死者の旅立ち
「なるほど。」
俺がこれまで起こったことをロゼリに説明すると、ロゼリは腕を組んだまま、重々しくうなずいた。
ロゼリの服はすでにシーツではなく、商家と思われる家に残っていたものドレスだ。かすかに魔法効果が付与されているそうで、経年による劣化はないようだった。
頭は、脇に抱えたままでは不便そうなので、糸で元の位置に縫って繋いでいた。斬首された首はアンデッドになっても元に戻ることはなかったのだ。
身なりを整えたロゼリの要求は、ご飯だった。
アンデッドのくせに腹が減るらしい。
俺はクエスト報酬で身につけたスキル、食用植物判定と調理のスキルを使い、森の中に自生していた根菜と葉物、キノコで簡単なスープを用意して差し上げた。
ロゼリはおいしそうにスープを頬張っている。
「あのとき中断された授与の儀式が、まさかこうなっても有効に続くとは思いもしませんでした。」
ロゼリの言葉に、その背後に立った白骨の騎士がしきりにうなずいている。
この騎士の名はブレイ=オスマーン。ロゼリに付き従っていた聖騎士の一人だ。
ロゼリに付き従う聖騎士は全部で6人いた。
全員が王城の地下牢で屍になっていたが、アンデッド創成の対象にできたのは彼だけだった。ほかの5人からはクエストの受注しかできなかった。
どれも今のところは達成できそうにないものだった。いつか達成してやりたいと思っている。
俺と同じ白骨でも、ブレイは全くしゃべれないようだった。そのため、生前17歳だったブレイ青年は寡黙なスケルトンとなるのを余儀なくされている。
「俺がスケルトンとして黄泉がえったことも不思議と言う感じですけどね。」
「アンデッドは、強い無念を残して死んだ者や、適切に埋葬されなかった者が生を求めてなるのだ、とは言われておりますが?」
無念の気持ちがあったとは我ながら思えない。
「あー。ロゼリさま。俺の埋葬ってどうなってましたか?」
「郊外の墓地にしかるべく埋葬いたしました。魔族の軍勢が迫ってきていたので、盛大にとはいきませんでした。」
「そうですか。」
だとすると、なおさらアンデッドになった原因がよくわからない。
「とはいえ、アンデッドについてはよくわかっていないことの方が多いのです。あ、ブレイさん、おかわりをくださいませ。」
ロゼリが器をブレイに渡した。もう5杯目だ。
ロゼリの首は外側を縫っただけなので、食道はつながっていないはずだ。口から入った食べ物どうなってるんだろうか。
ブレイはテーブルの脇に置いてある鍋から器にスープをよそうと、ロゼリの前に恭しく置いた。
ロゼリはそのスープをおいしそうに頬張っていく。
(そもそも野菜スープだぞ? アンデッドの食べるものって血とか肉とかじゃないのか。)
ロゼリと食物についての疑問がつきない。
「野菜だって植物の肉と考えれば肉のうちではありませんか?」
「心を読んだ?」
『口』にはしていなかったはずだ。
「そんなことできませんわ、勇人様。そう思ってるような視線を感じただけです。」
目は口ほどに物を言い、ということか。目玉ないけど。
「それで、勇人様。この後はどうなさるおつもりですか?」
「それなんですが、アンデッドが元に戻る方法についてなにかご存じありませんか?」
俺が質問を仕返すと、ロゼリは少し考えるしぐさをした。スープを食べる手がようやく止まった。
「申し訳ありません。心当たりはありません。アンデッド化を防ぐ方法や効果的な倒し方であればともかく、そういった方向の研究はあまりなかったかと思います。」
「そうですよね。」
普通元に戻そうとまで考える奴はいない。
しかしもしいるとすれば、どんな状況の者だろうか。
「例えば、死んだ妻とか、王とかをよみがえらせようとした、みたいな話ってないですかね?」
「うーん。東方の国で王が不老不死になろうとして毒を飲んで亡くなってしまった、といった話は聞いたことがあります。」
それは始皇帝のことか。たしか水銀飲んだんだよな。
「水銀でも飲んだんですか?」
「詳しいですね!」
あたりだった。
「いや、まぁ俺の世界にも同じことした皇帝がいたもので。」
「そうなんですね。そういえば、アンデッド化して永遠に統治しようと考えた王もいたそうです。反乱が起きて滅んだそうですよ。」
アンデッドには世知辛い世の中だ。
「死者は蘇らない。死者蘇生の探究は古くからされていますが、誰も成功しておりません。人為的にアンデッドにすることもできなかったと聞きました。アンデッドは死体から発生するのですが、まずは意思を持たない状態で発生し、その後長い年月をかけて意思と知性を獲得します。」
「ん? だとすると今のこの状況ってどういうことなんだ?」
俺の方はよく分からないが、ロゼリの方はアンデッドになってすぐに生前と同じように会話している。
「それです。王都の状況から考えて、かなりの年月がたっているようですから、勇人様は通常のように長い年月を経て意思を取り戻したのかもしれませんが、わたくしとブレイは明らかに違うのです。あ、彼が無口なのは生前からですわ。」
ブレイの方も、振る舞い方を見れば意思があるのは分かっている。
「これは明らかに勇人様の得たスキルによるものかと思います。これほどまでに強力なスキルは、わたくしも見聞きしたことがありません。異世界の方のスキルが別格というのは本当のことだったようです。」
「なるほどね。」
俺は相づちを打った。
「元に戻れる可能性があるとすれば、最も可能性が高いのはこのスキルだと思うのです。神から与えられるスキルは、使うことで成長していき、様々な効果を発揮するようになります。もしかすると、スキルが成長すれば、元に戻ることもできるようになるかもしれません。次の可能性としては、この世界のどこかにそうしたことができるスキルを持っている人がいる、といったところでしょうか。」
「なるほど。するといつまでもここにいるわけにも行かないな。」
王都内のクエストはほとんど受注したし、ここで達成できそうなものも全てこなしてある。スキルを育てるのも、探すにも、ここから出て行かなければならない。
「そうですね。わたくしたちもお手伝いさせていただきます。わたくしもやらなければいけないことがありますし。」
「やらなければいけないことって?」
「まずは周辺の情勢がどうなっているのか確かめないと、という状況ですが、もしあの帝国がまだ残っているのなら」
ロゼリの声が冥く、腹の底からうねりをあげて出てくる。
「わたくしは、死にそこねたわたくしの命に賭けて、この報いを受けさせてやらなければなりません。わたくしのこの手で。」
あぁ、やっぱりそうなのか。
腑に落ちるものがあった。
白骨化していたロゼリからクエストとして受注できなかった理由。アンデッド創成の対象となった理由。
自分の手でなさなければ果たされないほどの未練なのだ。
「俺が死んだ後、何が起こったのですか?」
「魔族軍が、王都に迫ってきました。わたくしたちは残った騎士を始め、戦える者を集めましたが、とうてい勝ち目はありませんでした。そこで、わたくしたちは彼に降伏したのです。降伏の条件は、わたくしの命と引き換えにほかの誰にも傷をつけないことと決まりました。」
その条件通りなら、王都は今のようにはなっていない。つまり。
「いざわたくしが処刑されようという時、一部の騎士たちがわたくしを助けるために行動を起こしました。しかし彼らの数は少なく、魔族の兵によってすぐに止められてしまいました。そして魔族の指揮官、軍団長オドケアスは、わたくしたちが降伏の条件に違背したとして、戦闘継続の意思があるとみなして合意を破棄すると言い、麾下に皆殺しを命じました。」
皆殺し。
そこまでするのか。
「わたくしは断頭台の上でその様をすべて見させられました。誰1人、救うこともできませんでした。わたくしは、最後の一人として、あの場所で処刑されました。」
その光景はどう考えても地獄だ。
「すまない。」
ロゼリは首を左右に振った。
「いいえ、これはわたくしの責任なのです。なのでわたくしは、ご飯を食べます。」
「は?」
文脈がつながっていないぞ。
「死ぬ前2日くらい何も食べてないので、お腹がすいてたんですよね! まずはお腹いっぱい食べないと死にきれません!」
「そ、そうか。足りるか?」
鍋いっぱい作ったはずだが、もうだいぶ食べているはずだ。アンデッドだし、底なしの胃袋というパターンもあるかもしれない。
(食欲の方が本命の未練なんじゃないだろうな。)
とすら思えるほどの食べっぷりである。
「たぶん大丈夫です。いま6分目くらいですから。」
むしろまだ6分目。
「大食い王女…。」
見ているだけで腹がいっぱいになる気分だ。
「ふふふ。いまさらわたくしを黄泉がえらせたことを後悔しても遅いですからねー。」
「つまりこれが俺の責任、ということですかね。」
「そうです。あきらめてください。」
俺は軽く肩をすくめた。
食事話のおかげで暗い雰囲気が続かずにすんだようだった。
ロゼリはもう3回スープをおかわりして、ようやく満足した。
「ご馳走様でした。お腹いっぱいです。」
「お粗末様でした。」
『クエスト「王族にお腹いっぱい食べさせる」を達成しました。報酬として宮廷料理Lv.4のスキルを得ました。』
受けっぱなしになっていたクエストが達成されたようだった。
得たスキルのレベルも高い。4はこれまで達成して得たスキルの中でも数が少なかった。おそらく熟練の域に達しているレベルのものだ。
「欲を言うと、メニューのバリエーションがほしいところですね。」
「あー、今、おあつらえ向けのスキルを習得したので、食材と調味料がそろえばもう少しなんとかできると思います。」
「本当ですか! 期待してます!!」
ロゼリが身を乗り出して目を輝かせた。