Ep. 68 感謝と貸しと恩返し
『とりあえず、お礼もかねて今度何かまた差し入れ作ってこようかな。』
そんなこんなで翌朝。いつもはこの時間帯でも外はにぎやかなんだけど、今日は土曜日なので早い時間ならまだ人気はなく、すごく静かだ。
静かだから……
「ーー……。」
「…………。」
そう、静かだから……この沈黙が痛いの!!
考えてみれば、ちょっと仲良くなれたあのフェザー皇子の誕生日パーティーした日以来、フライとこんな形で二人で過ごすのって初めてかもしれない。
ここ数日はバイオリンのレッスンで毎日顔を合わせてるけど、あれはあくまで先生と生徒としての状態だからお喋りなんかしないし……。
そんなことを考えている内に馬車が来たので二人して乗り込む。今日の目的地はまだ聞かされてはいないけど、多分前にお買い物に行ったエリアにバイオリンを買いに行くんだろうな。昨日そんなこと言ってたし。
「ーー……。」
静かな車内で、隣に座るフライの顔を横から見つめる。
対等に話せるようになったと言っても、距離はまだそんなに縮まってないなぁ……。こんな状態なのに、フライはなんで引き受けてくれたんだろ?
不思議に思いながら、思い返すのは数日前の医務室でのこと……。
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「バイオリン?なんでまた……。」
「私達のクラスのバイオリンソロを任されちゃったの。でも、私バイオリンなんて触ったことも無くて……。」
「そんなの、断れば良かったじゃねーか。」
「そうなんだけど、上手く断れなくて……。でも任された以上はきちんとやりたいし、せめて人並みには弾けるようになっておかなきゃと思ったの。」
『でも、教本だけでやるのはやっぱり無理があると思って』と言えば、ライトが『なるほどな』なんて呟きながらパラパラと教本を捲る。
「事情が事情だし、助けてやりたいのは山々なんだが……俺もバイオリンは弾けないぞ。」
「ごめん、僕も……。アースランドにある楽器は、枇杷や三味線や琴とかだから。」
「ーー……。」
ライトがため息混じりにそう言うと、クォーツも困った顔をして『ごめんね』言う。フライに至っては……、壁にもたれたまま目を閉じて何も言わなかった。
「……そっかぁ、そうだよね。ごめんね、忙しい時にこんなこと頼んで。」
「あ、いや、でも……」
うぅ、そっかぁ……。この三人なら誰かしら弾けるんじゃないかと思ったんだけどなぁ。
ついあからさまに肩を落としてしまって、クォーツをオロオロさせてしまう。ごめんなさい、困らせちゃって。
でも、よくよく考えてみれば皆も今色々忙しい時季だし、弾けたとしても頼むのは失礼だったよね。
「じゃあ、今日はもう帰……」
「……僕で良ければ教えてあげてもいいけど?」
「えっ!?」
なんだか気まずくなってそう口を開いたのと同時に、不意にかけられた救いの声。
その声の主が、フライだったのだ。
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と、言うわけなのです。
「……さっきから何?言いたいことがあるなら言いなよ。」
「あ、ごめん。別に言いたいことがある訳じゃ無いんだけど……。」
「じゃあ、何で見てたの?」
「そ、それは……」
別に明確な理由で見てた訳じゃないから、そんなこと聞かれても困る!
困るけど……、笑顔だけど目だけは全く笑ってないフライの眼力に勝てる気もしないので、ここは今感じていた疑問を口にしてみることにした。
「フライも忙しいのに、何で講師引き受けてくれたの?」
「……それを今更聞く?」
「だって、他になにを言ったらいいかわからなくて。」
そう答えたら、フライは少し考えるように顎に手を当てる。あ、作り笑いも消えて普通の表情に戻った。
「……まぁ、別に特に理由なんかないけど。ただ、あの時あの場にバイオリンが弾ける人間が僕しか居なかったってだけで。」
「そ、そう……。」
確かに、フライの言う通りあの時バイオリンが弾ける人はフライしか居なかったから、引き受けてくれて凄く助かったけど。
しかも、フライはお兄さんのフェザー皇子に負けず劣らずの教え上手だから、ここ数日毎日してくれてるレッスンもすごく分かりやすいけど。
でも、やっぱり……
「別に無理はしてないからね。」
「ーっ!!」
『忙しいのに無理して見てくれてるんじゃ』と言おうとする前に否定された。フライ……、最早テレパシーの粋だね。あれ、そう言えばこの世界……魔法はあるけど、テレパシーって存在してるのかな?
なんて考えてる場合じゃなくて。
「でも、昼間は授業、放課後は会議で、朝晩は私のレッスンまで見てくれてるんじゃ、寝る暇も無いんじゃない?」
「多少忙しくても、上手くこなしてるから問題は無いよ。」
「……。」
直球を投げ込んでみたら、すぐさま打ち返されてしまった。あぁ、キャッチボールにならない……。
それに、自分で気づいてないのかも知れないけど、最近やっぱりフライが疲れた表情してる日があるし。
「せめて、朝練だけでも減らすべきかなぁ……。」
「ーー……僕はそれでも構わないけど、今のペースでそんなことしたらどうなっても知らないよ。」
いつの間にか声に出てたらしい独り言に反応され、『ただでさえ今苦戦してるんだから』と真顔で言われる。
「ご、ごもっともです……。」
「ーー……ま、心配してくれるならその分早く上達してもらいたい物だね。」
「はい……。ーー……っ!」
フライは私の返事を聞いて、納得したらしく小さく微笑んで、それからふいっと窓の外に視線を移した。
隣から見えるその涼しげな瞳は、イマイチ何を考えてるのかわからないけど……
「ありがとうフライ。早く曲を滑らかに弾けるように頑張るね!」
「……っ、そうであってくれなきゃ困るよ。あぁ、そうだ。」
「え?」
「そんなに感謝してるなら、この件は貸しにしておこうかな。」
“貸し”???
「ーー……?」
「わかってないね、その表情は。」
うん、よくわかりません。でもまぁ、とりあえず……『貸した恩は返せ』ってことかな。
「まぁすぐに返せとは言わないし、とりあえず覚えといてくれたらいいよ。」
「う、うん。わかった……。」
頭を悩ませていたらそう言われたので、とりあえず頷いておく。
でも、恩返しかぁ……。フライは頭も良いし、器用だし、もちろん運動神経もいい。
ハッキリ言って、私がフライの役に立てることなんかあるのかなぁ。
~Ep.68 感謝と貸しと恩返し~
『とりあえず、お礼もかねて今度何かまた差し入れ作ってこようかな。』




