百波玲華
「うぅ~」
女性が分娩台の上で足を広げ、苦しそうな声をあげている。分娩室に入ってから、一時間以上が経過していた。股の間から赤ちゃんの頭が少しだけ出ていた。
助産師は女性の股の間に手を入れると、ゆっくりと赤ちゃんを取り上げた。
「元気な女の子ですよ」
「まあ、なんて可愛いのかしら」
女性は助産師から赤ちゃんを受け取ると、頬ずりをした。赤ちゃんの手が女性の頬に触れた。次の瞬間、女性の頭が爆ぜ、辺り一面に血液と脳味噌が飛び散った。
「いやぁああああ!」
助産師は悲鳴をあげた。看護師たちも恐怖に顔を歪ませている。一瞬にして分娩室は恐怖に支配されたが、赤ちゃんは声をあげて笑っていた。赤ちゃんは一頻り笑っていたが、不意に手を伸ばし、助産師の腕に触れた。助産師の腕は女性の頭と同じように爆ぜた。爆風に煽られた助産師は床に倒れ込んでしまう。
赤ちゃんは分娩台から飛び降り、助産師のお腹の上に着地する。赤ちゃんの手が触れるや否やお腹が爆発し、臓器が飛び出した。赤ちゃんとは思えないほどの跳躍力で飛ぶと、看護師の頭を掴み、爆発させる。その後も次々と看護師たちを爆発させ、生存者は血まみれの赤ちゃんだけだった。
☆☆
金髪の女性――百波玲華は病院を見上げた。右手には携帯端末型のレーダーを持っている。画面には赤色の丸が表示されていた。これは能力者を表している。
数年前から能力を有する赤ちゃんが生まれていた。『幼児保持者』と呼ばれ、身体能力が高い。このレーダーは『幼児保持者』を見つけるためのアイテムだ。
厄介なことに『幼児保持者』は赤ちゃんのためか善悪の判断ができず、何のためらいもなく人を殺してしまう。多くの犠牲者が出る前に殺さなければならない。その任務を請け負うのが『幼児狩人』だ。『幼児保持者』を抹殺する者を指し、能力を有している。『幼児保持者』の血液を注入することで能力を得ているのだ。
百波は『幼児狩人』の一人だった。政府から抹殺の依頼を受けているため、赤ちゃんを殺しても罪に問われることはない。
百波は病院の中に入ると、レーダーを確認し、廊下の奥に進んだ。すると病室の扉が開き、赤ちゃんが出てきた。全身が血で濡れている。この赤ちゃんが『幼児保持者』で間違いないだろう。赤ちゃんに近づこうとした時、横を看護師が駆け抜けていった。
「まあ、大変! 怪我でもしてるのかしら?」
「そいつに近づくな!」
百波は叫んだが、時すでに遅く、看護師は赤ちゃんを抱えてしまっていた。赤ちゃんは笑いながら、看護師の胸を触る。すると看護師の胸が爆発し、辺り一面に血液と肉片が飛び散る。廊下にいた看護師や患者は悲鳴をあげて逃げた。
百波は赤ちゃんに手のひらを向けた。轟音と共に真紅の雷が迸り、赤ちゃんに襲いかかる。百波の能力は『真紅の雷鳴』。真紅の雷を操る能力だ。
真紅の雷は壁を破壊しながら、赤ちゃんに直撃した。しかし、赤ちゃんにダメージを与えることはできなかった。体が鋼鉄化していたのだ。看護師に使用したのとは明らかに異なる能力だった。
「……二重幼児保持者か」
通常は一つの能力しか有していない。だが、ごく稀に二つの能力を有している者がいる。それが『二重幼児保持者』だ。二つの能力を同時に発動することはできず、一度に使用できるのはひとつだけとされる。鋼鉄化の時に攻撃すると防がれる可能性が高い。攻撃を仕掛けるなら、爆発らしき能力の時だ。
赤ちゃんは鋼鉄化を維持したまま、恐るべきスピードで近づいてくる。百波は全身に真紅の雷を迸らせ、防御態勢を取る。だが、赤ちゃんは止まることなく、百波の腹に頭突きをかました。あまりの痛みに百波の能力は解かれてしまう。その瞬間、赤ちゃんは鋼鉄化を解除し、手を伸ばした。百波はとっさに手をお腹の前に出した。赤ちゃんの手が触れた瞬間、百波の腕は爆発した。
百波は爆発の直前、腕が熱を帯びていたことに気付いた。内側から熱せられているかのようだった。
「……まさか沸騰させたのか」
百波は赤ちゃんのもう一つの能力を沸騰と推測した。手で触れた瞬間に分子を振動させた。それにより沸騰し、爆発したと考えられる。
赤ちゃんは再び体を鋼鉄化させると、さっきと同じように頭突きをかましてきた。百波はお腹に真紅の雷を集中させ、痛みを和らげた。
赤ちゃんは鋼鉄化を解除し、手を伸ばそうとした。その瞬間、百波は真紅の雷を赤ちゃんに放った。真紅の雷が直撃し、赤ちゃんは甲高い悲鳴をあげる。皮膚が裂けて血が流れだし、やがて赤ちゃんは動かなくなった。
百波は赤ちゃんに近づき、死んだことを確認した。それから政府に電話をかけ、任務完了を告げる。電話を切ると、開いたままになった赤ちゃんの瞼を下ろして目を閉じさせた。
「……ちゃんと供養するから。命を奪ってごめんな」
百波は片腕で赤ちゃんを抱きかかえると、病院を後にした。
☆☆
――数日後。
百波は赤ちゃんの骨壺を仏壇に置いた。仏壇には今までに殺した赤ちゃんの骨壺が並べられている。お供えもしている。『幼児保持者』とはいえ、赤ちゃんを殺しているのだから、供養くらいはしないといたたまれない気分になる。
仏壇に向かって手を合わせていると、レーダーに反応があった。『幼児保持者』が出現したのだ。
百波はもう一度手を合わせると、レーダーを確認し、家を出た。
――『幼児保持者』を殺人という罪から解放するために。
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