援軍
「バリケードを張るんだ!」
弓矢ではもう破城槌を止められない。レイフが叫んだ。
おそらくこの一撃で柵は突破される。そうなればそこからオークたちがなだれ込んできて、近接戦闘、オークたちの得意分野にもちこまれてしまう。
バリケードの構築を用意していた者たちが動き出す。
その時。
破城槌の正面の地面が割れ、巨大な氷柱がせり上がった。破城槌は氷柱に激突し、それを砕くことができず、突進は止められた。
(何だ?)
氷柱はあまりに巨大であった。オークの身長の2倍ほどもある高さ。厚みも尋常ではない。相当の魔力を込められて作られたものだと思うが、それほどの術者は里にはいない。
(援軍か…?)
レイフは内心首をかしげた。
しかしクエル山の人間にもこれほどの魔法が使えそうな者はいなかったはずだ。
オークたちも、破城槌が柵を突破するものと思っていたのだろう、突然の妨害に里を攻める手を止めてしまっていた。
馬蹄が響く。騎乗した人間が二人、オークたちの背後に現れ、破城槌を持つオークめがけて突撃した。
「何が起こっている?」
思わず口に出してしまった疑問に声に応える声があった。
「援軍です、お兄様。」
レイフが聞き間違えるはずもない、妹、ルルフの声だった。
戦場が見えた。
エルフの里を囲っている木の塀にオークたちが群がって乗り越えようとしている。
まだ中には入れていないようだった。
間に合ったのだ。
俺は一瞬安堵しかけたが、破城槌がいまにも動き出そうとしているのを見て、警戒を新たにした。
「あれは、やばそうだな。」
見るからに太い。
あれを勢いよく打ち付けられたら、木の柵も破られてしまうのではないだろうか。
「勇人さん、あれは私が。」
どうしようか、と俺が考えるより先に、ロゼリが動いた。
投擲用のダガーを抜き、
<コネクトファイバー><ウィンドエイム>
魔法を発動、そして上空に投げた。ダガーは途中で軌道を変え、破城槌の目の前の地面に突き立った。
ダガーの柄からは細い光の糸がロゼリの手元まで延びている。
<アイスウォール>
ロゼリがさらに魔法を発動させた。
魔力が光の糸をたどって走り、ダガーまで届いて、そこで魔法の効果が発現した。
地面を割って氷柱が伸びた。
破城槌は氷柱に激突し、動きを止めた。
「いかが?」
得意げなロゼリに、
「満点!」
賞賛を送っておいて、俺は馬を全速力で駆けさせた。破城槌をこれ以上使えなくしておく必要がある。
リアルタイムストラテジーの基本だ。壁を守るときは攻城兵器から。
俺は槍を構えて突撃する。
オークたちが俺に気づいて、破城槌から手を離し散り始めた。破城槌が地面に落ちた。
俺は馬に破城槌を飛び越えさせ、急停止させた。馬が竿立ちになり、土埃が舞い上がった。
里を攻めていたオークたちが攻める手を止めて俺の方を見ている。
俺はオークたちを見回して、指揮官ぽい者を探そうとした。オークたちの装備はほとんど同じ革鎧で、誰が指揮官か分かりそうにない。
(分からないなら、殲滅の方向かな。)
考えたところに、森の中から突っ込んでくるオークが現れた。
ひときわ体が大きく、鎧も金属製。手には大きな大剣を持っていた。一直線に俺に向かってくる。
(いた、指揮官ぽいやつ!)
俺は槍を構えた。
オークの指揮官は俺の馬の首を狙って下段から切り上げてきた。俺はその大剣を槍で防ごうと払った。
はじこうとした俺の槍の方がはじかれた。
思ったより力と勢いが強い。
(やばい!)
俺は器用に馬から飛び上がった。大剣が馬の首を斬り、一瞬前まで俺がいたところをなぎ払っていった。
オークの指揮官は見た目通りの馬鹿力系なのだろう。
俺は着地して体勢を整えた。
「おまえがリーダーか?」
俺が聞くと、オークは鷹揚に頷いた。
「そうとも。マウントオーク、シグリルの一族の族長、ゼルだ。おまえは?」
「人の子、日本国の国民、ユウト=アマノだ。」
俺は今、人間に見えるよう幻術を維持していた。スケルトンで現れたら、普通は援軍とは思われないだろうからだ。
「ニホンコク……?」
「おまえの知らない遠い国だよ。」
「そうか。」
ゼルの背後にロゼリが来た。
「エルフを助けに来たのか?」
ゼルがかすかに背後を気にするように顔を動かした。気づかれている。さすがに族長というだけあって、かなり戦える者のようだ。
「そうだとも。で、どうする?」
戦うのか、と俺は尋ねた。
「今日は退こう。追撃するか?」
「よしておくよ。その時は、お前が暴れるんだろ?」
追撃するといえば今柵にとりついているオークたち全員が俺とロゼリを相手するだろう。それはリスクが大きいと思えた。
ゼルがにやりと笑った。
「まあな。しかし追撃しないのであれば、おとなしく退くとしよう。」
族長は構えを解いて、柵の周りで成り行きを見ているオークたちに向き直った。
「お前たち、退け!」
ゼルが全員に聞こえるような大きな声で命じると、オークたちが一斉に退き始めた。
怪我をしていない者や軽症の者が重症の者に肩を貸してやり、するすると退いていく。誰1人不満を表す者はいない。
ゼルは完全に一族を統率しているようだった。
エルフの側からも追撃はなかった。
オークの軍勢が全員森の中に消えた後、最後にゼルが悠々と退いていった。
「明日また来るぞ!」
そう言い残して。
オークたちを見送った後、俺はエルフの里の方に向き直った。
見張り台の一つの上にルルフとブレイの姿があるのが見えた。その脇に銀色の鎧を着たエルフがいる。
ルルフの兄が里の戦士団長をしていると言っていたから、おそらく彼が兄だろう。
『兄が話したいそうなのですが、今門を開けますね。』
ルルフから念話があった。
『いや、開けるには及ばない。今行くと伝えてくれ。』
返して、俺は飛行の魔法を発動させた。驚かせないように、ゆっくりと浮き上がり、里の中へと入っていく。
ロゼリも同じようにすぐあとを飛んできた。
2人で見張り台の上に降りた。
ルルフの兄は、見るからに疲れた顔をして、目の下に大きな隈を作っていたが、眼光は強く、気力は十分にあるようだった。
「私はこの里で戦士団長を務めている、レイフ=ヴィートと言います。助太刀に感謝を。」
といって、軽く頭を下げた。
「俺はユウト。それと、ロゼリと、ブレイです。」
「ありがとう、ユウト殿。ここで立ち話では失礼かと、よろしければ長老たちにも会っていただきたい。」
「よろこんで。」
「それではこちらへ。ルルフも来なさい。それと、セスナ!」
レイフに呼ばれて1人のエルフが駆け寄ってきた。
「しばらく後始末を頼む。皆は休ませてもいいが、警戒は怠らないように。」
「はい、レイフ様。」
レイフは頷いて、見張り台から降りた。俺たちもその後に続いて、里の中を歩いて行った。
里の中では多くの木が大きく枝葉を広げていた。上から見ても建物が美味く隠されてしまうだろう、よく探さなければ発見も難しいのではと思えた。
見つからないように隠れて住んでいるのだ。
「それで、あなた方は何者ですか?」
歩きながら、レイフが尋ねてきた。
「クエル山から来ました。そちらが助けを求めたのでしょう?」
俺はルルフとの事前の打ち合わせ通り答えた。クエル山、というのは賊達が根城にしていた山をエルフたちがそう呼んでいるとのことだった。
「ユウト殿、わたしは、クエル山の者達が敵になる可能性も踏まえて偵察をしていたのですよ。あなた方ほどの者はあそこにはいなかった。」
ばれているようだった。




