006
「今までに告白された人数は30人を優に超えるけど、そのうち中学時代までで25人に告白されたわ」
「………」
冒頭からすでに、お腹いっぱいである。
いや、まあ、ある程度の覚悟はしてたよ?
けど、なんかもう早くも帰りたいんですけど。
何その美少女伝説。セーラームーンなの?
あれは美少女戦士か。
まあそれはいいとして。
ともあれ、話を聞いてしまった手前、途中で帰るわけにもいかない。
呆れながらも話の続きを待つ。
「寄ってくる男子はみんな、私に媚びるように近づいてきたわ。まぁ、私も私で周りに対して人間関係を悪くしない程度には、愛想を振りまく努力をしていたわけだけど、それでもやっぱり、こんなのはおかしいと思っていた。いえ、おかしいというより、その下心が醜くて、気持ち悪かった」
そう言う彼女は別段表情を変えることなく、相変わらずの無表情だった。
「もちろん、そんな状況を疎ましく思う一部の女子から嫌がらせを受けたこともあったわ。机に落書きをされたり、花瓶を置かれたり、ね」
「………」
想像しただけで、嫌気がさす。
醜い争い。
憎悪の結果。
「まぁ、ささやかな抵抗として、花瓶の花を育ててやったわ」
「育てたのかよ」
仕返しの方法が斜め上過ぎるだろ。
もっと他にやれることがあっただろうに。
「担任に綺麗ねって褒められたわ。まぁ、どうでもいいことだけど」
ちょっとだけ勝ち誇っている気がしなくもないが、そこはスルーしよう。
「で、一部ってことは、少なくともお前を擁護する側の人間もいたってことか?」
「そうね。これでも一応、当時はクラスの上位グループの一員という立ち位置だったし。周りの人ともお互いを下の名前で呼び合うくらいに近しい友達もいたわ。あなたと違って」
「ちょっと待て。俺だって友達くらい……」
「いたの?」
……いなかった。
「……続けてください」
ふふん、と彼女はうすら笑いを浮かべ、満足そうな顔をした。
人をバカにして満足するとか、どんな性格してんだよ。
というか、これも捉え方によっては嫌がらせだよ?被害者から加害者になってるよ?
「その友達だけど、嫌がらせを受ける度に『気にしなくていいよ』とか、『何かあったら相談してね』とか言ってくれたわけだけど、結果から言えば、それも全部嘘だった」
「嘘?なんで…」
「私に言い寄ってくる男と仲良くなるために、私と仲良くしてくれたみたいだったわ。そうすればその居中の男と話が出来る、みたいな話をしているのをこっそり聞いてしまったのよ」
「………」
言葉に詰まった。
こんなとき、どんな言葉をかけてやればいいのか、俺にはわからなかった。
いや、むしろ、これで正解だったのかもしれない。
優しい言葉が欲しいんじゃない。
同情が欲しいわけでもない。
それは、彼女の表情が物語っている。
いつもと変わらぬ、無表情。
他人の介入を阻む、無言の圧力。
下手な優しさは、慰めにもならない。
「結局のところ、外見が良いから、可愛いから、という理由だけで、私の周りには常に人が集まった。そして、何のきっかけもなく、みんな、私のことを『友達』と呼んだわ。そこに、私の意思なんてないのに。そんなのが『友達』だなんて、どうかしている」
淡々と話す白川の声音には、若干の怒気を孕んでいたような気がした。
―――――『友達』。
それはとても便利な言葉で、使い方によっては薬にも毒にもなる。
自分と相手の距離感を測るもの。
そして、自分と相手を繋ぐ、鎖のようなもの。
きっと彼女は、常にその鎖の中心にいて、それでいて、誰とも繋がることはなかったのだろう。
自分の意思とは関係なく、繋がれ、縛られた。
『友達』という概念。
人間関係を築く上で重要な『記号』。
「まあ、傍から見れば、なんの苦労もせずに、チヤホヤされているように見えるわけだから、私が可愛いから得をしていると、心が醜い連中は嫉妬するのでしょうね」
持つ者が故の苦悩。
持たざる者の羨望。
彼女が、彼女たる所以。
多くの異性から好意を寄せられ、そして、同性からは嫉妬される。
―――――ただの、事実。
「損得で言えば、得よりも損をしてる割合の方が多い気がするもの。人生山あり谷ありというけど、私の場合、山の頂上からのスタートだったから、あとは谷まで真っ逆さまに下るだけ。優れた者を引き摺り下ろそうとするのは、世の常。それも仕方がないと思うわ」
彼女はそんな風に、割り切るように言った。
彼女にとって『友達』は、『+』ではない。
ましてや、掛け算や割り算でもない。
ただの『−』。
『+』を大きく上回るほどの、『−』。
「だから、お前は―――――その外見のせいで周りがゴタゴタするから、素顔を隠すようにしたってことか?」
「まあ、そういう理解で大丈夫よ」と白川は言った。
自分の過去を。
苦い青春を。
今日初めて、話をした男子生徒を前にして。
その不遇を嘆くわけでもなく、表情を崩すこともなく、彼女は凛として、そこにいる。
ふう、と一息つき、白川は続ける。
「これでわかったかしら?私がいかにモテていたのか、ということを」
「あれ?そんな話だったっけ?もっとシリアスな話だっただろう」
「まだ足りなかった?他にも、バレンタインの話とか、いろいろ作り話があるけれど」
「作り話かよ!真実の話をしろよ!」
本当に何を考えているんだ、こいつは。
動揺する俺をよそに、白川は平坦な口調で言う。
「真実なんて、実際は単純な事よ」
「は?」
「最初から私に、『友達』なんていなかった、ということよ」
そう言って、彼女は何事も無かったかのように、手元のアイスを再び口へ運んだ。