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死にたがりの綺想曲  作者: 字書きHEAVEN
7/7

Ed

 いつもと同じふたりきりの食卓だ。

 マナはそれが仕事みたいに淡々と食事をするし、タスクはそれを眺めながら肉の欠片を口に運ぶ。

 グラスには赤ワイン。マナが飲むと言ったから、コルクを抜いた。

「チキンはどう?」

「うん」

「『うん』ってどういう返事なの」

 美味いも不味いも言わない相手が、それでもフォークを動かす様に、悪い気はしなかった。

「牛の煮たのはその内覚えるから」

「そう」

「来年のお楽しみなんてどう?」

「ずいぶんと気が早いね」

「他にリクエストあれば聞くけど」

「それでいいよ、いまのところは」

「期待してて」

 覚えているとも限らない、その場限りの口約束でも、あって困るものではない。

 マナがグラスに手を伸ばす。喉の華奢な出っ張りが、嚥下にあわせて上下する。

「ねぇ」

 珍しい呼びかけにタスクは食事の手を止めた。

 見遣った先には手元に視線を落としたままの、とうに見慣れた無表情。

「俺の石はおまえにあげる」

 突然なにを思ったものか、死んだら好きにしていいよと、前触れもなく告げられた。

「なにそれ。どういう風の吹き回し?」

「別に」

「別にってことないでしょ」

 いったいどういうつもりなのと重ねて問えば、億劫さを隠しもしない不機嫌な顔を向けられた。

 悪いのはどう考えても言葉少なな相手の方で、しつこいこちらではないだろう。

 別にと、その薄い唇が繰り返す。

「おまえがいると思ったから」

 同じ形をした日々が、いつの日にか終わるとき、変わらず傍にいる相手。

 それがおまえだっただけだよと、抑揚のない掠れた声が教えて寄越す。

「死んだらなんだ」

「人間なんてその内死ぬでしょ」

「その内を、待ってくれる気になった?」

「……まぁね」

 死なないように見張っててなんて物騒な願いをくれた相手が、いつかの未来の話をしている。

 そのことが、妙におかしくて胸が苦しい。

「ねぇ」

 そっけないアイスブルーを引き寄せる。

「あんたがいないの、しんどかったよ」

 帰ったら、誰もいなくて。明りも暖炉も点らない、暗いだけの部屋があって。

 おかえりの代わりの眼差しや、銀の鳴る音なんかも出迎えてくれなくて。

 たったそれだけのことが堪えたと、胸の内を明かしてみる。

 長く家を空けるなだとか、夕食時には帰ってこいとか、つまらない駄々をこねるつもりはさらさらない。

 ただ、ひとりきりであることが、なにひとつとして嬉しくなかった。

 そんなつまらないことを、伝えてみたくなっただけだ。

「そう」

 返事は相変わらずのそっけなさで笑ってしまう。

「ねぇマナ。いいクリスマスだね」

「もう終わったんじゃない?」

「水差さないで」

 せっかくいい気分なのに。

「悪かったね」

「別に全然、いいんだけどさ」

 ボトルの残りをふたつのグラスに空けてしまう。

 特別な夜を心から祝うには、少しばかり向かない日であったので。

 勝手にグラスの縁を合わせるだけの、ごくささやかな乾杯をした。

 マナは特に咎めることなく黙々と食事を続けている。

 タスクの心地よく浮かれた気分を別にすれば、普段となんら変わりない、静かなクリスマスだった。


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