無双回避のために
俺は、レイフとともに、馬でエルフの里に向かった。
500名の人間の部隊。
今のエルフの里にどうにかできる数ではない。里がどういった対応を取るか、長老たちが決めることになるだろうが、俺たちの力を借りる場合もあるかもしれない、ということで頼まれたのだ。
虫がよすぎるだろうと思わないでもないが、ノーとは言えない日本人である俺は、一緒に里に行くことを了解した。
ロゼリ、ブレイ、ルルフの三人には待って貰っている。
全員で里に行くのは、危険が大きいと思ったのだ。
里について、中に入る。俺を入れるかどうかで少し悶着があったが、レイフが長老達を説得したらしく、入れてもらうことができた。
「500名の人間、か……。」
長老達の顔は暗い。長老達だけではない。広場には不安そうな顔をしたエルフたちが集まっていた。50人近くはいるのではないだろうか。
「レイフ、そなたどう考える?」
「我ら戦士団は、戦うとなれば戦うのみですが、勝ち目はほぼないかと考えます。時間稼ぎすら、難しいでしょう。」
「やはり、そうか。」
「はい。そもそも、ユウト殿たちがいなければ、オークの撃退すら困難でした。」
長老達は露骨にいやそうな顔をした。
俺たちがいなければ、というのが気に入らないのだろう。
何人かの長老が目配せし合っていた。
いやな目配せの仕方だ。
「これは、もしかして、という話でしかないんだが、そいつが人間を呼び込んだんじゃないのか?」
目配せをしていた長老の1人が発言した。
ほら、やっぱりよくないやつだ。
「どういう意味でしょうか?」
レイフが少しむっとした口調で長老に聞いた。
長老も、まさかレイフから聞かれるとは思わなかったらしい。一瞬たじろいだが、一度口にしたものを引っ込めることはできない。
「そのままの意味だ。オークに滅ぼされるより自分たちで奴隷にしてしまおう、と考えたのではないか、と言っている。」
元首領がそうしようとしていたのも確かなのだから、意外とするどい考察だと思う。
「まさか! 何をおっしゃっているのですか!」
レイフは抗議してくれているが、俺を賊の頭領と信じて疑わない長老達や周りのエルフは逆の意見であるようだった。
「そうとしか考えられまい。援軍に来るのがギリギリだったのも、街と連絡を取っていたからではないのか。少人数なのもそうだ。オークとの戦いでこちらを消耗させるつもりだったのだろう。」
「そんな―――」
「レイフさん。構わない。」
俺はレイフを制止した。
彼らの中ではそういうことに決まってしまっているのだ。
レイフがなんと言おうと変わらないだろう。むしろ、里の中での彼の立場を悪くしてしまうかもしれない。
「しかし。」
「いいんだ。」
俺は怒っていた。
ここに来たのはあくまでルルフに頼まれたからで、長老達に恩を売るためでも、感謝されるためでもない。
しかしそれでも、助けて貰ったなりの態度というものがあるだろうと思わずにはいられなかった。
「どうやら俺には用がないようだから、行かせてもらうよ。」
俺は長老達に宣言して、身を翻した。
「待て。認めるのか! 認めるならここから去らせるわけにはいかんぞ!」
その言葉に、俺は立ち止まって、顔だけ振り返った。顔の幻影を解いた。
骸骨の冥い眼窩の中に灯る光にあてられ、長老が顔をこわばらせた。
「ならどうする。いま、ここで、戦うか?」
けんかを売ってくるなら買ってやってもいい気分だった。
広場の外周にいたエルフの何人かがあわてて物陰に逃げ込んだ。長老達は、何人かが顔を引きつらせているが、逃げるほどの無様な奴はいなかった。
「レ、レイフ! なんとかしろ!」
「まぁ待て。」
場を静めたのは、長老達の中央に座っていたエルフだった。たしか、最長老。
「どうかいわれなき憶測で非難したことを許して欲しい。我らはレクノード王国が滅んでからというもの、人間に散々苦労させられておるため、なかなか人を信じるとことができぬのだ。」
最長老が謝っては、ほかの長老達は何を言うこともできない。
「……事情の一端くらいはお察しします。」
「ありがたい。とはいえ、もはや助けてほしいなどと言えるような状況ではなくなってしまったな。我らのことは、後は我らのみでなんとかしよう。オークとの戦いに加わっていただいたこと、感謝いたす。姫にもそう伝えてくだされ。」
「姫にも?」
俺は意味を聞き返したが、最長老にはそこを説明する気がないようだった。
しかし、その疑問が生まれたことで怒りの矛先を鈍らされてしまった感じだ。うまくやられた。
「レイフ、門までお送りせよ。」
「はい、フェルク様。」
レイフに促されて、俺は里から出た。
「ユウト殿、すみません。私が賊のふりでと提案したばっかりに……。」
レイフは、周りのエルフの目があるために態度には出していないが、責任を感じているようだった。
「いや、本当のことを言っていても、たいして変わらなかったと思いますよ。」
そもそも里の外の者に対して疑心暗鬼なのではないだろうか。
「一つだけ聞きたいのですが、最長老様、いまおいくつですか?」
「今年で245歳になりました。」
「なるほど。」
レイフの前で冗談めかしたのはともかく、それ以外でロゼリを姫として呼んだことはない。もしかすると、最長老は生きていた頃のロゼリに会ったことがあったのかもしれない。
「それが何か?」
「いや、たいしたことではありません。それでは、ご武運を。」
言い残して、俺は里を離れた。
俺は3人のところに戻って、里でのことを説明した。
一番複雑な表情をしたのはルルフであった。
「申し訳ありません……。」
「いや、ルルフのせいじゃない。俺たちにとっての問題は、これからどうするか、ってとこだな。エルフたちはどうすると思う?」
「お兄様が勝ち目はない、と言ったのであれば戦うことはないかもしれませんが、里を捨てるのは抵抗がある者も多いでしょうから、どうなるかは予想できないです。」
「そうなのか?」
「はい。エルフにとって、生まれ育った森、里から離れるのは非常に大きなことなんです。エルフは元々森の妖精だった、なんて言う人もいるくらい、生まれた森に執着します。」
「なるほど。軍師ロゼリの説を聞きたい。」
困ったときのロゼリさま。
「ふっふっふ。おまかせください」
ロゼリは鳥の羽でできた扇を取り出し、語り始める。羽根の柄に見覚えがあったから、さきほど料理した鳥の羽で作ったものらしい。
「まずはじめに、エルフの里に人間の軍勢が来ているという事態、これは私たちの責任である可能性があるわ。」
「ほう。」
「根城の賊達は、エルフの里の存在を知っていた。ルルフさん、この数十年で結構ですが、人間との交流はあった?」
「いいえ、ないはずです。」
「それなら、エルフの里の存在を知るには、何か記録があったか、誰かが知らせたか、しかないということよ。どちらの方の可能性が高いかは、考えるまでもないかと思うけど。」
それはもちろん、誰かが知らせた方だろう。なるほど。
「そうなると、私たちとしては、これをエルフの里の問題、と放っておいて良いのかしらね。」
「そう言われると、寝覚めが良くないが……。」
あそこまで言われてのこのこ助けに行くのも躊躇われる思いもあった。
俺が腕を組んだところで、遠くで何かが失われたような感触があった。
『作成されたアンデッドが消滅しました。』
天の声がした。
ロゼリとブレイはここにいるから、消去法で根城に残していたアンデッドウォリアーだと分かった。
「……残しておいたアンデッドが今消滅したらしい。」
「根城の?」
ロゼリが確認した。
「そうみたいだ。」
「なるほど、だとすると、やはり賊の残党が動いたとみるのが妥当かもしれないわ。アンデッドが出た、近くにエルフの里があるから奴隷にすれば壊滅の損失は埋め合わせられる、といったところじゃないかしら。」
「理屈は合うな。」
根城にいたゴブリンやベルモンド達はどうしたろうか。一緒に死んでしまっただろうか。
「可能性の話だけどね。とはいえ少なくとも、根城に戻れば敵がいる、というのは確かでしょうね。」
「そうなると、このまま根城に戻るというのも結局危ないか。」
「そうね。それに、見返りなく、拒絶されても守るために戦うって、とても勇者っぽいと思うわよ。」
ロゼリは笑っているから、単に冗談だろう。俺も笑って返した。
「そうか、それが勇者っぽいなら、勇者としてはそうするしかないな。」
しばらく笑顔を交わしたあと、ロゼリが真剣な表情に戻した。
「とはいえ、こっち側の最大の問題は、勝てるのか、というところよ。エルフの里は、ほとんどの矢を打ち尽くしているから、もはや500人に対する戦いでは戦力と評価できないわ。」
「すると、3対500?」
それはもう完全に無双系ゲームのバランスだ。
「153対500よ。オークの戦士を巻き込むのはマストだと思う。」
さすがにロゼリも3人でやれる、とは考えていないようだった。
「オークも足せば兵力的には約3倍ってところか。奇策がはまればいけるかなぁ。」
「そうね。オークもまだそんなに遠くに行ってないはずだし、急いで追いかけて、説得して、巻き込まれて貰う必要があるわ。」
「それは俺がやろう。」
オーク達が北に向かった、と言うことなら、少なくともエルフに手を出さないという一騎打ちの誓いは守っていると言うことだ。アンデッドに従うのをどう思っているかはともかく、可能性があるとすれば、俺が直接話すしかないだろう。
「お願いします。私は、エルフの里の方の説得をしてみるわ。」
「できるのか?」
「最長老とレイフさんが鍵だけど、大事なのはタイミングね。手を借りるしかない状況になってから話せば5分5分くらいでいけると思う。」
「わかった。それでいこう。」
話はまとまった。俺は早速、オークの集団を追いかけることにした。
ユウトが馬で立ったのを見送って、ロゼリはルルフに向かい合った。
「さて、ルルフさん。一つ教えて貰いたいのだけど、いい?」
「はい。なんでしょう。」
「世界樹の若芽はどこ?」
「そ、それは……。」
ルルフの驚きの理由はふたつだ。なぜそれをロゼリが知っているのか、そしてなぜそれを知りたいのか。
「教えて。必要なことなの。エルフの里があるんだから、あるでしょう?」




