エルフ対騎兵
エルフたちは、森が開けた草原で待ち構えていた。
木は少なく、足下には膝くらいまでの丈の草が生い茂っている。
60人のエルフが、隊列を組んでクレス百人長の率いる騎兵120人と相対した。
エルフたちの指揮を執るのはレイフである。その隣にはルルフがいた。
里のために戦いたいというルルフを拒む者はいなかった。掟で里には入れられないとはいえ、同郷のエルフである。
戦うための力も得ていた。
「もうこの森に戻ることはできないと思い世界樹に別れの挨拶をしに行ったところ、世界樹から力を授かった。」
というのである。
実際はロゼリの祈りによって授かったものだが、そこを説明するわけにはいかない。
そんなことがあるのかと疑った者もいたが、最長老が『ある。』と断言したため、追求がされることはなかった。最長老があるといえばあるのだ。
ルルフは武器の使い方を知らない。
そこで配置は指揮官でもあるレイフのすぐ隣だ。レイフからしても指示をすぐに出せるし、守ることもできる。
騎兵だけで追ってきている、と判明してエルフたちが戦場に選んだのがこの場所だった。
森の中と違って障害物がなく、馬が全力で駆けられる場所だ。その一方で弓矢にとっても障害物がないという見方ができる。
正面から、騎兵の隊列が近づいてくる。矢印のような鋒矢陣形をとっている。人数は約120名。エルフに対し2倍の数である。
(いよいよ始まる。)
ルルフは震える手を押さえようと、胸の前で手を組んだ。
「大丈夫か、ルルフ。」
レイフが気遣った。
「はい、お兄様。大丈夫です。」
強がりである。
「作戦通りやれば大丈夫だ。心配するな。」
「はい。」
ルルフは頷いた。作戦の成否が自分の肩に掛かっている緊張は軽くなることはなかったが、やるしかないのだ。
敵騎兵が向かってくる速度を上げた。駆け足だ。
「来るぞ、弓隊、槍隊、構え!」
レイフが命令を出した。弓を持つ戦士団が矢をつがえ、槍を持つ里の者達が石突きを地面に突き立て、槍先を並べた。
距離100メートル。
騎兵がさらに速度を上げ、襲歩となった。全速力だ。騎兵達が剣を抜いた。
「突撃!」
騎兵の指揮官が命じる声が届いた。そのあとに騎兵達があげる叫び声が続いた。
「弓隊、よーい!」
レイフの声で、戦士達が弓を引く。
50メートル。
馬が大地を蹴る音が聞こえた。
「ルルフ、今だ!」
「はいっ」
レイフの合図を受けて、ルルフはスキルを発動させた。
スキル<森の愛し子>。
植物を操作するスキルだ。魔法と異なり、ラインをつなげて魔力を届けなくても、一定範囲の植物を操作できる。
スキルの効果を受けて、騎兵隊の進路上にある草が一斉に長さを増し、ねじれて束となり、別の束と絡み合って結び目を作り、半円を作った。
エルフの隊列だけを見据えていた騎兵達はその罠に気づかないまま突っ込んでくる。
草の輪が馬の足に引っかかり、馬がつんのめって転倒した。上に乗っていた騎兵は鞍から投げ出され、宙を飛んだ。
先頭部隊は全て罠にかかって転倒した。
後続部隊も、全速力の馬はそう簡単には止まれない。続々と草の輪に足を引っかけ、転倒し、たちまち多くの馬と人が地面を転げ回った。
運良く草の輪に引っかからなかった馬も、転倒した馬と人のせいで棒立ちになり、騎兵隊の動きが止まった。
「放て!」
そこに、狙い澄ました矢の雨が降った。
狙いは馬。突然転倒し半ばパニックになっている馬に矢が突き刺さり、馬が狂乱した。
倒れた馬が急いで立ち上がろうと暴れては他の馬や人の上に覆い被さった。立ち上がれた馬も、近くにいる騎兵を蹴飛ばし、踏みつけていく。
そこに第2射が降り注いだ。
今度の狙いはいち早く起き上がって馬をなだめようとしていた騎兵達だ。1人に何本もの矢が集中し、ばたばたと倒れていく。
騎兵隊の前半分ほどは狂騒にたたき落とされた。
後ろ半分はかろうじて踏みとどまっていた。減速、回避が間に合っていたのだ。レイフは、その中に兵士達にあれこれと指示を飛ばしている男がいるのを見つけた。指揮官だろう。
レイフは弓を引いた。
<ペネトレートアロー><パワーショット><ヘビーショット><ソニックアロー><テンペストアロー>
レイフができる魔法付与のフルコースをかけ、その男めがけて放つ。
狙いは過たず、矢は指揮官の首から上を吹き飛ばした。指揮官の周りにいた騎兵達がぎょっとしてレイフの方を見た。
「弓隊、まだ立っている部隊を狙え!」
レイフが命じる。立て直されて再度突撃をされてはやっかいだ。
「退け、退けー!」
騎兵隊の中で誰かが叫んでいた。騎兵達が森の中に戻ろうと方向転換するところに矢が飛び込んだ。
矢を受けた馬が暴れ、何人かが落馬した。
矢が立て続けにお見舞いされる中、残った騎兵達50人ほどが逃げていく。もはや隊列などはない。1人1人が必死で逃げるだけだった。
「打ち方やめ! 槍隊、前へ!」
矢には限りがある。レイフは弓隊の仕事を終わりにさせると、槍隊を前に押し出した。
もはや騎兵隊に戦意のある者は残っていない。
動くことができる者は全員逃げ出した。
緒戦はエルフの勝利だった。
「よし、行こう。」
レイフ達はエルフを集めて、森の中に消えていった。傷ついた者を捕虜にする余裕はない。
経緯を聞いたベロアは拳を握りしめた。
「なんという無様さだ。なすすべなくやられたようなものではないか!」
生き残った十人長は頭を下げたままだ。ベロアはむやみに怒る男ではなかったが、一方的にやられたと聞いては怒りをこらえることはできなかった。
「全速突撃したら草に引っかかって転んで全軍崩壊しましたなど、なんたる練度の低さ! 他の騎兵が聞いたら大爆笑だぞ!」
「し、しかし見た限りではそんな仕掛けなどなかったので……。」
「なかった!? では何か、草が勝手に馬を転ばそうとでもしたというのか!? 未発見の植物系モンスターの群生地かなにかか!? え!?」
ベロアはまくし立てる。
「どうせ魔力の伝達ラインを見落としたのであろう。騎兵の基礎調練科目だぞ。えぇ!?」
騎兵は急には止まれない。そこで、魔法を扱える兵によって突撃する騎兵のすぐ目の前に障害物を発生させる対応が取られる場合があった。その対策として、騎兵は、魔力を伝達するラインの発見については初期からみっちりと訓練される。
それだけに、ベロアは、騎兵がこぞってその基礎をないがしろにするほどエルフをなめきっていたのだ、と結論づけていた。
伝達ラインなしに植物を操作するスキルの存在は彼の頭には可能性としても浮かばない。それは彼の無能のせいではなく、知識の不足である。
「街に戻ったら基礎からきっちりやり直せ! いいな!」
ひとしきり叫んで、ベロアは落ち着きを取り戻した。グラスの中のワインをぐっと飲み干し、気分を切り替える。
「わかったなら、今後のことを話すぞ。まず、エルフどもの練度はどうだった。」
「は。負けたからいうのではありませんが、弓兵についてはおそろしい練度です。クレス百人長を殺した矢は、魔法付与もなされていました。」
「アンデッドはいなかったか?」
「そうと分かるものはおりませんでした。」
ベロアは舌打ちした。アンデッドがいれば、まだ失態ではないとしてまとめる余地があったのだ。
「弓兵の数は?」
「30です。」
「残りの兵は?」
「槍兵でしたが、弓兵に比べると動きの統制が取れていませんでした。おそらく、急ごしらえかと。」
「武器を持てる者を急いで動員した、といったところか。合計60、状況的にこれがエルフの全兵力とみるべきだろう。」
そう結論づけて、ベロアは明日以降の方針を考えた。
「ケログ百人長、カークス百人長を呼べ。」
ベロアは歩兵を率いる2人の百人長を呼ぶと、二人はすぐに来た。
「ただいま参りました。」
「明日、お前達の隊で急いでエルフどもを追え。魔法兵と、残った騎兵も連れて行け。」
「かしこまりました。」
「指揮は先任であるケログが取れ。我が部隊には愚か者ばかりでないことを示してくれよ。」
「お任せください。」
(頼もしいことだ。)
ベロアは思った。懸念は例のアンデッドだけだが、ここまで出てこないと、いないのではないかと彼は思い始めていた。




