009
翌日。
登校時間ギリギリで学校に到着。
昇降口の裏手にある中庭兼駐輪場に自転車をとめ、まばらな人混みに紛れながら、下駄箱へと向かう。
いつもと変わらない朝なのに、いつもとは違う感覚。
日常と非日常。
昨日、彼女が去り際に呟いたあの言葉の真意を、俺は計りかねていた。
―――――もう、私には関わらないで。
関わらないでって……。
思いもよらぬ、強い否定。
拒絶。
言われなくても素顔のことは話さないし、借りさえなければ、あんな暴言女に関わろうだなんて思ってはいない―――――のだが。
後ろの席にいるんだよなあ。
さすがにいつも通り…という訳にもいかない。主に俺の精神面が。
ザワザワするし、落ち着かない。
はあ、めんどくさい。
誰かと関わると、こうなるから嫌なんだ。
俺は安定したい。静かに暮らしたい。
それだけでいいのに。
深々と息を吐き、足取り重く階段を上る。
無関心を決め込むにも、それなりの労力が必要だ。
あーあ、またサボりたくなってきたな……。
昼飯食べたら帰ろうかな。
そんな憂鬱でけだるい気分のまま、三階の踊り場まで上ったところで異変に気付いた。
教室の周りに、微妙な人だかり……?
入り口を塞ぐようにして三人ほどの男が教室を覗き込んでいた。
……邪魔だよ。教室入れねえじゃねえかよ。
なんて口が裂けても言わない。穏便なのが一番だ。
この場合、選択肢は三つ。
1.「すいません」と声をかけ、道を開けてもらう。
2.もう一個のドアから教室に入る。
3.無言で背後からどけアピール。
1はないな、確実に。知らない人に話しかけるとか普通に無理だから。
となると、2か3だが、2のもう一個のドア作戦にも問題がある。現時点で、その付近にも二名の男子生徒がいるのをここから確認できる。
突破できなくはないが、「すいません」のリスクも捨てきれない。できれば声を出さずに、無血開城ならぬ、無声開城といきたいところだ。
ならば3か。
やはり、無言というのが俺的に非常にポイントが高い。
しかし、これは愛想が悪いという負のイメージを相手に与えやすい。
無用な争いは避けるのが定石。
そんなとき、俺が考えたアイディアはこれだ。
上履きを地面にパタパタと打ち付けて歩く、だ。
その上履きの音で遠くにいる相手に俺の存在を示すのだ。それに気付いた奴は大抵道を開けてくれる。
ただ、中には全然気付かない奴もいる。
俺の経験上、そういう奴は大体、空気が読めない奴だ。
周りに気を配れないのだから当然だ。
そういう察しの悪い奴は嫌いだ。
こっちが近寄るなオーラを出しているのにも関わらず、ずけずけと他人の領域内に侵入してきやがる。
まぁ、いずれにせよ、そこは通してもらう!
さあ、どうだ!
パタパタパタ。
「………」
気付いてくれなかった。
ふん。
もういい。
頭にきたから無言で背後に立ってやる。
スッ。
「………」
「あれ、超可愛くねえ?」
「居たっけ?あんな子?」
「噂通りじゃん」
全く、これっぽっちも、気付いてくれなかった。
どんだけ夢中なんだよ、こいつら。
すると、予鈴が鳴ったのをきっかけに、そいつらはさっさと自分たちの教室へと戻っていった。
なんだ。
待つという第4の選択肢があったじゃないか。
あ、いや、自分の教室に入るのに何を遠慮しているんだ、俺は。
関わりを拒絶しすぎてネガティブ思考になってしまう。
まぁ、自信過剰のポジティブ人間よりはマシだとは思う。
平常心。平常心。
常にフラットに。冷静に。
校舎に響くチャイム、教室の喧騒。
その隙間を縫うように、机と机の間を歩く。
窓側の後ろから二番目の席。
鞄を机に置き、ふと、後ろの席に目をやる。
そこにいたのは、眼鏡をかけた、おさげ髪の彼女ではなかった。
流れる黒髪に、白い肌が印象的な、素顔のままの白川綾音だった。