Ep.82 星の小川の畔にて・前編
『うぅ、聞こえなかったフリして走っちゃうべきだったかなぁ……!』
クォーツとルビーのお誘いから一週間。あれから、結局レインとはろくに顔を合わせられないままに学園は夏休みに入った。
それぞれ船や馬車を乗り継いで、故郷へと帰るその時でさえ、今回はレインの姿さえ見かけてない。探しにいってみたら、船着き場の警備の兵士さん達が最初に出た船でもう学園を出たって教えてくれたけど、どんな様子だったかまではわからないまま……。
「ねーさま、遊びましょう!」
「ーっ!クリス!」
と、城のお庭のベンチでぼんやりしてたら不意に抱きついてくる小さな天使。今年で5歳になるクリスは元気いっぱいで、私が帰国してから毎日のように遊びに誘ってくれる。一昨日は鬼ごっこ、昨日はかくれんぼをしたけど……
「良いわね、今日は何をしましょうか。」
そう答えながら、座っている私の膝に上半身を乗せる感じでじゃれてくるクリスの頭をそっと撫でる。
私の髪より少し色が濃いけど、ちょっと毛先がカールしてるのは似てるな。お母様の髪に似たのね。そう言えば、ストレートヘアと天然パーマの人の子供だと、天然パーマの血のが強いって聞いたことあるな。遺伝の法則だとか何とか……。
「ねーさまー?」
「あぁ、ごめんね、ぼーっとしちゃって。さぁ、何して遊ぶ?」
「これーっ!」
「あら、絵本?」
満面の笑みのクリスがさし出して来たのは、ちょっと古びた絵本。紫紺色の地に流星が降り注ぐ中、装飾がいっぱいついた扉の前に女の子が佇んでる表紙だ。
「素敵な絵本ね、書庫のものかしら……。」
「……?ねーさま、はやくよんでください!」
「ふふっ、いいわよ。さ、隣にいらっしゃい。」
絵本を受け取りつつちょっと端に詰めれば、空いたスペースに飛び乗るクリス。
その純真なキラキラ輝く瞳を受けながら、私はそっと意外と重いその表紙を開いた。
「昔々、あるとても寂しい世界に一人の女の子が暮らしていました…………」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
学園から出された課題をしたり、クリスと遊んだり、お母様とお父様にくっついて国内の視察に行ったりしてる内に日々はあっという間に流れ、アースランドでの七夕の日がやって来た。
国家間の交流だから、お父様とお母様は勿論、今回はなんとクリスも一緒だ。来年からクリスもイノセント学園に入るから、少し社交的な場に慣らすためなんだって。
「クリス、私から離れては駄目よ。迷子になっちゃうからね。」
「はい、わかりました!」
クリスと手を繋いで、会場内でご挨拶に回る。って言っても、六年生にもなると会うのは学園で顔を合わせたことがあるような子達ばかりだ。アースランド城の周りで行われる行事だから、お客さんは貴族ばかりだしね。
でも、未だにレインには会えないまま……。クォーツの話では、この場には来てるはずなんだけど。
「フローラ様!」
「あら、アミーさん!アミーさんもいらしてたのですね、ごきげんよう。今日は着物ですのね、とても素敵ですわ。」
と、視線をさりげなく動かしてレインを探しながら歩いていれば、人混みの隙間を縫ってアミーちゃんがこちらにやってきた。
そっか、アミーちゃんはアースランド出身だもんね。パッツンのストレート髪に着物がとっても素敵!
クリスが一緒だから動きやすい方が良いだろうと思って私はドレスにしちゃったけど、やっぱり着物も着たかったな。
「フローラ様にお褒めの言葉を頂けるなんて光栄です!ところで、お隣の可愛らしいお方はどちら様ですか?」
正面から私を見ていたアミーちゃんの視線が斜め下に向いて、ちょっと恥ずかしそうにうつ向いてるクリスに移った。今日一日で感じてたけど、クリスは案外人見知りかもしれない。
モジモジしながら私の影に隠れる姿も可愛いけど、それじゃ挨拶にならないから、然り気無くその小さな背中に手を当てて私の少し前に出した。
「ねーさま……。」
「大丈夫、側についてるからね。……アミーさん、私の弟のクリストファーですわ。」
小声でクリスと言葉を交わしてから、心の中で『略名はクリスだよー』なんて付け足しながら紹介すれば、アミーちゃんが『まぁ、ではこの方が噂の?』って驚いたように手を合わせ。って、噂って何!?
「はじめまして、クリストファー様。ミストラルの跡継ぎ誕生は、前々から噂でお伺いしておりました。お会いできて光栄です。」
なるほど、そうだったんだ。全然知らなかった……。
屈んで視線を合わせながらそう挨拶してくれるアミーちゃんに、クリスもたどたどしいけど一生懸命挨拶を返している。頑張れ、クリス!
「では、私は失礼致しますね。フローラ様、クリストファー様、ごきげんよう。」
「ご、ごきげんよう。」
「ごきげんよう、また休み明けにね。」
アミーちゃんもまだ挨拶回りが残ってたみたいで、雑談もそこそこに行っちゃった。多分、気疲れしてそうなクリスにも気を使ってくれたんだろうな。
「クリス……、大丈夫?」
そう思いつつ、さっきから口数が極端に減ったクリスの顔を覗き込む。うわっ、目がとろんとしてるや。どうりで手が温かいと思ったよ……。
「クリス、大丈夫?もうご挨拶はだいたい済んだし、お父様とお母様のところに戻りましょうね。」
「はい、ねーさま……。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「お母様!」
「あら、フローラ!クリスは……あぁ、眠ってしまったのね。」
「はい、疲れてしまったようで。」
結局、なかなかお父様達を見つけられなくて歩き回ってた間にクリスは寝入っちゃったので、その小さな体を抱き抱えた頃、ようやく会場を流れる小川の畔に佇むお母様を見つけた。
お母様が私の腕からクリスを受け取って膝に乗せながら、『貴方も隣にいらっしゃい』と笑う。
隣に並んで腰かけて川を眺めると、そこには天の川が映り、まるで第二の天の川みたいに揺らめいていた。
「綺麗ですね……。」
「そうね……、風情があって、とても美しいわ。」
そこまで言ってからお母様は視線を私に移して、『お父様には内緒だけどね……』といたずらっぽく笑った。
「私ね、若い頃からアースランドに来ると懐かしい気持ちになるの。生まれも育ちもミストラルなのに、不思議ねぇ……。」
「『懐かしい』……?」
それは初耳だ。前にお花見に来たとき、楽しそうにしてるなぁとは思ってたんだけどね。
それにしても、懐かしいかぁ……。京都みたいな洗礼された"和"の雰囲気がそう思わせるのかも知れないな……。
「ーー……あ。」
と、どこを見るともなく眺めていた視界に、不意に見慣れた二つ結いのおさげ髪が揺れるのが写る。あれは……!
「お母様、ごめんなさい!お友達を見つけたので、ちょっとお話に行ってきますわ!!」
「え?えぇ、気を付けてね。走っては駄目よ?」
「はい!」
走り出す前に念を押されてしまったので、出来るだけ早く足を動かしてはや歩き。あぁ、もどかしい……!ようやく見つけたんだから、何とかして話さないと。
「レイン、どこ行っちゃったの……?」
~Ep.82 星の小川の畔にて・前編~
『うぅ、聞こえなかったフリして走っちゃうべきだったかなぁ……!』




