012
どうあがいても、先生は俺が白川を好きだと故意的に仕向けたいらしい。
恋だけに。
って、やかましいわ。
そんな冗談はさておき、これはちゃんと訂正しておく必要がある。
「だから好きじゃないですよ、あんな奴」
「全く、相変わらず素直じゃないな」
「あんな暴言から生まれたような女に好感を持つ方がおかしいですよ。それに、昨日初めて喋った相手に対してですよ?どうかしてますよ」
「ははっ、酷い言われようだな」
先生はそれを軽く笑い、弁明するように言った。
「まぁ、厳しい言い方になるのはいつものことだ。それも、彼女なりの防衛本能だろう。男相手なら尚更だ。過去のことがあるからな」
―――――過去?
男相手なら、尚更?
「その過去って、友達に嘘をつかれたとか、女子とバトってたって話ですよね?」
先生は一瞬、あっ、という表情を見せ、俺から視線を逸らした。
「あー、その話はしてなかったな。まぁ、白川が話してないのなら私からは言えないな」
「……まぁ、別にいいですけど」
先生は気まずそうに、やり場のない視線を窓の外へと向けた。
確かに、本人の口から言わないのなら、他人から聞くべきではないだろう。
しかし、白川の過去に何かがあるのは明らかだった。
それは同時に、彼女が更なる問題を抱えていることを意味していた。
とはいえ、本人に直接聞くというのも憚られる。
どうしたものかね……。
って。
俺はあくまで気にかけるだけで、解決まで受け持つつもりはないんだった。
助けが欲しいなら手を貸すとか、その程度のフォローをするだけ。
わざわざこっちから面倒事に巻き込まれに行く必要はない。
らしくない。
どうも今日は朝から調子が狂う。
それもこれも、あいつに会ってからだ。
やっぱり、昼飯食ったら帰ろう。そうしよう。
俺がひそかにサボりの決意していると、先生は外を見ながらあまりにも不自然に話題を変えた。
「あ。そうだ、灰倉。ちょっと頼まれてくれないか」
「嫌です」
またしても、俺の危機察知能力が発動した。
……怪し過ぎる。
いきなりの頼みごとなんて、悪い予感しかしない。
「まぁそう言うな。コーヒーを買ってきてくれ。ブラックな。釣りはお前が好きに使って良いから」
そう言って先生は500円を差し出す。
「いや、いくらお釣りが貰えると言っても自販機と購買は教室棟の一階ですよ?めっちゃ遠いじゃないですか」
「だから?」
「だから……、じ、自分で行くのがよろしいかと……」
「課題、まだ提出されていないみたいだが」
「行ってきます」
「頼んだぞ。ダッシュだ」
うう。
俺、弱すぎ。
これじゃ完全にパシリじゃねえか。
情けない。
元ヤン、赤崎先輩マジぱねぇ。
冗談はさておき。
英語準備室から教室棟一階はほぼ対角だ。
それを往復するなんてマジでめんどくさい。
特に階段。非効率にも程がある。
まぁ、殴られるよりはマシか。こづかいも貰えるわけだし。
……なんか、のび太みたいだな、俺。
まぁいい。とりあえず急ぐか。
早いとこ済ましてさっさと帰ろう。
……英語の課題、このままやらないでなんとかならないかな。
そんな呑気なことを考えながら、小走りで三階の連絡通路を渡り、教室棟の一階へ向かう。
教室棟と特別棟を繋ぐ通路は一階、二階、三階にしかない。
そこまで造ったなら四階も造れよと言いたくなるが、無いものを嘆いていても仕方ない。
昼休みになってからまだ十分かそこら。
購買は多分まだ混んでいるだろう。
なら、目指すは自販機だが、近くにある購買の影響で混雑は避けられない。
人混み、いやだなあ。
だが、怯んでもいられない。
俺はこの任務を完遂させれば、その後は至福のフリーダムタイムだ。
皆が授業を受けている間に帰るという優越感はまた格別だ。
その大いなる意志がある限り、俺は歩みを止めない。
自由の為なら、決して折れない。
覚悟は、出来ている。
なんて。
たかがサボタージュ程度で壮大になってしまったが、案外、一人でこういう意味のない葛藤をしているのはちょっと楽しかったりする。
寂しい奴だとか言うなよ。
どうせみんなやってることなんだから。
そんなこんなで一階の踊り場に到着。
案の定、購買付近は廊下を埋めるほど混雑していた。
総生徒数800人に満たない公立高校の廊下はそれほど広くはない。
人混みをすり抜け、ようやく自販機に到着。
早速500円を投入し、難なくコーヒーを購入。
俺もお昼のお供に最適な紅茶を買い、さっさと戻ろうと中庭へ身体を向ける。
ふと、視界に飛び込んできたのは、またしてもあいつの姿だった。
―――――白川?
緑色のジャージを着た男子生徒三人に囲まれ、会話をしている……のか?
人混みに邪魔され、様子が把握できない。
が、あれは明らかに、白川を囲む上級生の姿だった。