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異世界転移して初日に殺されてしまった俺は  作者: いつき旧太郎
第1章 普通っぽい勇者、普通じゃなくなる
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空城の計


 兵士の隊列が森の中を進んでいく。

 先頭をいくのは歩兵100。その後ろに本隊として残りの歩兵と魔法兵が進んでいる。

 騎兵は近くにいない。

 ベロアは、騎兵を先行させ、里の封鎖をさせていた。

 里に門は2つ。ひとつは歩兵が現在向かっている門で、もう一つはその反対にある。反対側の門からエルフが逃げるのを防止しなければならないため、騎兵に封鎖させたのだ。


 ベロアは、自分のすぐ後ろで馬に乗っている人物を意識して、精一杯背を伸ばした。

 セリスフェルである。

 昨夜、日没後に飛龍に乗って合流してきたのだ。飛龍はそのままどこかに飛び去り、セリスフェルはエルフの里攻略に同行する、と言ってきた。


 ベロアの記憶では、たしか同僚のウィルヘルのアンデッド討伐隊に同行していたはずだった。ベロアは、セリスフェルと共に行けるウィルヘルを少しうらやんでいた。

 セリスフェルは皇帝の名代。

 クレアッドの街では、彼女が白と言えば全てが白になる絶対の権力者である。


 彼女に覚えておいてもらえている、というだけで出世の速度が違う。もし今回の攻略戦で彼女が「すばらしい手際だった。」とでも言おうものなら2階級、いや3階級特進も夢ではない。

 もちろんいいことばかりではない。失態があれば、それも2倍3倍になってしまう。彼女が「普通だった。」と言うだけでベロアの出世はなくなる。


 ベロアはかつてないほど緊張していた。

 作戦に一つの滞りも許されない。

 セリスフェルからの指示は一つだ。


「知性あるアンデッドが出てきたら知らせなさい。それ以外は好きにやって。」


 ウィルヘルの隊の方で目当てのアンデッドを見つけられなかったのだろうと彼は考えていた。


(もし、手際よく攻略した上でそのアンデッドを見つけることができれば、将軍位も夢ではないかも。)


 ベロアの夢は広がるのだった。

 そこに、先鋒からの連絡の兵士が来た。


「隊長、ケログ百人長が前に来ていただきたいとのことです。」

「分かった、すぐに行こう。」


 おそらく里に着いたのだろう。攻撃開始の合図をしてもらいたい、ということかもしれない。

 ベロアが兵士の間を抜けていくと、ケログ百人長が待っていた。目の前にはエルフの里の門がある。


(妙だな。)


 ベロアは思った。

 里の門が開け放たれている。防柵の向こう側にいるはずのエルフの姿が一人も見当たらない。

 門の上には、見たことのない意匠の描かれた旗が翻っていた。

 こちらが攻めようとしているのだから、エルフたちは門を閉ざし、防備を固めていなければならないはずなのだ。


「百人長、どう思う?」


 ベロアは自分の考えをまとめる時間を稼ぐためにケログに聞いた。


「は。エルフの里が我々の接近に気づいていないはずがありません。昨夜の内に逃げてしまったのではないでしょうか?」

「だとするとあの旗はなんだ。エルフ流の何かの象徴なのか?」

「申し訳ありません。私もエルフのそういったことには明るくないのですが、この里に住む部族を示すものなのではないでしょうか。」

「部族の象徴、にしてはみすぼらしい旗だ。」


 旗は急ごしらえで布をつなぎ合わせて作られているように見えた。部族を示すなどの大事な旗であれば、こうした旗にはしないだろう。


「確かに、おっしゃるとおりです。」


 百人長が頷いた。

 ベロアは悩んだ。門を開けていることと合わせて、どう解釈するべきだろう。


「どうしたの?」


 そのベロアの背後から女の声がした。ベロアはその声に慌てて振り返った。

 セリスフェルだ。


「閣下。わざわざ最前列までお越しいただけるとは。」

「私はどうしたの、と聞いたのよ。」


 ベロアが恐縮すると、セリスフェルは答えがないのにいらだった様子を見せた。ベロアは慌てて答えた。


「は。あの通り門が開け放たれておりますので、敵の狙いを図っておりました。」

「ふうん。あの旗、見たことあるわ。何だったか……。」


 セリスフェルが腕を組んで考え始めた。少しの間記憶を探って、セリスフェルはあぁ、と手を打った。


「レクノード王国の旗だわ。」


 セリスフェルはうれしそうだった。


「レクノード王国、とは……?」


 ベロアには聞き覚えがない国名だ。


「200年前にあった国よ。それがあのエルフの里を助けているぞ、というサインね。」

「なるほど。」


 ベロアはエルフに援軍が到着している可能性がある、ということだけ理解した。軍事的には重要なのはそこだけだ。


「お教えいただきありがとうございます、閣下。」

「いいわ。アンデッドが出たら教えてね。」

「は。百人長、里を包囲するぞ。」

「包囲するのですか?」


 ケログが聞いてきた。攻め込まないのか、というのだ。


「そうだ。門が開いているのは罠だ。あの開いている門から無警戒に軍をいれると、里の中で伏せているエルフどもに囲われ、攻撃されるという罠だ。こちらの数からすると負けることはないだろうが、罠を破るためにはかなりの数のエルフを殺してしまうか、逃がしてしまうことになる。」

「なるほど、罠なのですねあれは!」


 ケログがすこし大げさに感嘆して見せた。

 ベロアを持ち上げてセリスフェルに対するアピールをしてくれているのだろう、ベロアは心の中の彼の評価を一つ上げた。


「そうだ。そこで、まず100名で里を包囲する。その次に、100名を里の中に入れる。」

「罠にはまりに行くのですか。」

「そうだ。しかしこれがこちらの罠だ。奴らが姿を現し攻撃したところで、こちらも残りの兵を突入させる。一網打尽というわけだ。逃げる者は包囲部隊で捕らえる。アンデッドは、姿を現し次第、閣下にお知らせする。」

「なるほど! ぜひ最初に里に入る100人は我が隊をお使いください!」


 ケログの方は自分の勇猛さを売り込みたい、ということのようだ。


「よかろう、任せた。奮戦に期待する。私は本隊に命令を出してくる。すこし待っていてくれ。」


 ベロアは本隊に戻っていき、里を包囲する手はずを整えた。

 本隊の歩兵の半分、100名が里の防柵の周りに分散して配置し、本隊の残りの歩兵100名と魔法兵10名はベロアの命令で突入する準備を。

 反対側の騎兵190には、突入部隊が攻撃され次第里に突入するよう命令を伝えた。


「よし、ケログ百人長。進軍せよ。くれぐれも慎重にな。」

「は。すすめ!」


 ケログが部下に指示を出し、最初の百人がエルフの里に向けて歩き始めた。百人はいつ攻撃を受けても対処できるよう、隊列を守り、ゆっくりと進行していった。


(完璧だ。)


 ベロアは満足していた。将軍位が目の前にあるかのような感覚すらあった。


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