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00 後半

 30分後、あらかたの整理を終え、一息つく。

 ひとまず、見栄えの悪さくらいは解消できたはずだ。


 出しっぱなしの資料は本棚に入れ、散らかったプリント類は内容ごとに束でまとめ、机の上に互い違いにして置いた。

 段ボールの中に雑に放り込まれていたプリントや資料も綺麗に入れなおし、邪魔にならないように部屋の空いたスペースに寄せた。


 これだけやっておけば文句ないだろう。

 時計を見ると、すでに16時半をまわっていた。


 はぁ、なんでこんな面倒なことをやっているんだろうか、俺は。


 ため息交じりに窓際に腰かける。

 換気のために開け放たれた窓から、運動部の掛け声や、吹奏楽部の音色が聞こえてくる。

 そこから見える中庭兼駐輪場には、友達とだべっている生徒や、絶賛青春ラブコメ中のカップルの姿が見受けられた。


 ―――――青春。


 そのたった二文字で、彼らの過ごしている『今』は輝きを増し、尊くなる。

 俺にとっては、ちっとも縁のない言葉。 

 伸ばした前髪でその光を遮断し、視界を限定する。


 青春している奴を見るのは、苦手だ。

 嘘くさく、薄っぺらい、絆ごっこ。


 ……くだらねえ。

 早く別れちまえ。くそ。


 ただのひがみ根性だった。


「……帰ろ」


 柄にもなく、少し感傷的になってしまった。

 帰ろうとした矢先、ちょうど赤崎先生が扉を開けて戻ってきた。


「おお、なかなか綺麗になったな」


 先生は部屋をきょろきょろと見渡し、ちゃんとできているか確認しているようだった。


「うん。部屋がすっきりしたな。ご苦労だった。これでも飲め」

「ありがとうございます」


 差し出されたのは缶コーヒーだった。


「ブラックで大丈夫か」

「だ、大丈夫です」


 少し、大人ぶった。欲を言えば無糖よりも砂糖やミルク入りの方がよかったのだが。

 しかし、さすがにもらった差し入れに文句をつけるほど俺は礼儀知らずではない。


「たいしたものだな。短時間でここまでやるとは」

「そうですか?ただまとめただけですよ」

「いや、ろくに説明もなしで丸投げしたわりによく整理されている。お前はやればできる奴だからな」


 不意な言葉に戸惑った。

 そんなに褒められるようなことなのだろうか?たかが片付けくらいで。


「別に普通ですよ。そんなの誰だってできます。片付けしただけで大袈裟ですよ」

「大袈裟ではないさ。一年次から見てきたが、お前は理解も早いし、要領もいい。それがこの片付けに表れている。まぁ、サボり癖さえなければ優秀なのだがな」


 とても褒めているとは思えないほど、茶化すように先生は言った。


 優秀?俺が?そんなわけねえ。

 そんなことを言って、どうせ俺をからかって楽しんでいるに決まっている。

 素直に信じてたまるか。

 お世辞や社交辞令に対し、高度に訓練された俺は騙されない。


 あれはたしか去年の正月、親戚のおばちゃんに『あんたよく見ると男前なんだから彼女とかいるんだべ?』と言われ少し浮足だったが、その直後、いとこの小学生に『こいつに彼女なんているわけないじゃん!』と生意気を言われたのはあまりにも有名な話だ(俺史の中で)。


 というか、よく見ないと俺の男前が伝わらないのかよ、ちくしょう。

 まぁとにかく、褒め言葉なんて真に受けたら負け。

 信用しないのが一番なのだ。


「買いかぶりすぎですよ。俺より優秀な奴なんてそこら辺に石を投げたら当たるほどいますよ」

「せっかく褒めてやっているのに、素直じゃないな」


 先生は呆れたような微笑を浮かべ、右手で襟足付近にまとめられた長い髪を撫でた。


 怒られることはあれど、褒められることはなかなかない。

 嬉しい半面、居心地の悪さを感じた。

 先生の言葉を素直に受け取る気になれないし、なんなら、怒られているほうがまだマシな気さえした。


 ……俺はMなのだろうか。

 違うよね。きっと。


 先生は缶コーヒーをくいっと飲みほし、思い出したように口を開いた。


「…そういえば、新しいクラスはどうだ?もう慣れたか?」


 二年に進級すると、クラス替えがあった。新クラスになってすでに一カ月が過ぎたが、特に変わったことはない。いつも通りだ。


「はぁ、まぁ、それなりに」

「友達はできたのか?」

「友達は作らない主義なので」

「またそれか。お前は去年もそう言ってたな」

「だって疲れるじゃないですか。気をつかったり、傷ついたり、自分の行動だって制限されるし。一人の方が楽ですよ」

「…くくっ」


 先生が何やら口元を押さえて笑いをこらえている。いや、すでに笑っているけど。


「……何ですか」

「いや、他人に気を使えるなんて、案外優しい奴だなと思ってな」

「ちょっと。俺をどんな奴だと思ってるんですか。俺ほど気遣いのできる男はなかなかいないですよ?なにせクラスでは迷惑にならないように空気を読んで一人でいますからね。なんなら空気読み過ぎてすでに大気と一体化してますよ」

「自分の存在感の無さを自慢げに語るな。全く」


 俺は扉付近に立ったまま、もらった缶コーヒーを口にする。


 ―――――にがい。


 先生は見透かしたような微笑を浮かべ、窓際に寄り掛かりながら続けた。


「まぁ、別に一人でいることは悪いことじゃないし、それが辛いこととも思わない。私もそうだったからな」

「それはヤンキー時代のことですか?それとも今の独り身の現状のことで」

「それ以上言ったら、わかるな?」


 コーヒーの缶はぐしゃっと音をたて、握り潰された。

 俺は無言で首を縦にふる。

 それ、スチール缶、ですよね?


「ちなみに、別にヤンキーだったわけではない。ちょっと人よりグレていただけだ」


 それを世間ではヤンキーと言うのでは。


「ただ、そうやってグレて何もせずに浪費した高校時代を振り返った時に、結局そこには何も残っていなかった。そのことに気付いた私は愕然としたよ」


 遠くを見つめていた先生がこちらに向き直る。

 その表情はいつになく真剣で、それでいて柔らかな声音で言う。


「だから、ひねくれたお前を見ていると心配だよ。私みたいに間違った青春を送ってほしくはないからな。お前の過去に何があったのかは知らんが、その不幸に甘んじているようなら、それは何もしていないのと同じことだ。それでは何も解決しないし、明るい未来もない」


 どうしようもなく、その言葉は俺の胸に突き刺さった。

 先生の顔を直視できず、ただ俯く。


 それでも。

 そうだとしても。

 まだ俺は認めるわけにはいかなかった。


「……俺は今のこの現状に満足しています」


 少しの沈黙を挟み、先生がこちらへ歩み寄る。

 そして、何かを悟ったような口ぶりで言う。


「そうか。まぁ、生き方なんて人それぞれだからな。お前がいいならそれでもいいさ」

「……はい」

「だがな」


 俯いた顔を上げると、歳の割に意外な可愛さをはらんだ、先生の微笑みがそこにあった。


「お前の過去がどうであれ、年頃の女性を独り身と侮辱したのは許さん」


 違った。ただの笑う鬼だった。


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