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010

 昼休み、特別棟四階、英語準備室。


 例によって、今日も赤崎先生に連行された。

 罪状に心当たりはなし。


「で?あの後、どうなったんだ?」

「は?」

「だから、白川と一緒に帰って、どうなったって聞いてるんだ!」


 いい大人が目を爛々と輝かせて何を言ってやがる。


「いや、普通に送って帰りましたよ」

「普通にだと!つまらん!いくじのない奴だな」

「なぜ俺が罵倒されているのか理解できません」

「お前なあ、放課後の教室に二人きりだなんて何も無いのはおかしいだろう!」


 あんたの頭の方がおかしいだろ。


 なんで俺がそんなことで説教を受けているんだ。

 それでも教師なのか。


「いや、普通に何も無いでしょう。それに、昨日のあれは白川が夕寝をしていたのが原因で……」

「なんだ、あいつ寝てたのか。困ったものだな。いや、お前としてはラッキーか」

「どうしてそうなるんですか。ラッキーなことなんて何一つなかったですよ」


 いや、まあ、本当は一つあったけど。

 絶対に言わないけど。


「そんな展開、なかなかないぞ?これはもう運命の出会いに決まっている」


 気のせいか、くうを見つめる先生の周りにお花畑が見える。


 始まった……。


 先生は純粋であるがゆえに、こと色恋沙汰において、夢見がちというか、メルヘンなことを言い出すことがたまによくある。

 そのせいか、恋愛に対する理想が高くなり、先生の春は遠くなる一方だ。


「……運命なわけないじゃないですか。そんなご都合主義は漫画やアニメの中だけで十分ですよ」

「可愛くないことを言う奴だなあ。もっと夢を見て、青春して、別冊マー○レットのような恋愛に憧れろよ」

「いや、憧れないでしょ。そんな少女漫画みたいなことは現実にあり得ないってわかるでしょう、普通」

「そ、そんなことは私もわかっている!だが、可能性はゼロではない!その可能性に巡り逢えたのなら、それはきっと運命の相手なんだ!」


 先生の潤んだ瞳が星屑をまき散らすようにキラキラと輝いていた(呆)。


 さすがに先生の少女漫画的恋愛脳には同意しかねるが、まあ、そういう姿勢というか、真剣に情熱を注げるものがあるのは羨ましいと思う。


 何か希望があるのなら、それだけで生きる糧になる。


 俺には、ないな。


 それに、そんな手に入れがたい夢や希望というのは、大抵報われないものなのだと、身に染みてわかっている。

 頑張ったところで無駄になるのなら、やらない方が良い。


「運命の相手もいいですけど、そんなの信じれば叶うってわけでもないでしょう?」

「まあ、そうだな。だが、信じなければ始まらない。人生、何があるかわからないからな。宝くじも買わなきゃ当たらないのと同じだ」


 先生は、報われると信じているのだろう。

 そんな底抜けに明るい口調で夢を語られると、どうしても、一歩引いてしまう。


 先生のように、理想を信じるのならそれもいいと思う。


 結局は他人事だ。


 誰が何を信じようがその人の勝手。

 俺には関係ない。


 冷めた俺の態度など気にも留めず、先生は続ける。 


「その点、私は運命の相手がいつ現れてもいいように、こうして毎日身なりを整えているのだ」


 そう言って、先生はブラウスがはち切れそうなほどの豊満な胸を張り、腰に手をあてながら自慢げに言った。


 確かに、化粧も派手すぎず、きりりとした顔立ちで一見クール美人な空気感を漂わせているのだが、黒のロングスカートに黒のカーディガンという組み合わせは、往年のスケバンのように見えなくもない。


 隠しきれていないヤンキー感、それに男勝りな口調、一人でも生きていけそうな逞しさ。


 そりゃあ、誰も寄ってこないよな。


 ……なんか、可哀想な人に思えてきた。

 これからは、少し優しくしてあげよう。


「そうですね。先生ならきっと出会えますよ」

「もちろんだ。私が少女漫画のような恋愛は実在すると証明してやる」


 そんな野望があったんですね。


「じゃあ、もし、運命の相手が現われなかったらどうするんですか?」


 先生はぽかーんと口を開けたまま、数秒固まった。


 あ、やばい、地雷踏んだか……!?

 と思ったら、目に涙を浮かべ、うなだれるように言った。


「……いないとか、考えたこともなかったな。ははっ、―――――死ぬか」

「死んじゃダメ!そんな思いつめないで下さいって!いなかったら俺が貰いますから!」

「それ、本当か?」


 一瞬で先生の目つきが変わった。

 それは動物が狩りをするときの目に似ていた。


 いや、そんなにじっと見られても困るんですが……。


 あと俺、勢いでとんでもないこと言ってない?

 なんかもう、俺が死にたくなってきたんですけど。


「ま、まあ、先のことはわからないので、どうでしょうかね。確約はできないですから」

「そうか」


 その一言で先生は俯き、沈黙した。


 表情をうかがおうにも、前髪の影に隠れて見えなかった。

 すると、「ふっ」と鼻で笑うように先生は言った。


「そうだな!灰倉との結婚はないな!そんなバッドエンドにならないように、相手を見つけなくてはな」


 華麗に振られました。


 良かったのか悪かったのか。

 にしても、バッドエンドは酷くない?


「バッドエンドですか……」

「当たり前だろう。こんな不真面目な旦那がいたら生活もままならないだろう」

「そうですか……」


 一瞬で家計を先生任せにしている自分が想像できた。


 ダメな奴だな、全く。


 だが、それも悪くないと思っている自分がクズ過ぎて、少し自重しようと思いました。


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