第10話「陰謀の匂い」
前回、ドラゴンと女騎士が『世界を救ってくれ』、などと宣ったので拒否したら、なんかドラゴンがキレたので2年4組の最終兵器を繰り出そうとしたのだ。
そして、女騎士が偉そうに語ろうとした時、まさかの人違いだと知って女騎士とドラゴンは現在パニクってるのであった。←今この辺
「どどど、どうしようオレガノ……。どうやら私達は間違って他のクラスをここに転移してしまったようだぞ!!」
「落ち着けガーベラ、何も予定した奴らじゃなくても良いだろう。もうこいつらに魔王退治に行かせてしまえ」
「いや無理だろう!? この子ら普通の高校生なのだぞ!?」
「さっき観察した限り、あまり日本の一般的な人間には見えなかったがな、龍形態の我を前にして、呑気に紅茶飲んでたぞ。しかも、あそこでやんわりと寛いでいる女など、龍の姿の我に近づくや否や、開口一番なんと言ったと思う? 『あらドラゴンさん、近くで見ると本当に綺麗な色艶をした鱗をお持ちですのね。私達、今お紅茶を飲んでいるのだけれど、よかったらご一緒にどうですか?』だぞ!? あんな毅然とした淑女、我は生まれて初めて見たぞ!!」
「それは、……なかなか勇ましい女性だ。かなりの修羅場をくぐってきたとみえる」
「……普通にお茶に誘っただけなのに」
金色の龍、オレガノが話しているのは、おそらく学園のアイドル、花華戯香織のことだろう。香織はキョトンとした表情で、テーブルの席に上品に座っている。
香織の隣には瀬奈が座っており、彼女から漂う花の香りが瀬奈の鼻をほのかに刺激していた。
瀬奈がちらりと香織の方に視線を向けると、偶然香織と目が合ってしまい、その瞬間香織は瀬奈に華やかな表情でにこりと微笑んだ。
瀬奈は戸惑いを隠しながら苦笑いを浮かべた。香織のような生粋の美少女は、元ぼっちの瀬奈には刺激が強過ぎるのである。
「……さて、私達をここに連れてきたことは間違い、人違いということだけど。なら私達はこれで帰れるということで良いのかしら?」
「そ、それは困る!? 君らには魔王を倒してもらわないと我々が困るんだ!!」
「だが人違いなんだろう!? その、魔王退治だとかを頼みたいなら本来転移させる予定だった2年1組の奴らを改めて呼べば良いだろう」
「む、無理なんだ……。"クラス転移"の魔道具は一度使用すればその効力を失ってしまう。何ぶん、貴重な品のため再び入手することもおそらく出来ないだろう……」
「ボクのパパに頼んでみようかぁ?」
「そうデス、諭吉は正義なのデス!! お金の力でそのナントカっていう道具を取り寄せれば万事解決、良い感じデス!!」
「日本の通貨が通用するのか?」
「それ以前に、金の問題では無い。今回使用した魔道具でさえ、我がとあるツテを使ってようやく手に入れた物なのだ」
オレガノが答える。彼女(ではなくて彼)は、王手以外の事態が起こったことに、不満を隠さず仏頂面を浮かべている。
「そもそも物が無いって訳か……」
「発展途上な世界デスねぇ、大量生産も実用化されてないんデスか」
デスコが呆れた表情でこの世界を憂いた。ここがどこでどんな事情を持っているのか未だに知らない生徒達だが、これまでの体験から鑑みるにロクでもない世界であることは察しがついていた。
当然のことだが、生徒達の心情が芳しくない。楽しい楽しい修学旅行を前にしバスに乗り込んだというのに、蓋を開けてみれば強制連行、NEXT強制労働だ。皆に不満が溜まっていくのも無理のないことだろう。
そして、ついに現状に耐え切れなくなった悟が憤慨してテーブルをバンと強く叩いた。
「い、痛ってぇぇぇぇ…………」
「あ、悟くんが痛がってるデス」
「相変わらず貧弱な奴だなぁ、普通テーブル叩いただけでそうなるか?」
皆が口々に呟いて、悟は真っ赤になった手のひらを摩ってキッとガーベラを睨み付けた。
「お、お前、ガーベラとか言ったか? 言いたいことは様々あるがまずはことの経緯を説明しろ、話はそれからだ」
「あ、ああ」
ガーベラは若干涙目になりながらも鋭い眼差しで睨んでくる悟にたじろいだが、コホンと一つ咳払いをして生徒達にこの世界の経緯を説明し出す。
「……事の顛末は、人類が初めて"悪魔"達と対面した数百年前から始まる。数百年間に渡って別界の住人、悪魔達と戦争をしていた各国の王はその争いに終止符を打つべく"異世界転移"という手段を用いて悪魔達を撃退することにした。この異世界転移は、こことは異なる世界から強大な力を秘めし『勇者』と契約を結び、その者の願いを叶える代わりに勇者の力を借りて悪魔を倒してもらう取引をして行われる。勇者達のおかげで戦いは人類側が優勢になり、このまま行けば悪魔達を完全に追い払うことも夢ではない、というところまで辿り着けた」
「良かったじゃん。勇者達が人類の安永を築いてくれったって訳だ」
「……しかしそんな時、我が国で大きな事件が起きた。突然、我らの国の王が住まう城に悪魔達が襲撃を仕掛けてきたのだ。何とか悪魔を退けることには成功したが、その間に姫が、リリィ姫が悪魔達の王、魔王に拐われてしまったのだ!」
「まじデスか!?」
「……魔王は強大だ。拐われた姫を救うため、各国の王に救援依頼を要請されたそうだが全て断られてしまったらしい。軍を率いて戦場で戦うならまだしも、これまで一度として敵わなかった魔王城を攻略し、姫を助け出すなど無謀だと。……実際、強大な勇者でさえ魔王城の攻略は不可能だったからな、王達の言い分は間違ってはいなかっただろう。それでも、何とかして救い出したいと皆で話し合った結果、勇者達を一斉に転移する秘術"クラス転移"を行おうという案が出されたのだ。一人一人の勇者では魔王を討ち滅ぼせない、ならば大人数ならどうだろう? ……時間は差し迫っていた。我々が急いで準備に取り掛かり、見事クラス転移を成功させ、君達を我らの世界に呼ぶことが出来たのだ! ……しかし、」
「人違い、だったと……」
隼人の呟きに、ガーベラは歯噛みして俯いてしまった。何故こうなってしまったのかと思い悩んだ表情を見せている。
「くっ、こんなはずでは……! 転移自体はちゃんと成功させたのに」
「契約もきちんと結ばせたぞ。クラスの担任と名乗る男性と文面通り契約を行い、願いを叶える代わりに勇者達の力を貸すよう取引した」
「…………ちょっと待て! お前今なんと言った?」
悟が口を開く。2年4組の皆の頭の中に、1人の人物が思い浮かんだ。
それは、"担任教師"。
修学旅行のスクールバスを運転し、突如居なくなってしまった老人である。