はじめての戦い
俺たちがまず取りかかったのは、出発の準備だった。
王都の中に残っている物で使えそうな物を集めて、旅の準備をする。食事は心配しなくていいとしても、様々な装備は必要だ。
俺とブレイの外観がスケルトンだ、ということも解決しないといけないことの一つだった。
ブレイの方は、人形作りのスキルを使って頭蓋骨に粘土で肉付けして化粧をした上で目元を隠せる面をかぶることで対応した。体の方は衣服と鎧で覆ってしまう。
俺も同じでいいと思ったのだが。
「3人のうち2人も顔を隠してたら、やばい集団に見えるではありませんか。」
ロゼリがそう強行に主張したので、別の手段をとることにした。
幻影系の魔法である。クエスト達成で幻影魔法は習得していたが魔法書はなかった。俺は使い方をロゼリに習い、顔と体の幻を作って常駐させた。
王都の中には、細かく探してみるとまだ使える武器や防具が残っていた。
強力な効果を持つ物はないようだったが、劣化防止のみかけておいた、という程度の魔法の武具がいくつかあったのだ。
いでたちの方向性は『腕に覚えのある用心棒の集まり』だ。
前衛が重装備のブレイ、中衛で軽装備の俺、後衛にロゼリという役割分担にすることにした。
荷物は俺とブライで分担して持った。
王都から出るのは、俺が王都に入ったときと同じ城壁にかかっているはしごを使った。
そこから城壁にそってぐるりと迂回して、主城門の外側に出た。
主城門から続く道はまだ道としての形を保っていた。敷石の間からは草が生え、ところどころ木も生えてはいるが、幅4メートルの街道はしっかりと歩きやすい状態だ。
「ここをいくんですね。」
「はい。新しく道を作るのはとても大変なので、よほどのことがないかぎりは、これまでにあった道を使うと思うんです。この道をたどればきっと今も使われている部分に出れます。」
「よし、行きましょう。」
「あ。少しだけ待っていただけますか?」
ロゼリは城門に向き直り、ひざまずいて祈りの姿勢をとった。ブレイもロゼリに倣う。俺は立ったまま合掌した。
祈りは数秒。
ロゼリは立ち上がった。
「すみません。さぁ、行きましょう!」
意気揚々。ロゼリが宣言した。
俺たちは王都を離れた。
なにしろアンデッド3人である。疲れも感じずに不眠で歩いて2日、ついにきれいに整ったままの街道に突き当たることができた。
そこからさらに3日ほど街道を歩いた。
途中で馬車を走らせる商人に追い抜かれたり、徒歩の旅人とすれちがったりしたから、今歩いているこの街道が現在も使われていることは間違いなさそうだった。
今の街道に出てからは、夜は歩かないようにした。
夜中に歩いているところを見られれば、あらぬ疑いをかけられないとも限らない。俺たちは日が落ちる頃には街道の脇にそれて火をおこし、囲った。あちこちに旅人がキャンプした跡があったから、そうした場所を使わせてもらった。
俺にはロゼリの食欲を満たす、と言う大事な仕事もある。
眠る必要はないし眠気も感じないから、結局一晩中星を眺め、ロゼリと話すといったことしかやることはなかった。
俺はこの機会にこの世界についてロゼリからレクチャーを受けた。
世界には様々な異種族、知性を持った亜人種がいる。数が多いのはエルフやオーク、ドワーフといった、ファンタジー登場亜人御三家だ。
種族間の交流はあまり盛んではなく、それぞれの種族ごとに村や町がある。種族が違うと顔の見分けがつかないことが多く、不便な場合が多いのだそうだ。
そのほかにも、いわゆる常識的な知識をいろいろと教えて貰った。時間経過のおかげで古い情報かもしれないが、異世界の日本の常識よりは現在の常識に近いはずだ。
そうして過ごす3日目の夜のことである。
ふとロゼリが顔を上げた。
「勇人さん、感じない?」
ロゼリは姫らしい丁寧な口調ではなく、砕けた言葉で聞いてきた。
この街道に出てから、誰といつで会うかわからないから、と言うことで用心棒の仲間らしく丁寧に話すのはやめようと言うことで通しているのだ。
「何を?」
何か起こっているような音はしていない。
「血の匂い」
ロゼリは小さく呟いて、すぐそばに置いていた剣を手に取った。
ブレイは夜の間も常に剣を抱いて柄から手を離さないから、特に動きはない。
俺も慌てて剣を取った。
音は相変わらずしない。しかし、
(いる。10人くらい?)
気配感知のスキルが反応した。
遠巻きに囲まれている。じりじりと詰め寄ってきているようだ。
敵意しか感じられない状況である。
『どうする?』
俺は念話の魔術をロゼリとブレイの間に発動させてグループ通話にし、ロゼリに聞いた。
クエスト報酬で剣術のスキルも得ているが、実戦は初めてだ。魔族になすすべなく殺されたのは実戦のうちには入らないはずだ。
『仕掛けてくるまで引きつけて、すくなくとも一人は生け捕りで。あとは逃がさないように。』
『オーケー。ブレイもそれでいいか?』
ブレイの頭がかすかに上下した。
『構いません。生け捕りは私が。』
予想していなかったことだが、ブレイから返答があった。
敵が近づいてくる速度は非常にゆっくりだ。少しでも音を立てないように、気づかれないようにしているのだろう。
まだ10メートル。
9.5メートル。
9メートル。
じっと待つ。
遅い。
8.5メートル。
8。
7.5。
7。
6.5。
6。
5.5。
5。
まだか。
4.5。
4。
3.5。
ガサリと音がした。
(来る。)
気配が一斉に動いた。音を出すのも気にせず、一気に距離を詰めてくる。
俺は立ち上がって振り返った。
正面と両側から一気に3人。正面の男が一番近く、すでに剣を抜いて飛びかかってきている。
俺は剣を抜きざまに男が振り下ろしてきた剣をはじいた。
男は驚いている。
気づかれていないとでも思っていたのだろう。
(まず人数を減らす。)
俺はそのまま正面の男に斬りかかった。
男は剣で受け止めた。その瞬間を狙って俺は剣をいったん引き、男の心臓めがけて突き込んだ。
剣術スキルは、俺の体を自然と動かしてくれている。どう剣を振るかなど考える必要もない。稽古を繰り返し体に染みついたかのように動いてくれる。
剣先が革鎧を、骨を貫き、心臓を貫いた。
男が剣を落とした。即死である。
俺の動きを見て、左右から近づいていた男たちが足を止めた。
警戒したのだろう。
2人は俺を挟んでちょうど180度の正反対に位置を取った。
距離を取って間合いに入ってこようとしない。
(それなら)
俺は左手で腰に差していたナイフを抜き、左側の男に投げつけた。投擲のスキルだ。
これで左側の男は一瞬なりとも足止めできる。
俺は剣に魔法を込め、右側の男めがけて空中をなぎ払った。
<エアリアルエッジ>
飛ぶ斬撃だ。魔力を感知できなければ視認もできない。
右側の男は魔法に気づかず、その首が落ちた。
あと一人。
俺はナイフをよけて体勢を崩している男との距離を詰め、その顔を籠手で思いっきり殴りつけようとしたが、これもすんでの所でかわされてしまった。
「くそっ」
男がなりふり構わず逃げだした。
(どうする、追うか、魔法か?)
俺は迷ってしまった。その一瞬の間に男はかなり遠くまで走っていた。
逃げ足が速い。まずい。
追おう、と思った瞬間、男の目の前に突然ブレイが姿を現した。
「ひっ!?」
ブレイは男を一撃で切り捨てた。
受け止めようとした剣ごと斬っている。すさまじい一撃だった。
(強いな……。)
さすがロゼリに付けられる騎士ということだろうか。
一瞬で正面に回り込んだ動きは俺の目にも見えなかった。魔法的な方法にも見えなかったから、なにかのスキルかもしれない。
俺はロゼリの方を見た。
ロゼリはちょうど最後の一人を縦に割っていたところだった。
(まじか。縦かよ。)
地面に転がっている男を数えると、10人。全員仕留めたようだった。
「ロゼリって実はかなり強いのか?」
「乙女のたしなみ程度ですわ。」
ふふふと笑っている。これは自信のある顔だ。
ブレイが歩いて戻ってきた。
「ブレイ、ありがとう。おかげで逃がさずにすんだよ。」
ブレイはゆっくりとうなずいた。
「それで、生け捕りにした理由は?」
「いろいろと聞き出そうと思って。ブレイ、生きてるのはどなた?」
ロゼリが訪ねると、ブレイは地面に転がっている男の中から一人の襟をつまみ上げ、宙吊りにした。
男は両腕と首が変な方向にねじ曲がってけいれんしている。
生きているというか、死ぬ一歩手前にしか見えない。
<ヒール>
ロゼリが魔法をかけると、男の体が一瞬光り、腕と首がぐにぐにと動き、元通りまっすぐに戻っていった。
「う…。」
男が目を開く。
「気がついたかしら?」
ロゼリの声で男ははっと正気に戻った。
「う、うわっ、なななな」
ロゼリの手が男の顎を押さえて声を上げられないようにした。
「いい? あなたが騒がず素直な人間でいられるなら、あなたはさっきまでいた仲間たちの中で一番の幸せ者になれる。わかったかしら?」
男がうなずいた。
「よろしい。」
ロゼリが男の顎を解放した。
「まず、あなたたちは何者?」
「俺たちは、このちかくの山を根城にしている山賊団―――です。ちょうどいい人数の、あなたさま方がお通りにいらっしゃったので、その、ちょっと悪さを……。」
「悪さ、というのは?」
「い、いやそのたいしたことではないんで……。」
「あなたはあまり素直じゃなさそうね。」
ロゼリが地面に転がっている別の男に目を向けると、男は目に見えて慌てた。
「しゃしゃしゃしゃべります! その、荷物は売って、人も売って、一稼ぎというやつをしようと思っていたのでございますあります!」
「人が売れるの?」
「へへへい。奴隷として売ると結構な金になるんでなります。」
俺は奴隷制があるのか、と思った。ロゼリの常識情報にはなかったことだ。
社会が大分変化しているのは間違いなさそうだ。
「そう。アジトはどこで、お仲間は全員で何人?」
「すぐそばの山の麓でして、全部で30人くらいです。あ、それとゴブリンの奴らを10匹ほど使ってます。それで全部です。」
「分かったわ。」
「あの、それで……。」
解放を求める男に対して、ロゼリは笑顔を浮かべた。
爽やかな笑顔だが、男には悪魔の微笑みに見えただろう。
「まだよ。」
ロゼリは男を絶望させてから、俺の方を向いた。
「勇人様。予定を変えてこの山賊団を潰しておきたいのですが、だめでしょうか?」
と、姫としての顔をして聞いてきた。
「理由は何でしょう?」
「多少なりとも金銭が手に入ること、今より少しましな武具もあるかもしれないこと、これ以上犠牲者を出さないこと、です。」
最後の理由の語調がやや強い。おそらくこれが一番の理由なのだろう。
「勝てるのか?」
「お任せください。」
自信はあるようだった。俺は30人プラス10匹、という数に不安を感じるが、ここはロゼリを信じていいように思えた。
「分かりました、行きましょう。」
決まりだ。