Ep.71 ブランの災難?・後編
「ほーら、見てみな。」
「そっ、それは……っ!」
ライトの鞄から次々と取り出される、猫じゃらし、鈴入りフェルトボール、ネズミのぬいぐるみ、それにマタタビ……。
更に、よくわからない葉っぱなんかもあってまじまじと見てたら、ライトは自慢げに『それはキャットニップだ』と言った。
「“キャットニップ”……?」
「マタタビと同じで、猫が好む成分を含んだハーブの一種だよ。それにしてもまぁ……、この閉鎖された島で、よくこれだけ集めたよね。」
呆れたような声でそう言ったフライに『まぁな!』なんて笑って、ライトがご機嫌でブランにマタタビの小枝を差し出す。
「ち、ちょっと!ボクは使い魔だよ?普通の猫じゃあるまいし、そんなマタタビなんか……に……」
ライトがブランの目の前で、釣竿みたいなのの糸の先にくくりつけた小枝をゆらゆらと揺らす。
「キャットニップもあるぞ、ほらほら。」
「だから、いらないって……ば………。」
ブランは、口では否定してるけどあからさまに目で追ってるし……。あっ、飛び付いた!!
「にゃっ!!!」
「食い付いたな!よーしよしよし、思う存分かじりなー。」
ブランがマタタビに食らいついて、ソファーの上でゴロゴロと喉を鳴らす。
なんか、久々にブランの猫らしい所を見たなぁ。可愛い、あの無防備なお腹をもふもふしたい……!って、あっ!!ライトがいつの間にか撫でてる!
「やれやれ……、あれはもうあの使い魔君しかしか見えてないね。」
「そ、そうみたいだね……。ねぇ、ライトってもしかして、動物好きなの?」
マタタビとキャットニップの力でメロメロの無抵抗なブランを、満面の笑顔で構うライト。あんな二人の姿は初めてだからビックリしつつも隣のフライにそう聞けば、『百聞は一見にしかずでしょ』と肩を竦められた。
た、確かに……。だから前に魔力の練習で炎を色々な動物にしてたんだね。
「うー、いいなぁ。楽しそう……。」
私達が見てる間にも、ライトはいっそデレデレと言ってもいいくらいにご機嫌な笑顔でブランを構っている。
私だって毎日お喋りはしてるけど、長いことブランとあんな遊んでないのに……。なんか寂しい。
「はぁ……。」
「……はいはい、見てないで練習始めるよ。ライトは幸いあのままにしてれば静かだろうから。」
「あ、う、うん!」
そうだった!フライだって忙しいのに練習付き合ってくれてるんだから、ちゃんと頑張らなきゃ!!
「視界に入ると気になるだろうから、ライト達には背を向けてやろうか。さぁ、こっち向いて。」
「えっ?う、うん。じゃあ、今日も頑張ります!」
フライに両肩を持って見てた方と反対側を向かされながらそう答えると、背中から小さなため息が聞こえた。
な、なんかフライ機嫌悪いみたい……。って、生徒が不真面目じゃ教える気もなくなっちゃうよね。
気持ち切り替えて、真面目に集中してやらないと!
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「……よし、まぁ及第点かな。」
「本当!?」
各フレーズを練習し、ひとつひとつ弾けるようにして。そしてたった今!通しで一曲弾いてみてフライから及第点を貰えました。
いつの間にか窓の外は茜色に染まっている。集中してたから、時間経つのあっという間だったなぁ。
「お昼抜きでやり続けた甲斐はあったみたいだね……。もう二、三日通して弾く練習をしたら、強弱なんかの表現に入ろうか。」
「うん!ありがとう、フライ。明日からもよろしくお願いします!!」
「……はいはい。やるからには完璧に仕上げるから、覚悟してきなよね。」
「はい、先生!」
気合いを込めて敬礼で返したら、なぜかフライは口元を片手で押さえて顔を背けた。そして、その肩が細かく震えている……。
な、なんで笑うの!?あ、もしかしてこっちの世界って敬礼の仕草がないのかな……。これって確か軍隊や警察で使うものだよね。
「終わったのか?」
「ーっ!うん、ついさっきね。ところでライト、ブランどうしたの?」
なんて頭をぐるぐると悩ませてたら、片手でしっかりブランを抱いたライトがこっちに歩いてきた。
正直ナイスタイミングだよ、ありがとう!ぜひとも未だに笑い上戸と化してる貴方の親友をなんとかして下さい。なんかさっきから息が苦しそうです。
「遊び疲れで寝ちまったんだ……、起こさない方が良いかと思ってさ。で、お前は何を笑ってんだ?」
「ーっ!あ、あぁ、ごめん。」
ライトが私にそっとブランを渡してから、フライの方に向き直ってその背中をバシッと叩いた。
それが気付けになったのか、ピタリと笑うのを止めて真顔になったフライが小さく深呼吸をする。やっぱり苦しかったんだね……、なんかごめんね。
「さっ、帰ろうぜ。……って、ん?」
「あら……?」
と、荷物をまとめていた所に響いた音に私とライトの足が止まる。
今のは、お腹の虫の鳴き声だったような……?
「……ぷっ、何だよフライ。腹減ってんのか?」
「……煩いな、こんなの生理現象でしょ。」
「そうだなぁ、育ち盛りだし仕方ないよなぁ。」
「ライト……、何か言ったかい?」
よっぽど恥ずかしかったのか、フライが茶化すライトをいつもより黒さ五割増しの笑顔で黙らせる。
って言うか、フライも私に付き合ってくれてたんだから当然お昼食べてないよね。笑い事じゃないよ……。
「そうだっ、サンドイッチならあるよ!ここで食べるのは駄目だから……、いつもの中庭に行かない?」
「今からかよ!?」
「……僕は別に、どちらでも構わないけど。」
今朝、今日は学食が使えないからって作ってきてたのを忘れてた。
ちなみに、サンドイッチ入れてあるバスケットは魔力で入れた食材を最適な状態で管理しておいてくれる優れもの。クォーツとルビーがこの間くれたんだよね。
「私もお腹すいちゃったし、折角作ったから食べて欲しいな。もちろん、無理強いはしないけど……。」
「うーん、じゃあ、折角だし貰うか!行こうぜ、フライ。」
「そうだね、まだ夕飯まで時間もあることだし。」
と、言うわけで……
「なんか、俺らここ来るの久々だわ。」
「フローラ達は、最近もここで食べてるの?」
「三人共忙しいもんね、お疲れさま。私達は最近もずっとここでランチしたりお茶会したりしてるよ。」
『女の子達は優雅で良いね』なんて笑うフライの目が、私の持つバスケットを射ぬきそうにじっと見つめている……。
「お前、やっぱり腹減……「煩いって、何回言ったらわかるのかな?」……はいはい。」
懐かしい位置に腰掛けながら『折角作ってきてくれたものなんだから、食べないと失礼でしょ』と笑うフライ。それでも、視線はバスケットから離さない……。
うん、早く食べようね。
「さ、じゃあ召し上がれ!」
「おー、旨そうじゃん。いただきまーす。」
「ーー……いただきます。」
食べやすいようにサンドイッチをバスケットから出して広げると、二人ともそれぞれ好みの具材の物に手を伸ばして食べ始めた。
ライトはハム&レタス、フライはツナ派か……。じゃあ、私は卵にしようかな。
「……。」
「ーー……。」
「…………。」
ライトとフライが無言で黙々と食べてるので、私も黙って食べ続ける。
元々フライはあんま喋らない方だし、ライトも喋るときと喋らないときでムラがあるからねー。
卵、今日はちょっと茹ですぎちゃったかな……。
「……っ!」
と、突然向かいに座ってるライトが目を見開いて立ち上がった。
「……?ライト、どうしたの?」
「いや、今向こうで……」
「ライト。」
な、なんだろ……。何かを言おうとしたライトを、フライが名前を呼んで止めた……みたい?
結局、二人はその後ほぼ無言でサンドイッチを食べきったので、ライトが立ち上がった理由は聞けないままに、すぐに三人で寮に帰った。
ちなみに、私は半端な時間に食べたサンドイッチがお腹に溜まっちゃって夕飯を食べきるのにすごく時間がかかったけど、二人はなに食わない顔でペロリと平らげて、ライトはおかわりまでしていた。
食べ盛りの男の子ってすごいなぁ……。
~Ep.71 ブランの災難?・後編~
『ブラン、何拗ねてるの?』
『うぅ、敵の前であんな情けない姿を晒すなんて……!マタタビなんて卑怯だ!!』
『嬉しそうに撫でられてたくせに……。』




