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死にたがりの綺想曲  作者: 字書きHEAVEN
1/7

Op

 雨が降っていた。

 ばらばらと地面を叩く雨音に鼓膜を埋め尽くされている。

 錆びた柱に寄りかかる小さな身体は冷えきって、あらゆる感覚が遠い。

 切れかけの常夜灯が気怠げにまたたいては、貧民窟のしなびた夜を浮き上がらせた。

 色とりどりの小さな石がそこら中に散らばっている。

 おもちゃ箱をひっくり返したような有り様だ。

 雨に濡れ、水溜りに沈みながらとろりとした光を返す。

 これによく似た光景を知っている。

 マーケットに飾られたモミの木の、きらきらとしたオーナメント。

 あれは綺麗に見えるのに、どうしてここに散らばる石は無残で哀しいだけなんだろう。

 眠たくて、眠ってしまいたい気がするのに、一度深く瞼を閉じれば二度と開かない予感があって、だからどうしても眠りにつくことが怖い。

 石になったら冷たい気がする。今だって、もう十分に温度がないのに。

 不意にぱしゃりと水音がした。水溜りの跳ねる音。それから、傘が雨を弾く音。

 ぬかるむ地面に投げ出す脚に影が差す。眼差しだけで見上げた先に覚えのある男がいた。

 胸まで垂れたシルバーブロンド。

 色のないアイスブルーを嵌め込んだ、人形じみた無表情。

 四番街の細工屋だ。

 やたら綺麗に整った、ふたつの同じ顔の内、極端に温度や愛想の欠落した方。

 その細い指先が、見惚れるほど繊細な銀細工を仕立てる様を、窓の外から眺めていた。

「おまえ、死ぬの?」

 初めて聞く男の声は甘く掠れたテノールで、見た目通りに冷めきっていた。

 見りゃわかるでしょ。紡ぎかけた唇は、凍てて震えただけだった。

「俺と来る?」

 あんたなに言ってんの。

 こんな死にぞこないをどうするのと、嗤ったつもりで嗤えたかどうかはわからない。

 手を、伸ばそうとしたのだった。

 考えなしに、錆びて鈍った指先を。

 ぱしゃりと水を踏む音がした。

 雨が止む。男の傘の内側で。

 手首に絡んだ指先が、冷たくて熱い。

 火傷する。その感覚が胸に痛くて、なのにたぶん心が溶けた。

 なんであんたが泣いてるの。

 男の変わらない顔つきに、なぜかそう尋ねたくなる。

 乾いた頬を拭ってやりたい気がするのに、もう指が動かない。

 そうして、引きずり込まれた泥のような眠りの底で、止まない雨の降る音を、いつまでも聴いていた。

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