転移して
突然だが、俺は凡人である。
凡人というのは、いたってノーマルなホモ・サピエンスだということだ。
特殊能力、特になし。
身長体重ほぼ平均値。
運動神経は可もなく不可もなく、頭のできも可もなく不可もない。
成績表で全部きれいに「3」をそろえて逆にすごいよ、なんて言われたこともあるくらい平々凡々の代表格だ。
名は天野勇人。
両親はゲームや漫画が大好きないわゆるオタクっぽいところがあって、そろって「ロト」とかいう名前の勇者がでてくる一昔前のゲームが好きなんだそうだ。
一度親にしつこく言われてやってみたが、あんな人の家から無断でもの盗んでいく奴のどこが勇者なんだと文句を言ったら怒られた。親の勇者への愛は本物である。
ともかく、そのおかげで俺の名前は勇人である。
「勇者」とか「露都」とかでなかっただけましだと思っているが、どっちみち名前負けだ。
平均点では勇者になれない。
だから俺は平均的な大学に平均的な順位で入って、平均的にアルバイトなんかしながら日々を浪費してる。
浪費している、というのは、ゲームばっかしている、ということだ。
「あー、負けた負けた!」
俺はスマホをベッドに向かって放り投げた。
「いけると思ったんだけどなぁ……。」
やっていたのは3対3で対戦するアクションゲームだ。
戦闘も佳境になって、俺は敵の防衛戦に隙ができたのに気づいた。
チャンス、と思って飛び込んだところ、そこは敵の罠のど真ん中、十字砲火を食らって撃破されてしまったというわけだ。
多分今頃は、残りの二人が頑張ってる。どこの誰だか知らないけれど。武運長久を祈る。
「やっぱ無課金には限界があるよな」
呟いて立ち上がり、冷蔵庫のドアを開ける。ビールを探したが、なかった。
そういえば昨日最後の一本を飲んだのだった。
(買いに行こう。)
俺はテーブルの上に投げ出されていた財布を持った。
部屋着から着替えるのは面倒くさい、このままでいいだろう。どうせ平均的な俺には深夜11時のこんな時間に恋愛関係のイベントなど発生しない。
サンダルを突っかけて、ドアを開け外に出た。
後ろ手にドアを閉めて、アパートの2階から降りていこうとし、
「!!」
俺は足を踏み外した。いや、あるはずの階段がなかったみたいだ。
俺はそのままおっこちて、地面に尻から着地した。
「!!!!!!!!!!!!」
衝撃が尻から脳天を突き上げる。
視界が白黒した。
俺は少しの間尻餅をついた姿勢のまま硬直して、
ぱたん。
とそのまま横に倒れた。
衝撃が去ると尻に激痛が沸き起こってきた。
(砕けた。これ絶対尻砕けた・・・!)
叫び声さえ上げられないほどの痛みだ。
目を閉じて耐えることしかできない。
「大丈夫ですか!?」
女の声がした。
「し、し、し、しり……」
俺は痛みをこらえながら痛む箇所を訴えた。
「痛むのですね!? 少し待ってください」
女の声は、2階から落ちた人を見かけた割に落ち着いている。
冷静な子だ。
「ヒール!」
(ヒール?)
ゲームの中かプロレス観戦くらいでしか聞かないような単語に疑問を感じる間もなく、俺の尻の痛みが引いていくのがわかった。
骨がぱきぱきと音を鳴らしながら元の位置に戻っていくような感じもあった。
10秒もすると、俺の尻の痛みは完全に消えていた。
俺はようやく落ち着いて目を開けることができた。
目の前に女の子の体がある。見たことない意匠のあしらわれた白いワンピースのような服だ。目線を少しあげると、女の子の顔が見えた。輝く金髪に同じく金色の瞳。絶対に日本人ではない。
(これはまさか。あれか。あれなのか!?)
俺の中にはもう確信があった。
目に入ってくるのは昼の日の光だ。暖かい。春の日差しだ。
「ありがとう、助かったよ。」
俺は落ち着いたふりをしてゆっくりと体を起こした。
さっと辺りを見回す。
両側に円形の柱が立ち並んでいるが、屋根はない。柱が何本か途中で折れているのがあるから、元からこうだったのではないだろう。
崩れ落ちた太古の神殿。そんな感じだ。パルテノン神殿をさらに崩した感じ、とでも言おうか。
「いえ、ご無事で何よりです。」
女の子は柔らかく微笑んだ。
俺はその笑顔に心を吸い込まれそうになりながら、一番大事な質問をした。
「君は誰で、ここはどこなんだ?」
問いかけられた女の子は微笑みを崩さない。予想通りの質問なのだろう。
「わたくしは、レクノード王国第1王女ロゼリ=エルムライトと申します。ここは、王都の近くにある遙かいにしえの時代に建てられた神域の地でございます。」
姫はすっと俺の両手を軽く握って、胸の前まで持ち上げた。
(女の子に手を握られるのは初めてだな。)
俺は軽い感動を覚えながら、次の言葉を待った。
きっと、あるはずだ。
お決まりの台詞が。
「どうかお力をお貸しください、異世界よりいらっしゃった勇者様!」
(勝った!!)
俺は思わず飛び上がりそうになった。
必死でこらえる。
(待て待て、まだなにか罠があるかもしれないじゃないか。平均的な能力しかないとか、そういうようなやつが!)
俺あるある。
「しかし姫様…。俺はただの凡人ですよ。はたしてお役に立てるのでしょうか。」
「大丈夫です。聖典にはこう記録されております。異世界の方には、神が、必ずこの世界の誰をも超越するスキルを授けていただけると」
自信満々である。
この流れは少し怪しい。もしそんなスキルを得ているなら、俺の経験上、ちゃんとここに来るまでにレクチャーがあるはずだ。そうでないと俺も読者も置いてけぼりじゃないか。なぁ。
「その顔、疑っていますね?」
「い、いえ決してそのようなことは。」
図星を指された。
「ご安心ください。スキルの祈願はこの後で行いますから。」
姫はそっと俺の手を離して、立ち上がり、優雅にスカートをつまみ上げて一礼した。
「お答えはその後でも結構でございます。どうかわたくしと一緒に来ていただけますか?」
「……しょうがない。ほかに当てもないですしね。」
と口では言いながら、俺は乗り気だった。
少なくとも、生け贄にされるとか、そうした邪悪なことになりそうな気配はこの姫からは感じない。
なにより、美少女の頼みは断るものではない。
俺はゆっくりと立ち上がって服についたほこりを払った。俺は部屋着、胸の中央に大きな熊さんが書かれたスウェットのままだが、特に姫は気にしていないようだ。異世界の服だから変な服で当然と思っているのかもしれない。
「それではこちらへ」
歩き出した姫についていくと、神殿(跡)の外に2頭だての馬車が止まっていた。
馬車の脇には、護衛と思われる鎧姿の男女が6人、じっとこちらを見つめていた。
俺は姫に導かれるまま馬車の中に乗り、座った。
馬車は内装もしっかりと整えられていて、座面のクッションもふかふかだ。
さすが姫の乗る馬車である。
俺の後に姫も馬車の中に入ってきて、対面に座った。かすかに香水のいい香りが漂ってきた。女子とはあまり縁なく生きてきた俺はそれだけでどきどきしてしまう。
御者が扉を閉めて、しばらくすると馬車が動き出した。馬車はほとんど揺れずにするすると滑るように移動していく。
「そ―――。」
と、姫が何かを言いかけてはっとした顔をした。赤面している。
(かわいい…。)
「あ、あの、勇者様。お名前はなんとおっしゃるのでしょうか?」
「勇人。勇者の勇に人で勇人。」
「まぁ。それではまさに勇者様というお名前なのですね。」
俺はうなずいた。この名前のおかげで苦労したことも多い。
「勇人様とお呼びしても?」
「どうぞ、姫様。」
「では勇人様もわたくしのことはロゼリとお呼びください。今までお名前をお聞きするのが遅れたお詫びのしるしに。」
言われてすぐ崩しきるほど俺は馬鹿ではない。この世界で様をつければ礼儀にかなうかどうかまでは知らないが、たぶん大丈夫だろう。ロゼリも言っているのだから。
「わかりました、ロゼリさま。」
俺がそう答えると、ロゼリは子供のような笑顔を見せた。
「ふふっ。それで許してあげます。わたくしをそう呼べるのはこの国に10人もいないのですよ。」
「それは光栄なことです。」
つられて俺も笑った。
しばらくそのまま和やかな雰囲気を楽しんだ後、ロゼリが表情を戻した。
「さて、それでは勇人様。きっといろいろと知りたいことがあると思うのですが、今のわたくしたちの状況からお話させていただいてもよろしいですか?」
「よろしくおねがいします。」
今一番ほしい情報がそれだ。
「この国、レクノード王国は現在、存亡の危機にあります。」
そしてロゼリは語り始めた。
良かったら応援してください。とりあえずブックマークだけでもしていただけるとうれしいです。
ログインしてから右上の方でブックマークできます。
また、評価もいただけると嬉しいです。このすぐ下の☆から可能です。
もし、応援いただけるのでしたら、どちらもいただけると嬉しいです。