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016

 好き勝手言われ放題。

 何も言い返せないまま、すごすごと引き下がる。


 何が『力になれるかもしれない』だ。

 情けない。


 強い拒絶。


 言い放った瞬間の白川の目は、より一層の冷気を帯びていた。

 多分、本気なのだろう。


 自分のことは自分でやる。


 そう、彼女は言った。


 それは、誰もが知っている常識で、当たり前のことなのだ。

 誰かに頼ったところで、根本的な解決にはならない。


 そんなこと、わかりきったことじゃないか。

 結局、俺が白川に対して出来ることなんて、何もない。


 ―――――まあ。

 きっと、これで良かったんだ。


 俺の借りは無くなり、あんな暴言女に関わることのない平和な日常が戻るんだ。


 これまで通り。

 平和な―――――。

 日常―――――。


「……ちっ」


 思わず、舌打ちが出た。

 どうにも、気分が晴れない。

 謎のもやもやが思考の邪魔をする。


 全く、鬱陶うっとうしい。


 鬱屈うっくつとしたまま3階の連絡通路を歩いていると、対面からさらに鬱陶しい奴に出くわした。


「あ、灰倉くんじゃん。久しぶりー」


 青葉翔太あおばしょうた、イケメン(怒)でバスケ部。

 常にそいつの周りには人がいて、リア充を体現しているような奴。


 その証拠に、今もぞろぞろと家来を従えるように、青葉の後ろには三人の男がついている。

 言わずもがな、こういう奴は嫌いだ。


「あ?ああ」


 いきなり話しかけるんじゃねえ。

 馴れ馴れしい。鬱陶しい。馴れ馴れしい。

 嫌過ぎて二回言っちゃったよ。


「おい、翔太、誰?」


 連れの一人が言う。


「彼はね、五組の灰倉くんって言うんだけど、沖津中おきつちゅうバスケ部のキャプテンでさ、うちの中学と近所だからよく練習試合したんだよね」


 へぇ、すげーじゃん、などと連中が盛り上がっている中、青葉は続けた。


「あ、まだ灰倉くんと話があるからさ、先行っててよ」


 二人、連絡通路に取り残され、青葉が口を開く。


「そうそう、これからみんなでバスケやるんだけど、灰倉くんも一緒にやる?5限目の体育もバスケだし、丁度良いと思うんだけど、どうかな?」


 そういえば、こいつらのクラスと体育は合同だったか。確か、一組だったか?

 興味ないから覚えてないけど。


「やらねえよ」

「そっかぁ、残念。面白いと思うんだけどなあ」


 ニコニコと胡散臭そうな微笑みで言う。

 ほんとにいけすかない。


「なんだよ、用があるならはっきり言え」

「そんな怖いこと言わないでよ。また君とマッチアップしたいのは本当だよ。中学のうちに雪辱を晴らすつもりが、いつの間にかバスケ辞めちゃってるんだもん」

「……今更昔話でもしにきたのかよ」

「灰倉くんはせっかちだね。まぁ、いいや。じゃあ本題なんだけどさ、君、さっき購買で先輩たちと揉めてたよね?」

「は?なんでそれを知って……」

「僕も購買にいたからちらっと見えてね。それに白川さんもいたみたいだけど、何かあったの?」


 知られていた。


 購買の混雑に紛れてあまり大事おおごとにはならないだろうと踏んでいたが、裏を返せば、それだけ目撃者もいたということだ。


 そんな単純なことにも気付かなかった。

 詰めが甘い。


「……お前には関係ないだろう」

「まぁ、関係はないんだけどさ、白川さんとは同じ中学だったから少し気になってね。それに、彼女が眼鏡をはずして学校に来るってだけでも驚きなのに、そこへ君まで絡んでくるもんだから、どうしたのかと興味が湧くのは自然なことでしょ」


 そう言って、軽く両手を広げながら自分の主張が正当だと言わんばかりに微笑む。

 その微笑みの裏に、何かを隠しているのが見え見えだった。


「別に。赤崎先生が白川を呼んで来いって言うから、声をかけただけだ」

「へえ。だから彼女の手を引いて、わざわざ連れて行ってあげたんだ。そんなに君たちは仲が良いんだね」


 まるで茶化すように。

 皮肉を言うように。


 俺の言葉の真偽など関係なく、意地の悪い言い方だった。


「あ?勝手に都合良く解釈してんじゃねえよ」

「ごめんごめん。冗談だよ」


 両手を合わせ、軽いノリで青葉が謝る。

 続けて、言う。


「灰倉くんは知らない相手でもないからね、彼女のことについて一つ忠告を、と思ってね」

「忠告?」

「彼女には関わらないほうがいいよ。みんな不幸になるだけだから」


 青葉はあまりにも気楽に、そんな言葉を吐いた。

 見た目通りのチャラい調子で、拒絶の言葉を。


「は?何言ってるんだ?」

「言葉の通りだよ、言いたかったのはそれだけ。次の体育、楽しみにしてるよ」


 言うだけ言って、俺の返答を待たずに、青葉は颯爽さっそうと走り去っていった。

 返答といっても、特に返す言葉も見つからなかったのだが。


 教室に戻り、自分の席へと座る。

 昼休みも残り半分を過ぎたところで、一人、遅めの昼食をとる。


 弁当を頬張りながら、青葉の言葉がリフレインする。


 関わらないほうがいい―――――。

 みんな不幸になる―――――。


 鬱陶しい。

 頭の中で、そう呟く。


 先生の助言、白川の拒絶、青葉の忠告。

 この短時間で起こった出来事、そして、浴びせられた多くの言葉に思考が混乱する。

 奢ってもらった紅茶で喉を潤す。

 糖分を摂取してみたものの、即効性はなく、頭がすっきりするわけもなかった。


 後ろの席は、未だ空席のまま。


「あ」


 気付けば、いつのまにか弁当をたいらげていた。 

 食事をした、という感覚は皆無だった。


 そういえば、次の授業は体育だったか。

 思い出したように、鞄の中にある体操着を確認する。

 そこへ食べ終わった弁当箱を放り込み、鞄を持って教室を出る。


 向かった先は更衣室、ではなく中庭兼駐輪場。

 俺はそのまま、通学用のママチャリにまたがり、華麗にサボタージュを決めたのだった。


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