Ep.85 仲良しの日常
『ところで、バラの形なのに"角"砂糖って変だよね?』
初等科最後の夏休みは、ほぼレインとミストラルの国内で一緒に遊んで過ごした。
浜辺に行ったり、プールで泳いだり、もしくはクリスも一緒に街の探索に行ったりしてすごく楽しかったなぁ。
でも、今年の初めから工事が始まっていた水族館はまだ出来てなくて行けなかったんだよね。完成は来年の春だから、私達が中等科に上がってからになるかな。ちょっと残念だけど……まぁ、来年皆で行くお楽しみってことで取っておけばいいかな!
「姫様、何を笑っていらっしゃるのですか?そろそろ出ませんと、新学期早々遅刻してしまいますよ。」
「あ、はい!行ってきまーす!」
『語尾を伸ばさない!』と怒るハイネの声を聞きながら、何だか懐かしいなぁなんて笑みが溢れた。
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「レイン、一緒に帰りましょう。」
「フローラ!えぇ、今行くわ。」
放課後、レインの教室のドアの所から声をかけると、彼女は読んでた本を閉じて笑顔ですぐ出てきてくれた。
「何を読んでいたの?」
「母から貰った詩集ですわ。」
「まぁ、お母様から?それは素敵ね。」
レインが片手に持つその詩集は、空色の表紙に星形の雲と透き通るような虹が描かれた優しい感じの本だった。
「そろそろ読書の秋ですものね、私も読んでみたいわ。」
「では、読み終わったらフローラも読みます?」
「貸してくれるの?ありがとう!……痛っ!」
お礼を言うと同時に、隣を歩くレインに肘打ちされた。確かに一瞬素に戻ってたけど、今の結構痛かったよ?
いやでも、これもレインの優しさだよね、うん。
「あれ?二人とも、帰るところかい?」
「フライ様!」
「えぇ、今日は早帰りですし、二人でお買い物にでも行こうかと。フライ様は、ランチルームに行っていらしたのですか?」
「うん、ちょっとこれを貰いにね。」
そんな事を思いながら階段を下っていたら、トレーに紅茶と焼き菓子を乗せて運んでいるフライと偶然会った。
後期から、ランチルームが放課後もお茶とお菓子と軽食限定で注文を受け付けるようになるって今朝の始業式で生徒会が発表してたから、早速試しに使ってるのかな?
「フィナンシェなんてあるのね、美味しそうだわ。ねぇレイン、私達もちょっと行ってみましょうか?」
「そうね、見てみたいわ。ではフライ様、失礼致します。」
と、フライの持つそのトレーに乗っていたフィナンシェから漂う甘いバターの香りに食欲が刺激されてそう提案すれば、レインもそれに乗ってくれた。
お買い物はお茶の後か、また今度の機会だね。
「……ちょっと待って。」
「え?」
「フライ様、どうかなさいましたか?」
会釈して歩き出した所を呼び止められて、二人揃って振り返る。
と、フライはにっこりと笑って自分の持つトレーを指を使いトントンと叩いた。
「わざわざ行かなくても、良かったらこれを一緒に食べない?」
「ですが、私達がお邪魔したら足りなくなってしまうのではありませんか?」
フライからの思わぬ提案にレインが戸惑いながらもそう答え、私もレインのその言葉に頷く。
でもフライは、笑顔のまま『その心配はないよ』と答えた。
「ちょっと多目に用意してきたし、それに今日は会議はないから、生徒会室には僕らしか居ないから。」
「そうなんですか?」
『だから、ね?』と笑顔で諭され、結局レインと顔を見合わせてから二人して彼の背中を追いかける。
生徒会室に残ってる『僕ら』って、ライトとクォーツのフライの三人だよね。やっぱ仕事が多いのかなぁ、大変そうだ。
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「ライト、戻ったよ。」
三人で生徒会室の前まで来て、フライが中にそう呼び掛ける。
中からは数秒と待たずにライトから『開いてるぞ』と返事が来たので、トレーで両手が塞がってるフライに代わって私が扉を開けた。
「ありがとう、フローラ。」
「いえいえ、これくらい構いませんわ。」
「フローラ!レインも一緒か、どうしたんだ?久しぶりだな。」
「偶然廊下で会ったから僕が誘ったんだ。女の子の視点なら、また違った良い案が出るんじゃないかと思って。」
「え!?」
驚く私とレインを他所に、ライトは『なるほどな』なんて言いながら立ち上がって、腕を伸ばすとフライからトレーを受け取った。
「これありがとう。でも、そう言うことならさっきクォーツが同じような理由でルビーを呼びに行ったぞ?」
「まぁ良いじゃない、人数が多い方が色んな案が出るよ、きっと。」
「あ、あの、フローラ、これどう言うこと……?」
「私もよくわからないんだけど……、フライ!」
「え?あぁ、ごめん。二人は座って待ってて。今お茶淹れるよ。」
あぁ、紅茶なら私が……じゃなくて!
うっかりポットを持ちつつ、私は空いてる方の手でフライの袖を掴んで引き留めた。
「何?」
「話がよくわからないんだけど、今のライトとの会話から察するに、何かの議題に対して私達の意見が欲しいって事だよね?フライ、今日は会議無いって言ってなかったっけ。」
「なんだよ、お前……事情も話さずに連れてきたのか?」
フライに質問を投げ掛ける私とあからさまに戸惑ってるレインを見て、ライトが呆れたようにため息をつく。
そんなライトを見て『そう言う態度を取るならライトの分のお茶菓子は無しね』と呟いてから、フライは改めてこちらに向き直った。
「嘘は言ってないよ、会議は明日。ただ、そこで出すべき案がなかなか出なくてね。仮に何か出てもそこの会長様に却下されちゃうし、機嫌は悪くなっていくしで、もうお手上げ。」
「おい、余計なこと言うなよ!」
「まぁ、それでご機嫌取りの物を用意しに出たら、偶然君らに会ったものだからつい……ね。」
そこまで話した所で、笑顔のままフライの視線がふっと私の手に向いた。話すことは話したから、離してくれってことね。
「掴みっぱなしだったね、ごめんなさい。それで、何の相談なの?」
「詳しくは、クォーツとルビーが戻ってから話すよ。先に茶にしようぜ、なんか腹減っちゃってさぁ……。」
ライトのその言葉に苦笑し、フライが『すぐ用意するから』と部屋の奥に去っていく。
私も手伝うって言ったら、お客さんだからと却下された。手に持っていたポットは、いつの間に渡したのか覚えが無いくらい巧みにフライの元に移動していた……。
「レイン、私はこのままここでお手伝いでも良いかなと思うんだけど…どうする?」
二人がけのソファーに座って、隣のレインにそう話しかけた。
三人が困ってるなら協力したい気持ちはあるけど、今日は元々レインと約束があったわけだし。レインが気が進まないなら、今日は断った方が良いのかなぁ、なんて……。
「私も大丈夫だよ。」
「え!?いいの?」
「うん、どうせ暇は暇なんだし、お茶をご馳走になるのだから、簡単なお手伝いならしないとね。それに、フローラはそうしたいんでしょ?」
「……うん!ありがとう、レイン。」
レインは優しく笑うと、ポンポンと私の頭を撫でた。
「……?何??」
「ううん、ただ何となく。嫌だった?」
「そんなことないけど、レイン今のお姉ちゃんみたいな仕草だったよ。」
心なしか、休み明けから表情とかもちょっと大人びた気がする。休みの間に何かあったのかな?
「お茶入ったよ、ダージリンだけど飲める?」
「ーっ!うん、ダージリン好きだよ。ありがとう。」
「私も大丈夫です、ありがとうございます。」
考え込んでる間に、フライがポットとカップを持って戻ってきた。
「良い香りだね、いただきます。」
「いただきます。」
折角淹れて貰ったので、会話は中断で早速紅茶を貰う。
「美味しい!」
「それは良かった。」
「フライはこだわり屋だから、水とかまで拘って淹れてるんだよな。俺も貰えるか?」
「ん?はい、どうぞ。砂糖は入ってないよ。」
フライからカップを受け取りながら、私に『砂糖取ってくれ』とライトが声を掛けてくる。
私が目の前のテーブルにあったシュガーポットを手渡すと、中のバラ形の角砂糖がひとつ、カップの中に消えていく。
「……甘いもの食べるのに甘い飲み物にするわけ?」
「なんだよ、良いだろ別に。紅茶とコーヒーは甘くないと不味いんだよ。」
「はいはい、そうですね。」
反論に投げ槍にそう返すフライに、ライトが『馬鹿にしてるのか』なんて拗ねた表情をする。フライはと言うと、ライトの声は聞き流し当て付けの様に優雅にストレートティーに口をつけた。
「くっ……!」
「でも、私も紅茶は基本お砂糖入れるよ。甘いの美味しいよね。」
「そうね、フローラはミルクティーも好きだし。」
フライを悔しそうに睨み付けるライトがちょっと可哀想になって、私もカップにお砂糖をひとつ入れながらそう言った。
私と言う賛同者を得たことと、レインも同意するような姿勢を見せたことでライトの表情がパッと明るくなる。
「そら見ろ!」
「……はいはい、僕が悪かったよ。」
さっきの拗ね顔から一変、どや顔になった親友の姿に、フライは苦笑しながら『冷めるから飲んだら?』と勧めた。ホントに仲良いよね、二人とも。
微笑ましくそれを眺めつつ紅茶を飲みながら、『本当、子供なんだから』というフライの呟きを私はそっと心の引き出しにしまった。
~Ep.85 仲良しの日常~
『ところで、バラの形なのに"角"砂糖って変だよね?』




