偽セリス
正面から堂々と。
俺たち2人は、何事でもないかのように普通に歩いて館へと向かった。門扉を壊す音は館の者にも聞こえただろうし、壊れた門扉も当然見えているはずだ。
それでも俺たちが歩いて行くのは、準備をさせるため。
グラフォードを捕らえるための奇襲ならそもそも昼間になど来ない。
奇襲は相手から思考の時間を奪う。
俺たちが堂々と乗り込めば、逆に思考の時間を与えられる。
逃げるか、逃げないか。戦うか、話し合うか、あるいは話し合うそぶりを見せて罠に引き込むか。その反応次第で相手の姿が見える。器が見える。
罠で待ち構えるならそれも構わない。
アンデッドの体には毒の類いは効かないし、対アンデッドに効果のあるものとして定番のターンアンデッドのような魔法も、聖水のような便利なものもこの世界にはない。まれにスキルとしてアンデッドを祓う力を持つ者はいるそうだが、それも一撃必殺とはいかない。
つまり、たとえ罠があっても問題なく対処できる。
ゆっくりと余裕を持って歩いて行く。
正面、館の扉がゆっくりと両開きに開いた。その内側にいた男が一人、一歩進み出て館から出てきた。
身なりの整った丸腰の男である。だがグラフォード本人ではなさそうだ。
使用人だろう。
男は俺たちの方をじっと見据え、歓迎するかのように微笑を浮かべて待ち構えている。
お互いの距離が3メートルほどになったとき、男が軽く腰を曲げた。
「主人が会うとのことですので、ご案内させていただきます」
「わかりました。よろしく」
俺は短く応えた。グラフォードは話し合いか、罠のどちらかを選んだようだ。
俺たちは使用人に案内されて館の中に入った。
館の中は窓からの光とランプの明かりで十分な明るさが確保されていた。廊下を歩いていると、時々メイドとすれ違った。警戒されているようなそぶりはない。
使用人が館の2階でひときわ大きな扉を開けると、応接室になっていて、正面のソファーにはひときわ上等な服を来た初老の男が座っていた。ぼんやりとした表情をしていて、何を考えているのかいまいち分からない。
エドモンドから聞いていた特徴と同じだから、グラフォード本人だろう。ただ、エドモンドからは瞬発力のある利口な男と聞いていたが、目の前のぼんやりした印象はそれと合わない。
「どうぞおかけください」
使用人に促されて、俺たちはソファーに腰掛けた。
使用人はグラフォードの背後にぴったりと立った。立っているのにまるで使用人の方が偉いかのようだった。
グラフォードはと言うと、まだぼんやりとしている。俺たちが前に座っても表情に全く変化がない。
妙だ。
そう思っていると、隣で魔力が膨れ上がった。
ロゼリだ。
俺が制止する間もなく10本の光の矢が生まれ、グラフォードめがけて、いや、その後ろの使用人めがけて飛んでいく。
光の矢は、使用人が張ったシールド魔法に阻まれ、宙に散った。
「いきなり魔法ぶっ放すなんて、レクノード王国の宮廷礼儀作法はどうなっているのやら」
使用人の声がさっきまでと違う。この声は、一度だけ聞いたことがある。
「礼儀作法に則ってぶっ放したのよ」
ロゼリの声はギリギリ表面張力で冷静さを保っていた。
「怖いなぁ。愛を受け入れてもらえないからって暴力に訴えるなんて。でもお姫様、君との愛はもう終わったんだ。分かって欲しいな」
あふれた。
再び魔力を膨れ上がらせたロゼリを、俺は今度は手で制止した。
撃たせろ、とロゼリが目で主張してくる。俺はだめだ、と目で返して使用人を見据えた。
ただの使用人ではない事はもはや明らかだ。
ロゼリが冷静さを吹っ飛ばす相手となれば、一人しか思い当たらない。
「お前がオドケアスか」
俺が尋ねると、使用人はにやりと口元をゆがめた。
「そうだとも。君がお姫様の新しい彼氏だね」
「お前の噂はいろいろ聞いてるよ。だいぶ楽しくやってるらしいな」
俺はオドケアスの問いかけを無視した。人をおちょくって楽しんでいるようなやつだ。真面目に取り合うだけ無駄だ。
「楽しくだなんてとんでもない。レクノード王国を滅ぼしたときだって、僕の心は泣いていたんだぜ。他の国々に大人しく従ってもらうためには徹底的に滅ぼさなければならなかったんだ」
「お前が泣いていたのは、その他の国々では好き勝手できないからだろ?」
「正解! よく分かったね」
オドケアスはパチパチと拍手して見せた。イラッとしたが、それを表に出してはこいつの思うつぼだろう。
「だからその分しっかりと楽しませてもらったよ。あんな楽しい日々は僕の人生でも数えるくらいしかない。今思い出してもドキドキしてしまうほどさ」
隣の爆弾が爆発しそうだ。この話題は良くない。
「そうかい。それで、今は何を楽しんでるんだ?」
「ほんの憂さ晴らしだよ。君のおかげで新しいおもちゃを手に入れそこねてしまったから、君に嫌がらせをしておこうと思ってね」
オドケアスは窓のそばまで歩いて行って、外を眺めた。窓の外、館の塀の先に町並みが見える。
「この街、なかなかのものだろ。セリスフェルがいたおかげで、200年もの間、燃えることなく栄えている。そろそろ盛大に燃えてもいい頃じゃないかと思うんだ。どう思う?」
「……させるものか」
嫌がらせのために街を燃やすと言われては、それ以外の言葉はない。
「させてくれないかなぁ。元彼と今彼の仲じゃないか」
「俺はお前が嫌いだ」
「残念だな。僕が君に何をしたって言うんだい」
あまり残念がっているようには見えない。
「お前に個人的な恨みはない。しかし、ロゼリや王都に残された死者達が、お前を許すなと訴えてくる」
「ひどいなぁ。僕は被害者だよ。和睦の条件を破ったのはレクノード王国の方じゃあないか」
「俺の知ったことじゃない。仮にそうだとしても虐殺をしていい理由にはならない。他人の命をおもちゃ程度にしか思っていないお前を俺は許さない」
「ふむ」
オドケアスは面白そうに腕を組んだ。
「他人の死後をおもちゃにしている君と、何が違うんだい?」
「おもちゃにはしていない」
「皆自分ではそう言うんだよ。けれど重要なのは、他人がどう見るかさ」
オドケアスが手を二度、大きく叩いた。
隣室に繋がっているドアが開き、入ってきたのは知っている人物だった。
セリス。いや、その偽物。
「オドケアス様、お呼びですか」
「うん、お客様がお帰りだ。送ってあげなさい」
「なぜ私が?」
「セリスフェルを殺したのはこの二人だよ」
オドケアスの言葉に、偽セリスの表情に激情が走り、膨大な魔力がほとばしった。
「ヴェネルア、今は戦っては駄目だ」
オドケアスが偽セリスを制止した。ヴェルネアというのが偽セリスの本名だろう。
「しかしこいつらなのでしょう。セリスフェル様を殺しただけでは飽き足らず、アンデッドにして使役し弄んでいるのは」
「そうだ。だけどここで戦えば街に被害が出る」
ヴェルネアがぎりぎりと歯がみした。
オドケアスの言葉は同時に俺たちに対する脅しでもある。
「気持ちは分かるが、君でなければ何かあったときに防げない。君にしか頼めないんだ」
「……わかりました。しかし、こいつらから先に仕掛けられたら戦って構いませんね?」
「その場合は仕方が無い」
オドケアスはゆっくりとうなずき、俺へと目線を移した。
「さぁ死霊の王よ、お帰りいただこう。どんな甘言を囁かれようと、このオドケアス、街をアンデッドなどに渡しはしない」
先ほどまで自分で燃やすと言っておいて、これだ。
だがここでこれ以上粘っても戦いになるだけだろう。脅しは効果的だった。
「帰りましょう」
空気を察してか、ロゼリが静かにそう言った。
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○追放された伯爵公子は、超文明の宇宙要塞を手に入れました。
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