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00 前半

「君は勇者なのか?」


 そんな質問を担任の先生から受ける高校生など、そうそういないだろう。

 もちろん、ここは異世界でもなんでもない。

 猫耳もハーフエルフもいない、ただの現実世界だ。

 一介の高二男子を呼び出して何を言ってるんだろうか、この人は。


「いえ、違いますけど」

「だろうな」


 知っていたと言わんばかりに、英語教師の赤崎響香あかさききょうかはこちらを見向きもせず、机に溜まったプリントに赤ペンでチェックや丸を付けていた。

 知ってたなら何でわざわざ聞いたんだよ。預言者かよ。


「もう一度聞く。お前はGW(ゴールデンウィーク)中に出した課題に手もつけず、何をしていたって?」


 赤ペン先生、もとい赤崎先生はようやくペンを置き、背もたれに寄りかかりながら半身をこちらに向ける。


「はぁ、世界を救っていたと言いましたが……」


 それを聞いた先生の眉根がぴくりと動いた。


「それ、本気で言っているのか」


 ドスの利いた声で俺の顔を覗き込み、えぐりこむような視線で睨まれた。

 怖い。マジで怖い。


「あ、いえ、ゲームしてました」


 ここは素直に降伏だ。これ以上は犠牲者がでかねない。

 先生は嘆息をついて、呆れたように言った。


「全く。ゲームの世界を救う前に、お前の直面している現実をどうにかしろ。新学期早々、そんな生活態度で今年も進級できるとは限らないぞ」

「はぁ」

「はぁ、じゃない。真面目に聞け」


 丸めた本で頭を叩かれそうになったので、反射的にそれを右手でガードした。

 ほっとしたのも束の間、先生の左拳がガラ空きの右脇腹へと炸裂した。


「ぐはっ」


 ―――――悶絶。


 言っておくが、こんな海と山しかないような田舎町の高校に体罰という言葉はない。

 例え親に相談したところで『先生、なんだったらもっとボコボコにしてやってください』と言われるのがオチだ。

 世界を救った代償が、まさかリバーブローとは。

 こんなことなら、ちょっとくらい課題をやればよかったと後悔するくらいには痛かった。


 片膝をつき、なんとか耐えながら、先生を見上げる。

 腕を組みながら仁王立ち。ストリートファイターで言えば豪鬼さながら。

 女性とはいえ、その貫禄はまさに鬼。


「い、いや、どうにかしろって言われても、たかが課題をやってこなかっただけじゃないですか。こうしてめでたく二年に進級できているわけだし、今のところ問題はないでしょう」

「何がめでたくだ、バカ者。進級の事だって出席日数ギリギリだったじゃないか。そういう生活態度を改めろと言っているんだ」


 実際、本当にギリギリだったらしい。

 テストの点数がそこそこ良かったのが功を奏し、なんとか進級させてもらえたのだ。


 というか、マジで脇腹痛えよ。

 腹をさすりながら何とか立ち上がる。


「でも、単位が貰える条件は出席日数が三分の二以上って話ですよね?それなら、残りの三分の一は休んでも大丈夫って事なりますよね?」

「なるわけないだろうが。学校は休まず来るものだ」


 先生は頭が痛いのか、こめかみに手をおいた。

 誰か先生にバファリンを渡してあげて。


「はぁ、どうしたらそういう発想になるんだ、お前は」

「そんなに大きなため息をついたらダメですよ、先生。今ので大きな幸せが逃げちゃいましたよ」

「あ?誰のせいだと思ってんだ、コラ。その幸せ捕まえてこいや」


 もはや教師の言葉使いではない。

 何を隠そう、先生は元ヤンあがりらしく、その脅し文句と凄まじい眼力による、異様なまでの迫力にはただただ圧倒される。

 なんかもう、普通にカツアゲされている気分だ。

 怖っ。


「じ、冗談ですよ!先生、綺麗なんですから、むしろ幸せの方から先生を迎えにきますよ、きっと」

「そ、そうか。ま、まぁ確かに最近肌の調子も良いしな。うん。幸せは近いかもしれん」


 先生はまんざらでもないような顔をしながら、うんうんと頷く。

 ちょろい!あともう一押し!


「そうですよ。あー、俺があと十年早く生まれていればなぁ、残念です」

「ちょっ、お前は何を言ってるんだ!バカか!あるわけないだろう!」


 いや、そんなに真に受けられると、こっちも恥ずかしいんですが……。

 元ヤンなのに、純粋。アラサー女教師。


 先生は誤魔化すように、んんっと軽く咳ばらいをし、話を続ける。


「まぁ、いい。とにかく、課題は再提出だ。いいな?」

「……わかりました。やり直します。じゃあ、俺はこれで」


 やっと帰れる。心底安堵した。

 呼び出しをくらった時はどうなることかと軽く絶望したが、拳一発で済んだならまだいいか。

 いや、よくないけど。痛かったし。


 とはいえ、なんだろうね、この感じ。修羅場を乗り切った清々しい感じ。


 そう、これはまさにゲームのラスボスを倒したかのような解放感。

 カタルシスというやつか。


 ―――――ふっ、悪くない感覚だ。


 先生に背を向け、扉の方へと歩き出す。


 この難局を乗り越え、俺は一周り成長できた気がする。

 これからも、さまざまな苦難が俺を待ち受けているだろう。

 だが、俺の戦いは、まだ始まったばかりだ。


 ―――――完。


 いい最終回だった。


「待て、まだ話は終わってない」


 終わってなかった。


「お前には罰を与える」

「は?」


 嘘だろ?

 真のラスボス登場パターンだった。


「いや、ちょっと待ってくださいよ。罰ならさっき一発くらったじゃないですか」

「あれは罰ではない、反撃だ。お前が避けたのが悪い」

「なんですか、その理屈は。ずるいじゃないですか」

「大人は大概ずるいんだよ。将来のために今から慣れておけ」

「あんまりだ……」

「恨むなら課題をやらずにゲームをやっていた自分を恨むんだな」


 ゲームオーバー。バッドエンド。

 真のラスボスとは、過去の自分でした。

 ありがちだよな、そういう展開。


 じゃなくて。

 恐る恐る、その罰の内容を聞く。


「……で、その罰ってなんですか」

「それはだな……」


 先生は一呼吸置いて、威勢よく、人差し指をこちらに向け、笑顔で言った。


「この部屋の片付けだ!」


 『じゃじゃーん♪』というBGMが後ろの方から聞こえてきそうな決めポーズだった。

 いい歳して決めポーズとか、恥ずかしくないのだろうか。

 あと、人を指さすな。


「か、片付け、ですか?」

「そうだ。この英語準備室の片付けをしてもらう」


 英語準備室。

 特別棟四階にあるこの部屋は、現在、赤崎先生の私室のようになっている。


 元々、英語教師専用の職員室的な感じで使用されていたが、なにせ教室棟から離れた辺境の地にあるため、そこへ行くよりも職員室にいくほうが楽だと判断する先生が多かったらしい。

 結局、赤崎先生だけがその部屋に残り、好き勝手している、というわけだった。


「資料やプリント類が溜まっていてな。紙もまとまると重くなるし、男手が必要だったんだ」


 最初からそれが目的だったのか……。

 重いものとか、持ちたくないなぁ。

 自慢じゃないが、俺の非力さには定評がある。この前のスポーツテストで握力が34キロだったし。


 ……本当に自慢にならねえ。


「俺、力ないので先生のお役に立てないと思いますけど……」

「そうか。ならこれを機に鍛えたらどうだ?筋肉があれば大抵のことは何とかなるぞ」


 それ、どこのジムのキャッチコピーだよ。筋肉でなんとかなっちゃうのかよ。


「実は俺、身体弱くて、ホコリとかダメなんですよ」

「お前が病弱という話は聞いたことないけどな。この前の健康診断の結果はどうだった?」

「あ、いや、健康でした……」

「よし、じゃあ早速取りかかれ。私はちょっと職員室へ行ってくる。頼んだぞ」


 そう言って先生は英語準備室を後にした。

 ぽつんと部屋に取り残された俺。


 あーあ。どうすんだよこれ。


 ……まぁ、諦めてやるしかないか。もう怒られたくないし。

 抵抗むなしく、渋々と、散らかったプリントや資料を整理することにした。


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