俺が死んだ日
かいつまんでまとめると、今レクノード王国は北の魔族の国から攻められていて、数度の会戦にことごとく軍は敗北、国王も戦死し、つい先日も王都近くの都市が壊滅させられてしまったところなのだという。
「国王は復活させられないのですか?」
死者蘇生的な魔法があるのではないかと期待したが、
「一度死んだ者を蘇らせる方法はないのです…。」
ということだった。
(つまり俺も死んだらゲームオーバーってことか。元の世界に戻れる、はワンチャンあるかもしれないけど、試したくはないな。)
ロゼリが頼ったのが古代から伝わる異世界から勇者を召喚する秘術だ。
異世界の勇者といっても、元の身体能力はこの世界の人間とさほど変わらない。
しかし、神に祈ることで神から与えられるスキルが、格段に強力な物が与えられるのだという。
かつて同様に召喚された勇者は、天の星を落とすことができたという記録があるのだそうだ。
スキルを与えてもらうには、王都のすぐそばにある別の神殿でロゼリとともに祈らなければならないらしく、そこで俺たちは今王都に向かって戻っているのだ。
「なるほどね。」
理解した、という体で俺は腕を組んでゆっくりと頷いた。神に祈るなんて、小さいころ親に神社に連れて行かれた時ぶりじゃないだろうか。
「勇人様。そろそろ王都が見えますよ。」
ロゼリが馬車の窓を開けると、窓の向こう、馬車の進行方向の方に小高い丘の上にたつ都市が見えた。ぐるりと城壁が囲んでいて、その中に建物が建ち並び、丘の頂上にはひときわ高い塔が並ぶ城が建っていた。
RPGでよくみかけるような『中世の町』という感じだ。
馬車が王都に近づくにつれて、細かなところが見えてくる。遠くから見ると低く見えた壁も、近づいてくるとずいぶん大きなものだった。しっかりとレンガが積み上げられて、とても強固そうに見える。城壁の上には兵士が立っていたり、一団で巡回していたりするのが見えた。
「神殿は?」
俺が訪ねると、ロゼリも窓をのぞき込んできた。俺はついロゼリの横顔を盗み見てしまう。きめの細かい肌がよく見えた。
「あそこです。」
ロゼリが指さした先、王都から少し離れたところに白い神殿があるのが見えた。崩れていないパルテノン神殿だ。
(どういう宗教なんだろうなぁ)
少し気になったが、敢えて聞くほどの興味は感じなかった。
ほどなく、馬車は神殿の前まで来て止まった。
神殿の前には、ロゼリと同じような白い服を着た男女や、いかにも貴族っぽい顔をしている男たちが集まっていた。
皆待ちわびていたのだろう、期待と不安の入り交じった顔をしていた。
「さぁ、勇者様。降りましょう。」
ロゼリが敢えてそう言ったのは今がどういう時かを俺に教えるためだ。
こういうときにどういった顔をすればいいか。よく訓練された日本人である俺には何の問題もない。
ロゼリの後に続いて、俺はいかにも厳粛そうな使命感をたたえた表情をして馬車から降りた。
「おぉ」
馬車の外の一団でざわめきが起きた。俺はゆっくりと全員を見回した。
一団の顔のほとんどからは不安が消え、代わりに期待感が高まっていた。
(いいぞいいぞ)
「姫様、私はいまだ召喚されて間もなく、この世界の作法は詳しく存じませぬ。なにかご無礼があってもご容赦いただきたい。」
「勇者様、わたくしどもも承知しております。どうかお気兼ねなくお振る舞いください。」
ロゼリもなかなかの役者ぶりである。
「それでは勇者様、中へ。」
ロゼリが促すと、神殿の扉が内側から開かれた。
ロゼリの護衛だった6人の騎士たちが隊列を組んで入っていく。その後にロゼリ。そして俺という順番になった。
神殿の中は、中央が通路になっていて、その両脇にベンチが並べられていた。
ベンチは隙間なく人で埋められている。どの人も正面、神殿の奥を向いてみじろぎひとつしない。
正面の一番奥、神像があるだろう場所には一本の杖だけが恭しく立てられていた。あれが神像の代わりなのだろう。杖の前は一段高く作られていて、祭壇が置かれていた。
祭壇の脇には、いかにも神官といった初老の男が立っていた。
(卒業生入場、だな。)
俺は中央の通路をゆっくり歩いていく。
ベンチに座ったほとんどすべての男女が横目で俺の姿を見ようとしているのがわかった。
背中にはものすごい数の視線が刺さってくる。
騎士たちは通路の先頭までつくと左右に分かれ、手前に向き直った。
ロゼリはそのまま正面の祭壇の前でひざまずく。
「勇者様はそこでお待ちください。」
神官に言われ、俺は祭壇のある段の手前で立ち止まった。
沈黙が神殿の中に満ちて空気を引き締めた。
神官が口を開く。
「これより、勇者への神授の秘蹟を執り行う。聖別の乙女よ、汝が連れたるは何者ぞ。」
朗々とした美声が神殿中に響き渡った。
答えるロゼリの声もまた響いた。
「これなるは異界の者。いにしえの御神の本願により見いだされた者。その身、その心、まさしく勇。その名、まさしく勇。ゆえにこの者、勇者なり。ゆえに我、御神に奉らん」
ロゼリの体がかすかに白く光った。
一瞬遅れて、祭壇の前の杖にも同じ輝きがともった。
信心深くない俺でもその光がとても神聖なものだとわかった。
ロゼリの放つ光が収まっていく。
杖の方は輝きを失わず、むしろ強めている。
ロゼリがゆっくりと立ち上がり、左によけて、俺の方を見た。
「勇者よ、その名を御神に。」
促されるまま、俺は祭壇の前に出た。
跪く。
(これで平凡なやつだったら訴えてやるからな!)
覚悟を決めて口を開いた。
「俺は」
がしゃん。
ガラスが割れる音。俺の目の前に誰かが落ちてきた。
反応する間もない。
そいつは俺の首元めがけて腕を伸ばしてきた。
俺は首を掴まれ、ものすごい力で仰向けにひっくり返された。
「動くな!」
響いたのは知らない女の鋭い声だ。
その女は俺の上に馬乗りになり、俺の胸元に短剣を突きつけていた。
その声に支配されたかのように誰も動けない。
「お、前…。」
俺は何者だ、と聞こうと声を絞り出した。
ひっくり返されたときに頭を打ったらしい、後頭部が痛い。
「おまえが勇者?」
女は俺の問いには答えようともしない。
女の頭の左右にねじ曲がった角が生えているのが見えた。体は小さい。少女と言ってもいいだろう。
(もしかして、こいつが…?)
王国を襲っている魔族の仲間なのだろうか。
少女は一瞬俺を観察するような目をして、
「なんか普通っぽいね。」
と言った。
(余計なお世話だ…。)
と言いたかったが、首をつかむ力が強く、声が出ない。
「まぁいいや。じゃあね、ゆうしゃさま。」
少女が握る短剣に力が込められた。切っ先が入ってくる。
ぞぶり、と切っ先が心臓を貫いた音がした。
「勇人様!!」
ロゼリの声を最後に、俺の意識は闇の底に沈んでいった。
(あ…これ死んだ…。)
走馬灯などない。
あとにあるのは無だった。