐ骸骨は衝撃が強すぎたらしい。エルフの女は再び気を失った。


(まぁいいか。しばらくこのままにしておこう。)


 頭の死体を見ると、アンデッド創成の対象となっていることを<不死王の凱歌>が教えてくれた。

 思い残したことがあるようには見えなかったが、なにかあるのだろうか。

 俺はスキルを発動させてみた。


『敵対者に対する従属化を実行します。』


 天の声が響いた。


 頭の死体が形を失い、2つに分かれていたものがうごめいて合わさり、1つのスライムのような形になった。

 黒いスライムはぼこぼこと膨れ上がり、おおきな人の形を作っていった。

 骨に皮が張り付いたような、ミイラのようなアンデッドだ。体は生きていた頃の頭と同じくがっしりとした体型をしている。しかし目に光が入らず、眼窩は冥い。


 自由意志を持たないアンデッドの戦士。そんな風体だった。

 <不死王の凱歌>はこのアンデッド戦士が俺の命令のみで動くことを教えてくれていた。


 敵対者に対する従属化、と言っていた。頭に何か思い残すことがあった、ということではないのかもしれない。

 俺が殺した者で、ある程度強い者ならこうして従属化させられるということなのだろうか。


『ついてこい。』


 命じた上で俺が部屋から出ると、すぐ後ろをついてきた。


『斧は持ってこい。』


 アンデッド戦士に命令し直して、俺は館から外に出た。

 斧は頭の刃のついた部分を俺に斬られているが、使えないほどではない。


 ロゼリとブレイはすでに外で待っていた。


『そのアンデッドは?』


 ロゼリが聞いてきた。


『頭の死体から作った。自我はないようだ。』

『そう。』


 ロゼリもそれ以上気にする様子はない。ブレイに至ってはどうでもいいという様子だ。

 俺たちはまとまって2層目に戻った。


 賊の生き残りたちは呆然と燃えさかる寝床を見ていて、俺たちに気づかない。

 寝床から脱出できたのは5人程度しかいないようだった。無傷の者はいない。皆すすでまっくろになり、やけどを負っている。


「聞け!」


 俺は拡声の魔法をかけたうえで声を上げた。生き残りたちがはっと俺の姿を見て、その後ろで頭の斧を掲げるアンデッドウォリアーを見て絶句した。


「おまえたちの頭は、俺が殺して支配下に置いた。おまえたちの頭は愚かにも俺に刃向かい、死んだ。おまえたちはどちらを選ぶ?」


 服従か死か。

 つきつけると、生き残った賊たちは誰からともなくひざまずき、頭を下げた。


「よろしい。おまえたちが従う限り、命を奪わぬことを約束しよう。」


 俺は一方的に宣言した。

 次だ。

 俺は1層目のゴブリンの洞窟入り口に作った幻炎を消した。

 たちまちにゴブリンたちが這々の体でかけだしてくる。2層目で火の手が上がっているのを見て、半ば半狂乱に陥った。


「逃げれば殺す!」


 俺はさらに声を大きくした。

 ゴブリンたちがびくっと跳ね上がった。逃げだそうとしていた何体かが急ブレーキをかけていた。

 俺の言葉は通じるようだ。これが召喚された先の言葉がなぜか分かる異世界転移の定番、翻訳こんにゃくの力だ。本当に助かる。


「従うなら飯をくれてやる。跪け。」


 ゴブリンたちは俺の言葉に従い、一斉に跪いた。

 これで山賊の根城は完全に制圧できたと言っていいだろう。俺は内心で安堵のため息をついた。



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