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異世界転移して初日に殺されてしまった俺は  作者: いつき旧太郎
第1章 普通っぽい勇者、普通じゃなくなる
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エルフの戦士

 風に乗って矢が飛んでいく。

 矢は木々の間、枝葉の間をすり抜けて一直線に飛び、標的の右目を貫いた。

 鉄色の肌をした逞しいオークはぐっとその一撃を耐え、残された左目で射手の姿を見据えた。


 射手はエルフの男だ。

 銀色に輝く弓と鎧はミスリルで作られていた。他のエルフの装備が革鎧と木の弓であるのに対し、この男だけ装備が違う。

 エルフの戦士団を率いる戦士団長だった。

 名をレイフ=ヴィートと言う。


 レイフが再び弓を引いた。

<ペネトレートアロー>

 弓に込められた魔法が発動された。矢の貫通力を高めるものだ。


 オークは、手にしていた盾を構えた。

 放たれる矢を盾で受け止めようというのだ。

 矢が放たれ、空を貫いた。

 狙いあやまたず、鏃は盾を割り、革鎧を突き抜け、胸板を破り、心臓を貫いた。

 オークは倒れまいと数歩前へと歩いたが、力なく崩れ落ちた。


「みな、大丈夫か。」


 レイフが周りのエルフたちに声をかけた。声には強い疲労がにじんでいる。


 彼の里がオークの接近に気づいたのは、15日程前のことだ。

 北にある別の里がオークに襲われて滅ぼされ、命からがら逃げてきた者が知らせを持ってきた。

 その知らせを受け、里の戦士団は森の北方に派遣され、警戒に当たっていた。

 10日前、その警戒網がオークの一団を捉えた。


 オークの数は300人。

 大人と子供の数はほぼ半々で、戦力としてはオーク150名といったところだと思われた。

 一方の里の戦士団は総勢30人。

 里である程度戦えるものを集めても合わせて60人といったところだ。


 オーク発見を里に知らせ、戦士団はオークの対応に当たった。

 狙いは二つ。

 ひとつは遅滞。オークたちが移動する速度を少しでも遅らせること。

 もうひとつは偽装。オークに里の位置を悟られないように誘導すること。


 戦士団は少人数のグループに分かれ、四方八方から間断なくオークの集団に一撃離脱を仕掛け、警戒をゆるめられないようにした。


 森の中でのやりとりは戦士団の方が慣れている。

 ほぼ一方的に攻撃することができたが、犠牲をゼロにはできない。5人が倒れ、殺された。

 人数が少なくなれば危険も増す。たまった疲労もそろそろ限界に近かった。

 相手を安心して寝かせないために、エルフたちもほとんど寝ずに動き回っていた。

 お互いに消耗戦なのだ。

 エルフの戦士たちの誰もが疲れ果てていた。これ以上は、犠牲が増えてしまうだろう。


「里に戻ろう。10日稼いだのだ、対応の準備もできているだろう。」


 抗戦か、逃亡か。

 里の長老たちが決めているはずだ。


「はい、レイフ様。」


 戦士達の間に、かすかに喜びの気配が広がった。里に戻れば、いったんは休める。


 レイフたちは素早くその場を離れ、里へと足を向けた。

 足取りは決して軽くはない。疲労がたまっていなければ2日あれば戻れたところだったが、里にたどり着いたのは3日目の夕方だった。


 レイフは里についてすぐ、戦士たちを休ませ、自らは休む暇もなく長老のところに向かった。

 里の中の様子を見ると、逃亡する準備をしている様子はない。戦う方を選んだのかと思ったが、里のものたちの顔は不安そうで、抗戦の決意を固めたという雰囲気でもなかった。


(どういうことだ?)


 ちぐはぐな雰囲気に戸惑いながら、レイフは里の中央にある広場に入った。

 広場の中央に草で編んだゴザが敷かれ、5人の長老たちが並んで座っていた。


 エルフの里は、長老の合議によって取り決めが作られていく。取り決めは必ず広場で、里の誰でも見ることができる状態で議論のうえ決めなければならなかった。

 そのことから、エルフの里では重要なことはすべて広場で行われる。


 広場には、レイフが戻ってきたことを知った何人かも集まっていた。


「レイフ=ヴィート、戻りました。」


 レイフは両手を広げて軽く頭を下げる、エルフ式の礼をした。

 長老たちが返礼した。


「よく戻った。どうであるか、連中は。」


 レイフに声をかけてきたのは最長老であるフェルクだ。


「すでに報告させたように、オークの兵は150名はおります。我らで十名ほど減らしましたが、依然として兵力差は明らかです。」


 レイフは事実だけを伝えた。


「そうか。ここまで来るのはいつ頃になると予想する?」

「おそらく、あと数日、おそらく3日程度ではないでしょうか。子供も連れているため、群れの移動速度はさほど早いものではありません。それに加えて偵察をしながら進むとなると、ここを見つけるまで2日、もう1日で準備と接近、といったところかと。」


 レイフの返答に、長老たちは顔を見合わせてうなずき合った。


「わかった。そなたはまず十分休むが良い。」

「はい。戦うのですね?」

「そうだ。援軍も来る。」

「……援軍?」


 援軍に来られる範囲に同胞のエルフの里はない。


「そうだ。クエル山の人間たちに頼んだ。」


 レイフの脳裏に、ひげ面で魔法の付与された斧を持った男が率いている人間の集団が浮かんだ。

 どう見ても上等な部類の連中ではない。野盗の類いだ。

 首領以外の者はほとんどまともに戦ったこともないような連中で、戦士団が戦えばまず勝てるとみていた。


「レイフ、今は少しでも数が必要なのだ。」


 不満そうなレイフを長老が諭した。


「しかし、応じたのですか?」


 レイフはただで応じるような連中ではないと思っている。

 そもそも、里は連中と敵対しないために食料を送っているのだ。

 戦えば勝てる。

 しかし、ここにエルフの里があることを人間の街に知らされてしまう。それは避けなければならないのだった。今の時代は。


「応じたよ。そろそろ援軍としてくるはずだ。」

「そうですか。代償は?」


 レイフが聞いたのはほんの興味半分だったが、長老たちが動揺したのを見て、いやな予感がした。

 レイフは答えを待った。少しして、最長老が意を決して口を開いた。


「ルルフだ。」

「……。」


 レイフは沈黙した。

 内側で渦巻いたものをとどめるには口を引き結ぶしかなかった。


「そなたの妹だ。」

「……応じたのですか。」


 レイフの声は、疑問ではなく糾弾である。

 200年以上前にこのあたりの人間を支配していた国ならばともかく、現在の国家は、エルフを奴隷の供給源としか思っていない。

 すでに誰かの奴隷でない限り、捕まえて奴隷にするのも自由とされている有様だった。


「我らも、応じるべきではないと思った。しかしあの子が応じると言って聞かなかったのだ。せめての条件として、妻として扱い奴隷とはせぬよう誓わせた。」

「それが……。」


 何の意味があるのか、という言葉をレイフは飲み込んだ。


「それで、ルルフはどこに?」

「すでにクエル山におる。」

(早すぎる。)


 レイフは、長老が応じるべきではないと思ったと言ったのは欺瞞ではないか、一人の犠牲ですむならと内心喜んで差し出したのではないか、と思わずにはいられなかった。


「なるほど。連中はいつここに来るのですか。」

「用意を調えてから来ると言っていたから、そろそろのはずだ。」

「そうですか。それでは私はこれで失礼します。やらねばならぬことがありますので。」

「うむ。頼んだぞ、レイフ。」


 レイフは長老たちの前から下がり、広場から出た。

 家に戻っても、誰もいなかった。

 両親は200年前に戦死していた。この200年間、兄妹二人だけで暮らしてきたのだ。

 そして今一人になって、家には寂しい風だけがながれていた。


(まずはオークを撃退する。その次は連中だ。援軍に来ても来なくても必ず潰してやる…。)


 ついさっきまで体を覆っていた疲れが嘘のようになくなったように感じられた。まずは今ある戦力で、どうやってオークを撃退するかだ。

 レイフは机に羊皮紙を広げ、作戦の検討を始めた。

 時間は限られている。


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