Ep.76 姉と弟・後編
『本当にゲームなら、どんなに楽かしらね……。』
両手を腰に当てて仁王立ちするソフィアさんと、そんなソフィアさんの視線を浴びながらもさっきまでと変わらない様子のゼオン君。
そして、そんな二人を見て唖然とする私とレイン……と、王子トリオとルビー。
ソフィアさんにこっちに案内されてきたらしい四人は、多分ゼオン君と面識のある私達以上にぽかんとしている。あのフライでさえ、笑顔がひきつってるもんね。
とりあえず、この空気を何とかしないと……。
「あ、あの、ソフィアさん、いつこっちにいらっしゃったんですか?」
「あぁ、フローラさん……、来たのはついさっきよ。このお馬鹿を迎えにね‼」
珍しく語気の荒いソフィアさんがそう言いながらゼオン君を睨み付けるけど、当のゼオン君はへらっと笑い『人助けしてたんじゃん』と答えた。
それを見たソフィアさんは、ゼオン君の方に歩み寄り……
「いってーっっ!!」
ゼオン君の頭にげんこつを落とした。……って、今すごく鈍い音したよ、大丈夫!?あぁぁぁぁっ、頭抱えてうずくまってるし……!
「ぜ、ゼオン君、大丈夫……?」
「うん、大丈夫……。でも、暴力姉が恐いよーっ。助けて、フローラちゃん!」
「きゃっ……!」
様子を見ようと駆け寄って隣にしゃがみこんだら、ちょっと泣き真似をしてるゼオン君に抱きつかれる。
待って待って!ただでさえ屈んでてバランス悪いのに、そんなことされたら体勢崩れるから!!
心配した通り私は立ち上がれず、ゼオン君の重みを受けたまま後ろへと倒れる。
「きゃっ……!」
……と、思ったら倒れなかった。ぐらっと後ろに逸れた私の身体は後ろで誰かに抱き止められて、ゼオン君の方はソフィアさんに首根っこを掴まれて私から引き剥がされている。
「フライ!?」
「……ちょっと、何その反応。大丈夫?」
私を助けてくれたのは、いつの間にか背後に来ていたフライだった。
腰に腕を回されて半ば後ろのフライの体にもたれ掛かるような間抜けな体勢になりながら名前を呼べば、フライは小さく溜め息をついて苦笑を浮かべる。
「あ、ありがとう。」
「どういたしまして。で、なんなの?あの子。」
「えーっと、ソフィアさんの弟さんなんだけど、昨日偶然知り合って……。」
私がフライを筆頭に集まってきた皆に、昨日から今日に至ってのゼオン君と知り合った経緯を話してる間にも、ソフィアさんとゼオン君の攻防は続く。
「あんたね、誰に抱きついたかわかってるの!?ホントにもう、恥ずかしいからちょっとは大人しく真面目にしてて頂戴!」
「はーいはい。若くして魔力に目覚めて貴族ばかりが通う名門に通う優等生様は大層偉くていらっしゃいますねー。」
「ゼオン!!!」
怒鳴るソフィアさんに相反して、お茶らけた感じのゼオン君。
皆は(多分)人生で初めて見る姉弟ゲンカに気圧されてるけど、私は前世でよく見たよ、こう言うしっかりお姉さんとやんちゃ弟のケンカ。
「おい、結局俺等はどうしたらいいんだ?」
「どうって、私達に言われても……。皆の方は、司会についての話は終わったの?」
「うん、終わったよ。資料とメモもあるから、後で二人にも話すね!」
「ありがとう!……ってことは、本来なら私達はもう帰っていいはずなんだけど。」
「………………無理じゃね。」
皆でソフィアさんとゼオン君に視線を移して数秒後、ライトがぽつりとそう呟いた。
うん、流石に目の前に居るのにご挨拶無しで帰るのは失礼だし、だからと言ってあの戦場に割って入る勇気は、私達にはない……。
「……マフィン焼いてきてるから、二人が落ち着くまでそこら辺のベンチでお茶にしてよっか?」
鞄から人数分のマフィンの袋と紅茶の入った水筒を出してそう言えば、『じゃあそうしようか』と皆も同意してくれて。
結局、およそ一時間後にソフィアさんが冷静になるまで、私達は仲良く並んでマフィンを食べていましたとさ。
……痴話喧嘩は犬も食わないって言うけど、姉弟喧嘩はどうなんだろうね。
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自身より大分幼い王子、姫達に弟の非礼を詫びたソフィアは、これ以上の騒ぎを起こすまいと弟を連れて直ぐ様その場を離れた。
怒りと恥ずかしさが相まって、人目も気にせず弟の首根っこをつかんで自宅まで引き摺っていく。
「ただいまー……。」
「……着いたんなら離せよ。」
「ーっ!」
しかし、二人で玄関へと入り扉を閉めたその瞬間、弟の顔から笑顔が消える。そして、先程までと同一人物だとは思えない冷たい視線と言葉で、彼は姉の手を振り払った。
「あー、それにしても驚いたよ。まさか姉貴が各国の王族と親しかったなんてねー。俺には、やれ『女性の気持ちを弄ぶな』だの『人と関わるときには礼儀を重んじなさい』だの言うくせに……。どうやって取り入ったわけ?」
「……取り入ったわけじゃないわ、嫌な言い方しないで。」
「……どうだか。まぁいいや、お陰でこの連休、退屈せずに済みそうだし。」
「なっ……!」
弟のその言葉に目を見開き、ソフィアは上着を脱ごうとしていたその腕を勢いよく掴む。
片や掴まれたゼオンの方は、不快さを露にして実の姉を冷たく睨み付けた。
「……何だよ。」
「何じゃないわよ!貴方、まさかあの子達にまでちょっかい出すつもり!?」
「だったら何?」
まるで悪びれずにそう答えられ一瞬ソフィアの力が緩む。
ゼオンはその隙をついて姉の手から逃れると、自室の扉へと手をかけつつ振り返った。
「別に王族に成り上がろうって訳じゃないから、安心しなよ。庶民の彼女はもう四、五人居るし、最近飽きてきちゃったからさ。」
「ゼオン……、貴方、人様をなんだと……!」
「こんなのちょっとしたゲームじゃない、好きにさせてくれる?」
「ちょっと、ゼオン!!」
言いたいことだけを吐き出すと、ゼオンは姉の声には耳も止めずに自室に入り、激しく音を立てて扉を閉める。
拒絶を示すように閉められたその扉を見つめながら、ソフィアは一人、肩を落とした……。
~Ep.76 姉と弟・後編~
『本当にゲームなら、どんなに楽かしらね……。』
※ちょっとシリアス入りましたが、次回からはまた日常パートです。




