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004

 学校から自転車で十分ほど行った先、最寄駅から徒歩三分の場所に、そこそこ名の知れた海水浴場がある。

 まだ五月初旬ということもあり、海水浴客はいないが、ちらほらとサーファーの姿が見受けられた。


 そんな海岸沿いの道を通学用のママチャリで走る。

 後ろに、今日初めて喋った女子を乗せて。


 シチュエーションとしては文句なしだ。

 夕暮れの海岸線を自転車で二人乗りしながら女の子と下校するだなんて、モテない男子からしてみたら夢のような場面だろう。

 普通なら、これからのラブコメ展開を期待して、小躍りしてしまうくらいに喜ばしいことなのかもしれない。


 でもなぜだろう。

 ちっとも嬉しくないのは。


 話を少し戻して、放課後の教室、白川から辛辣しんらつな一言をお見舞いされ、それと同時に俺が瀕死の状態まで追い込まれていた時だった。


「おい、何をやっている」


 教室の入り口から聞こえた声に、たまらず椅子から飛び上がり、白川を隠すようにして立った。

 その声の主は、赤崎先生だった。


「ん?灰倉じゃないか。お前、帰ったんじゃ―――――ははーん、お前ら、そういうことか」

「あ、いや、これは別に……」

「なんだ灰倉、ちゃんと青春しているじゃないか」

「だから誤解ですってば」

「そろそろ暗くなるし、遅くならないうちに帰れよ。最近不審者も出るという話だし、危ないからちゃんと送ってやれ」

「え、いや、ちょっと……」


 そう言って先生はとっとと居なくなったのだが、しかし、面倒な事になった。

 よりにもよって、一番見られたくない人に見られてしまった。


 明らかに勘違いをしてる。

 そして、去り際のあのニヤケ顔……。

 からかう気満々の顔だ。


 めんどくせえ。


 嘆息をついて後ろを振り向くと、白川は机の影にしゃがみこみ、こちらを伺っていた。


「……お前も何してんだよ」

「……別に」


 エ○カ様かよ。

 まぁ、それはいいとして。


 送ってやれ―――――か。


 あまり気乗りはしないんだけどなあ。

 女子と一緒に帰るだなんて、変な誤解を受けたら嫌だし。


 とはいえ、先生の命令だからな。聞かないわけにもいかないか。

 それに、不審者の話だってあるわけだし、男が一緒というだけで抑止力になるかもしれない。


 別に一緒に帰りたいってわけではないけど、俺も大人だ。

 ここはスマートに送ってやろうじゃないか。


 全く、全然、これっぽっちも乗り気ではないけど、仕方なく、だ。……本当だよ?

 決してやましい気持ちなどではなく、あくまで義務的に、紳士的に、聞いてみた。


「まぁ、そのー、なんだ。もし、あれなら自転車で送ってやれるけど、どうする?」

「いい。ひとりで大丈夫」

「あ―――そう」


 即答だった。別に残念とかそういう気持ちはなかったよ。うん。


 彼女はすぐさま鞄を肩に掛け、そそくさと教室の後ろ側の出口へ向かった。そして、何の前触れもなく、そのまま扉に激突した。


「お、おい、本当に大丈夫なのか?」

「いった……。扉閉まっているなら先に言いなさいよ」

「いや、普通に片側空いてるよ……」


 激突するとか、どんだけ視力悪いんだよ。

 こんな奴を野放しにできるわけがなかった。


 そんなわけで、駄々をこねるお姫様をなんとか説得し、大人しく後ろに乗せることに成功したのだ。

 お互いのクラスでの立ち場上、誰かに見られて騒がれるというのは、もはやリスクしかない。

 極力人目を避けるために通学路をわざわざ遠回りし、海沿いの道まできたというわけだった。


 幸いにも、白川の家は俺の帰り道の途中にあるらしく、その点だけでも、送る理由としては納得のいくものだった。


 正直、女子と下校するというだけでほんの少し舞い上がったのだけど、よくよく考えてみれば、彼女でもなければ友達でもない奴を乗せて送る、という行為は、もはやタクシーと同じじゃないのか?と思ったところで若干気分は落ち着き、その上会話がない場合、それは宅配便と同じじゃないのか?と思ったところで、すっかり喜びも何もなくなってしまったのである。


 ……自分で言うのもなんだが、卑屈すぎる。


 波の音が押し寄せては、また引いていく。


 自転車のスピードは緩やかに、わずかな段差にも気を抜かず、慎重に漕ぐ。

 荷台に座る彼女はどこにも掴まらないまま、その不安定さなど意にも介さず、器用にバランスをとっていた。


「今更だけど」と背中越しに彼女は言う。


 どうやらタクシーくらいには思っていいようだ。


「あなたこそ、あんな時間に教室で何をしていたの?まさか、私の寝込みを襲うつもりだったのかしら」


 いきなりとんでもない被害妄想がきた。


「違う。赤崎先生に呼び出しくらってたんだよ」

「ふうん。さすが問題児、伊達じゃないわね」

「一見、褒めているようでけなすとか器用な真似すんな」

「よく気付いたわね。バカなのに」

「おい、もう普通に悪口になってるぞ。言葉に気をつけろ」


 なんなのこいつ。口を開けばナチュラルに毒吐きまくりやがって。

 毒属性なの?毒を吐かないと自分の毒にやられちゃうの?

 可愛くなかったら普通に自転車から振り落としてるレベルだぞ、これ。


「呼び出しって、あなたどんな犯罪を起こしたの?」

「ちょっと待て、なんで犯罪を犯した前提なんだよ。おかしいだろ」

「私の脚を覗くくらいだから痴漢か盗撮でもしたのかと思ったのだけど、違うの?」


 脚を見たこと、まだ根に持ってやがる……。


 嫌味な女だ。


「違うに決まってるだろ。だいたい、脚を見ただけで痴漢呼ばわりされるなら、世界中の男はみんな痴漢だっつーの」

「そうかも知れないわね。でも、例え世界中の男を敵に回しても、私はあなたを痴漢呼ばわりするわ」


 なんというやつだ……!

 悪口を言うためなら、世界を敵に回すことすらいとわないというのか……。 


 嫌味を通り越して、普通に嫌な女だ。


「それくらい、あなたが何を弁明しようと無駄だということよ。結局、あなたが私の脚を見た、という事実は揺るがないもの」

「………」


 返す言葉もない。


 しょうがないじゃん。

 脚くらい見ちゃうっつーの。男の子なんだし。


「で、結局のところ、何で呼び出されたの?」


 自分で逸らした話を自分で戻してるなら世話ねえな。

 勝手、というか自由過ぎる。


「英語の課題をやらなかったんだよ。そしたら英語準備室の片づけをさせられてた」

「ふうん。それで、私を襲うつもりだったのね」

「なんでそうなる」


 結局そこに行き着くなら説明した意味ないじゃん。


 どうやら、お高い貞操観念をお持ちのようだ。

 まぁ、身持ちが堅いに越したことはないだろう。


 とはいえ。


「俺をなんだと思ってるんだよ」

「犯罪者」

「すいませんでした!もう許してください!」


 誤解を解くどころか、もう完全に弱みを握られていた。

 俺が社会的に死んでしまうのも、時間の問題かもしれない。


 短い、人生だったなあ。

 俺がちょっと涙目になりながらオレンジ色の空を仰いでいると、彼女は唐突に言った。


「アイス、食べたいわね」

「は?」


 とぼけてみたものの、聞こえていないわけではなかった。

 それは、その後に続く言葉を、聞かないための言葉だ。


「タダで食べるアイスって、おいしいのよね」


 後ろから聞こえる冷淡な声に、背筋が凍った。

 俺は振り返ることなく、ただ前を向いて、ペダルを漕ぐ。


「………」


 そして、無言のまま、コンビニへと進路変更した。


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