Ep.69 込められし思い
豪勢な商店街みたいな通りをスタスタと歩き抜けていくフライの少し後ろをついていく。一緒に歩いてみて思ったけど、フライ案外歩くの速いなぁ。
「……?」
「着いたよ。」
「わぁ……!」
と、必死についていって十数分。ようやく足を止めたフライが振り返って私にそう言った。
顔を上げてみれば辺りはいつの間にかちょっとした林のなかになっていて、フライの示す先には煉瓦造りの可愛らしい一軒家が建っている。
可愛いーっ!お家のデザインがあたりの林の緑と調和してて、一枚の絵みたい。まるで、絵本の中に迷い込んだみたいだ。
「はいはい、呆けてないで入るよ。」
「ーっ!う、うん。」
見とれる私の顔の前で手を振って正気に戻したフライが、慣れた様子で木製の扉に手をかける。
少しくすんでアンティークっぽい色合いをおびた扉は上に小さなベルがついていて、開けるとチリンチリンと可愛らしい音が鳴る。いいなぁ、あれ……。
「……っ!」
そして、入ってみると中はバイオリン屋さん(?)だった。上下左右至るところに、バイオリン、弓、手入れ道具や楽譜がところせましと並べられている。
「……あれっ?フライ!?」
フライがどんどん奥へと進んでいってしまうので、周りに目を取られている隙に見失ってしまった。
いけない!探さなきゃ……!
「やぁ、お嬢さんいらっしゃい。今日は何をお求めかな?」
「きゃっ!」
と、奥に進もうとした瞬間に背後からかけられた穏やかな声に足を止める。
振り返ってみると、そこには杖をついた白髪の男性が微笑んでいた。オーナーさんかな……?
「お一人かい?よくこの工房がわかったねぇ……。」
「あ、いえ、お友達と一緒に来たんです。……わっ!」
笑うとしわが寄ってすごく優しそうなそのおじいさんにそう答えるなり、後ろから両肩をぽんっと叩かれた。
「フライ!……っ様、驚きました……。」
「ごめん、別に驚かすつもりは無かったんだけど。あと、ここでは猫は被らなくて大丈夫だよ。」
「え?」
私の肩から手を離しながらそう言ったフライは、状況に追い付いてない私を他所にオーナーさんの方に歩み寄って行く。
「ご無沙汰してます、テル先生。」
「久しいですなぁ、フライ様。ずいぶんとご立派になられて……。」
「……そんなことはないです。」
おじいさんと話しながらいつもはあまりしない苦笑いを浮かべるフライ。
なんだか親しげなその様子を見ながら、私は頭の中で状況を整理する。
1.二人はなんだか顔見知りっぽい
2.フライはおじいさんを“先生”と呼んでいる
3.ここはおじいさんのバイオリン工房
と、言うことは……。
「テルさん……は、フライのバイオリンの先生なの?」
「あぁ……、そう言えなくは無いんだけど、その言い方だと少しばかり語弊があるね。」
「え?」
ポツリと呟いた言葉に、フライはいつもの読めない笑みを浮かべている。しまった、深く聞いちゃいけない所だったのかな……。
「私は、アースランドからスプリングに移住した音楽家の身でして。その頃に、フライ様の兄君であるフェザー様のバイオリン講師をさせていただいて居たのですよ。」
「そうだったんですか……。」
私達の間の空気を察してくれたのか、おじいさんが穏やかな口調でそう説明してくれた。
そして、『ところで、お嬢さんのお名前を聞いても良いですかな?』と聞かれて自己紹介がまだだったことに気づいた。
「しっ、失礼致しました!改めまして私、フローラ・ミストラルと申します。よろしくお願い致します。」
フライにあまり畏まらなくて大丈夫だって言われたので、膝はおらずに普通にご挨拶だけしてお辞儀をする。
「ほお……、こんな老いぼれがミストラルの姫君にこんなに近くでお会いできるとは……、光栄ですなぁ。」
私に視線を移して優しく笑うテルおじいさん。すごく温かみのある人だなぁ……。
ぽけーっとしていた私を他所に、フライは挨拶を終えた私達を見て『で、今日の本題なんだけど』と口を開く。
「はい、どうされました?」
「彼女のバイオリンを見に来ました。テル先生の工房になら、合うものがあるのではないかと思って。」
「フローラ様の……。」
「最近始めたばかりなのですが、まだ自分の楽器がなくて……。よろしくお願いいたします。」
自分の買うものなのにフライに任せっきりと言うのもなんなので、私もテルおじいさんに事情を話してお願いする。
なんかもうどのバイオリンもお高そうで不安だけど、ハイネに事情を話してお買い物に使える王家の印貰ってきたから大丈夫のはず……!
「なるほどなるほど、そう言うことでしたらじっくりご覧ください。」
テルおじいさんは快く私にバイオリンを選ぶように言ってくれるけど、こう言うの初めてだから何をどう選んだら良いのかわからない。どうしよう……。
ちらりとフライの方を見たら、『見たり軽く弾いてみて、ピンとくるものを選ぶと良いよ』と言われた。
ピンとくるもの……?
「わかった、見てみるね……。」
よくわからないけど、近い棚から並べられているバイオリンを見て回る。
素材が違うのか、色も柄も艶も様々なバイオリン達は、並んでいるだけで圧巻だ。
こんな立派なバイオリンを試し弾きなんて、前世で洋服の試着すら苦手だった私にはハードルが高いよ……!
と言うか、そもそもどれもすごくて目移りしまくりで、今のところ“これだ!”なんてものは見つからない。
「あ…………。」
「ん?決まりましたか?」
と、工房内を眺めていた私の目が、棚から離れてひとつだけぽつんと置かれているバイオリンに止まった。
「おや、フローラ様はあれが気になりましたか?」
「は、はい。」
「あ、でもあれは……っ」
私の様子を見てそのバイオリンを出してくれるテルおじいさんを、フライが少し困った声色で止めようとしている。
私、なんか選んじゃいけないもの選んじゃった……?
「そんな顔をしなくとも大丈夫ですよ。どうぞ、持ってみてください。」
「ありがとうございます。」
フライに言ったのか、それとも私に言ったのか。
安心させるようにそう微笑んだテルおじいさんが私の手にバイオリンを持たせてくれる。
「…………。」
その、他のバイオリン達よりすこし年季が入っているであろうバイオリンは、持ってみると指先から何か温かいものが流れ込んでくるような感じがした。
そっと構えて、少しだけ音を出してみる。
「……へぇ。」
「ふむ……、どうやら決まりのようですな。」
試し弾きの筈のその音色は優しく響いて、工房内に溶けていった。
こんな音初めてだ……。このバイオリンがいいなぁ。
でも…………
「あの……、私…」
「構いませんよ。どうぞ、そいつを連れていってやって下さい。」
「テル先生、良いんですか?だってあれは……」
フライの反応に、やっぱり何か事情があるものなんだと思い『やっぱりお返しします』と差し出すも、テルおじいさんは首を横に振って微笑んだ。
「そのバイオリンは、私が若い頃から一緒に旅をしてきた奴でねぇ。たくさんの国の人の前で、色々弾いてまわったもんです。」
「えっ!?」
それ、すごく大事なものじゃないですか!?
「やっ、やっぱりお返しします!」
「いやいや、良いのですよ。もうこんな老いぼれでは演奏旅行は難しいですからな。フローラ様達のようなお若い方に貰っていただいた方がそいつも幸せでしょう。」
『その変わり、大切にしてやってください』と言いながら、テルおじいさんは私に改めてバイオリンを握らせた。
「……まぁ、先生が良いならいいんじゃない。」
フライにもそう後押しされ、私はそれをそっと指でなぞる。
「では……、これをいただきます。ありがとうございます。」
指先の温もりを感じながら、私もテルおじいさんに笑みを返す。
『大切にします』と言ったら、テルおじいさんは今日一番の素敵な笑顔を返してくれた……。
~Ep.69 込められし思い~
『あっ、お金払ってない!!』
『くれるって言ってたじゃん、大丈夫だよ。』
『駄目だよ!高いのに……、あぁ、どうしよう……!』
『……君、本当貴族っぽくないよね。』




