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異世界転移して初日に殺されてしまった俺は  作者: いつき旧太郎
第1章 普通っぽい勇者、普通じゃなくなる
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エルフの防衛戦

 

「レイフ様、そろそろ来る頃ですね。」


 麾下の戦士に話しかけられて、レイフはゆっくりとうなずいた。ここで指揮官が不安そうな顔をすれば、戦う前から負ける結果をもたらしてしまう。

 策は万全、負ける要素などないという顔だ。


(本当は、全然足らないのだが…。)


 3日程度の時間では、なにか新しいことを立案し、準備することなど不可能に近い。

 結局準備できたのは、通常の防御の手はずだけだった。

 エルフの里を守る60人に対し、オークは150人。クエル山の人間たちはいまだに姿を現さない。

 レイフにはやはりそうだろうな、という程度の感想しかない。少なくとも今はまず目の前のオークだ。


 防御は3重。

 一番外側には木の杭をランダムに地面に挿し、先端を外側に向けた乱杭を施してある。杭同士は、足下のところで縄を繋ぎ、無警戒に走れば足が引っかかるようにされている。

 その内側には空堀。幅2メートルほどのものだが、乱杭を抜けてきた敵を攻撃するのにちょうど良い。

 最後に木の柵だ。この木の柵で敵の攻撃を防ぎ、隙間からこちらが攻撃を行う。


 柵の内側には急ごしらえの見張り台を立てた。高さはさほどないが、ここからなら木の柵の上から自由に敵をいることができる。

 レイフがいるのはそんな見張り台の一つだった。

 里の門が近い。門はいまやしっかりと閉じた上で板を張り、杭を打ち込み、破城槌でもそう簡単には破れないようにしてある。


 オークの接近は、ほぼレイフの予想通りだった。

 里から離れたところにしかけている警戒の魔法に彼らが感知されたのが昨日。その日の夕方には、偵察隊が里の近くに来ていた。


「見えたぞ!」


 頭上の木の上から声が降ってきた。見張りを登らせていたのだ。


「オークの軍勢だ、数100!」

「間違いないか!」


 レイフは樹上の見張りに確認した。


「間違いない!」

(部隊を分けたのか。)


 今目の前に来ているのが100。

 残りの50はどこか。別のところから攻めてくるつもりだろう。

 レイフは背後の里を見回した。こちらの兵は全周を守れるように分散して配置してある。ほかのどこもオークの別働隊を発見した雰囲気はない。


「全員配置そのまま。連中が森を抜け次第射撃開始だ。」


 レイフは傍らの戦士に伝えた。戦士が旗手に伝えると、旗手は大きな青い旗を振った。


(こっちが兵を集めれば、別働隊がそこから入ってきて負ける。いやな手だ。)


 50人を警戒すれば目の前の100人に対して防御が緩くなる。

 本隊か別働隊か、どちらかが柵を越えて中に入ればこちらの損害は非常に大きくなる。オークとエルフの近接戦闘能力の差を考えれば、1カ所突破されれば終わりだ。


 レイフの目が、木々の間から迫ってくるオークを見つけた。

 全員が自らの体を隠せるほど大きな盾を持っている。

 さすがに一度他のエルフの里と戦って勝っただけの連中だ。弓矢への備えは万全らしい。

 オークたちはいつ矢が飛んできてもいいように、ひとかたまりで盾を構え、じりじりと詰め寄ってくる。

 戦士団ではない者たちに不安が広がっているのが背後から見ていても分かった。


 レイフは舌打ちして弓に矢をつがえた。

 ミスリル弓『ゼリッツホーク』。

 この里に古くから伝わる逸品だ。

 遙か昔、エルフがまだ人間や他種族と交流を持ちながら暮らしていた頃に作られた。ドワーフが大地の底から掘り出し精錬したミスリルをエルフの工芸士が弓にし、人間の付与術士が魔法を付与した魔弓である。

 常時矢の弾道が風の影響を受けなくなり、初速も大きく加速される。それに加えて、使用者の魔力を消費して矢に強化を施し、貫通力を高めることもできた。


 狙いは敵の中央あたりにいる先頭列のオーク。

 弓を引き、狙いを定める。


<ペネトレートアロー>


 弓の魔法を発動。矢に燐光がともった。


<パワーショット><ヘビーショット><ソニックアロー><テンペストアロー>


 さらに自ら魔法を行使して、矢に付与を加えた。レイフが放てる最も強力な一撃だ


 放つ。


 放たれた瞬間付与された<ソニックアロー>の力によって矢が加速された。

 矢は一直線に空を貫き、先頭のオークの頭を風船のように割り、その後ろにいたオークの盾に大穴を開け、肩を吹き飛ばし、大地に突き刺さった。


 頭を失ったオークが倒れる。

 エルフたちの間から歓声が上がった。オークたちも負けじと鬨の声を上げた。


「構え!!」


 レイフの声に、エルフたちが一斉に弓に矢をつがえ、引いた。

 オークたちが前進速度を上げ、木々の間を抜けた。


「放て!」


 20本の矢が一斉にオークを狙う。多くが盾に突き刺さるだけとなったが、何本かが盾の防御をかいくぐってオークの体に突き刺さった。

 レイフも2射目をつがえた。




 遠くから響く地鳴りのような音が聞こえ、俺はロゼリと顔を見合わせた。

 根城から馬で1日走り通し、今日が2日目。馬10頭を代わる代わる使い、かなりのペースでここまで来ている。そろそろ里についてもいいころだった。


「始まってるみたいね。」


 ロゼリの言葉に、ブレイが静かにうなずいた。


「ルルフ、ここから里までは?」

「もうすぐです。」

「よし、急ごう。」


 俺はかかとで馬の腹を軽くたたき、駆け足にさせた。

 ここに来るまでの間におおよその状況はルルフから聞いている。150のオークに対しエルフが60。倍以上だ。どれだけ強い者がいるかで多少状況は変わるだろうが、数は力だ。


 俺たちの人数は、4人。ルルフは戦えないというから、戦えるのは俺、ロゼリ、ブレイの3人しかいない。


『勇人さん、作戦は?』


 ロゼリが念話グループで聞いてきた。馬が走っている間はこの方が話しやすい。


『俺とロゼリで横から突っ込む。ブレイは、近いところで予備の馬を適当なところに繋いでルルフを他のエルフたちと合流させてくれ。その後は俺たちの援護を。』


 これがシミュレーションゲームだ、と考えればこういったところだろう。

 ゲームの世界とはいえ、古代から中世、近世に至るまであらゆる時代の戦いはシミュレーション済みだ。

 俺たち3人はいわば英雄ユニット。多少の無茶は効く。


『承知。』

『突っ込んで混乱させた後、指揮官を倒す。できればそれで撤退させたいが、指揮官を倒しても撤退しない場合には、そのまま戦闘継続で。』

『いい作戦ね。あとは、火がつくような攻撃は控える、といったくらいかしら。』

『そうだな。森を燃やすわけにはいかない。』

『勇人さんって、元の世界では騎士団長の子弟だったのでは?』

『いいや、普通の庶民の子だったよ。どうして?』

『作戦立案が手慣れているので、相当の経験があるのかと。』

『あー。俺の世界では、戦史研究と戦略、戦術演習が流行ってたんだ。』


 小説や漫画、ゲームでだが。


『まぁ。戦が多い国だったの?』

『平和だったよ。最後の戦争が、たしか70年以上前じゃなかったかな。』

『いざという時の備えを忘れないなんて、素晴らしいことね。』

『まぁね。』


 楽しいからやっていただけだが、ロゼリにそう褒められると悪い気はしない。


『急ごう。間に合わないと無駄足になる。』


 俺はそう3人に伝えて、馬を走らせることに集中した。




 柵の上から顔を出したオークの額に、レイフの放った矢が突き刺さった。オークが柵の反対側に落ちていく。

 オークの軍勢は今や木の柵にとりつき、乗り越えようとしてきている。

 最初の内は顔を出した端から矢を集中させて倒していたが、もう残りの矢が少ない。エルフたちは槍を持ってオークに柵を越えさせまいとしていた。


「レイフ様、このままでは。」


 戦士団の部下が近くまでやってきた。


「わかっている。皆をここに集中させてくれ。見張りと、ここの反対側は少し厚めに残しておくようにしてくれ。」


 別働隊はまだ姿を現していない。

 しかし、このまま別働隊を警戒して兵力を分けていては、目の前のここを突破されてしまう。


「はい。」


 部下が走って、指示を出した。

 すぐに人が集まってきて、オークを防ぐ槍の本数が増えた。

 乗り越えようとするオークを反対側に落とせば、同じ場所からは少しの間登って来れない。モグラたたきだった。


(このままならここは持つが…。)


 レイフは柵にとりついているオークの後ろが気になっていた。何人かのオークがせっせと杭を切り倒して取り除こうとしていた。

 そこに矢の弾幕を集めたいところだったが、もう矢がない。レイフの手元にあるのもあと5本だけだ。今これを打ち尽くせば、対応の余地がさらに小さくなってしまう。


 オークの意図は何か。

 レイフが見極めようとしていると、杭を取り払っていたオークたちが森に退いていった。

 あとには幅3メートルほどの道ができている。


(あれか!)


 それは森の奥から来た。

 太い大きな丸太だ。オークの胴体ほどの太さがある。それが森の奥から押し出されてきた。

 30人ほどのオークが両側から丸太に繋いだロープで持ち上げ、支えている。


 力自慢のオークだからこそできる芸当である。

 ここまで来れば狙いは明らかだった。

 あの丸太を破城槌にして、柵を壊そうというのだ。エルフ側が矢をほとんど打ち尽くしている今になっては、矢の雨を降らせて防ぐことはできない。


 別働隊は他の場所を攻めるためではなく、この破城槌を持ち出すためにいたのだ。


「セスナ、戦える者は皆ここに集めろ、見張りもいらん!」


 レイフはとっさに部下に指示を出し、自らは矢を取った。あと5本でどうにかできるとは思えないが、やらないわけにも行かない。

 波状槌の進路で柵にとりついていたオークが左右に分かれていく。破城槌の通るルートがあいた。


<ペネトレートアロー><ヘビーショット>


 かける付与は二つ。これまでの戦いで魔力は枯渇寸前だ。

 オークがかけ声でリズムを合わせながら丸太の破城槌を加速させ始めた。


 レイフが矢を放つ。

 先頭にいるオークの胴に刺さったが、即死させるには至らなかった。オークが衝撃にひるんだが、2番目のオークがすぐにそいつを脇に突き飛ばし、破城槌の突進に障らないようされてしまった。


 レイフは次の矢を用意する。

 狙いはその2番手のオーク。

 放った。


 今度は眉間に命中し、オークは仰向けに倒れていった。

 同じように3番目のオークが2番手のオークを脇にのけたが、足並みを乱すことができた。突進の速度が緩んだ。


 3本目の矢は間に合わない。破城槌が柵にたたきつけられ、柵がきしんだ。

 破られてはいない。

 破城槌をたたきつけたオークたちは、ロープを放して森の方へと駆けていった。


「次があるぞ、バリケードの用意!」

「私が!」


 レイフの指示で、部下が5人ほど連れて里の中の方に戻っていった。バリケードになる荷車などを持ってくるためだ。

 他の場所ではオークが柵を越えようとする動きが続いている。手が空いている者は非常に少ない。


 破城槌の反対側にはロープが結ばれていた。

 オークたちがそれを引っ張り、破城槌が森の方へと戻っていく。


「レイフ様、これを。」


 部下の1人が矢筒を差し出してきた。矢が10本ほど入っている。


「かき集めてきました。お使いください。」

「ありがとう。」


 レイフはそれを受け取って、10本の矢を自分の矢筒に加えた。

 オークたちが破城槌を十分に引き戻し、再び持ち上げた。

 今度は先頭のオークが盾を持っている。


(畜生め、対応が早いぞ。)


 心の中で毒づきながら、レイフは矢をつがえた。


<ペネトレートアロー><ヘビーショット><ソニックアロー>


 少しでも衝撃力を加えるべく、先ほどの構成にソニックアローも加えた。射出後に加速を加える魔法だ。

 この一矢で魔法は打ち止め。この先矢で敵を止めるのは難しくなるだろう。


 オークが破城槌を持って突進してくる。

 レイフは十分引きつけて、矢を放った。

 矢はオークの持つ盾を貫通し、先頭のオークの肩に突き刺さった。衝撃でオークがうまい具合に倒れ込み、破城槌を持つオークを邪魔してくれた。


 しかし突進が止まるほどではない。

 柵に2撃目が加えられ、木がひび割れる音がして、内側にゆがんだ。

 柵はまだ耐えているが、次は危ない。


 オークたちが3撃目の準備に入った。レイフはその背中めがけて矢を立て続けに放っていった。

 背中では一撃で致命傷になることは少ない。

 負傷させ、すこしでも突進力を弱める狙いだった。


 オークたちは粛々と3撃目の準備を整え、突進を始めた。


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