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014

「ご苦労」


 第一声はそれだった。


 赤崎先生は悪びれる様子もなく、涼しい顔でコーヒーをすする。


「ご苦労じゃないですよ。なんてことさせるんですか」


 不自然な流れで俺にコーヒーを買いに行かせたのは、中庭にいる白川の異変に気付いた為。

 そこへ俺が割って入ろうとなかろうと、赤崎先生は声を掛けさえすれば、事態は収まる。


 最初から、どう転んでも先生のシナリオ通り。

 俺の行動を文字通り、高みの見物していたわけだった。


 納得がいかない。


「まあまあ、そう言うな。なかなか格好良かったぞ。なぁ、白川?」

「どうですかね。私を妹だと言い張って間に入ってきた時はどうなることかと思いましたけど」

「妹!あはは、灰倉、さすがにそれはないだろう!」


 笑われた。

 しかもめちゃくちゃ馬鹿にされている。


 畜生。


 頑張ったのに笑われるとか、どんな仕打ちだよ。


 それにしても、流れで白川まで連れてきてしまったけど、この二人に挟まれて会話するとか普通に嫌なんですけど。

 一人だけでも面倒なのに。


 ……ますます帰りたくなってきた。


「咄嗟に出ちゃったんだから仕方ないじゃないですか」

「彼女だと一言言ってやればそれで済むじゃないか」

「ちょっ、そんなこと言えるわけないでしょ」


 ああいう場合、彼女です、と言って割って入るのが一般的なセオリーなのだろう。


 しかし、例えそれが嘘だとしても、白川の前でそんなことを言えるわけがなかった。

 そんなことを口走れば、しばかれること請け合いだ。


 もちろん言葉の暴力で。


 まあ、そのリスクを避けた結果、より残念な結果になってしまったわけだが。

 なにより、先輩からの圧よりも白川の暴言の方が嫌だと判断してしまった自分が理解できない。


 どんだけ怯えてんだよ、俺。


「先生、この男が彼氏だと名乗っても、誰も信じませんよ」

「そうか?妹と言われるよりは信じるだろ」

「そ、それもそうですが……」


 ちょっと白川さん、キレ悪いんじゃないの?どうしたんだよ。


「まあいい。それで白川、先ほど三年生に囲まれていたようだが、あれは知り合いか?」

「いえ。ただ、声をかけられただけです」


 先生は「ふうん」と相槌を打ち、顎に手を置いて、何かを思案するように言葉を続ける。


「それに、朝から気になっていたが眼鏡はどうした?イメチェンか?」

「眼鏡は壊してしまったので、今日はコンタクトです」

「なるほどな」


 俺がぼーっと二人の会話を傍観ぼうかんしていると、先生はこちらを一瞥いちべつし、不敵な笑みを浮かべて言った。


「コンタクトのままでも十分いいと思うけどな、私は。なぁ?灰倉」


 なぜそこで俺に振る……。


「さあ、どうでしょうね」

「んん?さては照れて言えないのか?恥ずかしがり屋さんなのか?」

「違いますよ。それに照れてもないです」

「じゃあどうなんだ」

「え?いや、そ、それは……」


 先生は楽しそうなニヤケ顔でこちらに微笑みかける。

 俺の返答を待望する視線に耐えられず顔を背けると、白川もまた、冷やかな目でこちらを見ていた。


 なんなんだこの状況は。


「ま、まあどっちでもいいんじゃないですか?本人の好きなようにするのが一番だと思いますよ」

「灰倉、どっちでもいいなどとほざく男は甲斐性なしだ。眼鏡ありか、なしか。潔く選べ」

「………」


 尋問がエグい。

 どっちを選ぼうが地獄じゃねえか。

 何でこんなことに……。


「―――――なしで」

「そうか!お前もそう思うか!だそうだ、白川」


 なんでこの人は嬉しそうなんだよ。

 白川も白川で興味なかったのか、そっぽ向いているし。


「そうですか。なら、これからは通常通り、眼鏡をかけることにします」

「かけるのかよ」

「当たり前でしょう。あなたに言われたから眼鏡を外したと思われても嫌だもの。それに元々、今日の放課後に新しく眼鏡を作りに行く予定だったのよ」

「ああそうですか」

「なんだ、つまらん」


 そう言うと、先生は椅子の背にだらっともたれかかった。


 完全に俺たちのことを面白がってやがる、この人。


「先生、そこのツッコミでしか人と会話できない男ならともかく、私をからかうのはやめてください」


 え?なんだって?


「悪い悪い。でもな、白川。これを機に素顔のままで生活したらどうだ?いつまでも眼鏡に頼っているわけにもいかないだろう?」


 ちょっと、俺がツッコミでしかコミュニケーションをとれない人になってるんだけど。

 なんで先生も納得して流してるんだよ。

 ちゃんと訂正しろよ。


「それはそう…ですが、やはりその……、まだ無理ですから」

「そうか。……まぁ、無理なら仕方ないな」


 白川は少し陰鬱いんうつな表情を見せ、そのまま沈黙した。

 その短いやり取りの中で、二人の間には何かしらの暗黙の了解があったように思えた。


 俺の知らない、白川の過去。


 ―――――関係ない、か。


「じゃあ、俺はこれで戻りますから」


 二人を残し、きびすを返す。

 その場は、もう俺が居ていい場所じゃない。


 すると、それに続くように白川も口を開いた。


「私もこれで失礼します」


 足が止まる。


 後ろを振り返ると同時に、白川が俺の横を通り過ぎた。


 先に部屋から退散しようとした俺よりも早く、白川はそそくさと部屋を出ていった。


 なんだ、せっかく赤崎先生と二人で話でもするのかと気を利かせたというのに、帰るのかよ。

 別にいいけど。

 扉を閉めようとした時、不意に先生が俺を呼びとめた。


「灰倉」

「……なんですか」

「頑張れよ」


 先生はにんまりと微笑んで、またしてもサムズアップをこちらに向ける。

 俺はそれに対し、返事もせずに扉を閉めた。


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