スキルの力
外はすでに日光が差し込み始めていたが、大丈夫なようだった。昼も動けるというのは大きい。
俺は森の中の道をたどって、王都の城門へと向かった。
城門にはスケルトン一人這い入る隙間もない。
俺は城壁にそってぐるりと歩いてみた。
城門から大分離れたところに、城壁に木のはしごがかけられていた。
はしごは城壁の上まで達しているようだ。
スケルトンの体でもはしごを登るくらいは難しくなかった。
俺ははしごを登って城壁の上に出て、城壁の上から王都の様子を眺めた。
王都は廃墟となっていた。
崩れかけた建物が並び、そこかしこに大きく育った木や建物に絡みついたツタが見える。
遠目に見ても雄大だった王城は、ほとんどの塔が途中で崩れている。
都市全体に薄暗いもやがかかっていた。
動いている者は見当たらない。
城壁の上も閑散としていて、いくつか人間の者らしい頭蓋骨が転がっていた。
この街は埋葬されることもなく、ただ遺棄されたのだ。
さきほど天の声に言われたことを思い出し、俺は頭蓋骨の一つを手に取った。
<不死王の凱歌Lv.1>
スキルを発動させる。すると、頭の中に男の声が流れ込んできた。
『あー。死ぬまでに一度でいいから女と寝たかった。』
俺はあきれた。
もうすこし有意義な情報があってもいいはずじゃないか。たたきつけてやろうかこの頭蓋骨。
『クエスト「女と寝る」を受注しました。』
天の声がした。
(まるでRPGだな。しかしこれ達成できないんじゃないだろうか。)
スケルトンの俺がどうやって女と寝るのか。
スキルの効果を検証するためにも何かすぐに達成できそうなクエストを探す必要がある。
俺は手に持った頭蓋骨をそっと置き、別の頭蓋骨を手に取った。
『水が飲みたい。』
『クエスト「水を飲む」を受注しました。』
受注してしまった。受注しないという選択肢はないのだろうか。
次の頭蓋骨を手に取った。
『王都から、逃げなければ。』
『クエスト「王都から出る」を受注しました。』
(最後の願いそれでいいのか。)
言いたいことはほかにもいろいろ思い浮かんだが、これはすぐに達成できそうだ。
俺は城壁へと登ってきたはしごを降りて王都の外に出た。
ぱっぱぱー、とファンファーレが鳴った。
『クエスト「王都から出る」を達成しました。報酬として家庭料理Lv.1のスキルを得ました。』
やはり報酬があった。
王都を出る、という内容と関係ないスキルであることを見ると、あの死者が持っていたスキルだろうか。
(なるほど。よし、まずはこれだな。)
俺はひとまず、王都中のクエストをこなすことにした。ほかにやることのあてもない。
俺はアンデッド。時間は無限にあるはずだった。
それから俺は不眠不休で王都中を巡った。
不眠不休と言っても、眠気も疲れもないのだから、さほど大変なことではない。
中には達成不可能と思われるクエストも多くあったが、「王都から出る」というような比較的簡単なものも相当数あった。
ちなみに「水を飲む」はスケルトンの体で飲むふりをしてもクリアできた。
いくつかのクエストをこなした後、「不死王の凱歌」のスキルレベルは2になった。
Lv.2では、クエストの報酬でステータス強化も行われるようになった。
かなりの数をこなしたから、結構ステータスも上がっているんじゃないかと思うが、ステータスは見ることができないし、比べる相手もいなかったから、よくわからない。
クエスト達成で習得したスキルの中には魔法のスキルもあった。火属性魔法とか、金属性魔法とか、結構細かく分かれている。
身体系のスキルについては習得した瞬間から体に染みついていたかのように使えたが、魔法系はそうはいかないようだった。
扱い方の知識が必要なんだろう、とあたりをつけた俺は、王都中を探し回って、何冊かの魔法書を見つけることができた。
魔法書を一読すると、そこに書いてあるとおりの魔法が使えるようになった。
使い方を意識する必要がないあたり、スキルの効果なのだろう。
再び月が満月になる頃になって、ようやく俺の「不死王の凱歌」はレベル3になった。王都内にあるクエストはほとんど受注しきったはずだ。最後の数日は達成することの方に忙しかった。
『「不死王の凱歌」のレベルが3になりました。アンデッド創成の機能が解放されました。』
この1か月で何千回と聞いた声が知らせてくれた。
(今度は作る方か。)
これまでの試行錯誤でこのスキルのことは大分わかってきた気がする。
Lv.1の効果も、すべての死者に有効なわけではない。
おそらくそこまで強く願わなかったのだろう、何のクエストも発生しない死者もいた。
スキルに慣れたのか、俺は見ただけでスキルの対象になるかわかるようになっていた。
ぱっと周囲を見渡しても、アンデッド創成の対象にできそうな死者は存在しなかった。
たぶん見える範囲の者はすべてクエストが発生し受注済みだったと思う。
(最後の願いを聞けなかった死者が対象になりそうだな。)
そう見当をつけて、俺は王城の方に向かうことにした。
気になっていた死者がいるのだ。
王城の前には王都で一番大きな広場があった。
その広場の中央には木製の舞台が据え付けられていて、舞台の上には断頭台があり、犠牲者の白骨死体がそこにあった。
首を切り落とされるという状況にもかかわらず何の願いも感じ取れなかった死体だ。
なぜ王都は廃墟なのか。
なぜ広場で見せしめに斬首されているのか。
(もしかすると、あの死体は。)
可能性に過ぎない。しかし、ほかに見せしめにするべき者がいるだろうか。
俺は広場の舞台の上に登った。
死体は変わらずそこにあった。首のない白骨死体だ。俺には骨だけを見て男女の違いを見分けることはできない。
すこし意識を集中させると、アンデッド創成の対象になると感じられた。
行使するべきだろうか。
俺は一瞬迷った。
アンデッドとして創成することは彼女にとって幸せなことなのだろうか。俺の不死生に付き合わせることが果たしていいことなのだろうか。
しかし「不死王の凱歌」は告げてくる。この死体があまりに強い無念を抱いたままであると。
(ええい、俺を恨むなよ。)
意を決し、俺はスキルを発動させた。
白骨の死体が黒い光を放った。骨がカタカタと震えだし、風が渦を巻いた。
どこからともなく、頭蓋骨が飛んできて白骨死体の脇に降りた。死体が身を起こし、左腕で頭蓋骨を抱え込んだ。
骨の放つ黒い光が闇となて膨れあがっていく。やがて闇は肉体の形を作っていった。
そして闇が晴れた。
俺の目の前に、首のない女が裸でひざまずいていた。
肌は生きているとは思えないほど白い。頭は女の左脇に抱えられていて、舞台の上に流れる金髪が美しかった。
俺はあぁ、と目を閉じた。
俺は回れ右をした。
「少し待っていてくれ。服になるような物を持ってくる。」
俺は背中に向かって告げると、急いで近くの家に駆け込んで、服か、服の代わりになる布を探した。
すぐに一枚の大きな布、おそらくシーツだったのではないかと思われるぼろきれをみつけることができた。これを巻けば、ひとまずはいいだろう。
きちんとしたふさわしい服は後でゆっくり探せばいい。
俺がシーツをもって戻ると、女はひざまずいたまま俺を待っていた。
顔は見えない。
俺は今は敢えて顔を見ないようにしていた。
俺は彼女の背にシーツをかけてやり、彼女が見えないように背中を向けて立った。
後ろで衣擦れの音がした。
「ありがとうございます。」
女の声がした。
俺は振り返ることができなかった。
ロゼリの声はこんなだっただろうか。
同じだと思いたい気持ちと違うと思いたい気持ちが俺を混乱させていた。
「どうかこちらをお向きください。」
促されて、俺は恐る恐る振り返った。
女は跪いたまま、シーツをうまく巻き付けて羽織っていた。頭はまだ左脇に抱えられている。
俺はまだその顔を見ることができなかった。
「わたくしの勝手な願いを聞き入れていただき、ありがとうございます。ついては、もうひとつ、わがままをお許しいただけますでしょうか。」
「いいとも。」
俺はうなずくことしかできない。
「ありがとうございます。可能なら黄泉がえらせていただきたい者がいるのです。」
「可能なら、そうしよう。」
「ありがとうございます。勇人様。」
彼女はついに、決定的な言葉を口にした。
俺は何も言うことができなかった。
やはり、という直面したくなかった現実に立ちすくんでいた。
ロゼリもそれ以上何も言わない。
しばらくの沈黙のあと、俺は声を絞り出した。
「どうかお立ちください、ロゼリさま。俺は、勇者になれなかった男です。」
俺の言葉に、ロゼリがゆっくりと、優雅に立ち上がった。
左脇に抱えられた顔がついに見えた。ロゼリの顔は悲しい微笑みを浮かべていた。
「わたくしも、国を、民を救えなかった無力な王女です。」
無人の王都を風が吹き抜けていた。