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第3話「目が醒めるとそこは……」

「それにしても辺銀さん、こんな袋をよく持ち合わせていましたね」

「ああ、頑丈な袋は盗んだ物を入れるのに便利なんデス。低価格で使い捨てても困らないデスしね」

「ははっ、辺銀さんの夢は"怪盗"か"ねずみ小僧"ですか?」

「いや、不動産社長デス。人から盗んだお金で海外にビルを建てまくり、不労所得で一緒遊んで暮らしたいんデス!」

「それは大きな夢ですね、応援しますよ」

(応援すんなや!)


 瀬奈はデス子と誠十郎の雑談が小耳に入り、思わず心の中でツッコミを入れてしまっていた。デス子も鬱陶しくて苦手だが、誠十郎も優しげな表情の裏に一物抱えていそうな雰囲気がして何となく苦手だ。というより、瀬奈が得意とする人間など、果たしてこの世界にいるのだろうかという話になるのだが……。

 南ヶ丘瀬奈、彼女が心を許せる人物はそう多くない。元々人と接するのが苦手な性格の上、中学時代は周りとの趣味も合わせられずグループの輪に上手く溶け込めなかったのだ。おかげで中学の3年間はぼっち続き。今でこそ同じ趣味の仲間とふれあえてはいるが、そうでなければ高校生活もずっと『ぼっち』だっただろう。

 そう、高校入学してからまだ間もなかったあの頃。隼人が自分に積極的に話してくれなかったら、こんな風に修学旅行を楽しむことも出来なかったはずだ。彼との繋がりがあったおかげで、瀬奈はクラスメイトと馴染むことができ、こうしてカードバトルも行えたのだ。


「中学までは近所のカードショップで知らない人とバトるばっかりだったからなぁ……」


 世界的知名度を持つ大人気トレーディングカードゲーム『カスタム・モンスターズ』。

 このカードゲームは多彩な戦術と多種多様なモンスター、そして1番の見所であるモンスターのカスタマイズを売りにしており、その自由度の高さからトレーディングカード界でも多くのシェアを獲得している。

 瀬奈はこのゲームを小学校に上がる前からプレイしており、今では日本でも数少ない"世界ランク"の実力を誇っていた。

 ……しかし、中学時代はこのゲームをやっているクラスメイトがいなかったので、特にそれが理由で友達が出来ることもなかったりした。

 瀬奈はハァッとため息をつく。昔のことなど思い出しても辛いだけだ、そうは分かっていてもどうしても過去を振り返ってしまうのが人間という者なのだろう。


「お、瀬奈ちゃん暇そうにしているデスね? それならデス子とデュエルするデスよ!」

「……今日はやめとくんじゃなかったのか?」

「もちろん、ただのデュエルをする気は無いデスよぉ? さぁ、カスタム・モンスターズの闇領域ダークサイド、『アンティルール』を始めるデス!!」

「何……だと……?」


 説明しよう『アンティルール』とは。

 お互いに特定のカードを賭けて戦い、負けた方が賭けたカードを勝者に渡すという、日本国憲法に引っかかりそうな非常にブラックなルールなのである。


「貴様……正気か? あれは多くの子供達から大切な物を奪っていった忌むべきルールだぞ。それをここで行うというのか?」

「あれれ〜? もしかして瀬奈ちゃん勝つ自信が無いのかなぁ〜? おかしいなぁ世界ランクに載るデュエリストだって聞いてたのにこんな初心者相手に尻込みしちゃうんだぁ〜??」

「………………面白い。辺銀デス子、貴様が誰に喧嘩を売ったのか、この場で思い知らせてやろう!!」


 デス子のあからさまな挑発にまんまと乗っかった世界ランクのデュエリストさん。ことカードバトルに関すると、瀬奈は存外チョロいのである。

 そして、


「オラオラ装備して強化強化強化強化っ!! そしてアタァァァァァックッッ!!!!」

「ひでぶすぐっしゅのぼぉわあぁぁぁ!!?!」


 圧倒的な戦力差をつけての完勝。世界ランクのデュエリストは伊達じゃなかった。

 デス子は予想外にボロクソに負かされてちょっと涙目になっている。


「ううう……まさかこんなはずじゃあ。勝負に熱くなっている瀬奈ちゃんの隙をついてレアカードを盗むというデス子の作戦が、行う前に敗北してしまったデスよ……」

「あんた、どこぞの昆虫使いより狡いわね」

「レアカードを海に捨てるとか正気の沙汰ではないデス。ちゃんとショップで売れと、デス子は豪語したい!」

「まず人の物を盗むことが悪いことだと反省しなさい」


 瀬奈はまたため息をつく。それは先ほどの、思い出したくない過去を思い出しての、やるせ無いため息とは異なり、変に疲れたストレスを発散するためのため息だったが……。

 さて、アンティルールで勝利した瀬奈にはデス子からカードをもらう権利があるのだが、生粋のデュエリストである瀬奈は敗者からカードを奪う意思はなく、その権利を放棄した。

 まあ、そもそもデス子が素直にカードを渡す気がないというのも、大きな理由の一つではあるのだが……。


「……それにしても、隼人なかなか戻らないなぁ」

「おや? 瀬奈ちゃん、そんなに隼人くんと遊びたいのデスか? 何でデスか? 何でデスか??」

「ゴ、ゴホン! まあ、私と互角に渡り合える人物はこのクラスでは奴しかいないからな! 今の私はデュエリストの血が滾っている、今すぐ戦いたくてたまらんのだ!」

「でも隼人くん、そんな瀬奈ちゃんを置いて浮気しているようデスよ?」

「何だとっ!?」


 瀬奈がばっと飛び跳ねると、前の座席では2人の男子生徒がカードバトルをしており、そのうちの1人が隼人だった。そしてもう1人の男子が、無愛想な表情にフレームの細い眼鏡をかけた少年、猿渡さるわたりさとるであることが確認できた。


「お、おい隼人!」

「瀬奈?どうした、そんなに慌てて」

「騒々しいな。対戦の邪魔だ南ヶ丘」


 悟は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、キッと瀬奈を睨めつけた。

 うっとたじろぐ瀬奈。人と接するのが苦手な彼女は、中でも悟のような高圧的な男性は特に近寄るのもためらうくらい苦手としていた。

 それでも瀬奈は負けじと悟に食いついていく。


「さ、猿渡悟。私と同じく闇の力を宿すデュエリストとして、貴様にもの申す! あいにく、隼人は私との決戦を控えている身なのだ。というわけで、隼人をこちらに渡してもらおうか?」

「今はデュエルの最中だ、決戦とやらはその後にしろ」

「悪いな瀬奈。このバトルが終わったらそっちに行くから」

「ぐぅっ!」


 一蹴。まさに一蹴だった。

 ……だが確かに、一度始めたデュエルを途中放棄するのはデュエリストとして恥ずべき行為。瀬奈は仕方なくその場を去り、2人の戦いが終わるのを待つため自分の座席に戻った。

 座席に着くと隣の席で辺銀デス子がニタニタした意地の悪い笑みを浮かべながら出迎えてくれた。


「振られたデス?」

「うるさい」

「まあいいじゃないデスか。せっかくの修学旅行なんデスし、カードばかりしてないで旅先のことでも考えるデスよ」

「貴様は向こうの博物館などで金目の物を盗まないようにするんだぞ」

「それは盗む計画を立てる前に行って欲しかったデスね。既に準備は万端なのデス! 今日この日、デス子は大金を掴むデスよ!」


 デス子は鼻を鳴らして、彼女が持ってきた大きなバッグをポンと叩いた。おそらく、中身は盗むのに使用する道具か何かだろう。

 ……こいつ、近いうちに捕まるな。と、瀬奈は半ば諦め気味で背もたれに身体を預け、目を閉じた。隼人が戻ってくるまでいく分か時間がかるだろうから、それまでの間少しだけ眠ろうと思ったのだ。元々眠気が襲っていたせいか、瀬奈はあっさりと眠りの中へ落ちていく。頭の中まで闇に染まる感覚に襲われ、どこまでもどこまでも深い底まで沈んでいくようだ。


(修学旅行……か)


 瀬奈は眠りにつく直前、先ほどのデス子の言葉を振り返っていた。修学旅行、自分は将来に亘って楽しむ縁のないものだと思っていた。

 しかし今は違う。高校で隼人と出会って知り合いが出来て、変な奴らだけど同じ志を持つデュエリストとも親しく繋がることが出来た。


(今年の修学旅行は、楽しく過ごせると良いな)


 微睡みの狭間でふとそう思いながら、南ヶ丘瀬奈はゆっくりと闇の世界に溶け込んでいくのだった。




  *****




「う、う〜〜〜ん……」


 どれだけ時間が経ったのだろう。

 南ヶ丘瀬奈はふぁぁと大きな欠伸をかくと、周りの状況をキョロキョロと確認する。そして瀬奈は、バスの中は人影がなく、窓の外を見ると景色が止まっていることからバスが停車しているのが理解できた。


「あれ? もう目的地に着いたのか……」

「よう、瀬奈ちゃんおはようデス!」


 瀬奈が目をパチクリさせて首を傾げていると前の座席から声をかけてくる人物が現れた。

 辺銀デス子、彼女は背もたれから首だけ出した状態で上から瀬奈を眺めていた。


「辺銀デス子……あれ、貴様だけか? 他のみんなはどこへ行った」

「ああ、そのことなんデスがね瀬奈ちゃん。聞いて欲しいのデス」

「うん?」




「……デス子たち、どうやら異世界にきたみたいなんデス」




 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 ……こいつ、寝ぼけているのだろうか? もしくは自分が寝ぼけているのか、瀬奈はにわかに信じがたい非現実的な発言を聞いたような気がした。

 しかし、そんなことを考える間も無く。バサバサッと、バスの外で何かが羽ばたいていく音が瀬奈の耳に響いてきた。

 何事かと瀬奈は不意に視線を窓の外を向けてみる。そこは鬱蒼と茂る山の中でもたくさんの人波や広告が貼られている賑やかな街の中でもなかった。


「なん……だ、あれ……?」


 それは宮殿だった。

 世界の建造物など海外旅行すら行ったことがない瀬奈にはまるで見識がないが、目の前に鎮座するのは明らかに日本の建造物でないことは判断できた。古く趣のある建物とそこに飾られている見るからに高価そうな装飾品、建物の屋根には塔のようなものがいくつも伸びており壁一面を敷き詰めるような窓がまるでこちらを圧倒するかのように並んでいる。

『世界 宮殿』でインターネットで検索すれば画像が出てきそうな幻想的、それでいて現実に存在する"宮殿"と呼べるべき建造物が、南ヶ丘瀬奈の目に飛び込んできたのだ。


「な、な、な----!?」


 この信じがたい現状、あまりの衝撃に瀬奈は開いた口が塞がらなくなった。何か言語を発想としても口をパクパクさせるだけで日本語らしい言葉が一切出てこない。

 その様子を見たデス子は、難し顔をしながらうーんと腕を組んで唸っている。

 そして瀬奈は、少しずつ呼吸を整えていきギギギと錆びた工具を動かすように自分の首だけをデス子の方へ向けた。


「ぺ、辺銀デス子、これは……」

「うーーーんだから、なんと説明したらいいものかぁ……」


 デス子は瀬奈に、どう説明したらいいものかと思案を浮かべていたが、ふと考えるのをやめたのか先ほどと同じように現状を説明した。




「……ここ、異世界なんデスよ」

「……マジですか」




 冷静に状況を整理し切れてない瀬奈は、悪友の説明に呆けて応じることしかできなかった。

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