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017

 青々とした空、吹き抜ける潮の香り。

 まだ五月だというのに、夏の気配をうっすらと感じさせる太陽。

 陽射し自体は少々暑いものの、心地よい潮風がその熱を中和してくれる。


 出掛けるにはもってこいの気候だ。


 そんな麗らかな平日の昼下がりを、学校なんかに閉じこもっているなんて勿体無い。

 陽の光を浴び、自然に身をおくことによってストレス社会で汚れた魂を浄化することができるのだ。


 大自然の力は偉大。

 マイナスイオン万歳。


 ……とまあ、いつもならこんな調子で、適当に言い訳を並べながら自転車に乗り、家路に着く頃にはサボタージュの罪悪感など綺麗さっぱり忘れているのだが、どうにも気分が晴れない。

 その理由は言うまでもなく、あの顔だけは良い毒舌女のことだった。


「……ったく、どうしろっつーんだよ」


 思わず声が出てしまった。

 普段からあまり感情を表に出さないように気をつけているのだが、どうにもこのもやもやとしたやり場のない感情に苛立ちを隠せないでいた。


 こんな感覚は久しぶりだった。


 マイナスイオンでも浴びて気分転換にでもなればと思ったが、気休めも気休め、それで悩みが解決するほど人間の感情は甘くない。

 やはり、自分でどうにかするしかないのだ。


 ―――――自分のことは自分でやる。


 彼女もそう言った。


 ちっ、と舌打ちが出そうになるのを堪えた。

 もう俺は高校生なんだ、うまくいかないからって苛々するほど子供じゃない。

 それに、お肌にも良くない。

 平常心、平常心。


 ダークサイドへ落ちそうだった自分を自分で助けたところで、ふと、先日白川にアイスを買ってやったコンビニが目に入った。


 (そういえば、親に豆腐買ってこいって言われてたんだった……)


 正直、ここのコンビニには嫌な思い出しかないのだが、2日連続で豆腐を買い忘れるのはまずい。

 結局、昨日は白川のことで手一杯だった俺は豆腐を買って帰る余裕なんて無く、家に着いてから母親にグチグチ言われたのだ。


 というか、自分で買い物行けよ。

 ……なんて口が裂けても言えないので、今日は大人しく買って帰ることにした。


 せっかくなので雑誌でも立ち読みしようと雑誌コーナーに目をやると、他校の男子生徒が数人たむろしていた。

 私立校の制服を着て、漫画雑誌を立ち読みしている。


 こんな平日の真昼間にコンビニでたむろとか、ガラ悪いな……と若干の嫌悪感を放ちながら気配を消し、仕方なく食品コーナーへと向かう。

 勿論、自分のことは棚に上げている。

 木綿か絹か、ウダウダと悩んでいると他校生の会話が店内に響く。


「そう言えばさー、中学の時、白川って女子いたじゃん?」

「あー、白川か。眼鏡にする前は超可愛かったよなー」


 その瞬間、反射的に雑誌コーナーの方へ振り向く。

 不意に聞こえた彼女の名前に驚きを隠せなかった。 


「なんかその白川が眼鏡を外して学校に来たらしいぜ」

「マジで!?うおー、超見てえ」


 ……マジか。他校にまでその情報が流れるとかどんな有名人だよ。

 それに、情報の拡散があまりにも速い。

 白川が登校してまだ半日だぞ。


 おそらく、白川と同じ中学のやつが情報を流したんだろうが、これはあまり良い状況とは言えないだろう。


 とはいえ、俺がどうこうできる問題ではない。

 そしてまた、捉えようのないもやもやが心を覆う。


「お?なんか画像までアップされてるぞ」

「ちょ、俺にも見せてくれ……ってこれじゃわかんねーよ」


 などと盛り上がる男子生徒を尻目に、二種類の豆腐を持ってレジに向かう。

 会計を済ませ、そそくさとコンビニを後にする。

 いち早く、この場から去りたかった。


 店内に響く笑い声。

 いつもならば無視するはずの他人の笑い声が、その時ばかりはやたらと不快だった。


 自転車の錠をはずし、勢いよくペダルを踏み込む。


 必死に漕いで、徐々にスピードを増していく。

 負荷がかかった脚に、乳酸が溜まっていくのがわかる。


 そしてほんの数秒で、自分の限界を悟る。


 心音は脳に響くほどうるさく、呼吸も荒くなった俺を尻目に、車道を走る車は排気音とともに悠々と追い抜いていった。


 耳に残る彼らの笑い声。

 非力で不甲斐ない自分自身。


 いくら風を切って走ろうとも、纏わり付いたこの行き場の無い苛立ちを、俺は振り切ることができなかった。

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