007
周りに人が集まるわりに、それは友達ではなく。
自信過剰な態度とは裏腹に、素顔を隠し。
優等生かと思えば、人をゴミ扱いする暴言女。
どれもこれも、ちぐはぐな女。
噛み合わない歯車。
わけがわからん。
「とにかくそういうわけだから、あなたには黙っていてくれたほうが私的に楽なのだけど」
食べかけのアイスを口に入れ、平素と変わらない冷たい表情で白川は言う。
謙遜や慎みは、もはや無いに等しい。
その端正な顔立ちは確かに可愛い。
そこに疑う余地はない。
にしても。
これほど堂々と自分の秘密を言えちゃうのってどうなのだろう。
普通なら言わないでくれと懇願する場面だと思うのだが(俺のように)、そこは生まれもったお姫様気質なのだろうか、黙れときたもんだ。
ともあれ、彼女のモテエピソードの真偽は別として、過去に問題があったのは事実なのだろう。
醜い人間関係の果て。
憎悪の結果。
周りが変わらないのなら、自分が変わるしかない。
そういう気持ちは、わからないでもない。
それは、俺も同じだから。
「別に、誰にも言わねえよ」
「そう」
白川は静かに目を伏せ、短く返事をした。
……ほんと、黙ってさえいれば普通に可愛いんだけどな。
まぁ、こいつの素顔のことを周りに言ったところで、俺に得なんて一つもない。
何か弱みを握れるんじゃないかと期待したが、弱みどころかただの秘密兵器だろ、これ。
なんにせよ、人の秘密をふれまわる趣味はない。
何を隠そう、俺にはその秘密を隠し通せる自信が一億%くらいあった。
「結局のところ、私の心配も杞憂だったけどね。あなた、言えるような友達いないみたいだし」
「………」
その通りだけど!
相変わらず棘のある言い方。
毎回チクチク痛いんだよ、それ。
「俺のことはいいとして、他にお前の素顔を知ってる奴がいるのか?」
「赤崎先生」
「あの人知ってたのかよ」
「あと、同じ中学の人」
「あ、そうか。え?それなら、結構知ってる奴多いのか?」
「まぁ、そうなるわね」
あっけらかんとした返答だった。
「そうなるわねってお前…、隠し切れてないじゃん」
「隠せているわよ。ちゃんと」
「は?どういうことだ?」
「仮に、私の素顔を知っている人間が誰かにその話をしたとして、どうすると思う?」
「お前の顔を見にくる、とか?」
「そう。で、誰もが幻滅して帰っていくわ。分厚いレンズの眼鏡をかけて、静かに本を読んでいる地味な私を見てね」
自嘲するように、彼女は言った。
表情は変わらない。
そうやって、本質を見えないところに隠しているのだ。
―――――見えているものが真実だとは限らない。
裏を返せば、見えないところにこそ、その本質がある。
「まぁ、そのおかげで中学時代とは違い、私に言い寄ってくる男子はほとんどいなくなったわ」
「そうなのか。……ん?ほとんど?」
なんだか引っかかる言い方だった。
「一部はたまにね。メールやSNSが主流のこの時代に、未だに手紙とかを下駄箱に入れてくる輩もいるってだけの話よ」
「ふうん、そういうもんか」
正直、素顔を隠す理由として、まだ納得したわけじゃなかった。
これだけ堂々と、自分は可愛いと言ってのける自信過剰な奴が、わざわざ素顔を隠す必要があるのだろうか。
そんな強さを持つ奴が、自分を偽ってまで、現状を変えなければならないことだったのだろうか。
そこへ踏み込む事は、俺には出来ない。
俺に、そんな資格も権利もない。
クラスメイトで、後ろの席の、今日初めて喋った女子、というだけなのだ。
俺たちの間には、その程度の繋がりしかない。
薄くて、軽い。
最新機種のキャッチコピーみたいな関係。
ただ、それだけなのだ。
「アイス、ごちそうさま」
「ああ」
無言になった二人の間を埋めたのは、穏やかに押し寄せては引いていく波の音だけだった。