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011

「で、話を戻すが、白川のどこが好きなんだ?」


 急にとんでもねぇのをぶっこんできやがった。

 それに、そんな話をしていたつもりはない。


「なんでそうなるんですか」

「なんでってお前、白川と付き合ったんじゃないのか?」

「付き合ってないですよ。おかしいでしょ」


 どこをどう見たらそうなるんだ。

 その目は節穴かよ。


「じゃあ、なんであいつは今日、眼鏡をかけてなかったんだ?」

「それはまぁ、昨日眼鏡を壊したのが原因だと思うんですけど……」

「なんだ、だから眼鏡がないのか。てっきり、お前とうまくいって眼鏡が必要なくなったのかと思ったのに」


 どうしたらそういう結論になるんだ。

 いくらなんでもその発想は異次元過ぎるだろ。


「そんなわけないじゃないですか。それにあいつ、代わりを持っているようなことを言ってたんですよ?」

「じゃあなんでそれをしてこない?」

「俺に聞かれても知らないですよ」


 本当、こっちが知りたいくらいだ。


 そのせいで、朝一から衝撃で心臓が止まりそうだったってのに。

 なんで眼鏡じゃないのか聞こうにも、「関わるな」って言われてるし。


 何よりあいつは今、全校生徒の注目の的だ。

 休み時間にはひっきりなしに見物客が現れて話しかけるどころじゃない。


 白川は白川でイヤホンまで装着しながら、相変わらずの調子で本を読んでるし。

 おかげでこっちは眼鏡を壊した罪悪感で気が気じゃない。


 はぁ。


 早くこの罪悪感から解放されたい。

 こんなことになるなら、いっそ何か違う命令をされたほうがよっぽど気が楽だったかもしれない。


 いや、それはそれでやっぱり怖いな。

 バイトでもして返すか……。


 俺の陰鬱いんうつな雰囲気を察したのか、赤崎先生が尋ねる。


「浮かない顔だな。やっぱり何かあったのか?」

「いや、まぁ、別に」

「なんだ、先生に相談してみろ」


 なんでそんなにワクワクしてるんだよ、あんたは。

 まぁ、こういうとき、多少なりとも大人の意見を聞いておくのもいいかもしれない。

 それに、言わなかったら言わなかったで、余計面倒なことになりそうだし……。

 仕方ない。


「実は、ですね……」


 こうして、事の顛末てんまつを大まかに説明した。

 もちろん、脚を見たことは伏せたよ?


「なるほどな。まぁ、確かに起きてすぐにお前の顔が目の前にあったなら、そりゃ驚くな」

「……そうですね」


 自分で誤魔化したとはいえ、違う意味で傷つく結果になってしまった。

 そんなに俺の顔は酷いんですか。


「で、お前は眼鏡を壊したことを悪いと思っていると?」

「まぁ、そうですね」

「なら、償えばいいじゃないか」

「いや、でも関わるなって言われてるし……」

「そんなの無視してかまわん。私が許す」


 本人じゃなくてあんたが許すのかよ。


「それは横暴過ぎるんじゃ……」

「男のくせにグジグジと悩んでるんじゃない。ナメクジか、お前は。そんなことだから世の中の男が軟弱になっていくんだ」


 先生こそ、その逞しさのせいで、世の男どもが恐れをなして逃げて行くんじゃないんですかね。


 まぁ、それにしても、そういう男らしいところがこの人のすごいところでもある。

 俺が女だったなら普通に惚れてしまうくらいのかっこよさだろ、これ。


 いや、でも、俺が女になったところでそれはそれでアウトなのだが。

 というか、ナメクジは言い過ぎじゃないですか。


「……わかりましたよ。で、償うって、どうすればいいと思いますか?俺的にはこれからバイトでも始めようと思うんですが」

「灰倉がバイト!?無理だ!やめておけ!」

「そんな大声で即否定ですか……。なんでですか」

「お前は社会不適合者だ。集団行動なんてできるわけがない」

「いや、決めつけるのは良くないですよ。それに、俺はやればできる奴なんでしょ?」

「そうだな。確かに仕事はできるかもしれん。だが、良く考えてみろ。働く以前に、そもそもお前を採用してくれるバイト先などないだろう。そんなボサボサ頭に生気を失った眼を持つお前が面接など突破できるわけがない」

「た、確かに……」

「まぁ、髪でも切って清潔感を出すのなら少しは違うかもしれないな」

「………」


 どんだけ清潔感ないんだよ、俺。


 それにしても、あまりにも酷い言われようだ。

 先生自ら、俺を社会不適合者だと認めたのは結構傷ついた。

 気を抜いたら泣いちゃいそうだよ。


 この人も白川同様、容赦ない。


「バイトは無理ですかね……」

「そうだな。そこで一つ、提案なんだが」


 その唐突な発言に、俺の危機察知能力が発動した。


 大抵こういう場合、俺にとって不利な提案になることが多い。

 少し身構え、疑うように聞いた。


「……なんですか?」

「彼女のことを、気にかけてやってくれないか?」


 ―――――?


 予想外の提案に、言葉が出なかった。


「あれも中々不器用でな。見ていて危なっかしい言動も多々ある。そのせいで、周りと衝突してしまうこともあるようだがな。まあ、それでも根は真面目で良い子だよ」

「……白川のこと、よく知っているような言い方ですね。真面目で良い子かどうかは知りませんけど」

「ははっ、まあな。彼女とは昔からの付き合いだからな」

「そう―――――ですか」


 先生と白川が昔馴染みだったというのは、多少の驚きがあった。

 それ故に、きっと、先生は白川の過去を理解しているのだろう。


 俺よりもずっと、彼女のことを知っている。


「まぁ、私の提案というのは単なる建前だ。お前が白川に言ったことをそのまましてやればいい」


 先生は諭すように、柔らかな声音で言った。


 その言葉だけで、なぜか肩の荷が軽くなった気がした。


 俺が白川に言ったこと。


 ―――――困ったことがあれば言え、と。

 ―――――借りは返す、と。 


「……まぁ、そういうことなら、やれるだけやってみますけど」

「そうか。ならば良かった。これから面白―――――、いや、期待しているぞ、灰倉」

「今、面白って言いましたよね?バカにする気満々ですよね?」

「生徒がこれから熱い青春を送ろうとしているんだぞ?バカになどしないさ。ただ―――――見ていて面白いだけだ」


 言葉とは裏腹に、先生は俺から顔を背けていた。

 その視線の先にあるのは、先生が好んで読んでいる恋愛小説や、少女漫画が並べられた本棚だった。


 説得力はもはや皆無である。


「いや、それもう完全にバカにしてるでしょう」

「ふふ、言葉の綾だよ。そうやって、何かを頑張ろうとしているのは、こちらとしても見ていて楽しいし、応援もしたくなるというものだ。だからお前も、青春でもして少しはまともな学校生活を送ってくれたら良いと私も思っているんだよ」


 先生はこちらに向き直り、その真っ直ぐで力強さを纏った眼で、そう言った。

 その視線に耐えきれず、俺は顔を逸らした。


 そういうことを真正面から言われると、返答に困る。

 どうにも、まだそれを受け入れる気にはなれない。


 青春なんて、くだらない。


「で、白川のどこが好きなんだ?」


 あんたしつこいな、ほんとに。


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