ブレイ
ケログ麾下の軍勢は、一言で言ってひどい状況だった。
魔法兵10人は、一瞬でブレイによって切り伏せられた。ブレイを数で押し込んで倒そうにも、囲いができる頃にはブレイが転移して包囲の外に出てしまう。
ついにある兵士がブレイの背後に飛び込むことができて、剣で一撃を加えた。鎧を裂くことはできなくても、その衝撃は中に伝わりダメージになるはず。そう期待する兵士の思いと裏腹に、ブレイは全く変わらぬ動きでその兵士に向き直り、槍で突き殺した。
そのうち疲れが見えてくるはずだ、と言う人間達の期待は、裏切られている。
アンデッドに肉体的疲労はない。
ロゼリの方も、対応するすべがなかった。
なにしろ弓兵がいない。ロゼリに空の上から魔法を放たれては、兵士達は逃げ惑うほかに打つ手がなかった。
ケログ百人長は、すでにブレイの槍に倒されていた。
もう1人のカークス百人長も、ブレイによってエルフの陣地の中に拉致され、捕虜となっている。
2人の百人長を失った人間達は、もはや組織だった動きはできない。
次第に戦場から逃げるものが現れ始めた。継戦を叫ぶ一部の十人長たちが優先的に狙われ、全員が物言わぬ屍に変わったころには、全軍が武器を投げ捨てて逃げ出すようになった。
エルフの陣地に攻め寄せた兵士の半数以上が事切れて大地に転がっていた。
詳しく数えるまでもなく壊滅的な損害である。多くの指揮官も失い、しばらく軍勢としての形はとれないだろう。
最後の兵士が森の奥に消えていったのを見て、ロゼリはブレイの横に降り立った。
「ご苦労様でした。」
ロゼリが声をかけると、ブレイはロゼリに向かい跪いた。
『申し訳ありません。』
出てきたのは謝罪の言葉である。
『私の未練、これまでであるようです。ロゼリ様と共に戦い、また、存分に腕を振るうことができ、もはやこの世に留まる後悔が晴れてしまいました。先立つ不忠をお許しください。』
『あなたの忠義を疑うものがいれば、私が必ずただしましょう。長年の働き、大儀でありました。』
『ありがたき幸せ。では、ロゼリ様。地獄への先陣を務めさせていただきます。』
声と共に、ブレイであった骨と鎧が崩れ、地面に散り落ちた。
風が吹き抜けた。
ロゼリはブレイの頭蓋骨を拾い上げ、両手で抱え込んだ。
「わたくしはきっと、あなたよりもっと深い地獄に行くことになるでしょうね。」
遠くで魔法を応酬している音がする。まだ勇人が戦っているのだ。急いでエルフとの話をまとめ、助けに行かなければ。
ロゼリは感傷をしまい込んで、エルフの陣地へと歩き始めた。
俺は、苦戦していた。
苦戦というのは、だいぶ控えめな表現だ。
正確に言うなら、ギリギリでしのいでいる、という感じだ。
純粋な接近戦では勝ち目がない。したがって魔法を連発して対応しているのだが、MP量には限りがある。
できるだけ節約して使いたいところだが、今の俺には魔法で対処できる「最小限」がわからない。
最小限で対処しようとして読みを誤りダメージを受ければ、一気にたたみ込んでこられそうだった。
<ブレイズキャノン>
魔族の手のひらから炎のビームが放たれた。
<シールド・十重>
俺はシールドを十枚張って備えた。一枚一枚はほぼ一瞬で破られるが、10枚集まれば0.3秒くらいは稼げる。その間に俺はビームの射線から逃れた。
先ほどからこういう感じで、3Dシューティングゲームをしている気分だ。ただし敵弾を消せる便利な技はないし、こちらの攻撃も通らないという無理ゲーだが。
「いいねいいね、いつまで保つかな?」
魔族はとても楽しそうにしている。思いのほか俺がよけるのを楽しんでいるようだった。
「じゃあ次、これね。」
<フレイムバレット・ハンドレッドフォールド>
魔族の周囲に100個の火の玉が浮かんだ。
(あぁ。今度は弾幕シューティングか。)
いったいいくつのゲームジャンルを体感させてくれるつもりなのだろうか。
火の玉が一斉に放たれた。
全てが俺を狙うのではなく、辺り一帯を狙いエリアで攻撃している。
俺は魔法を一つ発動準備して、俺は飛行魔法で姿勢を制御しながら火の玉の間をすり抜けようとした。
数が多い。
一つに被弾し、動きが乱れた。
「ぐっ!」
そこに、別の火の玉が迫る。
<エアリアルエッジ・ダブル>
その火の玉を魔法で切り裂き、体勢を整えた。
目の前に、もう次の火の玉がある。
『作成されたアンデッドが昇天しました。』
天の声がした。俺は驚いて、回避を忘れた。
立て続けに2発の火の玉に被弾した。HPが4分の1ほど削られた。
しかし、俺の意識はそれどころではなかった。
アンデッドが昇天した? つまり、ロゼリかブレイだ。何があったのか。
「ぼさっと!」
魔族の声が響いた。はっとしてみると、すぐ目の前に拳があった。
「するなぁ!!」
拳が胴の真ん中を打ち抜いた。
拳は俺の体を吹っ飛ばし、俺は地面に向けて一直線に落ちていった。
背中が大地に打ち付けられた。
衝撃が周囲の木々を震わせ、葉が落ちた。
ダメージは大きい。HPは残り4分の1ないだろう。
幸いにしてアンデッドの体はダメージがあっても動きが鈍ることはないが、次に攻撃を受けると危ない。
『ユウト様。』
頭の中にブレイの声が響いた。念話とは少し違う感じだ。
『短い間でしたが、世話になりました。おかげで本懐を遂げることができました。』
俺は理解した。これは、別れの言葉だ。
(そうか。それは本当に良かった。)
自然とそういう思いが出てきた。
俺のスキルによるとはいえ、アンデッドにならなければならないほどの後悔を晴らせたのなら、それはとても良いことだと思った。
『私の全てをユウト様にお預けします。どうか、ロゼリ様を……。』
声が遠くなっていく。代わりに、天の声が響いた。
『クエスト「ブレイ=ブルタークの昇天」を達成しました。全ステータスが向上、全スキルを引き継ぎました。』
頭の中にブレイが持っていたスキルの全ての情報が流れていった。おまけなのか、HPとMPも全快していく。最大値も増えている。
これなら、戦える。
「ねぇ、もう終わりなの?」
声がした。顔を上げると、魔族が木々の上から俺を見下ろしていた。
俺はゆっくりと体を起こした。
<身体強化><集中強化>
俺は再び自らの強化魔法をかけた。ブレイから引き継いだものの一つに、補助魔法強化があったからだ。これまでの強化よりも強い効果が発揮されたのが分かった。
「いいや、ここからラウンド2だよ。」
俺は大地を蹴って飛び上がった。
体がこれまでよりも軽く、速い。一瞬で魔族の目の前まで移動し、剣を振るう。
よけられた。
しかし、今はよけた動きが見える。右だ。距離を取られている。
<フレイムバレット・ハンドレッドフォールド>
魔族が魔法を発動させ、放った。
俺は落ち着いて、引き継いだばかりのスキルを発動させた。
<光の理>
俺は魔族の背後に転移し、右の拳で殴りつけた。
魔族は振り向きざま両腕をクロスさせて俺の拳を止めた。
<エアリアルブロウ>
俺の魔法の風圧をうけて、魔族が後ろに飛んでいく。
魔族は空中で踏みとどまって、凄惨な笑みを浮かべた。
「何があったか知らないけど、いきなり別人だね。すごくいいよ。」
これまでのような遊びのある表情ではない。
魔族も本気になったようだった。




