Ep.73 人の言葉はちゃんと聞くべし
「お願い……ですか?」
成績優秀、才色兼備、スポーツも魔力の扱いも万能な高等科のお姉さんが、初等科の一生徒の私に?
そんな疑問が顔に出てたのか、お姉さんは『順を追って話すわね』と優しく微笑んだ。
「まず、自己紹介がまだだったわね。私はソフィア、特待生制度でこの学園に入ったスプリング出身の町娘です。」
「ご、ご丁寧にありがとうございます……。改めまして、フローラ・ミストラルと申しますわ。」
なんて答えたら良いかわからずに自己紹介で返したら、『存じてますよ、有名人ですから』と返された。ゆ、有名って、どういう意味でだろ……?
気になるけど、今はお姉さん……改めソフィアさんの話が優先なので、大人しく聞くことにする。
「実はね、今月末の連休の期間に、私の故郷であるお祭りがあるの。」
「あっ、知ってます!フラワーカーニバルですね!」
「その通りです。」
“フラワーカーニバル”は、毎年スプリングのある街で開かれているという恒例行事で、その名の通り花のお祭りだ。
内容はよく知らないけど、その日は町中に花が咲き乱れて楽しい音楽が鳴り響く、すごく楽しそうなお祭りだと聞いたことがある。
「で、そのお祭りがどうかしたのですか?」
「えぇ……、実はフラワーカーニバルには、毎年その日にだけ咲く大輪の花があるのです。」
「まぁ、それは素敵ですね!是非近くで見てみたいですわ。」
はしゃいでそう言った私の言葉に、ソフィアさんはなんだか困った表情をした。もしかして、“お願い”ってその花絡みなのかな?
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「着いたーっ!」
「なんか、馬車で来るより楽だったな。」
「船なら移動距離も短縮出来るし、なにより広いからね。身体はそりゃあ楽だと思うよ。」
賑わう港へと繋げられた簡易階段を下りながら、クォーツ、ライト、フライが先に船を降りていく。あんまり一度に乗ると階段に負荷がかかるから、三人が完全に降りてから私達も階段に踏み出した。
「私、他国にお邪魔するなんて生まれて初めてで……。本当に、ご一緒しちゃって大丈夫だったのかな?」
「大丈夫だよ、ソフィアさんから正式にご招待頂いてるんだし!」
「そうですわ。折角のご招待です、楽しみましょうレインお姉様!」
いくら学園で一緒に過ごしてても外に出るとなると勝手が違うのか、レインは昨日の夜船で学園を出てからずっとこんな感じだ。
夕べレインの部屋にお邪魔して、『あくまでひとつの街が主催してるお祭りで、貴族の行事じゃ無いんだって』とソフィアさんに聞いたことを話したらちょっとは楽になったみたいだけどね。
と、言うわけで、あくまで目立たないように全体的に装飾が控えめな私服を着て、最低限の護衛とお世話係さんを連れて、私達はスプリングのとある港町“アネモネ”へとやって参りました!
ちなみに、それぞれの両親に許可を願う手紙を出したら、『民の行事を経験することも必要』だって案外あっさり許可がおりました。前々から思ってたけど、この世界の王家はなかなかゆるゆるの甘々だ。色々な決まりにがんじがらめにされるよりは良いけどね。
「皆様、ここで固まっていては邪魔になります。宿へ移動しましょう。」
「はーい!」
と、皆の後から降りてきたハイネが、引率の先生みたいにそう言った。
そんなハイネの服装も、今はいつも着ているメイド服じゃなく、ゆったりした白いリボンが胸元についたシルクの真っ白いシャツに、紺色のタイトスカートになってる。ちょっとOLさんっぽい格好かな?
いつもは後ろでお団子にまとめている黒髪も下ろしてるから、なんだか別人みたいに見えて……なんだか少し寂しくなった。
「ひ……、フローラ様、どうなさいました?皆さん先に行ってしまいましたよ。」
「ーっ!ごめん、ぼーっとしちゃった。今行きまーす!」
ハイネ観察に勤しんでいる内に、どうやら置いてかれてたらしい。追いかけるために慌てて駆け出そうとしたら、足を止めて待っててくれたハイネに手を掴んで引き留められた。
「こんな街中で走らないで下さい、転んで怪我でもされたらどうするのです?」
「ご、ごめんなさい……。」
「全く……、もう少しご自身の身のことをお考えください。」
ため息混じりに吐き出された言葉に『はい、気を付けます!』と答えたら、ハイネは一瞬目を細めて微笑んでから『行きますよ』と歩き出した。
引き留める為に掴んだら私の手は、しっかり掴んだまま……。
「……!」
「どうかなさいましたか?」
「……ううん、何でもない!」
前言撤回。どんな格好になっても、ハイネはいつもの厳しいけど優しい、私の大好きなハイネでした。
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この連休中、私達が泊まるのはスプリングの貴族の方の別邸。元は病弱な娘さんの療養の為に若旦那様が建てたんだけど、そのお嬢さんが成長してすっかり元気になった今では全然使ってないらしい。
でも手入れだけは行き届いてたし貴族のお屋敷だけあって立派なお家なので、私達の宿に良いのではないかとフェザー皇子が話を取り付けてくれたみたい。今度会ったらお礼言わなきゃ!
そんなフェザー皇子だけど、今回は中等科の試験が近いから不参加らしい。フライが昨日、ちょっと寂しそうに教えてくれた。
と、言うわけで、今回のお祭り参加メンバーは私、レイン、ルビー、クォーツ、フライ、ライトの六人。部屋はいくらでもあるけど、あんまり遠い部屋に割り振ると護衛がしづらいのと、なにより私達が行き来するのに大変なので、皆同じ階の個室にするようになった。
早速自分の部屋に荷物を置いて、気分はちょっとした修学旅行だ。テンション上がっちゃってこっそりトランプとか持ってきたけど、生粋の貴族の皆でも楽しめるかなぁ……。ライトなんかはノリノリで参加してくれそうな気がしないでも無いけど。
「…………ラ。」
他には何が出来るかな。枕投げ……は、レインとルビーはやりたがらないかもね。あれ、当たると地味に痛いし。
「……ーラ。」
他に修学旅行の夜と言ったら……、あ、コイバナとかかな?でもまだちょっと早いかな、小学生だもんねぇ……。
私なんか、前世含めて初恋すらまだだし……。お父さんも居なかったし担任の先生なんかも女性ばっかだったから、小さい子にお決まりの『お父さん(または~先生)と結婚するー!』みたいな可愛いエピソードすら無いし。
……あれ、おかしいな。なんだか視界が歪んで……
「フローラったら!!」
「きゃあっ!」
と、歪みかけたその視界に、ベッドに置いてたバスケットから飛び出してきた白い影が現れた。
驚いてベッドにひっくり返った私の胸元に乗る重みは……
「ブランったら……、ビックリするじゃない。」
「フローラがいつまでも出してくれないからでしょ!」
とりあえず、ブランを両手で落ちないように支えてからそっと体を起こす。
私に抱き抱えられる形になったブランは、『また今度は何を考え込んでたのか知らないけどさ……』と口を開いた。
「ソフィアさんって人と、街の中央の公園で会う約束してるんでしょ?行かなくていいの?」
そう言って、ブランはその長ーい尻尾で器用に時計を指差した。
そのお洒落な文字盤が示す時間は、待ち合わせの10分前……。
「は……、早く言ってよーっっっ!!」
『だから何度も呼んだのに。』
そんなブランの言葉を尻目に、私は部屋を飛び出した。
~Ep.73 人の言葉はちゃんと聞くべし~
『ハイネ、馬車ある!?』
『2台ございましたが、今しがたライト様とフライ様が1台目に、クォーツ様とルビー様が2台目に乗られて外出なさいましたよ。』
『ーっっっ!わ、わかった。走っていくわ!!』
『姫様!?だから街中で走らないで下さいと何度言ったらわかるのですか!!』