第二話 カウントダウン
ご、よん、さん、に、いち。
この世にカウントダウンをする機会は多い。
年末、コタツにもぐりながら、他愛のないテレビのバラエティ番組を観ていると、毎年のようにカウントダウンが行われる。
人気の、わたしにとっては面白みもない、お笑い芸人やタレントが、満面の笑みを浮かべて口にする。
「ご、よん、さん、に、いち、ぜろ。あけましておめでとうございますっ。」
何が嬉しいんだか、一年の幕開けをこれでもかといわんばかり、盛大に祝うのだ。ハッピーニューイヤーなんて言うけれど、どの辺りがハッピーなのか、今年という長い三百六十五日は、その秒針を刻み始めたばかりであり、この一年どんなことが待ち受けているのか分からない。
宝くじに当たるかもしれないし、恋人が出来るかもしれない。だけど、その反対に家族が死ぬかもしれない。事故に逢うかもしれない。もっと大げさに言えば明日地球が破裂してしまうかもしれない。未来なんて、誰にも分かりはしないのだ。
なのに、それほどまでに嬉しそうに出来るのか、その意味は到底図りかねるものだった。
そんな風に、思い始める前までは、弟と一緒に声を張り上げてカウントダウンしたものだ。
「ご、よん、さん、に、いち」
とろくさい弟は、わたしより例コンマ数秒おそい。だけど、それもひっくるめて歳の明けるのが楽しかった。
徐々に近付くゼロの瞬間、そのドキドキは、テストの点数を見るときのように、わずかな緊張感と幸福が、不安と渾然一体となって押し寄せてくる。カウントダウンとは、そういうものだった。
ところが、今のわたしには、カウントダウンほど辛いものはない。なぜ、辛いのか、そのことを誰かに話しても、例え弟に話しても、一笑されるだけだ。それが分かるのは、多分この世で一人だけ。何十億人も息をしているこの星でわたしだけが、知っていることなのだ。
中学一年生に上がったばかりの春、わたしは交通事故に遭った。居眠り運転という最低の運転手が乗り込んだトラックが、下校途中のわたし目掛けて突進して来たのだ。
その後のことはよく覚えていない。目の前が真っ暗になって、友達の悲鳴とわたしの名前を呼ぶ声が何度も聞こえた気がした。気がつくと、薬臭い病院のベッドに寝かされ、視界には眩しいくらいの白い天井しかなかった。
不幸中の幸い、トラックはわたしにぶつかる瞬間、近くの電柱に当たり、わたしへの衝撃をかなり和らげてくれた。そのおかげで、それほど重体にはならなかったのだと、主治医の先生はわたしに言った。
確かに、頭は包帯でぐるぐる巻きだったし、体中あちこちが痛かった。だけど、手足は健在で、怪我も跡が残るほどではなかった。
「よかった、本当によかった」と、両親は泣きまくった。もう四十前だというのに、子どもみたいに泣いていた。
だけど、事態はそんなに甘くはなかった。
家族の頭の上には、時計のデジタル表示のようなものが浮かんでいる。
緑色のその文字に手を伸ばしてみる。だけど、文字には触れられない。それは、わたしだけにしか見えない、デジタル時計だった。目がおかしくなったのか、それとも頭が変になったのか、事故に逢う前は当然そんな表示は見えていなかった。
退院してからも、ずっとデジタル表示が、人の頭の上に浮かんでいた。人だけじゃない、生き物すべての頭の上に大小いろいろなデジタル表示が浮かんでいる。
そして、ついにわたしはそのデジタル表示の意味を知った。
退院後、自宅療養していたわたしの元へ、事故を起こした本人と、会社の社長さんが謝罪にやって来た。父は顔を真っ赤にして、怒った。母もすごい剣幕だった。社長さんは、ハンカチで禿げ上がった頭の汗を拭き取りながら、
「申し訳ありません。本当に、申し訳ありません」と何度も謝っていた。
一方、運転手は若い男の人だった。背が高くて、結構カッコいい。だけど、俺は悪くない。運が悪かっただけだ、とでも言いたげに不服な顔をしていた。そんな態度は、父の怒りに油を注いだ。
ふと気がつく。運転手の頭の上にあるデジタル表示が他と違った。
00:03:00:25:10
隣で平謝りをする、禿社長は、
25:60:15:55:20
ずいぶんと数が違う。何故なんだろう。わたしは二人が帰るまでずっと不思議でならなかった。だけど、その理由は三日後に分かった。
久々に学校へ行くその日、わたしはいつも通りリビングでテレビを見ながら、朝食を食べていた。朝のニュースキャスターが、俄かに爽やかな笑顔を曇らせた。
「ただいま入りましたニュースです。N市国道で、今朝未明、大型トラックが乗用車に追突、八台を巻き込む玉突き事故に発展し、トラックの運転手を含む五名の死亡が確認されました」
事故を伝えるテレビ画面に、トラック運転手の名前が映し出される。その名前に気がついたのは弟だった。
「あ、こいつ、姉ちゃんを撥ねたヤツだ」
原因は、トラック運転手の居眠りによるものだったと、キャスターは付け加えた。
その時、わたしの頭が閃いた。あのデジタル表示は、寿命を表した時計だったんだ。それに気づいたとき、わたしは背筋がぞっと冷たくなるのを覚え、そして、そっと両親の頭上を見た。
誰にも分からないものを知るというのは、恐ろしい。特にそれが人の命にかかわるものならなおさらだ。
わたしには、目の前にいる人が後何年で死ぬのか分かる。だけど、それを誰かに伝えたとしても、その誰もが信じたりしないだろう。そんな馬鹿げた話あるもんか、と怒られてしまう。だけど、わたしの寿命カウントダウンは、正確に一秒たりとも狂いがなかった。
実証もした。カウントダウンが見えるのは、なにも人に限ったことではなく、空を飛ぶ鳥も、街角を走り回る野良犬も同じだった。
そこでわたしは、部屋に迷い込んできた蚊で実験を試みた。わたしが椅子に腰掛けてしばらく待っていると、新鮮な血液を見つけた蚊は、あの特有のイライラさせる羽音をさせながら、わたしの腕に止まった。
わたしは、蚊の頭上に浮かぶデジタル表示を確認して、てのひらで蚊を叩き潰した。
ご、よん、さん、に、いち、ぜろ。
てのひらがぱちんと音を立てるのとほぼ同時に、デジタル表示はすべてゼロになった。潰す前から、カウントは残り少なくなっていたということは、これは死期を知らせるカウントダウンであり、死の宣告なのだ。
このカウントダウンは、どうあがいても、変えることの出来ない運命なのだろうか?
気になったわたしは、別の実験も行ってみた。カウントの少なくなった子犬を拾って、わたしの部屋にこっそりかくまってみた。当然のことだけど、わたしはこの子犬を蚊の様に殺すつもりはない。ちゃんと餌も与えたし、可愛がってもやった。
すると、カウントが七日分だけ増えたのだ。これには、驚いた。つまり、予定されていた死期が、わたしの援けによって変えられてしまったというわけだ。ところが、カウントは七日以上増えなかった。
七日目の夜、子犬は姿を消した。わたしが学校へ言っている間、鳴き声に勘付いた母が、子犬を発見し捨てたのだそうだ。
翌日、通学路の道端で、子犬は死んでいた。車に轢かれたのだろうか、胴体の真ん中がペシャンコに潰れて、内臓がはみ出していた。一緒に登校していた友達は、「うえー、気持ち悪っ」なんて言っていたけれど、わたしは別の感慨を持っていた。
わたしが子犬を援けて、七日間寿命が延びた。ところが、七日後母によって捨てられた子犬は、道端で息絶えた。もしも、わたしが七日目に子犬を別の場所に隠したなら、子犬のカウントはさらに増えたのかもしれない。
もう一つ別の、実験も行った。今度は、家の庭を跳んでいたカエルを使っての実験だ。わたしはカエルの寿命を確認した。まだ、一週間以上のカウントが残っている。そこでわたしはポケットからはさみを取り出した。これを使って、カエルを殺そうと考えたのだ。だけど、わたしがはさみを近づけても、カエルはゲロリと鳴くだけで、一向にカウントは減らないのだ。
カウントを増やすのはそれほど難しくなかったのに、カウントを減らせるのはとても難しかった。わたしに殺意がなければ、カウントはどんなにしても減らなかった。
つまり、この死の宣告を変える手立てはあるということなのだ。
人が生きるも死ぬも、わたし次第。それは、人の命の残りを知ることになったわたしにとって、唯一の救いのように思えた。もっともわたしは、ごく普通の人間だ。カウントダウンが見えるということ以外、エスパーでもないし、医師でもない。だけど、もしかしたら、自分の大切な人だけでも、護ることが出来るかもしれない。何もせず、家族が死ぬのを待つより、それはいくらかマシだと思った。
ところが、わたしの両親、弟の頭に浮かぶカウントダウンは、それといって問題はなかった。父は八十五歳まで生きるし、母は九十歳まで生きる。弟に到っては、この高齢社会を悪化させるつもりなのか、一〇五歳まで生きることになっていた。放っておいても、天寿をまっとうできる長寿なこの人たちに、わたしが差し伸べる手なんか、何処にもなかった。
安心するやら、拍子抜けするやら。
人間の寿命なんて案外しっかりしているもので、祖父母も親戚の叔父叔母も、従兄弟達でさえ、それ相応の寿命だし、学校の友達も、道行く見知らぬ人も、それといってカウントの少ない人は殆んどいなかった。
たまに見かける、カウントの少ない人は、わたしとは何の関係もない人で、助ける義理もない。わたしはそんなに善人じゃないし、全地球の人たちに対して、その命の責任を負うつもりもなかった。
わたしにとって、カウントダウンはごく身近な人の命を救う手立てに過ぎなかったのだ。
そんなこんなで、わたしはカウントダウンとの共存をし続け、高校生になった。そうして、初めて身近に、カウントの少ない人を見つけたのだ。
広瀬由香里。
それが彼女の名前だった。色白で、どこか儚げな姿が可愛らしい子だった。明るいクラスの雰囲気の中で、たった一人だけ大人しい性格で、いつもお昼休みには図書室で何か書き物をしていた。
他のクラスメイト達は、「広瀬さんって、何だか根暗で気持ち悪いよね」などと、彼女の知らないところで誹謗中傷を重ねていた。
そんな広瀬さんが、クラスでイジメに会うのには、それほど長い時間がかからなかった。はじめは、教科書を隠したり、体操服をゴミ箱に捨てたりなんて、可愛らしいものだったけれど、次第に、エスカレートしていった。
彼女のカウントが少ないのに気がついたのは、ある日の放課後だった。実は、それまで、広瀬さんのカウントはそれほど少ないわけではなく、ちゃんと天寿をまっとうできるくらいの寿命はあった。
その日、部活を終えたわたしは、教室に忘れ物を取りに一人だけ、校舎に入った。すると、わたしの耳にピアノの綺麗な音が聞こえてきたのだ。わたしは音楽に疎かったけれど、そのピアノに心を奪われた。奏でられる旋律の一音一音が、ガラスのように繊細で透明、それなのに確かによどみなく美しい。
わたしは導かれるようにピアノを探した。夕陽の差し込む音楽室に入ると、その金色に光る陽を背に鍵盤を叩いていたのは、広瀬さんだった。いつも、一人で書き物にふけっていた彼女に、そんな特技があったというのも意外だったが、ピアノを弾く広瀬さんは、曲目の分からないその音楽と同じくらい、繊細で美しく思えた。
広瀬さんは、わたしにちっとも気づかず、黙々とピアノを引き続けた。それを呆然と眺めるわたしは、広瀬さんの頭の上で点滅する、寿命のカウントダウンに目を奪われた。
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それは、彼女の人生が、あと五日と九時間一分十九秒しかないことを告げていた。何故、彼女のカウントが、急激に減ったのか、わたしは驚きと共に奇妙な不安を感じた。
「ピアノ、上手だね」
と、思わず声をかけると、広瀬さんは驚いて、鍵盤を滑らせていた指を止めた。
「これくらいしか、わたしには特技がないの」
彼女は少し恥ずかしそうに言った。考えてみれば、広瀬さんの声を聞くのは始めてのような気がした。
だけど、次の言葉が見つからない。共通の話題なんてないし、そもそも会話したのもこれが初めてだった。
でも、黙っているのも変だ。わたしは、思案をめぐらせて、「吹奏楽部に入ればよかったのに」と、無理から言葉を発した。すると、彼女は少しだけ微笑んで。
「そうね。そうすればよかったのかもしれない。でも、全部遅かったのよ」
とだけ言って、再び細い指先を、鍵盤にのせた。さっきの曲とは違う、とても悲しい曲だ。旋律を奏でる広瀬さんの背中も、おぼろげに悲しそうに見えた。
「あの、あのねっ、広瀬さん」
「なあに? どうかしたの」
広瀬さんは、瞳を閉じたままピアノを弾きながら、わたしに尋ねる。
「何か、あったの? 何か困ったこと、あるんだったら、わたし相談に乗るよ」
「あなたって優しいのね。でも、どうして?」
「それは……」
わたしは口篭った。正直に話すべきだろうか。
わたしね、中学の頃事故に逢ったの。その時から、生き物の寿命のカウントダウンが見えるようになったの。変な話でしょ、でもね、みんなの頭の上に、丁度デジタル時計のように、数字が見えるの。それでね、広瀬さんの寿命が、あと五日しかないの。
なんて、言ったとしても、彼女は信じないだろう。一笑されて終わりかもしれない。もしかすると、広瀬さんがそれを誰かに話せば、クラスのみんなはわたしを笑いものにして、今度はイジメの標的をわたしにチェンジするかもしれない。
そもそも、わたしは広瀬さんを救う義理があるのだろうか。それと言うのも、わたしはイジメグループには属していなかったけれど、彼女の味方もしていない。言わば傍観者の立場だった。イジメるのは性に合わないし、広瀬さんの味方をしてイジメられるのもイヤだ。
それに、前にも言ったように、わたしは全生命に対して責任を持つつもりはない。わたしは、わたしの大切な人を守ることが出来れば、それでいい。
「それは、なんだか広瀬さんが悲しそうに見えたから」
結論は、固まった。嘘は言っていない。だけど、カウントダウンのことは言わないことにした。すると、広瀬さんは少しだけ笑って、
「そう。そうかもね。ありがとう」と言った。
彼女の頭のカウントは、全く変わることなく、刻一刻とカウントダウンを続けていた。
広瀬さんが学校の屋上から身を投げたのは、それから丁度五日後のことだった。いつも通り、陸上部の部活に勤しんでいたわたしの目の前に、彼女は降ってきた。ひらひらと花びらが舞い落ちるように。
どんな音だったか分からない。ただ、鈍い音が鼓膜を叩き、賑やかだったラバーコートの上は、物音しない静寂に包まれた。
広瀬さんの頭から、血が流れ出す。どろどろとそれは溜まりを作る。彼女の頭上には、緑色の表示が点滅する。
ご、よん、さん、に、いち。
「だ、誰か先生呼んできてっ」
静寂を破ったのは、部長の声だった。それを合図に、グラウンドは悲鳴に包まれた。わたしは、声も出なかった。ただ、そうなることを知っていた唯一のひとり。いや、正確には広瀬さん自身と、彼女の寿命を知っていたわたしの二人。
広瀬さんは自殺する気だったんだ。だから、寿命が縮んだんだ。妙に冴え冴えとした頭の中で、わたしは事態を納得していた。
駆けつけた先生は、青ざめた顔で、「広瀬っ、しっかりしなさい」と彼女の体をゆすった。
もう彼女は死んでいる。わたしにははっきりと分かる。彼女の遺体に浮かぶ表示は、すべてゼロに変わっているのだから。
遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。そういえば、この学校は消防署から近かった、と言うことを今更ながらに思い出した。
先生達は慌てふためき、生徒達は怯えている。なのに、その空間でわたしだけが無表情に立っていた。ひどく場違いだ、そう感じたわたしは、小さく広瀬さんの遺体に黙祷を捧げ、その場を立ち去った。
グラウンドから昇降口に戻ったわたしは、全身の毛穴と言う毛穴から汗がにじみ出ていることに気づいた。手足が震える。耳鳴りがする。感覚がよく分からない。
もしも、あの時、音楽室でちゃんと言っていたら、彼女は助かったかもしれない。
「あなたの寿命は、あと五日しかないの。だから、気をつけて。もしも、何かあったら絶対相談してね」
そんな風に言えていたら、広瀬さんは自殺を思いとどまったかもしれない。なのに、広瀬さんは、はじめから信じてくれないと疑い、挙句に自分にイジメの矛先が向くことを恐れた、わたしはなんて身勝手だったんだろう。
いや、あれは避けられない運命なんだ。避けては通れない道だったんだ。わたしは神様じゃない。広瀬さんが自殺しようとしているなんて気づきもしなかった。少なくとも彼女の微笑からは、そんなこと微塵も感じられなかった。
そう考えるのは、逃げているような気がした。
全部の命に責任を持つつもりはない。だけど、目の前の人も救えないわたしに、大切な人を救うことなんか出来るのだろうか。
わたしは、なんのために人の寿命を知るなどという、おかしな力を得てしまったのだろう。よく分からない。分かりたくもなかった。
昇降口で自問自答を繰り返すわたしの耳に、ピアノの響きがきこえる。
聞いたことのあるメロディだった。あれは五日前、広瀬さんが弾いていた曲。とても繊細で綺麗な最後のフレーズ。
わたしは咄嗟に走り出した。目的の場所は分かってる。陸上部で鍛えた脚にも自信がある。曲が終わる前に音楽室へたどり着かなくては。廊下を走り、階段を駆け上る。息が切れて、心臓が高鳴る。
もしかしたら、さっきのは夢で、広瀬さんは今日もピアノを弾いているかもしれない。そんな期待が胸を過ぎった。
最上階一番端の音楽室へたどり着いたわたしは、開け放たれた防音扉をくぐった。駆け込む音楽室。彼女は、あの日と同じように金色に輝く夕陽を背中いっぱいに受けて、その細い指を鍵盤の上で躍らせていた。
「どうしたの? 慌てて」
やってきたわたしに驚いたその子は、大きな瞳をより丸くして、鍵盤から指を離した。確かに、ピアノを弾く姿は何処となく、広瀬さんによく似ていたけれど、その顔立ちも声も広瀬さんなんかじゃない。
同じ学年の子だけど、名前も知らない初対面の子だ。
「いや、あの」
わたしが困っていると、その子はくすくすと声を立てて笑った。
「ものすごい顔してるよ。何かあったの? 下のほうが騒がしいみたいだけど」
「う、うん。さっき、屋上から……」
そこまで言って、わたしは息を飲んだ。わたしの背筋は凍りつき、言葉がそれ以上口から出なくなった感覚は、五日前のそれと同じだった。
00:00:04:30:20
名前の知らぬその子の頭の上にある、カウントダウン。彼女は、約四時間半後に死ぬ。どんな運命の悪戯なのだろう。
「何? わたしの顔に何かついてる?」
彼女はニッコリと笑って、だけどすこし怪訝に尋ねた。わたしは、鼓動が早くなるのを感じた。伝えるべきなのか、伝えないべきなのか。
この子は、わたしとは何の関係もない。家族でも、友達でもない。ましてや、広瀬さんのようにクラスメイトでもない。ただ、同じ学校に通う、同い年の女の子。そんな人を救うために、わたしは真実を言って、嘲笑の眼差しを受けるのだろうか。
そんな義理は何処にもない。わたしは、広瀬さんを救わなかった。そのことと大して変わりはない。このまま黙って、帰ることも出来る。
きっと彼女は、わたしのことを変に思うだろう。だけど、人の寿命が分かるなんて変なことを言う人だと思われるより、いくらかマシだ。
でも、それでホントにいいの?
わたしは唾を飲み込んで、息を整え、彼女の方へ歩み寄った。彼女は、不思議そうにわたしの顔を見た。きっと、わたしの顔はひどく緊張してこわばっていたと思う。
ゆっくりと、わたしは必死の形相で口を開いた。
「あの、あのね」
わふ
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